02 未知の世界を越えてきた
本日分、二話目。
……俺の、あの意を決した覚悟のその後は、フィクションにありがちなスマートで格好いい流れがドンドンっ、ドンっと立て続けに並ぶようなもんじゃなかった。
彼女たちの名誉もあるので詳細は別の例えで多少マイルドに表現するが、それでも俺基準の表現じゃ『泥酔しきってなお絡み酒の止まない女二人を完全介護の気持ちでご休憩させ、大人しく寝込むまで面倒みました』という感じに落ち付く。
この何処に、同年代女子に抱く清い幻想を維持できようか?
無理だ。
もう一度言おう。絶対、無理だ。
故に、俺は俺に課せられたあの時の使命を、粛々と進める機械として頑張ったのである。
そう、資料室の床に正座し、なるだけ客観的に説明したのだが……読辺の対応は黒のハイレッグタイツに包んだ御御足が振りかぶられ、俺の頭頂部を踏み拉くというものだった。
……解せぬ。
「解せぬも何も、彼女たちの痴態を披露させてその発言には説得力は無い。欠片も」
そう言われると反論のしようもないというか。
土下座の俺の後ろには、頭をたれてないだけで同じように床にペタンと座るコーラとファンナの姿がある。今の二人の格好は、[グレイシップ]内の俺の部屋のコピーに収納されていた俺の着替えの一部だ。コーラは2サイズ大きいTシャツにパジャマ代わりのジャージの下。ファンナは逆に、上がそのジャージで下は……俺のボクサートランクスなパンツそのものとなる。
読辺の観察眼は半端無い代物なので、二人がその服の下に下着も着けてない部分は完全にバレているのだろう。一応ファンナが穿いてるのは下着なんだけどね。男物だけども。
「そういう部分の補足説明は要らない。君らが遭遇した問題で君らの生存本能が刺激されてのその結果にも興味は無い。私が聞きたいのは――」
「えーと、特に吊り橋効果とかは……」
「――私が、聞・き・た・い・の・はっ!」
「はいっ」
「君らがダンジョンで遭難した四日前、一体どんな原因があったか、だ。その次に、何故此処に君らが居るかを聞く」
四日? まあ、時間の感覚が随分と曖昧に感じてたのは事実だし、中での体感から二日程度は経過した気分ではあったが……。
時空的にも別空間ということで結構誤差が生じるのだろうか?
もしくは、二人と共に時が過ぎるのも忘れてたってことなのだろうか?
というか……説明を求められても正直にその内容をは、なぁ。
あと……そろそろ足を退けてくれませかね、読辺さん。
ついでに、コーラとファンナは何故俺の尻を抓る? 俺、別にこの状況を喜んでないよ。確かに、ほぼ眼前で読辺の足が振り上がった瞬間の景観には美を感じたけどさ。
その後、痺れる足に悶絶しつつ、大体のあらましを、彼女らの細部は誤魔化しての内容で読辺にする。また[グレイシップ]へ避難した経緯の体裁のために、ダンジョン内で大量の魔物と遭遇した的なでっちあげも混ぜた。
対してグレイシップの機能については、ダンジョン内から現実側に直接移動した部分の誤魔化しようもなく一部正確な情報を伝える。
そう、[グレイシップ]はまたも進化していた。
あの時彼女たちの変質が急激に進んだのと同時に、俺への変質は全てグレイシップへの変質として現れていたらしい。
おそらく俺が船内の空間をダンジョンから完全に別のものにという意識が反映したせいだと思う。それは結果的に、ダンジョン内の移動制限が作用していた部分も無効化した。治療の一連が終わり、俺も含め元の人としての正気を取り戻した後は漠然と地上の何処かに転移できるようになったのが自覚できたのである。
「ふむ、対応しきれない魔物からの避難で、君の次元潜行艇を使った。そして空間的な迷子と化し今やっと現実へと帰還した……と」
「まあ、そんなとこで」
「露骨に嘘で当局の真偽審査に引っかかる」
「ええっ、なんでえっ!?」
読辺いわく、俺への詳細は明かせないが、学園側ではかなり正確にダンジョン内で起きた事象を把握してるそうだ。
それによると俺たちの遭難指定の時間に魔物の異常発生の記録は無い。それに関して俺が否定しても、圧倒的に嘘と断じられるのが関の山。むしろその嘘が原因で俺の社会的な死刑の確立が激増するらしい。
その理不尽さの理由としては……、まあ、思い当たる部分がありすぐる。
「赤重と青杜、君への二人の印象がこうも変われば世間は簡単に想像する。『今回の騒動は昏井宙人が女子を性的にを拐かすためだった』と」
「そこは……絶対違うと主張しても無理だよな。俺でもそう思うし」
読辺の悟ったように視線に晒されているせいか、彼女らは異様に恥じらい、しおらしく、無言で俯いている。
いやまあ、そこは、俺も同じ反応をしたいのが本心なんだが……。
「……腹が立つ。こいつ等のイチャコラ漫遊で私の四日が……。もういっそ断頭台の案内人になったほうがいい?」
「いやいやいやいやっ、それ冤罪だから!」
「そうだよネルネル! むしろソラトは命の恩人だから!」
「ねるねる?」
「あ、いえ。コ―ちゃんの癖なんです」
「ああ、ネルギィだからネルネル、か」
「いくら訂正しても、こちらが折れる未来しか……ないんです」
「あ、なんか納得するわ、それ」
「そこの君ら、和んでないで補足説明。命の恩人? それはちょっと軽く使っていい言葉じゃない」
で、結局は彼女らに関しての情報も開示。
しかし、それこそ俺が知る鑑定での情報に準じたものなので読辺に信じてもらえる根拠が無い。
無いはずなんだが――
「ふむ……、確かに、彼女たちの探索者登録時のデータとは変化があるね。ゲノム情報も異常レベルで不一致。正確な意味で彼女たちが人間じゃないという部分は肯定できる内容だ」
「え、なんでそう簡単に信じる?」
「企業秘密。これに関しては対価は……生半可な額じゃ開示しない」
「あ、金額次第ではするんだ」
さらっと人間じゃない認定されたが、ここまでが俺の彼女たちにできた頑張りの限界だった。ただ一応、彼女たちの意識は前と変わらず、人のままに戻せたとは思っている。
ちょっとばかり……エルフっぽく耳が伸びてたり八重歯が鋭かったり黒髪成分が微妙になったが、そこは彼女たちの美少女性が激盛りされたいい方向の変化だったと主張したい。
「彼女を自分好みに魔改造……、『ウマ王』が本当に『ウ魔王』に切り変わるね」
「うおおおおお……、一部完全に反論できないから苦しいっ」
「身体ついでに、気持ちの方も調教完了のようだし、ね」
「「「きゃーーーっヤメテーーー!!!」」」
この後、『お前が言ってもキモイだけ』と、またも踏まれて怒られた。
結局、俺たちの帰還報告は読辺ネルギィ監修の内容に書き換えられ、それに対する状況証拠も偽装されることとなる。
それぞれ自宅に帰ってからの問題は、各自頑張って鎮静化させた。
俺たちは探索者という危険な業界に生きている世間的には成人も終えた存在だが、俺たちの親の世代にはまだ未成年のガキという認識も共存しているあやふやな存在でもある。
男の俺は単純に拳骨と抱擁で帰還を喜ばれたが、さて、彼女たちはどう家族に迎えられるのやら。
こればかりは、彼女たちと意識を通じた俺にしても知るよしの無い、彼女らだけの記憶にしといた方がいいものだと、俺は思う。