03 人は幻想を追い求めるが故に
本日、ラスト。
魔物肉を含むダンジョン食材には普通の食品類とは性質の違う消費期限がある。
常温保存でも腐敗はしないが、その現物に記録された物質化限界時間を超えた途端に魔素として崩壊するという仕様だ。
肝心なのは、物質化限界を現状では正確に知る方法が無いということ。
現状は過去からの経験則からその限界値を推測したものが、建て前上、正式なものとして扱われている。
オーク肉に関してだと、魔素化崩壊までの期限は約五年。大昔の完全冷凍肉と比べたら保管期限が露骨に短いものとなり、供給量が多いこともあって末端価格も格安だ。しかし味に関してはブランド肉にも負けない水準だそうで今の日本では庶民の美味しいお肉として広く周知されている。
そして売値が安いとは言っても何十人何百人分となるブロック肉のまとめ売りとなれば結構な価格だ。学内の買い取り受付に卸した分の他、馴染みの肉屋への闇売り分も合わせたら、もう今月は遊んでてもいい感じの貯金を得れた俺だったりする。
授業の一環でダンジョンに行くのだから、あくまで例え話でってことなのだがな。
最近気になる問題は……闇売り分を含めても売りきれない異常な在庫で家の収納が怖いことになっていることだ。
一番古い在庫がそろそろ去年のになってることから、どんな現状かの想像もしやすいだろう。
そういうものから店売りできれば、まだ在庫管理も楽なんだが……逆にそういう物ほど賞味期限の長いのをというのが市場の原則ってことらしい。
つまり、古い肉ほど自家消費。
おかげで先々月から俺の食事は三食必ずオーク肉である。家族団らんの夕食においてもノルマとばかりに肉の盛りが追加される。
何という鬼畜の所業。
カレーライスにオーク肉のサイコロ肉が入り、同時にオーク肉の生姜焼きがセットで出される、手巻き寿司にオーク肉の回鍋肉のセットもあった、等級付き牛しゃぶにオークしゃぶが混在し、トドメは同じく等級付き牛ステーキ一枚にオークのステーキ五枚とかが追加盛りで置かれる。
家計の助けになると思って頑張って肉を狩ったというのに。我が母は鬼である。
まあ、逆に狩ってくるにしても限度があると逆ギレされたが。
ともかく、自宅飯はいいとしても弁当もそうなので、そろそろ俺はオーク肉しか食わないというのがクラス内では定説となるくらいには知れ渡ってしまった。
そこは少々困っている。
なんせ毎日のように学内にも肉は卸してるし。それだけ大量の肉の供給方法は? と、勘ぐられる原因にもなるかもしれないからだ。
ホントに、困ったもんだ。
ちなみに、今日のメニューは定番の生姜焼き弁当と……分厚いオーク肉カツのカツサンドになる。使った食パンは半斤分。単純に二人分の量がある。
探索者になった者が大食漢化する仕様がなければ腹がパンクするという、地味に殺意の高い内容だったりした。
さて、今の学生の修学内容はというと、週の半分は座学中心、もう半分はその学校が管理するダンジョン探索を中心にという配分が基本となっている。
とはいえその配分を最終的に決定するのは各学校の方針次第なので、ただの目安と思っておけばいい。
俺の通う地域は学年が上がる毎に探索実習のコマを増やす感じなので、その基本方針が当てはまるのは中等学年の三年あたり。高等学年になると週前半の三日は午前中が座学授業に割り振られるだけで、残りは全て探索実習か、または探索に直結する実技訓練という感じになる。
そして今日は水曜日。明日からは全コマを探索に使うことから大半の学生は午後を実技訓練として使うようだった。
俺の場合は……スキルの性能的にあんまり実技は関係しないからなあ。
ただ、喰い過ぎて膨れた下っ腹を少しは凹ますために、基礎運動くらいはするかな気分だった。
……予定外の、俺の中ではとある特定区分に振り分けた人物に誘われるまでは。
「昏井くん、よよよっ、よろしくお願いします!」
「あー……、えーとまあ、此方こそよろしく」
午後の予定変更。
自主訓練→クラスの女子の探索サポート……の代役へ。
午後の授業開始前に教室に戻り、ジャージ式戦闘服の用意をしてたとこで女子二人に声をかけられる。
この二人はクラス内はおろか同学年と上級生にすら知られてるコンビである。理由は、言葉にすると異様に恥ずかしいが……共に美少女の名乗って偽り無しの女子コンビだからだ。
片方は赤重コーラ。活発キャラ担当で近接物理系の前衛タイプ。ただし回復系魔術も使えるので『殴りヒーラー』として有名。しかし使う得物が総金属製両手持ちのバトルメイスなので、正確には『粉砕ヒーラー』の方が形容的には正しい。
もう片方は青杜ファンナ。内気人見知りキャラ担当で物理および魔術系遠隔攻撃の後衛タイプ。基本の武装は特殊仕様らしいエアガン。こちらはその性格からあまり男子には情報がこないので、それ以上は知らないのだ。
二人とも保有魔力は高めのようで外見にその特徴由来の影響がある。主に髪色と瞳の虹彩だ。
赤重さんは火属性らしく髪には赤く染まったメッシュの部分がチラホラあるし、見ようによっては瞳も赤い。
青杜さんの場合は何処か金属質のある青っぽさだな。光の反射によってはまっ白に光って見える感じの。
コンビということでデザインを合わせてるのか、髪形は二人とも肩丈のショートボブ。あとは前髪が崩れないよにな髪留め。それぞれ真逆の印象を出してるんだが、そういう共通点からパッと見では双子っぽく見えたりもする。
……うん、本当にいろいろと情報的には真逆なんだがなあ。
「昏井くん、私達の乳比べは終わった?」
「なっ、なんのことかなあ?」
「ひうっ!」
おかしい、俺は今まで美少女である二人の御尊顔を拝謁してたはずなのに。
「いや、むしろ視線反らしてたから。“ここ”に向けてガン見で」
そう言って自らの指先を自分の人並みサイズな胸部に埋める赤重さん。
うん、柔軟性を確認。
「うわあっ、読心術スキル持ちかあっ!?」
「スキル無しでも丸解りだあっ!」
ちなみにこの間、青杜さんは赤面で俯くばかりの可愛い反応であった。
「えーと。えーと。突然の無理矢理な感じでのお願い。すいませんでした」
「あ、いやいや。別に無理聞いたってわけじゃないから、気にしないでいいよ」
ちょっと現状までの再確認に回想モードが入っていた。
その沈黙が青杜さんには『俺が不満を感じている』と見えたようだ。
「ただまあ、赤重さんの話の内容には正直どう返していいかで困ったけど」
「あ……あはははは。コーちゃんがスイマセン。ホントに」
『私、今日急に実技やれなくなっちゃってさ。だからちょっと昏井くんに、ファンファンの面倒みてくんないかなーって感じの依頼したいんだけど。いっかな?』
そう言って自分の腹のヘソのあたりをポンポンと叩いた赤重である。
……俺にイエス以外の返事などは無かろうがっ、という完璧な一撃必殺攻撃だった。
「そんじゃ、軽く内容のおさらいとして。元々二人は赤重さんが前衛で[壁役]やって、[攻撃役]は青杜さんがしてたって流れでいいんだよね?」
「はい、ええ。コーちゃんが魔物をドカンってボコってる間に、わたしが射撃でえいやーって感じ、ですね」
いろいろ酷い内容の返しだが、なんとなく正確な映像が脳裏に浮かぶ不思議な感じである。
「それで、コ―ちゃんが前に昏井くんのスキルを見てたらしくって。壁役として自分と似た動きができるっぽいから頼んでみるって……で、この話に」
「うん。あれ、頼みだったんだな。赤重さん基準だと」
「本当に、スイマセン!」
探索は基本、単独か青杜さんたちのような仲間内の少人数チームで行う。
俺が赤重さんと一緒に行動した過去は無いので、となると実戦慣れのための訓練授業でとなるだろうから結構昔で、高等学年での記憶じゃ無いから中等時代のどこかなのだろう。
となると、俺のスキルも初期も初期の頃で、そう戦闘力も高くなかった頃だと思う。
あの頃の戦い方は……。
……ああ、あれか。
「じゃ、何度か弱めの敵でタイミングを計ってで始めようか」
「はい」
[グレイシップ]は常時俺の足下の次元に潜っているので特に行動を誤魔化す必要は無い。またこの状態でも次元潜行艇としての機能を使う分には制限も無い。なので、何時もどおりにパッシヴ探知で魔物の位置を確認。体型が小さく動きの遅い個体を選んで、そちらの方向へと移動する。
程無く発見したのはゴブリン。ダンジョンでは雑魚中の雑魚となる魔物である。
「じゃ、あの魔物の[足止め]、したよ」
「え?」
ほぼ発見と同時にした俺の宣言に困惑する青杜さん。
あー、赤重さんの話の下りで、既に青杜さんも知ってる情報と勘違いしてたらしい。
「ゴブリンの足下に魔物を固定する罠の魔術を使ったから。今なら魔物が動けないから、好きに狙い撃っていいよ」
正体は[キャトるさん]の牙でゴブリンの足首を甘噛みした状態にしてること。
今のスキルの威力だとゴブリン程度は簡単に咬み千切れるが、初期は歯も刺さりきらず咥えて行動を阻害するのにも結構苦労したのである。今回は、その当時を意図的に再現してみた。
というか、ゴブリンが無理な反応をして勝手に足首を千切らないようにと、普段よりも操作のテクニカルさを必要とする状況だったりする。
「あ、なるほど。魔物の移動を止めてるんですねっ」
俺の能力の詳細は知らなくても状況は理解できたのか、そこからの青杜さんの反応は意外に速かった。
肩掛けしてたライフル型のエアガンを慣れた動きで構え射撃体勢に。そして発射する瞬間までは普通にエアガンを撃つものだったのだが、そこからが驚く内容だった。
“パシュ”の音の後に生じたもの凄い冷気。
“ドン!”と重量物の衝突音がしたかと思えば、それはゴブリンの胴体に人の腕ほどもある氷の大槍が深々と突き刺さり見事に即死させてるというものだった。
「おおう……、こりゃ意外に凄い」
「えへへへへ」
青杜さんのスキルは水・氷系の属性魔術らしい。
この魔術の攻撃原理は大気中の塵を核に水滴や氷ができるのを模倣し、エアガンのBB弾がその核となってるのだそうだ。
青杜さんはこの攻撃手段の利点や欠点を結構饒舌に語ってくれたが、実のところエセ属性魔術士の俺には理解に難しい内容が多く、大半は聞き流すしかなかったりした。
誠にスマヌ。青杜さん。
日常の探索で使う魔術はこれ一本ということで、もう何度か連携行動を試した後、では本格的な狩りをするという流れになる。
……ん?
狩りとな?
「実は最近、コ―ちゃんと二人して気になってたことがあったんです」
「ふむ?」
「昏井くんって、なんか異常にオーク狩りに精通してるんじゃって」
「ふむふむ?」
「実は近年、オーク肉ダイエットという新学説が注目されてて、豚肉に似ていながら摂取した効果が高品質プロテインに勝るものだと言われているのです」
「…………ふむ」
「それで……その実践のために、ほんの少しでいいので、昏井くんからオーク狩りのノウハウを学べたら……と」
「ふむ。なるほどなあ」
うん。まあ話の途中から察してた。
オーク肉は庶民のお肉として一般的なものである。
ただ、そのリーズナブルな消費価格はあくまで一般的な食事量を鑑みてという話になる。最近の俺の暴食とかを例に上げれば、それを買ってとなればトンデモナイ出費になるのは当然なこととなるわけで。
探索者なら、普通に自前調達ってのを真っ先に考えるわな。
けどあえて言うとすれば――
「オークの場合、普通に二人で狩っても問題無い相手な気はするんだがなあ」
たぶん、純粋な直接戦闘力となれば俺より二人の方が高いと思う。
青杜さんの動きはそんな想像をさせるくらいの説得力がある。
だが俺の指摘は青杜さん的には的外れだったようで。
「オーク肉って、この学生用ダンジョンじゃ結構レアなんですよ?」
と、ちょっと非難気味の口調つきで補足情報を頂くことになったとさ。
その場が青空教室ならぬ穴蔵教室と化し、俺は青杜さんの講釈を拝聴することとなる。
それによると、世間に流れるオーク肉の大半は北海道と広島にあるオークが大量に出るダンジョンを意図的に管理して一定量のドロップを維持してるらしい。かかるコストは探索者の動員費だけらしいが、逆に言えば人材が重要な資源と化した現代では、そのあたりの維持を突発的なトラブル前提で一定数管理することに結構シビアな問題を抱えてるのだそうな。
なので現状では魔物肉に関しての不当な買占めや横流しは御法度。というかただの学生には手の出せる業界では無いらしい。
つまり、そんな中、毎日のように肉祭りをしてた俺はもの凄く目立つ状態だったというわけだ。
「なんつーか、眼からウロコが落ちる思いでゴザイマス」
「そうなんです。御理解いただきわたしも頑張った甲斐がありました」
どの辺で頑張ったか聞くのは禁忌事項なんだろーなー。
つまり、この状況自体が青杜さんたちの計画、もとい、罠であるというわけだ。
「罠じゃないです。本当にお願いです。御礼もします。えっ……と、何でもとは言えないですけど、昏井くん好みらしいわたしにできる範囲で、……頑張ります!」
「えっ、ちょっと待って。俺好み? 青杜さんが? なんで!?」
「だってコ―ちゃんが、『昏井の焦点はわたしのおっぱいに集中してる』って。私たち、そういう観られ方には慣れちゃってるからわたしも解ってますしっ、ちょっと触られ……揉まれるくらいまでなら許容範囲というか。あ、でも、服の上から限定で。直接は無理ですスイマセ……」
「ちょっっっっっと、待てぇーーーーーえいっ!!」
状況一転、大混乱含みの修羅場と化したのは……何故だ!
……さて、俺の中では青杜さんは内気で可憐風味な美少女だったのだが。
それが一瞬ガラガラと崩壊しかけつつも、自分の直感は正しかったという結論に至る。
俺から5mほど離れダンジョンの壁に向いてしゃがみこみ、両手で顔を覆って無言で悶絶してる様を観ればそういう結論になる。背後からでも辛うじて確認できる耳とか真っ赤だし。異様にプルプルと震えてるし。
うん、可憐風味顕在。
俺の幻想はまだ瓦解していない。
崩壊寸前なのかもしれないが。
このダンジョン内とは言い難い暢気な状況が維持されてるのは、俺が[キャトるさん]を近場に巡回させ魔物を掃討してからである。
グレイシップ内に雑魚魔物のドロップ品を詰めたくないので、そういう手間付きの始末をしてるので少々精神的に疲れてきていた。
けどまあ、この状況の青杜さんに今アプローチをするとどうしても変な方向へと転がりそうなので。怖くて静観しているしかない状況だったりする。
まあなんだ。
今まで別世界の住人と感じていた存在の人間臭い部分に触れたことだけは、いい経験と思っておこう。
美少女故に降りかかるセクハラな背景とか、それで否応無しに汚れた気持ちを抱えるとか、それも含めた部分に困る気持ちとか。
うん、勉強になったなあ。むしろ男は適当に歳とってもガキのままだな。
どうすれば、こういった目の前の女子と釣り合う精神になれるんだか。
やっぱり、常に積極的に接して一緒に成長な感じなんかね。一緒に笑って悩んで最終的に一線を越え……
…………いや、俺にはまだ敷居が高そうだ。
こちらに背を向けうずくまる青杜さんに視線をやれば、ちょっと姿勢が猫背になってるせいか服が突っ張ってボディラインが簡単に想像できたり。
ううむ、なるほど。赤重さんに指摘されたように、自覚無しに胸ばかりに注目がいってたのだと思い知る。
ウエスト細っ。でも腰にお尻に腿とかのボリュームが凄っ。
あとやっぱり、オッパイも凄い。背後からも存在感を主張してるやん。あれが脇乳っちゅーやつでっか。むしろしゃがんで圧迫したが故のあの膨張形態でっか!?
……いかん。
余計に気になった。
なんか自分の言語中枢に支障が出る程にヤバかった。
さて、青杜さんが復帰するまで都合30分ほどかかったが、まあ仕方のないことと納得した。
だが納得できない部分もある。
正直、今日はもう探索どころの状態でも無いのだろうが、俺の意識の冷静な部分が深刻な忠告するのだ。
『何の成果も無い状態で、俺と青杜さんが長時間ダンジョンで過ごした理由を邪推されればとうなるか?』と。
たぶん、明日は俺の死刑宣告が学内全域から複数発令される。
青杜さんは美少女なのだ。ぶっちゃけ、学内中から彼女候補、および露骨に性的に狙われてるのが確実な美少女なのだ。
どうやってもモブか、胡散臭いボッチ野郎という評価の俺が隣に居て彼氏認定される未来は無いのである。
たぶん、目撃情報から性犯罪者の印象でそのまま確定のリンチに直結ですやん。
それを緩和する材料は、現状では大量のドロップ品だけだ。
もともと彼女たちはオーク肉ゲットを目的に俺を嵌めた。ならその希望通りの結果さえあれば、犯人の片割れでもある赤重が弁護に回る味方となるのだから。
明確な目標を得て俺の意識が覚醒した瞬間であった。
「ええと、昏井くん、いろいろとごめんなさい」
「いやいいよ。気にしてないから。じゃあオークを倒しに行こうか」
「え、でも」
「いや報酬とかは関係無いから。というか俺たちは探索者なんだから、目的のためにはそういうかけ引きを使うことだって大事だし」
「あ……、でも、もう結構、時間を使っちゃって」
「だからこそだ。俺たち学生の時間は貴重! たった一回の探索といえど、“なんの成果も無く帰る”とかは無いから!」
そんな死へのパスポートは要りません。マジな話。
既にかつて無い程広範囲に展開した俺の探知の感覚は、此処に居ながらにして同階層全体を認識していれる程に広がっている。しかもまるでカーナビの進行ガイドが如く、最短の移動ルートすら意識できている。
気づけば、正しくは一通りオークの殲滅を終えた時点で気づいた時には、俺は青杜さんの手を取って強引に引きずるようにダンジョンを進んでいた。
戦果は申し分ない。実際には俺たちが接敵する前に[キャトるさん]で殲滅したオークが大半で、ドロップ品は数少ない実戦闘に混ぜ込む形に偽装した。流石にオーク一体を倒してブロック肉が5~6個出るのには疑問を持たれたかもしれないが、そこは出たことが現実として受け入れてもらいしかない。というか押し切った。
探索再開から一時間かそこら。
一応充分な成果を出せた俺たちは、満足な結果を示しての帰還を周囲に示せたわけで、これで俺の偽装工作も完璧だと胸を撫で下ろせたのである。
だがしかし、俺は一つの失敗を見逃していた。
半分混乱させたまま連れ歩いた青杜さんは、自分の意思で俺について移動するには不安を感じる動きをしていた。なので逸れないよう、またはトラブルを招く行動をしないようにと、絶えず手を繋いで移動してたのだ。
それは、ダンジョンを出て地上で皆の視線に晒されるその瞬間まで。
大量のオーク肉は手持ちのキャリーに積みきれず、俺も青杜さんも探索用ツールのロープなども利用して担いだり引きずる有り様で、ある意味こういう状況に慣れてる俺と違い青杜さんは疲労で半分意識朦朧という状態だった。
それでも彼女の顔は、随分と赤い。
というか、色っぽい。特に上気した頬とか耳たぶとか。
虚ろな眼でそれとか、ある意味、俺が最も懸念にしてた連想をさせるに充分な説得力だったと……その時点まで俺は完全に失念していたのである。
「うひゃっ、ファンファン!」
体調不良の嘘がまる分かりの、覇気に満ちた赤重さんの声がさらに注目を集めた。
「……あ、コーちゃん」
「ちょっと、この状況って何? というか大丈夫? ファンファン、聞こえてる!?」
「聞こえてるよー、コーちゃん、えへへへへ」
やっちまった感をいまさらに自覚した俺は彼女たちをどうこうする気力を無くし、ただその会話を聞くしかなかった。
「ほら、凄いでしょコーちゃん。昏井くんがスゴかったんだよ~。一回でも沢山出たんだよ~」
青杜さん、『オーク肉が』が抜けてる。その発言は誤解を生むよ。というか勘違いしかさせない呪言だよ。
「そうじゃなくて、なんでそんなボロボロなのよ」
「へ?」
赤重さんにそう問われた青杜さんは、意識した途端に自分の疲労を実感したのだろう。ペタンと腰砕けにその場で座り、完全に腰が抜けて起きあがれなくなったらしい。
「あはははは~。昏井くんと頑張っちゃって疲れちゃってたみたい」
「ちょっ!?」
止めてえ! 『ダンジョンの駆け足移動に頑張った』からだからあ。
というか赤重ぇ、そんな鬼の形相してこっち見んなや!
もともとはお前達が画策したことだろうがー!
というか俺っ、アホ面晒して硬直しとらんで再起動しろおっ。
だが俺の願いも虚しく、それからも青杜さんの可憐な唇からは爆弾しか吐き出されず、赤重の口からは火属性らしい場を着火炎上させるようなものばかりが出る。
俺がようやっと再起動した頃にはもう完全に手遅れ。状況は、俺が断罪される者としてその場の全員に認知されていたのであった。
翌日、俺が想像したような、学内にて俺の死刑が連発することは起こらなかった。
理由は単純。その日、俺は登校しなかったからである。
別にサボったわけではない。正当な理由で、俺の登校が不可能だったからである。
全治一週間。それが俺の受けたダメージの結果となる。
翌日に想定してたものが、当日に繰り上がって実行されただけだったというわけだ。
外傷など即座に回復する魔術がある中、ここまで回復に時間がかかったのは外傷の深度が深かったことの他、妙な呪い属性の攻撃が混ざってたとかなんとか。
異様に強い呪いの解呪に、それだけの時間を要したのである。
呪いの構造の詳細は分らなかったが、内容は簡単に想像できる。俺でもできるんだから、たぶんあの場の誰でも想像は可能だろう。
ただ結局、努力虚しく悪い形での結果となったが、それでも最悪ではない。
俺の入院が長くなったせいで逆に現場での問題が深刻化せず、過激に進展しないまま学内での誤解の方は無事に解けたのだそうだ。
震源地の青杜さんと扇動者の赤重本人が何度も訂正していったとのこと。
入院中は毎日のように二人のお見舞いがあったのも最悪では無い良い部分に含んではいるのだが、同時にこれはこれで、後々の火種になりそうでやや不安でもある。
あと、赤重には最初の見舞い三日間は土下座待機を強要した。意外と素直に従ったとこが拍子抜けな感じ。
そんなこんなで、退院後はほぼ平常通りの日常が復活してたわけだが、何故か学内での俺の評価にオーク肉の個人バイヤーなるものが追加されてたのには驚いた。
青杜さんが吹聴したのでは無いらしいが、あの肉まみれで帰還した状況に変な噂が付属して、そんな感じにまとまったらしい。
今回の騒動での良い部分としてはコレが一番だろうか。市場に流すよりは遥かに安いが、なんだかんだと古い在庫の処分がしやすくなった。相手が同じ学生でしかも探索者。肉の仕様も知ってるからクレームも皆無だし。
オークだと高等学年の生徒なら普通に倒せるのにこの需要。青杜さんの言ってたことは、どうやら本当のようだと、やっと納得できた俺。
後はまあ、そろそろ狩る魔物は別のにするという決心もついた。
なんせなあ。
やっと減り始めた肉なのに、それでも家での収納分の一割にも満たないのに本気で危機感を感じれたから。
なので今日も、俺の弁当の八割はオーク肉が詰まってるのである。