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「前衛、そのまま魔物を抑えてろ! 中隊長クラスだけで敵に当れ! 他は追加の魔物が来るか警戒!」
「了解っ!」
部隊の指揮を執るドレッドは声を張り上げて指示を飛ばす。
「もうすぐこの木が折れるぞい、ロープはまだ持つんじゃないぞい」
そんな檄が飛ぶ中、のんびりとドワーフの男が同じドワーフ達に声をかける。
「そーれっ!」
「そーれっ!」
掛け声を合わせながら、2人のドワーフが斧を振るい巨木に切れ込みを作っている。
「この街に来てからというもの、こんな太い木を切る機会が来るとは思わなんだぞい」
「んだなぁ」
「だべなぁ」
彼らは領主の部下であり、街の中の建物の作成を一手に担うドワーフの職人達だ。
「本来はもうちっとくたびれた木を切り倒すんだなぁ」
「ノコギリの刃もダメになっちまうんだなぁ」
使い終わったノコギリを拭きつつ愚痴をこぼすドワーフ。
「動きが止まった! 長槍っ!」
「「「 せーのっ! 」」」
前衛の盾持ちが抑えていたイノシシ型の魔物を長槍隊が止めをさす。
人間の半分くらいの大きさになる【ブルーブル】は【ブルブル】の進化個体だ。
「よし、血抜きだ」
「了解っす」
随行していた冒険者の一人、ケルブがその場で血抜きをする為に用意しておいた穴の上の木にロープをかけ始める。
「そろそろ限界かもっすね。血の匂いが充満し始めてるっす」
「俺も気にはなっていたが、もうか」
「もうっす。これ以上やると肉食系の魔物に囲まれる危険性があるっすよ? ウチのメンバーや兵士達が周りを守っててもこうやって魔物が来てるんす。向こうも手いっぱいになり始めてるんじゃないっすかね」
ドミニクの冒険者チームと兵士達のチームで守っているのは、領主からの命令により森林の伐採に来た建築関係のドワーフ達だ。
領主指導の下、中央の騎士団がいつ来てもいいように宿舎を作ろうとしているのだ。
今日は、というかここ毎日、彼らはダンジョンに潜って木を切り倒しては街に持って帰っている。
街の大工達はその木を加工し板に、その板を再びドワーフ達を中心とした建築チームが宿舎作成の為にトンカチを振るっていた。
「よし、じゃあ今日はここまでだな。皆! 撤収準備!」
「了解っ!」
「んじゃあ、撤退の音矢飛ばすっす」
「頼む」
最後の木を切り落とすメンバーとそれを防御するための見張りを除き、他のメンバーが広げていた荷物や道具を片付け始める。
「……っ! 兵士長!」
「どうした?」
「聞こえんすか? なんか忍んでる足音っす。左後方っ」
「なんだと?」
ドレッドがそちらに目を向け、武器を持ち警戒態勢を取る。
撤収準備を始めていた大きな盾持ちも2人、腰を上げ盾を構えた。
「……なんも聞こえないですが」
「ケルブさん?」
「しっ! ドワーフ! 作業中止!」
斧の音がゴンゴン響いていては集中出来ない。
ケルブは目標を見つけるべく、ドワーフ達の作業を止めさせた。
辺りにはびちゃびちゃと逆さ吊りにされたイノシシの血が落ちる音しか聞こえない。
「木の上! そこっ!」
ケルブが弓をすばやくつがえ、矢を放つ。
そこに、今まさに木に着地しようとしていた猿が姿を現す!
『キーッ! キキ!』
着地しようとした足を射抜かれ、その勢いのまま木から落下する猿の魔物。
「ふっ!」
態勢を直す事も出来ず、地面に投げ出される猿が着地する前。ドレッドの剣が閃光を放ちその猿を両断していた。
「お見事っす」
「そちらもな。こいつは分かるか?」
「ツリーオンモンキー、っすね。オスで成体。群れの長だといいんすけど、まああり得ないっすね」
「説明を」
「ツリーオンモンキーは生涯木の上で生活を行う猿っぽい魔物っす。群れで生活していて、多い群れは50匹にもなるっす。斥候をそこら中に走らせて敵を探し、見つけたら群れ単位で襲いかかってくるっす」
「危険な魔物か?」
「そうっすね、1匹1匹はご覧の通り強くないっすけど木の上から枝やら石やら糞やら投げてくる面倒な奴っす。足をもつれさせた奴や集団からこぼれた奴に一斉に飛び掛かる厄介者っす」
「ふむ、この場所は不味いか」
「早めに安地に動いた方がいいっす。こいつらは肉も食えないし他の素材も使える物はないっす。魔核も小さいっすから価値も低いんでとっとと埋めるか燃やすっす」
冒険者としての視点で語るケルブ。
「よし、移動だ! 捨てられる物は捨てていって構わん! 後で兵士達で回収する!」
「「「 了解 」」」
兵士達は手早く荷物を背負い、ドワーフの職人達は少しもたつく。
「少し敵を抑えられるかやってみるっす。先行ってて下さいっす」
「すまんな」
「仕事っすから」
ひとっ飛びで太い木の上にケルブは飛び上がると、木々の中へと消えていく。
「さあ、全員移動を開始し始めてくれ。護衛は木の上にも注意を向けろ!」
移動を促したドレッドは伐採メンバーの殿を務めつつ、ケルブの動向を気にするのであった。
隊長は仕事が多い。
 




