1 婚姻決定
「――――――と、これが敵対していた国の王家に嫁いだ場合の、初夜における花嫁の作法なの」
「…………(白眼)」
母親である、この国の前王妃から初夜での作法を教えられ、気絶しかかっているのは、コヅクーエ王国のクリスティーヌ王女、18歳であった――
コヅクーエ王国は先達て隣国であるキクナー王国に攻め込まれ、あっという間に白旗を掲げた。キクナー王国とは国境の領土を巡り、もう何十年も揉めていたのだが、いつまで経ってもこの領土問題が解決しないことに業を煮やしたキクナー王国が、突然、宣戦布告をして攻め込んで来たのである。開戦からたった2ヶ月で全面降伏したコヅクーエ王国。弱い。弱過ぎる。あまりにも早く決着がついた故に兵士や民の犠牲が最小限だったことが僅かな救いであろうか。
敗戦国となったコヅクーエ王国の国王は、キクナー王国によって強制的に退位させられ、弱冠20歳の王太子が新国王となった。そして新しい宰相や大臣としてキクナー王国から続々と優秀な人材が送り込まれて来た。つまりコヅクーエ王国の王太子であった新国王はお飾りの王という訳だ。隣国キクナー王国による傀儡政権の誕生である。コヅクーエ王国は、実質キクナー王国の属国となってしまった。
ただ、敗戦国コヅクーエ王国の前国王は王都を追放され地方で監視付きの軟禁生活を送ることになったものの、首をはねられることはなかった。そして前王妃はそのまま、息子である新国王と共に王宮で暮らすことを許されたのである。戦勝国キクナー王国の26歳の若き王フェリクスは”高圧的で粗暴”な男として知られていたので、この寛大な措置には誰もが驚いた。
この戦の終戦条約における約款の一つに「キクナー王国フェリクス国王とコヅクーエ王国クリスティーヌ王女との婚姻」があった。クリスティーヌは前国王夫妻の長女であり、新国王の妹である。
この約款はフェリクスが自ら望んだものではない。キクナー王国の重臣達の悲願が条約に盛り込まれたのだ。8歳も年下の敗戦国の王女を終戦条約によって有無を言わさず妃にするなど、フェリクス自身は考えてもいなかったのだが――”高圧的かつ粗暴”というフェリクスの評判は大陸中に知れ渡っており、それ故に彼は現在26歳であるにもかかわらず、妃どころか婚約者すらいなかった。大陸のどの王家も、王女をそのような男に輿入れさせる事に二の足を踏んだのである。ちなみにキクナー王国国内の上位貴族の令嬢でフェリクスと年齢の釣り合う者たちは早々に他の男と婚約し、速やかに嫁いで行ってしまっていた。その訳は……推して知るべし。
しかしフェリクスは国王なのだ。世継ぎの問題を避けては通れない。
フェリクスには兄弟が一人しかおらず、しかも、そのたった一人の弟は生まれつき病弱で、現在、国内の片田舎で療養中の身であった。もちろん結婚はしておらず子供もいない。
キクナー王国にとって、王家の後継者問題は実に深刻な問題だったのである。
そこで、キクナー王国の重臣達は戦に勝った勢いに乗り、フェリクスに妃を娶らせようと考えた。” そうだ! 敗戦国の王女を貰い受ければいいではないか! ” と――
終戦条約の草案に目を通し、自身の婚姻の項目があることを知ったフェリクスは、この項目を外すよう命じたが、逆に宰相に懇願された。
「陛下。陛下が国王に即位されてから既に5年が経つのですぞ。お世継ぎの事をどうお考えですか。コヅクーエ王国のクリスティーヌ王女は『傲慢で我が儘』という評判ではございますが、さすがに戦に負けて戦勝国に嫁いで来てまで我が儘放題という事はありますまい。性格さえ気にしなければ、クリスティーヌ王女は大陸でも一、二を争う美貌の持ち主で、なおかつ非常に優秀な女性です。おまけにプロポーションも抜群! 魅惑のボンキュッボンでございますぞ! 陛下。ぜひ、クリスティーヌ王女との婚姻をご決断下さい! お願いでございます!」
「性格さえ気にしなければ」って、そこ重要じゃないか? とは思ったものの、己の立場と年齢を考えれば、いい加減、妃を娶らねばならない事はフェリクス自身重々わかっている。
結局、宰相のみならず他の重臣達からも懇願され、フェリクスはクリスティーヌを正妃として娶ることを渋々ながら了承した。
いかにも仕方なくといった風ではあるものの、とにかく婚姻に頷いた国王フェリクスに、宰相はじめ重臣達は一様に安堵の溜め息を漏らしたのである。