03 敗走逃避の歩みなれど、標在れば道に迷わず
本日、三話目。
さて、調査の終わった俺は、その翌日からは授業のコマに沿っての探索実技を消化していた。
今日は木曜。悲しいかな眼科の予約は土曜の午後なので、暫くは人前では片目を瞑っての対応をしている。
それで微妙に眉間にしわが寄り、さらに相対する相手が睨まれてると勘違いさせがちだが、今は『ウマ王』効果か即対戦という流れは回避、または不戦勝という状況になっている。
ある意味……平和かなあ。
体育館裏への呼び出しは激減したし。
ついでに言えば、こうして探索に集中してるのは赤重と青杜コンビとの接触回避な意味もある。
あの時はああいう状況だったし、そこで生じた誤解も仕方なしとして、それで変わらずな対応を続けるほどに親しい友人とまでは、俺たちの関係は進んでいない。
というか、状況的に彼女たちのマイナスな印象が大きい関係なのだ。
なら少し距離を置き、噂の火種が鎮火するまで放置した方が良い結果になると思うわけだ。
俺的に。
特に、今は妙な劇物も抱えてるしなあ。
物が物だけに下手に自宅にも置けない。母さんは掃除という名目で普通に俺の部屋を蹂躙する。そしてアレでも一応女性だ。美容関連の知識は、もしかしなくても俺より豊富だろう。そんな相手にこの麻薬や劇物が発見されたらと思うと……。
なので、危険物は全てグレイシップ内に封印している状態なのである。
だが、これはこれで困り事。
積載限界の半分以上を埋めた状態じゃ、到底何時もどおりの探索など不可能なのである。
「いっそ、こっちの方も真剣に考えてみるかなあ」
グレイシップ改装案。実は結構前から考えていたものだった。
次元潜行艇[グレイシップ]。元々はアダムスキー型UFOに酷似した外見のものだった。
当時は[キャトるさん]も1号のみ。[謎の怪光線]も存在しない。そして、コクピット内はもっと狭かった。
当然である。スキルを目覚めさせた時の中坊の身体に合わせた座席と、宇宙船っぽい見た目だけのパーツが盛られた操縦席だったのだ。身体の成長に合わせて座席自体を小さく感じたのは、初めてグレイシップに乗ってから僅か半年後のことである。
それが変化したのは、確か最初に五階層のボスを倒した時だ。
それまでのドロップ品は当時でも雑魚のゴミ判定なものばかりで、万年金欠でも必要を感じ無くて棄てていたのが普通だった。だが、ボスを倒して得た初めての戦利品らしい物を得た時に、それがとても船内に入りきるものじゃないと理解したわけだ。
あの時に感じた、本気の取捨選択の苦しさ。それを感じた時に、今のこの船への変化を実感したのだから。
当時の変化は些細な物で、結局は全ての戦利品を持ち返るのは無理だった。
だが半分が無理だったものが、八割までが大丈夫という変化は嬉しさもあったのは確か。
その後は体格に合わせて変化する内装、武装の貧弱さからか強化され増える部分。ちょっと自分の意識が正確に反映された感はしないものの、なんだかんだと今の形態になるまでは、俺なりに苦労を経てという流れなのである。
「まあ感覚的に言えば、スキルの成長に経験値ポイントっぽい数値がある気はするんだよな」
どんなに必要性を感じても、それがスキルの変化として反映されない時は何度もあった。最近特に感じる収納容量の限界など、意図的に無視されてんじゃなくらい感じる不満だ。
でももう、本気で収納拡張は限界だし、今回はそれが可能になるような要素を虱潰しにチェックするしかないよなあ。
とはいえ、既に予想は立てている。
変化を欲してもそれが無いとこに経験値が足りてないからと想像してんだから簡単だ。要は経験値を多く得るような行動をしつつ、その度に変化を意識しようというのである。
一番最初の変化を思い出せば、それは格上の敵との対戦だった。
対戦というには……まあ、俺なりの戦い方でという感じだったが、確かにあの当時の最初のボス……えーと、そう。ホブゴブリンっ、じゃなくてオーガは相手として強力だった。
たぶん、正面から対決したパターンなら俺が瞬殺される側。
「[キャトるさん]の歯が筋肉に刺さんなくて、足の指チマチマ齧って削って噛み切って、立てなくしてから全身の柔らかいとこ噛んで削ってったんだよなあ……」
なんというか、絵面的にはピラニアにたかられる牛な感じで、シミジミ思い出してみると悪魔の所業。相手が魔物でも同情できるレベル。
まあ、当時は結構必死だったけどね。
だってボスを倒さないとその階層から脱出できないって認識だったし。
その後に、ボスとの対戦は決着途中の場合は半日で強制退出と知った。
隔離空間でのボス戦でそんな長時間の戦闘が続けれるという実例が少なく、意外に知られていない事実だったらしい。
で、結局生かしながらの解剖に等しい悪魔の解体ショーの成果か、ドロップ品に武器防具に加えオーガの全身骨格なる異様な物が出た。当時は全ての骨を持ち切れずに、泣く泣く頭蓋骨と大きい骨のみ回収しての帰還になったのである。
後日、その頭蓋骨は親父の『この頭、本物の魔除けの鬼瓦にできそうだ』の一言で、自宅の屋根を飾ることとなる。骨のまんまじゃなく複顔な感じで造形が追加され、実は結構生々しい。冬の日が落ちるのが速い時期なんか、暗めの視界でふと視線が合うとこっちを見てるよう錯覚するくらいに生々しい。
……脱線したな、盛大に。
話を戻して、経験値を多く稼げそうな戦闘を想像するに、単純にこちらの攻撃が通じ難い強者という印象に落ち着く。
最近は素材集めに集中してたので簡単に蹂躙できるような相手ばかりだった。ボスだとか特殊個体だとか雑魚とは違うって意識で相手はしてたが、負ける気持ちは欠片も持たずにしてたというのが本心だったし。
「じゃあ、俺のスタイルでも勝てるか怪しい魔物って想定が基本なのかな」
最初に感じた難敵の、あのオーガのボス戦の時のような?
卑怯千万の上を行くようなことをしても、なお敵いそうにないような相手との戦闘で勝つ?
具体的に、俺が潜れるダンジョン内の範囲で、現在までに苦戦したという記憶を呼び出していくが……
「苦労は何度もしたけど、苦戦とはちょっと違うんじゃないか……な結論だよな」
我ながら温い探索者をやってんだ。と改めて自覚した。
で、自覚して無理なら取れる手段はそう多くない。そのうちで実成果がありそうなと思えるものとなれば……
「強敵総当り。プラス到達階層のさらに先って感じだな」
方針を決めた俺は早速行動と、一度地上に帰還した後に改めて俺にとっての最下層へと転移することにする。
俺の通常スケジュールとは違う行動なので、この時間は地上の学生が多いということに驚くも、再転移待ちの並びはそう多くなかったので、それほど待つこともなく俺は再びダンジョンへと戻った。
ダンジョン地下34階層。俺が到達している一番下の階層になる。
次の階層が中ボス戦の関門になっているというこで、面倒だし適当に金策ができるまでは更新しなくていいやな気分で放置していた。
「で、気づいたら一年近く経ってたってわけか」
高等二学年だとノルマになる階層が29階層ってのが悪いよな。しかもうちのクラスでノルマ達成してるのって半数くらいだし。
ちなみに、30階層のボスはスフィンクスで、戦闘内容は謎解き風味が重要な相手だった。
戦闘エリア内に破壊不能オブジェクトな祠サイズの祭壇が幾つも点在していて、そこに時間制限付きで灯る属性光の弱点属性の物理・魔術攻撃以外を無効化するバリアつきなスフィンクスを討伐……という面倒さなのだ。
脳筋率の高いうちのクラスには、実に難易度の大きい相手というわけである。
ちなみに、俺の場合は[謎の怪光線]であっさり片がついた。
どうやらこの怪光線は無属性、または全属性の性質のようで、ここのボス戦の仕様の裏をかくような作用が働いたための結果らしい。いわゆるバグ技かチートだろう。
無属性の物理攻撃は武器による通常攻撃と同じ意味。各属性の攻撃魔術も確認されている。だが無属性の光線攻撃や各属性が統合された全属性攻撃魔術というものは聞いたことは無いし記録にも無い。
けども、スキルが人の意識を根源にしてのものなら、別に存在しても変じゃないもんなのだ。ちょっとこう……中二臭あるし全身に幻痛が走ったりなダメージもあるが、学生がスキルに目覚めるのは正にそんな時期なんだし。
実は、そんな中二エフェクトの代表といえる『黒い稲妻』なスキルを具現化するのは何時、誰が的なトトカルチョが探索者限定サイトで存在する。サイトが立てられて八年近いらしいが現在でも該当者は存在しない。積み立てられた総額は洒落にならない額らしい。
賞金総額の一割はスキルを得た当人に贈られるらしいからダンマリは無しだろうって感じだし……実は俺も一万程提供しているし。
「いっそ、俺が新攻撃スキルとしてゲットできたら……。いや、いいか。要らない」
単にそういうスキルを得るだけならアリかもだが、得たらたぶん、絶対、それに付属する演出も強要される。社会に、業界に、世界に強要されたら逆らうのは不可能だろう。そして一生、白髪が生えてもバーコードになっても完全にハゲても中二っぽく探索者活動するという地獄が待っているのだ。
俺にはそんなの無理すぐる。
なんか該当者が出ない真理を視たような気分だった。
俺の一万、返しやがれとも思う。
さて、各階層で一番の強敵は次の階層に続く附近に集中している。もしくはボスだけの階層だな。レベル的には七階層下の魔物の性能と同等のものってことだし。
なので、最初の戦闘は35階層のボス戦。その後は階層踏破な感じで進み俺の戦力と拮抗する階層を確認する。
ダンジョンの公開情報は過去の学生が到達した階層までが許されていて、その最も深いところが地下66階層。公開とはいってもその範囲は学生の成績によって制限されるので、誰でも閲覧が可能なのは各階層に出る魔物の名前くらいとなる。
と、いうわけで、スマホの魔物図鑑と情報を連動させてそこは随時確認。
35階層ボスは三つ首スキュラ。再生能力つきのアナコンダな感じで、物理の権化という敵でしかないので戦いに工夫する必要も無く完勝。
ヘビ肉美味しゅうございました、な感じで[キャトるさん]が片付けた。
40階層ボスはダイアモンドゴーレム。この場合のダンアモンドとは金剛石という解釈で宝石とは別物。図鑑によるとアダマンチウムの下位種の硬度と、射撃系の属性魔術を反射する特殊能力があるくらい。
早々に[キャトるさん]の歯がたたない相手と遭遇した。が、状況は子猫の全力の噛み噛みが甘噛み効果になっているというもの。要は最初のボス戦の状況再びというやつだ。
牙の先端が刺さるくらいには攻撃が通じるので、[キャトるさん]を咬みつかせたらサメやワニに習ってのローリングなダンシングで対応。
情報では宝石では無いとあったが、性質的には宝石っぽい部分はあるようだ。表面の疵が大きさを増した時点で全身の硬度が無くなり簡単に崩壊していった。
「……これを苦しい相手かって言ったら、違うよな」
実際、魔石を得てもスキルが成長できるように経験値を得た実感は無い。
もうオーガを強さの幻想にはできないという証拠を視せられた一幕なんだろう。
45階層ボス。フォールンダンピーラ
ここで俺は本当の意味で魔物との戦闘を恐怖した。
フォールンダンピーラとは『堕ちた半吸血鬼』、いやこの層のボスに限って言うなら女版なので『半吸血姫』となる。意味は元々は吸血で仲間を増やすヴァンパイヤが人と同じ流れで子を成した場合の、その子のことを指したもの。
地球の伝承においては人間としての自覚を残したまま素の能力で吸血鬼を倒せる唯一の存在と描かれ、悲劇の混血児という印象が多い。
で、今回はその悪堕ち版だ。
魔物図鑑によると性能は地球準拠らしく、人間の身体能力と吸血鬼の一部の能力しか使えない。封印されてるのは変身系などの、人間の身体じゃ不可能な部分だな。
つまり魅了とか精神攻撃とかの系統は本家なみということらしく……、次元の壁を越えた俺が見事に感知されてるようだった。
なんつーか、こちらからも映像としては捕えれないにも関わらず、殺意のたっぷり籠もった視線で直接凝視されてるとハッキリ認識できたのだ。
で、実戦。
身体能力が人間並みという解釈は、この階層まで来れる筋肉でという注釈つきらしい。明らかに超人的な動きで地面を走ってるくせに探知で認識できる反応はアイススケーターな感じ。
[キャトるさん]の不意打ち攻撃は役にたたないので不発を連発。[謎の怪光線]はそれよりも遅いのだから同様に避けられる。
ただ向こうからも流石に次元を越えての物理な攻撃は無理らしく、まだ勝てないまでも負けるという意識にはなっていなかった。
……途中までは。
半吸血姫は絶えず忙しなく移動している。その動きは回避だけではなかったようだ。では何故そうして動いているかというと……おそらくは俺に効果のある特殊能力に距離制限でもあるためか。
実際はそんな推測は攻撃を貰ってからの後追いで意識したもんだが。
吸血鬼の霧化。図鑑には無かった情報を俺は、自分の身に受けたことで認識できた。
【血の抱擁】
種別:魔法分類。状態変質。侵食効果。
・魂源情報を任意で書き換え外見を操作する特殊能力。
・接触した対象を自分と同じ情報へと書き換え同化する。
・魔素を消費して作用させるが、魔法に分類される効果なので魔術による対抗を無効化。
備考:1
・魂源情報変換の吸血鬼版。生体を魔素に近い血の塵に変換します。この状態では存在の座標記録がなされないため、次元的な境界を無意味化させます。
・意識にあたる部分を魂源情報内のものに限定化するので、生体部分に依存する情報が欠落し自己崩壊する危険性のある行為です。ご使用の際には小まめなバックアップを忘れずに。
俺の鑑定機能って、船内のアイテムに限ったものでは無かったらしい。
要はグレイシップと接触した物が対象になるってわけだ。いまさらに知ったけど。
あと鑑定内容によって、効果としてはウィルスに感染させられるのと似たものなのだと判明できたのが地味に嬉しい。
つまり現状、俺はスキルであるグレイシップを通して半吸血姫に食われかけているのだと解った。まだ生身への体感は無いが、そう自覚した途端、精神的にはすごい喪失感を感じた。
グレイシップには汚染の影響が直ぐに出て、一番大きいのは船体の上下移動に制約を受けたこと。上には行けるが下に潜ろうとすると自分の意識が拒絶するという不思議な感覚。
また、半吸血姫の行動にも変化が。
あれだけ派手に動いていたのが、俺に攻撃を届かせた時点でほぼ立ち止まっての仁王立ちだ。[キャトるさん]の攻撃も身を捻るような回避をするし、それが無理だと分った時は命中する部分、自分の片腕をまるまる血の霧と化す手段で回避した。
なるほど、なるほど。
つまり、[血の抱擁]とやら弱点がこれなわけだ。
霧には成れて物理攻撃を無効化はできるが、そう大きく広がれはしない……な感じかな。
自己崩壊というデメリットもあるようだし、部分的に肉体を残しているってのが、そのバックアップか保険の行為なのか。
ともかく、重要なことだけは理解した。
俺は捕まったが、俺も敵を捕まえれたって状況なわけだ。
「なら、そうだな。避けれない攻撃で行ってみようか」
アクティブソナー!
単に相手の本体の位置を正確に知りたかっただけだが、音波攻撃に等しいショックが伝わったらしい。
向こうの意識が確実に狼狽えたという感触を得た。
ふむ、同化の攻撃らしいから向こうの精神的な反応も少し伝わってんのかな?
位置が解れば、後は簡単。
「突貫!」
離れれないけど近づけれるなら、近づいてやろうじゃんか。
2tトラックじゃないが、異世界へ転生させてやるな気分で盛大に跳ね飛ばしてやんよ。
船体の先端を半吸血姫に向けて全速前進急浮上。衝突には1秒も使わない。
流石に寸前に気づかれたようだが、向こうから俺を捕まえてんだから逃げれようも無い。
床から飛び出した先端が相手の腹にめり込みそのまま貼り付ける形で空中へ。直の接触と現実空間でという条件のせいか、この時初めて、半吸血姫の生の姿を俺は視た。
「うん、ちょっと怖い形相だけど、流石に吸血鬼の関係者。見惚れる程の美人じゃないの」
イルカの大ジャンプが如く、何年振りかでその全身を現実の世界に晒したグレイシップは、その上昇到達点で重力に引かれ、今度は落ちる。
軽く船体をロールさせ、今度は船の先端を真下へ向けてのダイビングだ。
当然、半吸血姫は船首像のように貼りつかせたままで。
「もうちょっと神々しい感じのポージングだったら完璧だったんだけどな。だから交換するんで外れてくれっよ!」
床に激突……したのは半吸血姫のみだった。
グレイシップはその先端で半吸血姫を刺し、抉り、広げながら床の中へと潜って行く。自身の身体を霧に変化させる余裕すら無かったのか、半吸血姫の肉体はグレイシップの圧力で人体が脆く無残に破壊される様子を示しならが、その血の広がりで水面にできる波の輪を演出し、原形を無くした時点で、今度は爆散する身体が本当の魔素へと還元されていった。
「……ふう。俺も意外とワイルドになれんじゃん」
自分の中に戦闘で興奮できる部分があるのを、やっと理解したよ。
キレたとかパニックでな感じじゃなくて、『敵なら喜んで殴ってやろう』な気持ちだな。
そしてこの高揚感は、今回の戦闘が俺の予想してたとおりの効果も含んでたのを確認してさらに高まった。
「おおっ? おおおおおっ!?」
手元に結実した魔石。そして視界全体の風景が僅かに変化した感触。
座席の座り心地がやや快適になり、形ばかりのハンドルやスロットルバーの細部が変化する。
本当に僅かだが、コクピットの閉塞感が減り解放感が増した感触。
「経験値っ、来たーーーーーー!!」
ほぼ一瞬でリフォームされた船内内装に歓喜する俺。
どんくらい広さが増したのかと立ち上がり背後を振り返ってみて――
「へ?」
ほぼ前と変わらない座席後部の空間に一瞬呆け、しかし、その背後の壁にドアが一つあったことに、また呆けることになったのである。
「ほー……。拡張空間……的な?」
場所はいまだに45階層。その下に広がる別の次元。
俺は変化を遂げたグレイシップの確認のため、係留モードな感じで次元の隙間に待機させていた。
そうしてコクピット背後のドアを開けてみたならば、その先にはそこそこ広めの空間が広がっていたのである。
その情景を一言で例えるとすると『宇宙で東屋』に近いだろうか?
空間自体は奥行きの判断がつかない灰色に着色されたような宇宙空間なのだ。そこにドアから続く敷石風の床のタイルで繋がる感じに、直ぐ眼の前に屋根と柱だけで組まれた和風の八角形の小屋がある。軽く手を振ったり移動したりで確認するに、宇宙空間っぽい辺りは映像演出に近く、実際の空間は小屋のサイズなのだと納得する。
「まあ、今までに比べれば小屋でも結構広いかな」
大きさは六畳部屋くらい。ただカラッポの場所なので実空間よりも広く感じる気がしている。
「ん? カラッポ?」
慌ててコクピットに戻ってみると、中に残していたはずのアイテム類が全て消えていた。
「えっ、まさか外に放出しちまったか!?」
慌てて現実空間側を確認してみたが、その様子も無いただの待機状況になっている。
謎の状況に混乱した俺は再び船内のチェックをし直してみて、その正体に安堵した。
「さらに保管専用の部屋つきって、今までの変化の渋さが嘘のようなサービスっぷりだな」
柱で八角形の形になる小屋は、ただ宇宙空間の広がりを見せる面がまた別の部屋への転移ゲートになっていたのだ。
その部屋の一つが素材保管庫のようで、元々船内に置いといたものに加え今回のボスのドロップ品も追加する形で収納されていた。こちらの広さは中々に大きい。たぶん、教室二つ分くらいはあるだろう。今までのペースで金策しても物で溢れ無さそうな充分な広さだと予想できた。
他の部屋も確認しようとしてみたが、解放されているのはもう一部屋だけだった。進入不可という反応が返ってくるので、何かの条件かさらにスキルを成長させろという感じなのだと思う。
で、入れるとこを見てみたら。
「……俺の部屋のコピーじゃねえか」
家の自室がそのまま移築されたがごとくで再現されていた。
「まあ、つまり。ここが俺のプライベートルームって解釈なのか」
グレイシップ自体が俺の専用空間なんだが、そのあたりの区別の違いはいまいち謎だ。
まあ、見える範囲が慣れた場所だと休みやすいのかもしれないか。
試しにベッドに腰かけてみると、驚くことにしっかり現実の物と同じ感触を伝えてきた。コンセントに挿すタイプのスマホの充電器も再現されてたので試してみたら、それもちゃんと機能する。
自宅の電気関係は、今はソーラー発電と魔石発電を併用してるので、これは少しは節電に繋がるかという貧乏性が出てしまった。
ノートPCに関してはオンライン関連は死んでいるがオフラインでの機能はそのまま使える。
ゲーム機も同様にネット関連だけは使えない。
部屋に置いておいた菓子類は一応食べれるものの、鑑定機能による結果は魔素による模倣品という少々怖い結果のものだ。
これで解ったことは、『魔素万能』ということ。
あとは、この部屋と現実の部屋との連動性の確認は急務で、と俺は強く意識しておく。
もしこの連動性が現在進行形で更新されるとすれば、現実の部屋に置いた物は今後も船内で使用可能になるのだ。快適空間の強化にこれほど重要な案件は無いだろう。
とりあえず、テナールの電気ポットとカップメンの大量在庫は候補にしとこう。
他には……。
……あ。
俺は気づいてしまった。
そして、気づいてしまったからには、行動しか無いだろう。
この日、俺はさらに到達階層を伸ばし50階層のボスとも死闘未満の戦いをした。
厳しい戦いだった。
全体的に強化されたグレイシップの性能をして、ボスの強さは本物だった。
だが覚悟を決めていた俺は自分の勝つ未来を信じ、そして勝利を掴んだ。
それをもってグレイシップはさらに進化し、予想どおり新たなエリアを解放したのである。
「やっぱり、トイレは必須だもんなあ」
食うことを考えたら出す事も考えるのは当然だ。そっちだけをダンジョンでとかな選択は無い。ケツ出してる時に魔物と遭遇とか洒落にならんし。
というわけで、グレイシップの中に家のトイレをコピーしたエリアを解放した。ついでというか、意識して無かったというか、トイレと一緒にキッチンと風呂のコピーも解放されたのは嬉しい誤算。これで部屋に湯沸かし用の道具を置かなくて済む。
50階層のボスさまさまである。
こうして俺は、喫緊の問題を部分的にでも解決し、また探索へと集中できる余裕を手にしたのだ。
残る問題はまあ、時間が解決する部分もあるしゆっくりといこう。
……あ、眼科の方は忘れないようにせんと。