02 書庫の棲む魔女
本日、二話目。
先日飲んだコ○・○ーラのエネルギー飲料、味がほぼDr.○゜ッパーだったんだよねえ……
……いや、何がどうって訳でもないんですけど。
「……あ、珍しい。書庫に“ウマ王”が復活している」
「……なんだ、その売れないファンタジーで聞くようなワードは?」
「学内に爆誕した『裏世界のマフィア王』を敬意をこめて省略した敬称」
「絶対に敬意じゃない。というか流れからして俺のこと指してるらしいが、なんで俺がマフィアになってんだか」
ここは学内にある資料室。ダンジョン関連の情報が電子データと紙資料の両方の形態で保管されている。
基本で使われるのは壁一枚隔てた隣のデータ閲覧室だ。あっちなら室内限定で自分の持つスマホにデータ転送されるので、学生は各自自分なりのスタイルでダンジョン情報のチェックが可能になる。
微妙に面倒な仕様なのは、段階的に既定された機密指定情報の都合。学内限定でしか閲覧許可の下りないデータが実は結構存在するから。
対してこの資料室は、電子化されたデータの大半が紙に記載されただけとなる。
なんでも昔、一度都市機能が完全に麻痺した時に電子化データの殆んどが使えないという事態を生んだための保険という場所になる。
ただ優先順位は電子データ化の方が先なので、情報という意味ではこちらは内容が劣る。しかし液晶画面は眼が疲れるという人間も意外に多く、こちらを利用する学生は案外と多いのである。
俺も含めて。
さて、そんな俺にいきなり言葉のナイフを深々と刺してきたのは、この資料室の住人……というよりは棲息者に近い、俺の数少ない友人のうちの一人だ。
名は読辺ネルギィ。一応は俺と同学年の探索者。そして一応は女子、ついでに一応補足すると、黒のフード付きパーカーを常時被った森の魔女系眼鏡女子な外見をしている。
ああ、一つ注意だが、眼鏡美少女には区分されない。なんせ眼鏡といっても完全なグラサンだしな。
「なんか誹謗を受けたような空気を感じた。私はウマ王に和解金を要求する」
「むしろ先に誹謗されたのは俺の方なんだが? というかその蔑称は何なんだ、ホントに」
資料室は閲覧内容の機密性もあって、利用者の個人空間を確保するためにパーティションで区切られ幾つもの小エリアとなっている。印象としては昔は多かった安めの漫画喫茶に近いらしい。
俺はその一つを時々利用するのだが、なんでも周囲からは俺の頭部がそのパーティションの上部から飛び出して見えるそうで、それを確認した読辺はこうしてよくチョッカイをかけてくるのだ。
そしてこういう展開になったら、いつも簡単な雑談くらいには時間を使う。
高等学年になって読辺と知り合ってからは、それが俺たちの通常運転になっていた。
「この尊称は、ここ最近の君の行動から自然発生したものだよ。『トルペタ』を蹂躙し使役する外道が爆誕。彼の咎人を『裏世界のマフィア王』と称する、だって」
「……ますます意味が分らない」
まるで大昔の叙事詩の一節な感じの内容だ。というか『トルペタ』って何だ?
「“tourmaline petals”、『トルマリンの花びら』って感じのの英語読み。それを四文字に縮めたものだね」
「……なんという直訳臭。見事な中二臭も醸してるなあ。というか俺の心が読まれたという事実」
「いや読んでない、単なる推測。で、これは赤重と青杜のコンビのチーム登録名だよ。それこそ中等部時代に付けたものらしいし、中二臭も当然だね」
「おうっ……ふ」
彼女らの名前が出た時点で察してしまった俺だった。
「なんか君、幾度となく彼女たちにエロい仕打ちをしたらしいじゃないか。最近妙に稼いでるみたいだし、その資金で彼女らを闇の業界に堕とそうとしているって、学内では通説化してるよ」
「冤罪だあっ! というか通説!? え、もう手遅れ?」
心からの叫びが出てしまったが問題無し。このパーティションは区切られた中を遮音する魔術が付与されている。
……じゃなくて。
「なんでそんな展開に……」
と、そこまで言葉にして過去の情景を思い出してみたら……。
「あ、いや。第三者的には当然な感じも?」
可憐な美少女を如何にも事後な感じで連れ歩いていた……絵面。
全年齢対象空間ではその状態を表現すること自体が禁忌に触れるような女体の反応を発散した美少女二人を、しかもローションまみれで公然の場に露出した……絵面。
「いよっ、新時代の絶倫ウマ王」
「さらに盛ってんじゃねえよっ、このニート魔女が!!」
「で、実際のとこは普通に探索の結果とかな感じなんだろうけど、ならいまさら何を調べにきたのさ? もしかして新種の魔物とかに遭遇した?」
「ああ、いや遭遇っちゃ遭遇だが。他にもいろいろなあ」
俺が此処の資料室に籠もってた時期は、高等学年に進級してダンジョン内の移動許可区画の範囲が拡張され、そこの魔物の情報を知るためだった。
この範囲が結構広大で、普通の授業のコマ内じゃ覚えきれなかったから自主的に頑張っていたのである。
ほら、俺の移動手段って世間の常識じゃ反則ものの広範囲だから。普通に徒歩とかで移動する学生に比べたら、同じ時期に相対する魔物の種類が桁違いだったんだ。
実際、レアな対象だったクイーンスライムの情報なんか完全に抜けた状態だったし。
というか、いまさらに思うが、一桁階層であんな特殊個体が出るってもの異常だよな。
あと、……スライムの特性自体ポッカリ知らんかった部分にはノーコメントで。
一応、読辺にはその経緯は簡単に話しておいた。俺より此処への在住率が高いのだから、魔物の情報に関しても詳しかろうという判断である。
「ああ、クイーンが出たのか。それは災難。あれって確か、その階層内のラージスライムが急激に減るとポップするタイプの特殊個体なんだ。2015年、七年前の尾瀬ヶ原ダンジョンで計画的にダンジョンゼラチンを回収しようとした時の経過報告書にそう書いてあった」
「それ……二週間前に知りたかった情報だ」
読辺は、データバンク人間である。
知りたい情報は聞けば大体ソース情報つきで答えてくる。
ただし、有料。
だがしかし。今の状況的には読辺に会ったのは幸運な遭遇なのかもしれないか。
「そうだ読辺、購買のアイスを報酬に出す。ちょっと必要な資料のまとめのサポートしてくれ」
「ふむ、基本プラス歩合制だぞ」
「最大トリプルまでは容認する」
「契約成立。で何するの?」
俺は学内に記録されたアイテム鑑定の記載を集めた。年代別に。
百科事典○○版といった感じに、時代によって鑑定された内容記載に違いがあるのは、読辺と会う前の段階までで確認していた。
が、それを各版ごとに並べて見ようとすると、スマホ利用のデータ版だと意外に面倒だったのだ。
なので紙版で比べようとしたら、今度は資料の置いてある場所が未整頓で乱雑で混沌としてるのに打ちのめされた。背表紙には明確な記載があるので、見れば区分けは分るのだが肝心の何処に置かれてるのかが分らない。一冊ごとに室内全域を捜索な状況で、正直開始早々に疲れきってたりした俺である。
「まずはダンジョン薬草図鑑を一版から最新版まで――」
「なら全七冊だな。初版はA棚の最下段で二版はG棚の上から三段目の――」
恐ろしいことをさも平然と口にする読辺に一瞬唖然としつつも、早速目的の書籍を集め始める俺。こうして、俺の鑑定比較の検証は状況的にはスムーズに進んだのであった。
この日を含めて三日、俺は本来なら午後の探索実技のコマを全て使用し、ダンジョン関連の鑑定情報の比較検証をした。
そうして解ったのは、世間での鑑定が意外にも極小人数の記載のコピーで終わっているというもの。時代を経ての補足情報や、その素材を使った新技術の追加情報はあるが、基本情報の書式は変わらず全くの新解釈とかな変更も殆んど無い。
そういうのが該当するものは、最初は鑑定スキル不能となってて推測による情報が主となり、後に訂正されたものだ。
そのことから、これらの情報を記載した存在もスキルを成長させつつ情報を積み重ねたものなのだという部分が分ったし、しかしそれは、鑑定が可能か不可能かの区分けでスキルの成長でマスクされていた情報が後から開示されるのとは違うという印象が大きい内容だったのである。
「ふーうむむむむ。なんか俺の中の大前提が崩れちゃったりする事実ってやつか、これ?」
「情報の信憑性への疑問? そんなの今更。だって記し残すのは人間なんだもの。むしろ人類の全ての情報は語弊であると認識した方がいい。他者を誤解の崖の縁へ導くための異音だ」
「そりゃ極論すぎるんだけどなあ」
世間一般で通じる鑑定内容に驚いてるのは、それが俺が自分で知った内容と違い過ぎるからだ。
具体的に言えば、世間の鑑定は人間の感性での物差しで書かれている。
が、俺のの場合は、まるで人間以外の者がゲームシステムっぽい規格をなぞり書いてるような感じ。
身近な物を例に比べてみると――
【薬草】
・ヨモギに似た葉形の植物。そのまま食用することで外傷型の怪我を癒す。また生薬の手法で精製することでポーションの抽出液になる。
世間の鑑定ではこんな感じ。
効果はゲームっぽいといえるが具体的な数値は無い。それに関しては、外傷の規模の明記も個人差が大きいのか意図的に省いてる感がある。
そこを俺の実感で補間すると、腕が骨まで見えるほどに斬られても傷は塞がり出血も止まる。ただし失った血は再生しないし腕の機能としても麻痺状態な感じになる。それが回復するのは大体半日の時間経過を必要とする。
と、こんな感じ。
対して俺の鑑定機能だと。
【薬草】
種別:食材。錬金素材。変成素材。
・地上植物を魔素で再現した食材。
・生物が摂取することで体内で高濃度の魔素化し、その生物の構成情報に沿い欠損箇所を魔素変換で補修する。
・物体的接触の途切れた部位には魂源情報が伝達しないため補修不可能。ただし仮設的な接触状態であれば連結したものとされ補修対象となる。
備考:1
基本的な回復薬。怪我などの外傷の他、癌化異常の細胞も正常化します。しかし細菌やウィルスによる病症には効きません。そちらは寄生症状対応のものを使いましょう。
備考:2
部位欠損の再生はできません。しかし、斬られた箇所同士を貼りあわせた状態でなら再結合させれます。ただし、欠けた箇所が生体的に死亡状態だと効果は発現しません。
世間では薬草は怪我を治すものという認識だが、俺の方のこの説明を改めて解釈すると、『完全な人体を再生させる結果、怪我が無い状態になる』と取れる。
そしてその方法が、治癒では無く魔素による補間、別の存在を人の身体の一部に模倣させてる……になる。
正直、ちょっと気持ち的には怖い想像に繋がる感じだ。
「へえ……、もしかしてウマ王様は鑑定持ちになっちゃった?」
「まあそんな感じだ」
ノートに手書きで記したのを並べて見てるのだから、普通に読辺にも読まれるものとなる。この三日、この作業を手伝わせてるのだから、そのくらいの情報開示も致しかたなしだ。
そして当然。
「随分と、非人道的な内容で鑑定したね。さすがは鬼畜ウマ王」
「人の尊厳を捨てさせようとすんな。けどまあ、やっぱりそういう内容だよなあ」
「うん、これ内容が完全に、人間を含めた生物が実験対象な扱い。あとじゃあ、『絶倫』に戻す? なんか充電中みたいだから現状に則して変更したのだけど」
「いや意味不明の合いの手が気になって本筋への対応が飛ぶわそれ!」
この三日、読辺には絶倫だの鬼畜だの覚醒だの変な冠詞つきで呼ばれ続けた俺。
実は読辺、その言葉の毒っぷりから知ってる奴らには『毒辺』とも呼ばれている。
特にその表情が、敢えて貶めてるのではなく本心から素直にそう思ってます的な感じなので余計にキツイ。言いかえれば、読辺にしてみれば俺が正しくそういう存在だと認識されてて、俺を評するのに正確な言葉として鬼畜が使われてるというだけなのだ。
なら素直に『昏井くん♪』とでも言えと言いたいが、そうすると高確率で『彼女代行を希望なら年俸査定と契約書を用意して』と返されるので押し黙るのが正解なのだ。
「……そういえば、なんで『覚醒』なんてもんもラインナップされてたんだ? そこはちょっと経緯の想像すらできない」
「ん」
読辺の返しは……、俺への指差し。
俺自身? 意味わからん。
「眼、白い」
「へ?」
「左眼、カラコン入れた? 中二病ならぬ高二病のデビューに相応しかろうと評した」
「え……、えっ、マジか? あれコンタクト落としたか? というかこっちが地だ」
「あ、そうなんだ。へー」
元々が白に限りなく近い青の瞳が俺の左目だ。それを黒のカラコンで隠蔽していた。というかあのカラコン、あれでも一応魔道具扱いで、一度装着したら半生分くらいはノーメンテで裸眼同様に使用できるってのが売りだったのに。
後日、その原因を調べたら原因はあっさり解った。
答えはあの解呪の治療である。魔術的には似たような感じだったようで、呪いの解呪に便乗の形でカラコンの機能も消滅。後は俺も気づかないうちに自然に外れていて、今の今まで裸眼のまま過ごしてたというわけだ。
思い返せば、この三日、俺が視線を向けた相手は何故か一瞬ビクっと怯えたような反応したなと、いまさらに納得する。
「本人もウマ王を認知して『ウ魔王』を目指すという周囲の見解なのだけど?」
「なにそれぇ!? なんか俺、魚丸呑みが特技な感じじゃん! 俺日本人だよ、イワシ一気飲みが得意の欧州の一部地域とは全く関係無しの一学生だよぉぉぉっ!」
※)一部地域の欧州の方、真に申し訳ありません。m(_ _)m
この後、全力でカラコンを買いに走ったものの、『未成年は眼科で診断書持ってきてね』とやんわり断られてもう暫くは噂の覚醒状態を世間に晒すことになったとさ。
めでたくねえ、めでたくねえ。
※)タイトルは誤字では無いのです。