03 観る者を魅了してこその、その美なり
本日分、ラスト
「こっ、こんなこともあろうかとよねっ。先見の明ってやつよね!」
「最初は『要らない、手間、運転面倒』ってボヤいてのに」
「というか、特D四輪免許もってたんだなあ、赤重さん」
今の社会は探索者人口の激増とその業務内容に合わせる形で法整備が再編され、自動車運転免許などは中等部入学時に解禁される。これは探索で得る資源の効率的な運搬手段の確保が優先された結果だ。
『特D四輪免許』とは『ダンジョン適用特殊四輪車両免許』の略称になる。
ただし、交通法規自体はそう変わっていないので、小さな事故でも起きる金銭問題に躊躇して学生の免許取得率はそう高くない。学生の内は学校側がそういうサポートもこまめにしてくれるというのも取得率を下げる理由としては大きい。
ただ自分で免許を持っている場合、ダンジョン内に自分の車両を持ってきて移動の足として使えるメリットは存在する。当然、ドロップ品の運搬にも大きく活躍するのである。
「女子二人での活動だと、ただダンジョンを歩くだけでも問題が起きることもあるので。その防衛用の意味でコーちゃんが取ったんです。実際は、ほぼ使わない感じだったけど」
「へーえ。ちょっと羨ましいかも」
赤重さんの個人車は今の基準でいう『D特・普通四輪』という区分の車両で、見た目の感じで言えば軽自動車サイズの装甲車になる。搭乗人数は二人から六人。同じ収容空間内を重量限界3tの荷室としても利用可能。そして既存の自動車との最大の違いは、固定式武装の搭載だ。これは魔物への対抗手段が名目だけど、実のところ最も良く相手にするのは人間だったりする。探索には便利なアイテムだからなあ、地味に簒奪者が多いのだ。
パッと見、この車両の武装も非殺傷テイザー系なので、何を相手にの仕様かがよく解る。
「あ、昏井くん。それ電圧上げてて危険だから触らない方がいいよ」
「うひゃあ」
訂正、殺意高いなっ。
さて、この殺人車両はこの階層にきた時点で彼女たちが用意したものだ。もともと大量のダンジョンゼラチンを持ち返るつもりだったらしい。
ただ、運転担当の赤重さんが探索開始直前に「面倒だ」とボヤいて、なら最初は歩き探索で「コ―ちゃんも後悔しなさい」と青杜さんがプチでキレての行動となってたわけだ。
……うん。あの肉祭りの一件、地味に青杜さんのトラウマになってたらしい。ホントスマン。
さらに言えば、そのトラウマは赤重さんにも小さく刻まれたようだ。
突如現れた膨大なダンジョンゼラチンを前に呆然だった二人だったが、やがて「じゃ、これはコ―ちゃんが運ぶのの担当ってことで」とニッコリ笑顔で宣言したので、一瞬で顔面蒼白と化した赤重さんはダンジョン入口へとダッシュ。この階層に駐車してた車をドリフト全開で持ってきて、積載したという流れだったのである。
ちなみに、この車両のタイプは基本二人乗りのハーフトラック型。ただ後部の荷台は、特殊ソフトトップの幌を開き、折り畳み式の座席を展開すれば、半分サイズに縮まった荷台と四人乗りへのモードチェンジが可能となる。
幌つきの装甲車とは不思議な印象だが、これでも人間社会基準の武装に対しての防刃防弾には充分な性能を発揮するらしい。
車体は見事に真っ赤なホットロッド塗装で、ボンネットには派手なファイヤーパターンまである。俺の感想を正直に言うならば、ちょっと美少女が乗るにはワイルドさが過剰に思えてしかたがない。
「コ―ちゃんの趣味です」
この件に関しては青杜さんはノータッチらしい。
さて、今回の俺のドロップの大きさだけで荷室の限界を超えるのだが、そこは青杜さんのフリーズドライの魔術で水分を取り除いたことで解決済み。約二割まで体積を減らしたダンジョンゼラチンは問題無く荷台の隅に小さく収まった。
で、収まりはしたのだが、この実績は彼女らの美への求道心に灯を点けたらしい。
「じゃ、本格的にコラーゲン祭りに行くよー!」
「おーーー!」
「…………」
“ぽにょんぽにょん”と響く異音も二度三度と聞くと慣れるらしい。荷台に八体分の乾燥ゼラチンが積まれる頃には二人とも平常心のままとなっていた。
スキルへの追及は御法度の精神も守られて、特に俺への質問も無い。一応、地面を特殊に振動させての電子レンジ風味な音波攻撃とは偽装しておいたので、それを信じているらしい。
だが彼女らがそれを観察する様は……ちょっと真剣過ぎて俺的には焦り気味だ。一度なんかは攻撃配分を失敗し、核を破壊したあとも発射した[謎の怪光線]がラージスライムを突きぬけて天井まで飛んでいくのを見せてしまった。
『魔術による音波だからね』と強引に納得させたつもりだが、果して本当に納得してくれたかは分からない。
また困ったとこは、ラージスライム以外の魔物との遭遇だ。そちらはなるだけ彼女たちに任せるか、俺たちからは死角になる距離で[キャトるさん]で始末してるが、そこで得てしまったドロップ品の処分が地味で面倒だった。
やはり死角になる場所での投棄なのだが、状況的に俺たちが通った後の背後になるのだ。もし突然この場から反転しての移動とか言いだされたらグリム童話な感じのパン屑代わりに謎の落し物が点々と続く情景を見せることになる。
一応、他の学生とは探索範囲が重ならないよう配置されてるはずだが、それでも確実じゃないはずなので、そういう連中に見られても不審を与えるもんなのだ。
なんともまあ、異性と行動を共にするのはこうも精神が疲れるのかと、実感した俺だった。
それちゃうわ、と自分の中でツッコム意識が無いでもないが、そんな現実逃避が必要なくらい気持ちが疲れてたとも言える。
だから見逃してたのだろう。魔物の特殊個体は、別にボス部屋に限って出る存在じゃないってとこに。
ラージスライムを何体倒したかも忘れ、気分は『荷台の七割が乾燥ダンジョンゼラチンで埋まったから後三割だなー』とボケた意識になってた時に、俺たちはソレに遭遇した。
探知でサイズは確認してたので最初は普通のラージスライムと思っていた。
しかし色が、明らかに違う。黄色というか、表面の光沢に金属質のものがあるため金色に見える。しかし半透明なのは変わらずで体内の核の存在は確認できる。
というか、え? なんか核の形が変な……
「やっばい!」
「特殊個体っ、『クイーン』を確認。逃げるよ昏井君、話とか全部後で!」
「えっ、うん、わかった」
二人はこの特殊個体を知っていたのか、困惑する俺を置いて逃走を宣言する。車両もその場でバックする性急さから、この個体の危険さはなんとなく感じれたので俺も大人しく従って、きた方向へと転身した。
途中、俺が懸念してた“落し物”に関しては幸運にも無視された。つまりそのくらい、あの金色のスライムは危険だという証拠なのだろう。
幸い、色は違うが動きは普通のラージスライムと同じで遅い。明らかに俺たちをターゲットと認めた動きではあるが、秒速10cmな感じなので簡単に追い付かれる心配は無いと判断できる。
ある程度距離をとり、引き離したら車両も反転させ、俺と青杜さんを荷台に乗せての移動に切りかえた。
「ダンジョンの回廊内は時速20km制限なのよね。ホントめんどい!」
法定速度というわけじゃなく、なぜかそれ以上、正確には時速30kmまでの速度を出し続けて5kmの距離を移動すると、この階層内の全魔物のヘイトを固定する行為になるらしい。
そうなったらもう、この車両で逃げること自体が不可能になる。どんなに、何処に逃げてもヘイトが途切れなくなるのだ。下手に地上まで逃げようものならそれが魔物を地上に導く起爆剤となる。
そこはダンジョンが確認され、その後数年、人類が嫌という程経験して身に染みたものなので国際法規としても記された決まり事だ。
もしその状態になったら、最低でもこの車両は放棄し自分の足で移動しなければならないのである。
「昏井君、クイーンから30分ほど時間を稼げる位置になったら教えて。そこで説明と対策をとるから」
「あ、うん。解った」
うん、もう完全に探知してるってバレてんだなあ。
そうして一度待機できる場所まで移動した俺たち。そして青杜さんの説明してくれたことによると――
『ラージスライム特殊個体:クイーンスライム』。
他スライムのような強い溶解能力は無いが、体内の複数の核を有しそれらが全て一定時間内に壊れない限り死なない特性を持つ。その時間は約20秒。実質全ての核を同時に壊さなければ倒せないという仕様である。
またその複数の核を使う眷族精製という特殊能力を持っている。要はRPGゲームでいう『仲間を呼ぶ』という感じ。
問題は、その作成方法が探索者を対象にする寄生でという部分。核が一時的に半分物体半分魔素のような感じになり、こちらの防御を抜いて直接身体に融合してくるんだそうだ。で、探索者の身体を素材に自分の複製体を作り分離させる。だいたい探索者一人から五体の眷族を作る。その時点で複製体内の核もまた増殖し、後は最悪探索者の数だけ増えて行くという寸法になる。
「効果的な対応は本当に範囲ダメージの魔術で一掃しか無い相手で、わたしたちじゃ最初から敵対できないってレベルなんです」
「なるほどなあ」
「それでも、ドロップ品の魅力からか討伐は積極的にされてて、だから私達程度の探索者には遭遇実績も少なくて、余り認知されてないんだ」
「へえ、ちなみにそれは?」
「『ロイヤルコラーゲン』、未加工でも生体活性化の効果つきで、世間的に解りやすく言えば『若返りの薬』って認識されてるよ」
「あ、納得した」
そりゃ需要は計り知れないって感じだろう。そして、学生は知らないと言いつつも二人が知っていたことにも納得した。
「他にも戦闘時の注意として、下手に地肌に接触させると――」
「ストーップ! ファンファン!」
「――っ、とー……、接触しちゃうとー……、弱い溶解効果ですけどっ、中和し難くて装備への損害が甚大になるんです。そう甚大っ。だから絶対、触れちゃダメな相手なんです」
「……なんか、露骨に情報を捻じ曲げなかったかな?」
「そそそそそっ、そんなこと無いですよ昏井君っ。あ、あははははっ」
「そうだよ! ウンチク馬鹿のファンファンが誤情報なんて言うわけ、無いジャナイカー」
うん。確実に捻じ曲げた。
まあ、接触が厳禁だという部分には間違い無いのだろうが、ならば俺には、特に問題視する相手じゃないという結果になる。
なにせ常に、敵からは届かない場所から卑怯に狙うのが通常運転なのだから。
「さて、じゃあ状況確認だけするけれど。俺たちはあのクイーンを相手にする、orしない。どっちの方針なのかな?」
「その前に昏井君に確認しますけど、クイーンの追跡は続いてます?」
ああ、そっちの確認も大事か。
魔物は一定の距離を引き離すとヘイトが消えていることもある。普通は移動距離にして100mもあれば充分なので、本当ならもうクイーンは俺たちに関心を無くしててもいいのだ。
だが今回は無理らしい。遅々としたスピードだがクイーンの移動方向は確実に俺たちへと向かっている。逃走時にわざと左に曲がるルートにした割に、その間を最短で結び直線的な移動で近づいてるのが解った。
「俺たちの固有魔力の波形でも探知してるのかな、逃走経路とは違う回廊を使ってこっちに向かってるよ」
「じゃあ、最悪地上まで連れて行くことになりますね」
「相手するしか……ないのかあ。ヤダなあ、まさか昏井くんに私の聞かれちゃう感じ――」
「コ―ちゃん、ダメ!」
「あうっ!?」
……うん、聞かなかった聞かなかった。
なんとなく想像できてきたが、俺は何も知らない。
わざと遠くのクイーンに関心を向けた振りをして、赤重さんの今の失言は聞いてない風を装う。
「じゃあ、戦う方向だね。なら今まで同じに俺が遠隔から一方的に対応って感じでも問題ないかな。核が寄生してくるってのが接触時なら問題無いし、スイカの種飛ばしな感じで来るにしても、その距離さえ解れば対応可能かもだし?」
「「あっ!!」」
どうやらクイーンの存在に焦ってて、今まで自分達がどうやってラージスライムと戦ってたかを完全に忘れてたらしい。
青杜さん情報によると、核の射撃による寄生はあるもののその距離は俺の攻撃距離より遥かに短いのが解った。
最大の問題は、あれが15階層のボスと同等の耐久性を持ってた場合は長時間の攻撃継続が必須で、核の仕様上さらに攻撃時間が伸びるだろうということ。
だがまあ、そこは気持ち開き直って本当に全力で対応すれば時間短縮できるのではという算段もある。
なので俺たちは、一度は逃げたルートを再び戻り、クイーンを討伐すると覚悟を決めたわけである。
「一応確認。赤重さんの[聖域]は寄生への防御は可能なんだよね?」
「うん、平気。結構無効化に魔力を使うけど、今なら一時間程度は問題無いと思う」
「ん? もしかして前に戦ったことがある?」
「あっ……うん。一昨年くらいにね。前はファンファンともう一人で、三人でチームしてて、ね」
「あ、なんかゴメン」
探索者の仕事は魔物と戦うことだ。魔物を狩るという部分を含んでいても、魔物を一方的に狩れるのとイコールじゃない。
時には此方が、魔物に狩られる立場にもなるのである。
まあ、今回は違うけど。
「じゃあ、特に俺のガードは気にしないでいいけど、流れ弾だけには注意ってことで」
「りょーかい!」
「わかりました!」
クイーンとの再遭遇する地点をある程度操作できると気づいた俺たちは、この階層の比較的大きい、小さな広間になっている場所を選んだ。
とはいえ、正面からガチンコというスタイルではない。
広間に通じる回廊の一つに車両をバリケードとして陣取り、クイーンはそこへの正面の回廊から広間に現れるように誘導したのである。
そして布陣は、メインの攻撃用砲台として俺。万が一のガード役として赤重さんだ。
俺たちは車両の荷台に正に固定砲台として鎮座し遠隔攻撃に集中。青杜さんが車両の運転手として待機し、計画が失敗した場合は即座に撤退する役となる。車両をバリケードにする都合上、正面をクイーンに向けて逃げる場合はバックになるが、とりあえず運転に支障は無いらしい。むしろ、無免許ながら青杜さんの方が丁寧で緻密な運転なのだとか。
うん、ハンドル捌きは当人の性格が出るんだよね。わかります。
俺の範囲探知によってクイーン以外の魔物は既に掃討済みである。自重無しで[キャトるさん]1号2号を展開したので、船内にドロップした部位破壊ボーナスも怖いことになっている。
だが今回に限ってはこれで終わらない。
「念のため言っとくけど、俺のスキルが暴れるから眼の前の光景にパニックは無しで」
「えー……っと、スキルが“暴れる”?」
うん、事前に説明しときゃ良かったと今になって気づいたんだ。
でも手遅れだ。既にクイーンの姿が回廊の向うにも見えてしまった。向こうは見ていなくても感知はしてるから最初から不意打ちへの期待も無い。
「それでも、これは結果的に不意打ちなんじゃないっかな!」
“バクン!”
突然、クイーンの半分近くが欠けて消えた。
遠めなのでよく確認はできないが、核の数個は確実に喰い千切ったと思う。
“バクン!”
さらにもう一度、残り半分の六割ほどが欠けて消える。
床から飛び出した牙だらけの大口の円盤があっと言う間にクイーンを食い散らかした結果である。
今回は一口で最大限に食えるよう、[キャトるさん]をイルカのジャンプよろしく勢い良く地面の下から跳ねさせた。
結果、一瞬でクイーンは体積の大半を食い千切られて、無残な残骸へと変貌することになったのである。
バシャーンな感じで水面ならぬ地面に潜っていった[キャトるさん]たちの後にはボロボロになったクイーンの――
「とっ、これでも再生しようってか!?」
――身体が全損しなかったのと、まだ無事な核が残ってたようで欠けた部分が急速に再生しようとしていた。また、本体から少し離れた位置でも小さな再生の反応が見えた。
たぶん、本体から飛び散った核がそれを中心に新たな身体を作ろうとしてるのだろう。
“ぽにゃん”
飛び散った方には[謎の怪光線]を。
再生とはいっても薄膜同然の体積じゃ、見た目餡子入りの水饅頭である。狙いは外しようもなく怪光線の輪が完全に核を捕えた。後は巻きつき、籠めた魔力分の分解効果で核を破壊するだけだ。
ああ、オカワリもどうぞ。
“ぽにゃん”
もう一本、光の輪が核を包む。
“ぽにゃんぽにゃんぽにゃんぽにゃん”
輪は幾つも重なって核を包み、もはやその姿すら光の中に埋もれ見えなくなっている。それでも流石は特殊個体なのか、再生しようとしては身体が焼かれ崩壊しというサイクルを何度も続けている。
地味にこっちの方が頑張ってるなあ。
元々の本体は既に消滅済みだ。何度も[キャトるさん]に齧られて三回目には全て喰われた。
確か平均20秒で完全再生とか言ってたけど、この状態からどうやって再生するんだか?
他にも飛び散った核が転がっているのかもしれないが、見逃した気はしないし現に再生しようとしてるものもいない。
後は怪光線に完全に封滅状態の核が一個だけだ。
再生の現象に少し興味はあるが、それを待って下手なピンチとかも馬鹿の所業ということで、ここは安全策を優先する。
怪光線に包まれたままの核を[キャトるさん]で捕食。これで完全に、クイーンという個体は討伐されたことになる。
証拠はこれだ。
俺の手の中には何処からともなく魔石が生じている。
特に鑑定しなくても、これがクイーンの魔石なのは確実だ。なんせ、倒したからこそ魔石は生じるのだし。
「おし、終わったな。確かに半端無い再生力だったから速攻しなきゃ危険っぽい相手……、あれ?」
自分自身を攻撃を受ける場所に置いての本気モードは地味に緊張していたらしい。
気を緩めてみて、やっと俺は彼女たちを意識の外に放っといたと気づいた。
なので軽口で戦いの終わりを演出しようとしたのだが……。
「………………」
隣の赤重さんは目は開けてるものの完全に意識を飛ばしていた。
「………………」
運転席に視線をやれば、青杜さんもハンドルを握ったまんま、以下同文。
「……あれ、やっちまったか?」
その後、やっと意識を回復した二人に[キャトるさん]は地魔術の産物と説明をしたものの……
「「絶対っ、嘘だ!!」」
と、完全否定された。
「そりゃ前に地面から牙ついた口が出てたの見たことはあるけど、あんな風に跳ねたりしてない! あれもうサメよ! シャチよ! アメリカからスカウトされるくらいな感じの立派なモンスターよ!」
赤重さん大混乱。あと地味にハリウッドのサメ映画に精通してそうな反応アリガトウゴザイマス。
でもな、実は[キャトるさん]って空中とか海中は移動できないんだ。あくまで現実の次元との境界のそばに限られる。なので宇宙の衛星軌道で人工衛星やステーションを餌食にするのも無理なんだ。
サメにはそれができるって認識も間違ってると思うんだけどな。
「あれが魔術? 魔術だとして地の属性? ありえないありえないありえない、まるで生き物な感じに動いてたし咬んでたし食べてたし、ゴーレム? でも地面から生え……」
青杜さんは一応真面目に考察しようとして……なんか壊れそうな。
ゴメン、嘘だからその考察に正しい結論は絶対出ない。
実のところ、俺自身にもこのスキルが本当に魔術なのかも謎な仕様だし。というかグレイシップを見せてないから余計に本来の仕様の想像もできないだろうしなあ。
……あ、そうだ。
忘れてた。
ドロップ品の放出してないじゃん。
ええと、確かクイーンのドロップ品は『ロイヤルコラーゲン』だったか。
ただ俺って実物知らないんだよな。一応船内で現物を確認すれば疑似鑑定的な判定が働いて理解できるんだけども……この状況じゃ難しいし。
あ、そうだそうだ。
「えーと、じゃ、俺あっちでドロップ品拾ってくるから」
この場では無理でも、少し離れてクイーンの居た場所でこっそり確認しよう。
搭乗口を開けて爪先でも入れれば中身の確認は伝わるし。そして平然と現物だけ、気力で選り分けて放出するよう努力しよう。
今までやったこと無いが、何事も最初はある。スキルは意識の結実したものでもあるのだから、俺ができると本気で思えばそれが現実になる可能性が、たぶんあるのだから。
半分意識は覚醒してるが二人が呆けているのも事実だ。
現に言葉には反応したが視点がこっちを見てないし。
おそらく夢遊病に近い状態なんだと思う。
もしくは、催眠術のトランス状態とかな感じ?
とにかく意識が自然回復されたらお終いなので手早くやろうと移動。直ぐに搭乗口を床から出すと蓋を開けて確認を――
「これは何です、昏井くん?」
「これがクイーンのドロップ?」
「うええっ!?」
何故か直ぐ背後に居たお二人さん。
視点が怪しいのはそのまんまなので、意識が怪しいのは解るがホントに何で?
……と、それが拙かったらしい。
いや、蓋を開けた瞬間に感知したから理解はしたんだが、それを途中で止めようとするには意識の切り替えが追い付かなかった。
思えば、最近の俺のドロップ取得量は異常だったのだ。
これたぶん、グレイシップのスキルの効果だったのだろう。
『取得量増加』とか『レアドロップ確立上昇』とか。そんな感じの。
なのでこの短時間ながらも本気狩りで船内はドロップ品で満ちていた。クイーンのも含めていろいろなもので。しかももう完全にパンク状態で。
だから当然のように、蓋が開いたら解放される。中の圧力が治まるまで。
足下から大噴出し溢れだすモノに俺たちは呑みこまれた。
大半はダンジョンゼラチンだな。この感触には覚えがある。雑魚の掃討としてこの広間内と、その周辺附近のを狩ったためのものだろう。
他には、懐かしきオーク肉に恐ろしい臭気を宿すゴブリンの腰巻、シャドーハイエナの牙とかフライングオクトパスの触手とかホントもう、いろいろ。
ゼラチンの粘液にまみれて、しかもそれらが身体の各所に貼りつくという惨状。これはちょっと随分と酷い状況過ぎて、俺と同様の有り様となった二人にどう説明したらいいかに本気で困った。
困ったのだが、……あれ?
なんかお二人の様子が?
彼女らは本気で驚いたのか、その場に座り込んでいた。
そんな彼女たちのそばには、無色半透明のダンジョンゼラチンとは明らかに違う、やや金色に染まった物も散乱していて、たぶんそれが『ロイヤルコラーゲン』なのだと推測できた。幾つかは潰れて崩壊し彼女たちの全身を濡らしてしまっているが、無事なものも多いので大損とはいかないだろう。
ここは、俺のスキルに感謝するとこかも?
で、気づいたのは彼女らを濡らす色がもう一つあること。
仄かにピンク色というか、桃色と桜色の中間な淡い色のダンジョンゼラチンである。
「……なんだこれ?」
悩む時間はもったいないと、当初の計画どおり船内へと爪先を入れて確認。一度でも格納したものは鑑定機能の対象になり記録されている。今回はそれを呼び出す感じだ。
【クイーンローション】
種別:薬剤。錬金素材。
・特殊個体:クイーンスライムの体組織の成分が抽出された薬剤。
・発情促進剤としての効果あり。飲作用、皮膚接触、粘膜接触により効果発現。
備考:1
・抽出による濃縮効果で体組織との接触時に起きる症状より劇的な効果を発揮するため、原液での摂取は厳禁。
備考:2
・錬金加工により[惚れ薬]となるが、この状態では単に肉体を発情状態にするものでしかない。
……ああ、そういえば彼女らの会話にそんな伏線があったよねー。
というか、薄々そんな設定があるだろうなーな感じで予想してよな、俺。
と、ガクンと俺の足下に負荷が来て、そちらを見れば、それは俺のズボンの裾を、座り込んだ彼女たちが掴んでいるためのものだと分った。
今の彼女ら俯いてるので表情は分らない。ただ、掴まれたところから彼女たちが全身を震わせてるらしいってことだけは良く伝わってきている。
あれ、これちょっとヤバい状況ってやつか。
いや、俺的にはそう危険な気もしないんだが、具体的に言うと事後に一生分の危機が降りかかってくる感じでのやつ。
うわ、俺なに言ってんの!
事後とかっ!
いや、そういう意味で言ってんじゃのーて状況的な説明として……あれ、同じ意味か?
……っじゃなくて!
「解決策! この事態の鎮静化とか! ええっとまだなんか説明抜けてないのかよ!」
【クイーンローション】
備考:3
・対抗効果の処置により効果消滅が可能。
例1)TS薬投与による性転換。
例2)高位聖属性魔術[シール]による効果封印。
例3)中位闇属性魔術[ニアイコール]による効果変性。
※ただし、高い確率で似て非なる症状化となるので注意。
備考:4
・女性限定で効果のあるものなので、男性の摂取は無効化します。
・男性で同様の効果を欲する場合は、[エンペラーローション]をご利用ください。ドロップに該当するものは『特殊個体:キングロードスライム』となります。
……あったーーーーって、どの解決策も手元に無いっっっ!
というか、どの解決策も微妙に酷いっ!!
あと、備考の4とか要らん!
つーかエンペラーだのキングロードとか名称がブレまくってるのが気になるわっ!
「ともかく、いま唯一可能性のあるのは『例2』の聖属性魔術か。おいっ、赤重さん、赤重! あんた[シール]の魔術は使えるのか? それならその症状を抑えれるらしいから使えるなら――」
「えふぅ……ん、し……汁?」
「ちっげーーーよっ!」
やべっ、すっげー色っぽい。
逆ギレで怒鳴らんかったらこっちの意識を飛ばされてた感ありまくりやん!
幸いというか何というか、惚れ薬じゃないぶん彼女たちの反応はまだ理性的で安心した。単に発情してるだけ。うん、人も動物なんだから別に変な症状じゃない。
あ……変なっていうか、露骨に異常な状態だけど生物が本来持ってる状態の発露だから、状態異常無効のはずの赤重にも効果が出てんのか。
なんという裏技。
ダンジョン、マジに恐ろしいとこだな、おい。
っじゃなくて。
想像半分での認識だが、彼女らは今の状態が必至に抵抗してる姿なわけだ。極論、別に命の危険があるわけじゃないし、希望での話を言えばこの効果も永遠ってわけじゃないだろう。
なら、この場で効果が消せないならば消せるとこまで行くしかない。ダンジョンを出て医務室に放り込めば、たぶん保険の先生が何とかしてくれる。
そうと分かれば。
とりあえず彼女たちの求めたドロップ品だけは死守だ。
グレイシップに詰め戻せない分は車両の荷台に放り込み、なるだけ遺棄するものは無くす。
この際、彼女たちも車両の荷台に積む。なんせ赤重は怪しい言動が止まらないし、実は大人しかった青杜さんは……ちょっと……指の仕草が危険過ぎて、とても自分の隣の座席に置いとくのが危険すぐる。
俺への媚薬効果は出てないが、俺にとっては二人の行動自体が媚薬と変わらんのだから仕方が無い。
そうして酷い状況のまま強引に帰還。
俺の無免許運転はこの際気にしないってことで。
ちょっとアチコチぶつけて車体が大変な感じだが許してもらおう。
そして彼女たちは無事に医務室へと送り届けた。
彼女らの回復の詳細に関しては……俺は直接には知らされてないので割愛しておく。
いや、回復したこと自体は知っている。
彼女たちの見舞いで、それは確認できたから。
なぜ見舞い?
そりゃ当然だろう。
前回と同じだよ。
地上の学内であの状況を観た連中の誤解と曲解の成果だ。
今度は全治二週間ということらしい。
今回の呪い属性は……さらに強力とのことだ。