01 魔女の庭先
本日分、全三話。
そして、今日の分で一応の最終話です。
01➡16:00
02➡18:00
03➡20:00
私は読辺ネルギィ。しがない探索者モドキの女子学生。
本来ならとうに自主退学し、親類か何処かの機関のコネを使い適当な場所で新しい人生を模索したほうがいい存在。
私の場合、例のダンジョン戦争難民の系統という救済弱者の特典があるため、そういう都合もつきやすい。それでもこの業界にしがみ付いているのは、まだ未練と諦めの折り合いが未練へと傾いているから。
私は自分でも損得の合理性優先で動く人間だと自覚しているが、この辺の人間的な感情を計算内に組むには、まだ若く幼い証明なのだと理解している。
この厄介な衝動が抑えられない以上、私は探索者を続けるしかないと諦めた。しかし身体的にはもう探索者として機能しないのも事実。その打開の手段として選んだのが身体的問題の分を机上の思考で補おうというものだ。
私のスキルは[空間情報]という。基本的には、僅か30×30×30mに囲われた立方空間内の全情報を認識できるだけのハズレスキル。
しかし使いようによっては実に良い利用手段もある。広大なダンジョンの情報を蓄積データとしてこの空間内に収めることで、間接的にダンジョンの全様を認識することも可能となるのだから。
そこで社会的に我儘が通りやすいのを活用し、この学内の資料室を私物化させてもらった。また本来なら秘匿案件になるデータ類の大半を集積閲覧する権限も得た。
つまりこの部屋に中に居ながらにして、私は日本内のダンジョンを仮想的にながら把握する情報を得ている。
政府筋には私は『DM』のコードで記録されている。
ダンジョンに潜れないDMとは、案外皮肉が効いている。流石はWabisabiの国。
現在私は、この能力を総動員して学内ダンジョンのシミュレートMAPを作成している。作成範囲は地下66階層より先のエリア。つまり攻略最前線より先の未踏破空間だ。
これまでの既存情報から正確性の高い推測を重ね、これから進む前線の者たちのガイドとなる役目を担っているのだ。
私がこの作業を開始して約二年。当時の最下層到達階層は61階層で頭打ちだったので、予め膨大な蓄積データがあったこともあり簡単にMAPは完成。その後は62層から現在の66層途中までを順番に作成していった。
現時点では、現実との答え合わせでは96%の正確率となっているので、一応は現実性のある活動となっている。
だが、今の私はその4%の不確実性が許せていない。
私が把握できていなかった4%のせいで、学生が遭難者になってしまった。
しかもその遭難者はただ同じ場所で仕事を共にする同僚とは言い難い、僅かだが個人的な付き合いもあった者達だ。
赤重コーラ、青杜ファンナ。そして、昏井宙人。珍しくも自分とコミュニケーションをとれる、実に貴重な人材だったのだ。
学生とはいえ探索者の死は日常の一部であるが、私の中においては、彼らをその損耗人員の数字で済ませる対象には見ていない。
このあたりの反応も、まだ自分が若く感情に流される世代なのだという証明と諦めながら、あの許せない4%を消滅させるために私は全ての記録を把握する。
この4%を曝け出し、彼らがどういうダンジョンの悪意に嵌り、消息を絶ったかの糸口を探す。
可能ならば救助を。それが無理でも、せめて彼らの……
とはいえ――
「流石に疲れた……魔素と栄養と……カフェインが足りない」
集中が途切れて、少し人間らしい感情が浮かぶ。
スキルを起動し作業に入った時点での時刻からどのくらい経過したのかと確認してみて――
「ふむ、午前2時43分46秒……3分28秒経過?」
違った。日を跨いでいたのを見落とした。いや――
「……四日も経ってる?」
これは流石に焦った。慌てて下半身の状態を確認した。
「良かった。脳以外の生理現象は冬眠モードだった」
スキルの仕様の都合で、情報に集中する間の私の身体機能は極端に落ちる。その状態を他者から見ると、まるで私が氷の彫像と化したかに見えることから付いた名称が冬眠モード。
空間内の情報確認だけなら一瞬で終わる反応だが、そこから拡張しダンジョン全体の未来予知に等しい演算にまで手を出すと数時間から数日はどうしてもこうなってしまう。
こればかりはこの仕事をやってみて初めて経験したデメリットなので、如何ともし難い部分だ。
「でも覚醒したら一気に反応しだしたか。ふむ、少しまとめて休息をとろう」
とは言っても、軽い食事、全身にうっすら積もった埃をシャワーで流す、そしてトイレくらいで終わる内容。睡眠はまだ必要無い。総合して20分もあれば終わるだろう。
私は資料室の下階に設えられた自分専用のオペレートルームから、一番近いレストルームへと廊下を移動する。
想定より誤差3分にて作業再開。
そのつもりで部屋に戻った時に、異常な情報を感知した。
私の管理範囲……資料室内にいつの間にか巨大で異質な情報が存在している。
何故かその詳細を精査できないため、普段はあまり使わない監視カメラを確認したが、これだけの情報を発する物体、もしくは侵入者認定の人物の姿は無い。
「身を隠している? 隠蔽系のスキルの作用?」
電子データ閲覧室にはカウンターとバータイプのベンチしかないので隠れようがない。一番可能性の高いのは、紙資料に埋もれた方の個室閲覧スペース。あそこなら遮音隔離の魔術つきのパーティションでカメラからの死角もあり、物理的にも隠れやすい。
「しかし反応が無い。人間の感覚系に作用するスキルは純粋な物理現象系の感知機器には無力化するのに……温感センサーにすら反応が無い? なら生物ではないし……ドローンでも無い?」
生物ならその発散する体温で輪郭をはっきりと浮かばせる。機械類でも熱源にあたる部分は反応が出る。あの部屋のセンサーは通電中の家電の反応すら検知するのだから、電気的な回路や配線を一切もたない存在ということになる。
そうなると周囲の温度と完全に同じ状態で活動する一部の昆虫か、心臓とも呼べない小さな鼓動器官の動物となるのだが――
「私が認識しているコレは、最低でも人間以上のサイズ。ありえない」
最後の可能性は、私の感知以外を欺瞞し観測を無効化させれるスキルなのだろうが、そういう情報は私の記録した中には存在しない。
ただ、それがこの世界に存在しないとイコールでは無いのは当然であるのだから――
「何処かの、諜報機関でも来たか。こんな時に、面倒な」
かつてのように世界は繋がっていないし、互いの利権を争うような国外への関心が可能な国はほぼ無い現在。それでも不思議と旧態依然の活動に固執する勢力は存在する。まるで本能の部分に『この国からは貪ってやる』とプログラムされたかのような馬鹿な連中だ。
「……既に母国も存在しないのに」
最初のダンジョンによって間接的に母国を失った私にしてみれば、その才能と努力を新しい何かに使えと言いたいが、もともと話が通じないのだから行動するだけ無意味だ。
だが相手の推測が立ったなら対処はできる。
多くの紙資料のため派手な防衛機能は無いが、場所がら無茶な学生向きに対探索者用の設備は充実している。
それを起動しつつ警備担当への連絡をと考え、それは一時保留とした。
実体感では半日程度だが、実時間では四日分の憤りの気分が溜まっている。それをこの侵入者にぶつけてやってからの連絡でいいと決めた。
こんな小さな箱の中の世界でも、あの箱の中では私が絶対の王なのだ。私の欲求不満解消のため、少し役立ってもらってから社会の闇に処分してもらおう。
私の掌握する小さな空間は、そこに存在する全ての情報を開示し、部分的にだが操作改ざんも可能にする。
相手が人間ならば、動悸息切れ目眩、過呼吸などなどの自律神経操作が可能。せいぜい、人としての尊厳を無くした姿を晒してもらおう。
私の、ほんの少し残った生物としての情念のために。
「……そうか、時に推理小説などでは被害者が同時に加害者であったなどの展開があるが、それが現実だとこういう風に作用するか。新発見」
「……え? 俺としては誰もいないはずの夜中の学校で、しかも何故読辺と対面してるって状況の方が謎なんだが……」
資料室。異常を示す場所の特定は直ぐにできた。閲覧用個人スペースに近い床の一画だ。しかし、電子機器が役立たずなのと同様に、自分の生身の眼球でも異常は無い。だが鼻は異常を検知している。人間の体臭が複数。おそらくは二人から三人、確かに此処にいるという証拠として。
なにより、私のスキルはその場所に何かが居ると知らせている。ありえないことに、直ぐ階下の私の部屋まで迫り出すほどの物体が床に埋まるよう隠蔽している状態で。
ちょっと食中毒の気分で這いつくばらせれる相手では無かったようだが、なら対応を変えよう。私は一歩で室内から退避できる位置にいる。対して相手は部屋の中心に近い。このドアは部屋の仕様上、対爆レベルの強度をもたせてある。閉めてしまえば、この部屋は私のスキルで完全な密室だ。
後は非常に残念ながら、正規の警備システムに役目を譲れば状況は終了する。
「隠れていても無駄。そちらの存在は確認されている。速やかに武装および欺瞞隠蔽を解除し投降の意を示せ。猶予は3秒。2、1……」
そうして対面したのが、あの飄々とした間抜け面。
本当にどうやってか、いつの間にか床に大穴を開けてそこから昏井宙人が現れた。
しばらくぶりの、間抜けに満ちた情けない声音そのままの姿で。