03 最良至らず最善求むるも、その最善足るは何か?
本日分、三話目。
【赤重コーラ】
種別:人間型生命・雌性生体。※変質中
暫定種族:サキュバノイド
・魂源情報変質中、人間形態を維持。
・イメージの確定値に満たないため変質途中で保留中。
・身体各能力値は人間時の最終情報に補正中
備考:1
・プリンセスコラーゲンの摂取により既に人間を辞めています。
しかし、新種族への明確なイメージが無いために機能としては人間のままを維持しています。
・また、意識外の本能的欲求がイメージに作用し、暫定的な該当種族への変質化は始まっています。
備考:2
・『サキュバノイド』
異性への総合的な関心が強く反映したため発現中の既存種族。
雌性生体限定の種族で、雄性生体に対して強力な誘引能力を有します。
地球概念にあてると『サキュバス』と同義になります。
最近意中の男性がいるものの、アプローチが空振りばかりで欲求不満が溜まっての結果です。何処かの朴念仁さん、はやく何とかしないと。
【青杜ファンナ】
種別:人間型生命・雌性生体。※変質中
暫定種族:メネフネイド
・魂源情報変質中、人間形態を維持。
・身体各能力値は人間時の最終情報に補正中
備考:1
・プリンセスコラーゲンの摂取により既に人間を辞めています。
しかし、新種族への明確なイメージが無いために機能としては人間のままを維持しています。
・また、意識外の本能的感性がイメージに作用し、暫定的な該当種族への変質化は始まっています。
備考:2
・『メネフネイド』
社会性疑似群体生命の性質が肥大反映し、発現した既存種族形態。
別名従属性種族。寄生的共生本能があり、主格となる別生命の端末的な行動を喜び好みます。
地球概念にあてると『メネフネ』もしくは『近代ブラウニー』に該当します。
要は、種族的に貴方の愛の奴隷といった病んだ存在です。流され人生に慣れきったための影響です。
いまさら本人の自主性を強要する再教育は完成済みの社会性精神を壊し発狂する原因となりますので、無難な病み具合に収まるよう御主人様が上手に調教してあげてください。
……なんだこりゃあ……ってのが最初の感想だった。
だが読み進めてみたら一部納得の部分もあった。
あの若返り薬の本当の成分の部分である。
いまさらに気づいてどうするって感じの内容だ。
俺があの劇物をゲットしてるんだから、それがあの場の全員に行き渡ってたのが当然とどうして思い至らなかったというやつだ。
彼女たちがそれを自分で使ったのか、もしくはあの大惨事で全身を濡らした時には既に破裂したそれを摂取してたのかの疑問はあるが些細なことだ。
彼女たちは、既に人間を辞めて別の何かになりつつある。
聞いたこともない種族名もあるが、既存と書かれているってことは地球に隠れて生きてる種族なのか、もっと簡単に言えばダンジョンとか異世界には存在するものなのか?
おそらくはそんな感じのものなのだろう。
もしかしたら、既に若返りを済ませた連中も似た感じに鑑定できるのかもしれない。
そんな考えをもったら気づいてしまった。
あの惨事は俺も経験したのだ。
発情関連は女性限定とかあの時に確認したが、じゃあ若返りの方は性別関係あるのかという疑問も出る。
え……。
うわっ、まさか俺も既に人間辞めてるって流れなのだろうか!?
自分自身の鑑定ってできるのか?
自分で自分を触れればいいのか?
あれ、それって地味に存在してなかったステータス確認と同じ効果ってやつなのか?
冷静のつもりでも混乱してるんだろう。疑問ばかりが出るが、その答えを得ようっていう行動に結び付かない。
でもそう意識できてきたってことは、ちょっとは気持ちが治まってきたんだろう。俺は恐る恐る、自分の脈をとるようにして強く鑑定と意識してみた。
【昏井宙人】
種別:人間型生命・雄性生体。※変質中
暫定種族:ホロウマン
・魂源情報変質中、人間形態を維持。
・イメージの確定値に満たないため変質途中で保留中。
・身体各能力値は人間時の最終情報に補正中
備考:1
・プリンセスコラーゲンの摂取により既に人間を辞めています。
しかし、新種族への明確なイメージが無いために機能としては人間のままを維持しています。
・また、意識外の新種族へのイメージが全く無い反面、スキルを指す保有特性への要求イメージが膨大なため効果が限定的に作用し、本来の成長過程を逸脱した変態を開始しています。“ボクの秘密基地”的な? ぷぷぷぷっ。
備考:2
・『ホロウマン』
虚数空間と同化し意識の変化を自身の繁栄、または進化と捉える精神生命体です。究極のモブ的存在と各異世界に知れ渡っていまして、個性豊かな個体の目撃例は極少数。流石は存在空気の代名詞。
しかし一応、各自個性をもちますし、時には異常変質化し“アザトース”と称されるような個体が発生する例もあります。
あまり賢者モードを連発されたり逆の傾向に傾倒しますと状態が極端化して症状が進行いたしますので、適度に欲求を維持した暢気な生活を心がけるよう忠告いたします。
「ぐほぉおうっ!!」
「ええっ、昏井君っ、突然どうしたの!?」
「えっ、敵ですか? コ―ちゃん、周辺の警戒を!!」
あまりのショックでつい、吐血。
手遅れだったことにもショックだが、その内容にある明確な悪意が心を抉った。
「ああ、いや魔物の影響じゃないから気にしないでいいよ」
「ええっ、でも実際に血が出ちゃって……」
うん、おそらくそれって、もう俺が精神生命に変質化してる影響だと思う。精神的なダメージが多少肉体へも反映されるんだろう。
……そんな自覚をしてしまえる自分が悲しい。
というか、なんか唐突に赤重さんの態度が変わったというか、マジな感じで心配してくれてるような?
ちょっとダンジョン内な場所的に、狼狽え過ぎなのは困るが。
俺を支える姿の赤重さんに被る形でまたも彼女の鑑定情報が起動し、何故か備考の2の末尾の一文が視界の前面に拡大される。
『何処かの朴念仁さん、はやく何とかしないと』
変化はそれだけでなく、太文字指定されたり赤文字変換されたり点滅したりと文字のバグり具合が激しい。
うーむむむむ、気持ちの動転にスキルが誤動作してる感じだろうか?
最終的に文字列は斜体、平体へと謎の変化を遂げたあと、赤から白へ、白から透明へと色調を変化させつつ視界内から消えていった。
なんか最後の最後でため息をつかれた気配がしたが、その正体を感知するのはできなかった。
……なんだったんだ、これ?
結局、今日の探索は俺の体調悪化を理由に取り止めだ。
一応、帰還への距離を考えて一つ下の階層までは進んだが、43階層入り口にある転移ゲートを使っただけなので彼女たちの成果としてはあまり良いものとは言えない。
まあ、これは近いうちに埋め合わせをしよう。
というか、俺も含めてのこの緊急事態。こっちを優先してなんとかしないと。
その日の晩、俺は[グレイシップ]内の自室のコピー部屋にて、彼女たちの簡単には答えの出そうにない問題に悩んでいた。
解決手段として試したのは、あの鑑定機能の再表示。その追加情報がないかの確認だ。
前に同様の後付けヒントっぽいものが表示された経験もあるし、今回も何かはあるはず……な希望を半分は信じていたのだ。
それはある意味、叶えられ。
備考:3
・始まってしまった変質は一度完了させる必要があります。その後に、再び変質化の工程を踏み原型にした魂源情報に近しい形に安定化させます。
・この場合、本体においての原型の情報は消失していますので、生体のゲノム情報の代用にて81%前後の再現が可能になります。
備考:4
・最初の変質化の結果が魔物に類する種族の場合、変質完了時に人間状態の意識が崩壊する可能性があります。バックアップにて補間しない限り再び人間化したとしても意識の復活はありませんのでご注意を。
備考:5
・バックアップに関しては、人間種族の場合、共有する集合無意識エリアの活用が便利です。
・類似の環境で例えますと、他者の精神情報格納領域の余剰をクラウド領域として扱うOSのバックアップになります。
注意点としては、普段から互いの意識を共有するテレパシーパス経路の確立した対象をクラウド化したほうが安全性を増します。
・具体的に言えば、『美少女の秘蜜』を使用後に。
……解決策は、なんかもの凄く解説的な内容で非常に明確だった。
が、その手段が容赦無いというか。
要は、彼女たちを元に戻したいなら、彼女たちの意識をまるまる盗み見ておけという悪魔の選択を強いられたというわけである。
ちなみに、備考はあと二つ続き、6には治療法の具体的な流れが。7には彼女たちが変わるだろう種族の区分けが記され、人間の意識が消える確率も記載してあった。
備考:7
・赤重コーラ(サキュバノイド:魔物)/意識消失率75%
・青杜ファンナ(メネフネイド:妖精)/意識消失率45%
・昏井宙人(ホロウマン:精霊)/意識消失率98%~0%
……こんな感じに。
赤重は完全にヤバい。3/4の確立で心身共に人間を辞めてしまう。
青杜さんは半分以下ではあるが、勝負するには不安の方が大きいので赤重とそう変わらない。
俺の場合は……表示が謎過ぎた。まあ注釈がついてたので理解できたが、それによると現状、俺の変質は生身の身体にはほぼ変化が無く、スキルである[グレイシップ]に集中しているせいでのこの数値。ということだった。
あの妙な内装の変化は、俺が頑張って経験値集めに戦ったからではなく、単に人間辞めた影響でという結果である。
……なんか、不思議に悲しい……ぜ。
で、だ。
治療手段も解った以上、早急に彼女らを元通りにする行動はとれる。
その内容に特別だとか効果なとかなアイテムも必要ないので、明日にもとりかかることが可能だ。
小さな問題として、今回は俺の治療自体は完全に放置となるが……この自覚の無さを実感してるとそう急ぐ必要も無さそうなので、気にしない方向でいく。
が、大きな問題が……話が堂々巡りになるが、彼女たちの意識を覗き見ることになる部分だ。
建前として言えば、女子の考えを勝手に見てしまう罪悪感。そこに本音を追加すれば、知らないからこそ女子に抱ける幻想が木っ端微塵になるだろうな喪失感。
やっぱり家族に女がいると、抱け続けれる幻想にも限界あるんだよなー。彼女だけは有象無象の女と違う、この子だけはマジに天使って感じのフィルターを自ら放棄する行為に本能的な躊躇が働く……な感じに。
この一線を越えたら彼女が偶像で無くなってしまうって境界が、その彼女の本心を知ってしまう部分と考えてんだろうな、俺。
ある意味、彼女を絶対作れない呪いに犯された的な状態異常……である。
「……まあしかし、いつのまにか自惚れた気分でいたけど、別にあの二人は俺の彼女ってわけでも無いんだよな。一応、少しは親しい感じにはなってるし、二人ともそれぞれ可愛いいし、結構いい雰囲気が増してる気もするが……今はそこまで、だ」
あえて言葉にして自覚しよう。
あの二人は探索者の仲間として親しくなったのであって、プライベートでのイチャコラ目的で距離が近くなった相手じゃない。
「そういう相手だ。だから彼女たちの意識を見ることになっても、俺的にちょっと気まづい気分にはなるだろうが深刻な事態にはならない。それより重要なのは彼女らがある日突然、実も心も人じゃ無くなってしまうって未来だもんな」
覚悟は言葉にしておこう。でないと、意志薄弱な俺は直ぐ揺らいじまうし。
……などと格好はつけてみたもののっ、やっぱり越えちゃいけない一線ってのは、それなりの正しい直感で感じとってたんだなーっと思い知った俺でした!
覚悟を決めて、『美少女の秘蜜』なる秘薬を呷ったものの、その時はなんの変化も無しの拍子抜けとなり。俺の覚悟を返しやがれの怒りと高ぶりがいろいろ悶々とした何かに変換され一晩を過ごすので終わる。
問題は翌日、再び三人で探索を開始した直後に起こった。
『『昏井君、今日は平気そうだけど大丈夫かなー……昏井君、顔色ちょっと変かなぁ目にクマもあるし……昏井君、すぐ隣だと結構見あげる感じがいいなー……昏井君、体温高めなんだなー……すんすんすん、うへへへへー……、あれ、なんで昏井君、私を見つめちゃったりしてくてんのかなぁ?』』
『『あー、コ―ちゃんが早速壊れてる~……もう本当に、昨日はダメだったけどいっそ昏井くんにコ―ちゃんを襲わせる方向にでも誘導した方がいいのかしら?……でも意外に昏井くんって紳士だし、下手に煽ると逆にヘタレられそうだし……でも現状維持だけだとなにか変な気持ちだし、例の連中もキナ臭いし、わたしも……じゃなくてチーム連携の進展遅れて心配だしまた彼のあんな感じの指示でキビキビ動きたいし、今だと彼、遠慮モードでその可能性無いし……』』
二人分の膨大な意識が俺の意識に圧し掛かって来た。
案の定というか何と言うか、彼女たちへの幻想は一瞬で消し飛んだ生の感情の塊といえる圧力だった。
予想外だったのは、異常な俺への関心の高さ。しかも自分達の仲間か道具として有能かという値踏みじゃなくての……特に赤重の……え、うそ。マジで?
いくら俺でも、ここまで露骨な感情をぶつけられたら理解する。
赤重って俺に惚れてる?
まあ、それでも疑問の気持ちも抜けないが。
ただ、そこをそう思う部分も仕方ないと思う。この短い期間での俺と赤重の接点はほとんど無い。探索に関しての事務的な会話はあったが、俺への個人的な関心へという振りは一度も無かったはずなのだし。
むしろそういうのは、青杜さんとの方がまだあった。
ただまあ、その疑問は同時に発されてた青杜さんの意識から推測もしやすい。つまりはこの件でも彼女たちは共謀していた。というか発端が赤重なのか。俺のチーム入りとか全部ついでで、俺に惚れた赤重のために今この状況になっているって話な……わけか?
やべぇ……、自惚れんなっ。
やっべぇ……、いや冷静に考えても同じか、これ。
というか、マジにやべえ!
これ、俺も意識しないで通せるような状況じゃねえじゃんか。
うわぁっ、顔が火照る。赤重から目が離せない。
いや、赤重さん。そっちも反応しないでぇっ。
『『うわわわわっ、なんで昏井君、私じっと見つめちゃってくれんの!? 顔真っ赤だしっ、えっ、やだまさか、悟られちゃった!? バレちゃった!? やだうそーーー!!』』
うぎゃあっ、その通りだけど今はスルーしてくれええええっ。ここダンジョンの中っ、青春していけないとこじゃないけど、青春しちゃうと危険な場所だからー!
『『あれえ? なんか急展開ですよ。タイミング変ですけど、昏井くん、これはコ―ちゃんに気づきましたよーう。やったー、やっと進展きましたー。そうそうっ、地図地図、安全地帯のチェックチェック! 魔物も他の人達も来ない位置の確認しないと。もうこのまま最後まで強引に誘導しちゃおう。こんな事もあろうかとインスト済みのダンジョンデートスポット検索アプリ起動! えーと寝っ転がっても汚れ難いとこはー、魔物と一時間くらい遭遇しなくてー、後わたしが少し離れた位置で安全に待機できる条件も付けてー、あ、遮音結界の魔道具の魔力残量足りるかしら……』』
やべえっ、もの凄い勢いで暗躍が始まっているっ!
というか、ダンジョン内でも青春可能な場所ってあるのか! 知らんかったっ、そもそも俺、縁無かったし!
やっぱり人間は意識で繋がっちゃダメな生き物なんだと痛感した俺。
三者三様のパニックに支配された俺たちだが、少なくとも思考そのものが熱暴走でシャットダウン寸前の赤重だけは何とかしないと。
そして状況をさらに悪化させるかもな心配半分、俺は赤重の両肩に手をやり、軽く揺さぶって意識を復帰させようとし……それをきっかけに起動した鑑定さんからエマージェンシーを受け取った。
【赤重コーラ】
種別:人間型生命・雌性生体。※最終変質中!!
暫定種族:サキュバノイド
・魂源情報変質中。人間形態崩壊中!!
・生体自身のイメージは確定値に満たないものの、精神暴走中につきダンジョン側のアクセス権が優先化。保留中の種族へと強制変質が決定。
・身体各能力値は人間時の最終情報に準じ、新種族の特性を付加するよう設定済み。
備考:EX
・赤重コーラが正気を失ったため、ダンジョン内の魔物生成システムに彼女の変質工程が管理されました。また同座標の別個体、青杜ファンナにも同様の強制介入がなされました。魔素が既定値量充填された段階で魂源情報の変質は終了、30秒後に外見変質がスタートし一度意識はリモデル化します。
・魂源情報変質終了の時点をもってダンジョン以外のエリアに退避後、備考6に記された治療を開始してください。
・ダンジョン管理エリア内での治療行為は、変質権限優先権がダンジョン側にある時点で無効化されますのでご注意を。また地上エントランス範囲もダンジョンの一部と認識されますので、そこもご注意してください。
驚きの内容に一瞬頭が真っ白になるも、それが偽り無い事実なのだと直ぐに解った。
図らずも俺は、正面から赤重と向かい合う形で互いを見つめあってるのだから。
まだ外見の変化は無いと鑑定には書いてある。だが赤重の瞳は、彼女の魔力の色が反映している赤めの瞳には、元の人のままの瞳孔に幻影が重なるように、もう一つの、まるで猫の縦割れの瞳孔を宿した金色の瞳が存在しているのを俺は見た。確実に。
ほんの少し前まで感情を爆発させていた赤重の表情が、みるみる呆けて無表情へと変わって行く。あれほど脳内で大絶叫をかましていた彼女らの意識も鳴り止み、まさかと思い視線を移した先の青杜さんも夢遊病者のように宙に視線をやる人形と化している。彼女の全身が時折二重にブレるように見えるのは、青杜さんも赤重と同じ状態な証拠なんだろう。
鑑定によると今は、ダンジョンから魔素が供給され終わるのを待つしかない状態ってわけだ。この時点で外に出るとどうなんだという疑問が浮かぶが、そのあたりの指示や注意が全く無いのは、その選択を置く必要が無いためなのだろう。
この事態は俺にも起きてていいはずなのだが、やはりそういった自覚は無い。ならばその変化が起きてそうなのはと考えて[グレイシップ]なのだろうと納得する。自覚も無い上に精神的に余裕も無いし、もう放置でいいやとそっちは投げた。
今、俺が最優先でとる行動は、彼女たちへの治療へのタイミングだ。
30秒なんて時間は無いも同じ。今から女子二人を抱えて、背後の転移ゲートから地上に戻り、そしてエントランスからも出て治療の開始。
……うん、たぶん無理。
移動だけなら、何とかなると思う。
だがおそらく、地上に出た時点で誰かの介入を受けてで手遅れになる。元々はそういうトラブルに対しその他大勢の人海戦術を使い迅速な対応を期待しての場所なのだ。だが今回はそれが裏目に出る。俺しか治療法は知らないし、俺しか彼女たちへの治療は施せない。だからむしろ、他人とは全く接触の断てる場所を使うしかない治療手段なのだ。
赤重と青杜さんの存在感を強調するような、高密度の魔素による発光現象で彼女たちの輪郭が縁取られる。たぶん、そろそろ時間だ。
グダグダ考えたが、最初から治療できる場所の宛てなど一つだけだ。こんなことなら前もって試しといた方が良かったとも思うが、それも後の祭り。そんな気持ちなど欠片も思って無かったんだし、ただの後悔ってとこで。
移動してみてダメだったら、土下座で謝るしかないよな。
まあ、それも彼女たちが人としての意識を残してたらという前提でだけど。
移動先は決めた。
手間取らないよう、俺は彼女たち手元に引き寄せておく。意識は無くしてても立ち続ける状態のようで転ばれないのはなにより。
あとは……具体的な治療手段か。
これは本人から聞くしかないんだが……意識まっ白の状態でどうしろと……試しに聞いてみるか?
「な、赤重。今どうしたい?」
「……」
返事は無い。
だがそれは言葉でのこと。
『『苗字呼び、やだ。……名前で呼んでよ』』
良かった―……、意識での反応は残ってたよ。
「こ……こここっ、コーラ」
『『ぷっ、ぷくくくくっ』』
不可抗力であるっ。青少年なめんな!
『『コ―ちゃんばかりずるいなあ』』
「うおっ、じゃあ、えーと、ファンナさん?」
『『呼び捨てでお願いします。できれば覇気成分多めで』』
「うううむ、ぜ、善処する!」
『『あー、私にもそういう感じでっ!』』
意外と意識はそのままなんだな。もしかして二人とも、今の事態を認識してないって感じなのか?
「なあ、今の状況を二人は……」
と聞こうとして止めた。一度俺との会話という感じで始まったそれが、実は会話じゃなく彼女らの願望の吐露でしかないのだと、伝わる意識の内容から想像できたから。
二人が思う心の奔流は、今はちょっと秘しとこう。
ただ彼女たちの人生分で溜めこんだ願望の中に、今回の状況に関係するものが表面化した時だけ、今の彼女にブレて存在する未来の姿が強く点滅するように密度を増した。
その願望に沿った形で、しかし人間以外へとは偏らないように調整してやるのが、治療の基本。
だからその取捨選択が非常に大事だ。
俺に関する願望に限定して、俺が対応できそうな内容に抑えて、彼女たちが人として望む枠の中に落とし込む。
正確には治療というより、彼女らを俺の知りえる範囲での彼女たちに似せて創り直すが正しいのだろう。
だから彼女たちの意識を俺に繋げて、元の彼女たちの意識と言い得る情報を内包する工程が必須だった。
それでも俺の勝手な意図が、俺の自覚無しに働かない保証も無いわけで……。そんときはホント、マジにすいませんでした。と誠心誠意謝るしかないわけで……。
せめて、欲望全開の結果だけにはならんよう頑張ろう。
うん、そうしよう。
やがて、彼女たちに集合する魔素の密度がプツリと途切れ霧散したのを合図に俺は[グレイシップ]を足下に出し、彼女たちを両腕に抱いたまま、その入り口へと跳びこんだ。
蓋を閉じたグレイシップはまた次元の境を越えてダンジョンから消え去り、その後、俺たちは消息を絶つ。
家族からの捜索願いを元に俺たちの探索記録が調べられ、ダンジョンへと捜索部隊が送られたのは、その日から二日後のことだという。