02 これもマジ索敵
本日分、二話目。
自宅近くの深夜のファミレス。この近辺には区で管理する一般のダンジョンがあるので、そこで24時間活動する探索者が顧客層のおかげで店内の人口密度はそこそこの込み合いだったりする。
ここを待ち合わせ場所に一ヶ月ぶりくらいに連絡を取った相手は、俺が高等学年に進級して初めての友人になった阜道勇樹。二学年になってからは別のクラスになり共にする時間は減ったが、俺にしては珍しく関係の切れない悪友ポジの存在である。
「宙人からの連絡なんて珍しいな。てか、初めてじゃね?」
「さてなあ……よく知らん」
「で、メールでなくて直にって条件の理由は?」
「どんな状況でも記録を残したくない。念のために聞くがボイスレコーダーとかライブカメラとか、用意してないよな」
「……ここは悪の結社の会合か? てか、まさか、とうとう襲名したのか、『ウマ王』?」
「お前のとこまで浸透してのかっ、それぇぇっ!」
阜道は武器を剣槍弓と使い分け、しかもその武器に現在確認されている属性魔術を全種類付与できる『魔法剣』というスキルで活躍している。到達階層は62階層、学生探索者としても最前線で活躍する完璧な勝ち組野郎だ。
そして当然のように付いた二つ名が『7代目勇者』。
あろうことか顔面偏差値も高いしで、学内に公言レベルのハーレムすらあるという同性にとっての悪鬼羅刹な勝ち組野郎でもある。
「――ということで、お前の悪鬼属性のデータが欲しくて召喚したんだが……」
「いやちょっと待て。なんか宙人の脳内で俺の不愉快な評価を再現したってのは推測したが、その中身まで以心伝心できるほど、俺はお前に恋してはいないんだ」
「そんなお前の腐った精神の部分を、是非参考にしたい情けない状況なんだ、俺って」
俺とコイツは、この会話が致命的に噛み合わないのが通常運転なので気にせんでください。
といかコイツ。実はバイセクシャルという噂が無いでもないのだが、会話の中で時折出るこのワードはその危険を示してんだろうか?
なんか急に寒気がしたのでその疑問を解消したい気持ちがあるが、今は先にする問題がある。
「嫁や恋人にしたいわけじゃないけど、それ未満な感じの女への対応法ってのが必要なんだ。なんでデータくれデータ。お前の豊富な軽薄でアクロバティックな女性遍歴を余さずゲロしてくれ」
「はっはっは、なんか俺、人類最低の色情狂な扱いされてる?」
「世間じゃ未成年で堂々と嫁と愛人にまみれて暮してる男を色情狂というだろう?」
「探索者資格があれば15で成人認定でーすっ。しかも重婚許可つき。有能な血統を多く後世に残そうって感じの、近年稀にみる英断って感じなのに」
「確かに政権支持率上がったっぽいよなー。その後に離婚祭りで慰謝料成金も続出してマスゴミに叩かれてるけど」
「うちはそういうことないよー。皆仲良く優しいしー」
「お前の稼ぎが落ち込み始めるだろう未来を想像すると、俺、すっごく楽しくなるんだ」
「あはははー……。ねえ、本当にデータ必要にしてる?」
「ああ、そこは本当だぞ。日常会話でトゲとか影とか出ない注意点とか本当に切実に欲してる」
「はあ……。宙人がトリペタを落としたって話、マジだったんだなあ」
「ああ、そっちの話も広まってんだな……」
俺がチーム入りして二週間。彼女らの計画は順調らしい。
ちょこちょこあった俺へのトラブルも見事に消えた。
そして今までに二度ほど、彼女たちとの共同探索も経験した。最初は午後の授業のコマの範疇で。その次は放課後に指定される時間を延長して。
この二回は一番最初のスライム戦の時とは違いレベルの見合った階層でのことなので、下手な油断も無かったおかげで齟齬やトラブルらしいものも現状は感じていない。
ただ、探索という作業においては問題は無いのだが、それ以外の個人的な感情の方面では、回を重ねるごとに何かがキリキリと張りつめて行くような緊張感があるのだ。
俺の意識する意味で女性、もしくは女子にあたる存在とは言えないが、一応家族にそういうものがいるため会話自体が不成立という問題は無い。ただそれは家族への対応でという経験だ。果して現状、彼女たちとの正しい対応がとれてるかに関しては、俺はその正解を全く知らないのである。
不正解なら不正解で『ブブー』とでも鳴れば改善をしようって意識になるんだが、現実仕様にそんな便利な機能は無い。
そして彼女たちの中の俺の評価が限界点まで減算された時に、初めて『君は不合格』という決定が下されると考えると、地味に胃が軋むのである。
「うーん……、うちの子たちは『勇くんのオナラくっさい』な感じで普通に文句言うけどなあ」
「……くうっ、既に米寿な夫婦集団と化してやがったか」
「失礼な。一応来週には二周年のお祝いしようっていう新婚を捕まえて」
「ああ、そうなんだ、オメデトウ。じゃあなんか祝いの品でも用意しようか。うーん……」
そう言えば大量の媚薬モドキが余っていたなあ。いっそコイツの幸せな家族計画を増量してやろうかしらん。
「ありがとう。でもその悪いことを企んだゲス顔で貰うものが怖そうだから遠慮する」
……ちっ。
だが何だかんだと言っても悪友。その後は、一応一般常識の範疇でためになりそうな部分だけを抜粋して記憶するのを頑張った。
さて、トルペタとの三回目の合同探索だ。
「……え、昏井君、到達階層を伸ばしてたの?」
「あれ、俺の記録言ってたっけ?」
「あ、いえ。昏井くんの前の公式の記録はチェックしてて、まだそのままと思ってたんです。わたし達」
今回は[グレイシップ]改修前の時点での俺の到達階層に下りて、彼女たちの行ける階層まで伸ばして行こうという計画だったらしい。
普通の探索者で34階層から42階層までとなると一日で終わる行程ではないから、この先数回分の探索計画をしていたということだろう。これはまあ、彼女らに情報を伝えて無かった俺の不手際というしかなかった。
「……というか、50階層って……」
「あー、では、わたし達の到達階層を伸ばす方向に変更ということで」
ということで、立場逆転の計画に切り変わった。
けど、この予定には一つ注意しとこう。
「でも現状の戦力だと45階層のボスは見送った方がいいと思う」
あの半吸血姫は今でも俺にとっての強敵だ。というか、俺が乗船状態じゃないと完全に無力な相手だ。まだ二人にグレイシップの存在を伝えて無い状況で相手をする未来には、暗いものしか想像できない。
「確か……吸血鬼ですね。強敵ですか?」
「強敵だね。疲れ知らずで走るチーターと互角で移動できなきゃ一方的に攻撃を受ける。しかも吸血鬼らしく洗脳してくるし」
一応、脳筋じゃ相手できませんという部分を盛っての忠告。正確に伝わるかは分からないが、今は少しでも躊躇の気持ちを持ってくれればいいやにしておく。
『クズ勇者の女性対応その一・相手の意思を尊重しない否定はNG』
彼女たちは武闘派だが、今まで脳筋な行動だけで進んできたわけじゃあない。理性的に物理も魔術も合わせて使う工夫を凝らしての結果でここまで到達している。
だから努力が確実に成果に結ぶとは妄想しない。現実には無駄な努力が存在するのを認めている。だから下手に感情的な反抗を抱く方向には導かず、理性ある意識で納得する会話になるように注意しなきゃならない。……ということらしい。
『明らかに失敗してる化粧を見ても笑っちゃダメなんだよー。まず綺麗って褒めて、その後にもっと綺麗にって感じで誘導してくのがいい』
備考で語られる内容がいろいろ台無しにしてる感はあるが、そういう否定は別に女子でなくてもいい気分じゃないのは理解できる。
流石は、17にして嫁一人と愛人五人、娘二人を養うツワモノだ。
全員、探索者仲間らしいから同い年かその前後なんだよな。なんか凄いわー。世界が違うわー。
『虫じゃあるまいし、人間は子孫繁栄と世代交代が等価交換の一生じゃないんだから、その手のことは相手と協力しての気持ちいい時間を共有する儀式程度でいいんだよ。一日中とか毎日皆勤ってのは、ちょっと厳しく思う時もあるけど……』
枯れ果てやがれっ、とはちゃんと言葉にしといた。
しかしとっとと俺が躊躇うハードルを越えたやつの言葉は軽いが、同時に重くもある。
ううう、家の家訓は『男は女を守るために稼いで生きる』な古いもんだったのが非常に憎い。
42階層の探索は順調だ。
もともと戦力的には彼女たちが充分対応できる内容で、単に活動時間の限界を感じての主義変更だったらしいので動きに不安は全く無い。
また、下世話な話だが現状トイレ関連も問題無し。人間はもともと緊張状態になればそういう機能を最適化する本能はある。男女での時間的な限界点に違いはあるが、別に探索者な能力を獲得してなくても、一日程度は排泄の意識無しでも活動可能な生理状態を維持できるのだ。
……うん、地味に俺にとっては初見の話だった。
もちろん本来の生理機能とは違う状態なので内臓には負担がかかる。だから一般の人間に頻繁にはおすすめできるような状態ではないわけだが、これが探索者ならば例外という解釈になる。
そして小等学年から中等学年の実技訓練内にこの自身の体調調整に関するカリキュラムが組み込まれているおかげで、俺みたいな不勉強の学生でも自然に行える感覚になっている……のだそうだ。
……うん、本当に自覚無いな。
だって毎日してる探索とはいえ、その活動内容は実質数時間から半日くらいだったし。
さてと、この階層での主役の魔物は『レヴナント』。外見は細マッチョでハゲの人間型成人男性が基本形だが、肥満気味やら女性型とバリエーションはあるそうだ。肌も艶無しの灰色を基本として白っぽい黒っぽいな感じの個性がある。
この魔物の特徴は圧倒的な不死性で、斬られても流血しない身体は首を落としても倒したとはならない。人間型だがスライムのように体内の何処かにある核が破壊されない限り死なないのだ。
ただ部位欠損が再生することはないので反撃を受けないくらいバラバラにしてしまえば無力化は可能になる。
赤重さんは打撃攻撃。青杜さんは魔術系物理刺突という攻撃特性なので相性のいい相手とは言えない。しかし打撃でも骨格を粉砕レベルで砕かれれば身体を動かなくはさせれるし、魔術の方では凍らせれるので行動阻害は可能だしで対応できない相手とはいえない。
「……けど、一体一体に対する疲労が大きくて連戦は辛いんだよね」
「まったくです」
ちなみに、青杜さんは水魔術にて生物内の水分を膨張させ風船みたいに破裂させるという手段でレヴナントを瞬殺もしているが、こちらは魔力的な負担が大きいので連発がキツイらしい。
「そして状況的にも辛い演出が大きいってわけだ」
地球解釈のレヴナントはゾンビ上位版やバンパイヤ劣化版な感じのもので、その能力に加えて数で推すという特性もある。
一体目が出ると高い確率で追加でもう一体が参加してという戦闘も多いので、一度の戦闘での疲労具合が厳しいとのが問題なわけだ。
「なるほど、増員を切実に感じる気持ちもわかるなあ」
ちなみに、さらに増援だったらしいのが三体ほど接近中だったので[キャトるさん]で始末している。進行具合で増援の数も増えるそうで、そろそろ次の階層への階段が近いせいか増援間隔も早い感じだ。
「昏井くん、サポートされてます?」
「うん。後続で始末できるのはしている」
少し謙虚なサポート具合と説明してるが、彼女らの戦闘中への乱入が一度も無い時点で青杜さんには察せられてそうだ。
ドロップ品の代表は魔力回復薬で、これは現状探索者向けのアイテムとして重宝されている。魔力の回復に服用という条件が要ること。魔石のように必要分の不足量を補うというよりは、身体の中に高濃度の魔力を一気に押し込む感じなので一般社会用の魔力運用システムとは噛み合わないからか需要はそう多くない。
「では、もし進行ルート方面に魔力回復薬が落ちてるなら、そちらを回ってのルートでいいですか?」
「あ、魔力使い過ぎたかな」
「はい、最近魔石での補充も難しくて、ちょっと最大値に届いてない感じが」
「あ、私もっ。地味に魔力の放散率が大きくて参ってんの」
探索活動の低迷で魔石を集め難く、しかもこの階層では魔力の消費が大きい。そんなマイナス要素の悪循環で二人は基礎能力の低下にも陥ってたようだ。
ちょっと考えたが、俺はこの機会に少しグレイシップの情報開示をすることにした。
「じゃあその手間は要らない感じで――」
自分の手に虚空から湧くように魔力回復薬を出す。
「――回収はもうしてるから此処で使っていいよ」
「「うわあ……」」
[グレイシップ]の拡張がああいう感じだったせいか、空間系の操作が結構できるようになっていた俺。今のは船内保管庫に自動的に転送し収納されるドロップ品を自分の手元に再転送した形になる。また直接グレイシップに触れてなくても船内管理が可能になっていたので在庫リストも知れるし、なにより鑑定機能も働かせれるのが便利になった。
まあ、代わりに生身の自分で触れるという条件はあるんだが。
注目したとか視界に入ったらとかならもっと便利なんだが、現状でも結構役立つので助かっているから良いんだけどな。
【魔力回復薬】
種別:薬品。錬金素材。休眠体。
・人間種の魔素化模造体が崩壊し中枢部が休眠形態をとったもの。
・高密度の魔素の集合体。他の魔素適応個体が摂取することで吸収が可能。
備考:1
・虫の卵か蛹のようなものです。時間経過によって最低限の魂源情報が記録された核を再生し魔素を原料に身体を再構成します。しかしその前に他の生物が摂取することで、ただの魔素として吸収され復活することは無くなります。
備考:2
賞味期限は地球時間で60年。安心安全のため、なるべくお早くご使用ください。
うおおおおぉいっ、地味に恐ろしいアイテムだった。
見た目は人の指サイズの小瓶のくせに魔物を湧かせる時限爆弾ときた。
60年となれば随分先の未来だが、俺、ちょっと安心の老後を過ごす頃に不安を感じるよっ。
それは……ともかく。
この業界には何故か個人で無限に物を保有できることへの渇望があるようで、[アイテムボックス]とか[ストレージ]とか[亜空間収納]といったスキルを発現させた人間は多い。
ただそれが社会に対して深刻な犯罪の原因になるという認識もあり、かなりの初期から対応策が研究もされた。そして現在は公共の場ではほぼ使用が不可能化される感じの結界が設置され、事実上ダンジョン内でしか使えないスキルという認識になっている。
けどこれ、試してみたところ地上でも使えるんだよな。
というか地上でも[グレイシップ]自体は普通に使えるわけで、俺は普段から他人にバレない程度に地上の移動でも活用している。気分的には携帯性のいい自転車って感じに。
そういう妨害性の結界がどういった構造のものかは知らないが、次元を隔てても感覚的には俺の直ぐ近くの場所にあるものだから対象にならないのかな……という想像はしている。
「俺の攻撃で倒した魔物のドロップ品はこうした感じで収納できるんだよ。不思議と魔石は手元に来るんだけどね」
「はー……便利だねえ」
「ですね……、あっ、じゃああの大量のオーク肉って!」
「あ、バレたか」
流石は青杜さん。この情報から連想できる可能性を想像したらしい。
正確には違う仕様だったけど、まあ、意味としては同じだし。
また驚かせる形になったが魔力回復薬を手渡す時の態度に特に違和感を感じることはない。少し遠慮的なものがあるにしても、まあ他人で男子に対してな要素の範囲のものでしかない……という情報の範囲内だ。
いや、予め予習したものに当てはめるなら、いい方向への修正かもしれない。
なんせ、小瓶越しの接触のつもりが随分と手と手を触れるようにしてくれてる雰囲気もあるのだし。しかも一応、笑顔つき。
これが向こうも俺という男に興味をもってくれてる証拠なのだとしたら、俺にもあの色情狂のような未来を築く可能性が……とも自惚れかけて自重した。
今までそういう接点無かったからなあ。『男は根拠無し自分はモテると妄信し、それが女性への不快な対応になる、という意識は忘れるな』と、あの阜道勇樹が言ったほどの忠告だ。その説得力の理由に芯から腹が立つが、奴の下位互換にも至れない俺が無視していいことでないくらいは理解できるのだし。
ただ、そんな意識が驚愕の情報で上書き、いや塗り潰された。
何故そうなったのかと一瞬驚き、納得し、また驚く。
それは彼女たちに触れたことで働いた鑑定情報の内容だった。
そういえば、魔物と直接触れたことで得られた鑑定情報もあったのだ。ならば人間だってその対象になってもおかしくない。
そう理解しながらも、それはこの際脇において、今は、俺は、彼女たち自身の情報そのものに驚いくこととなったのである。