01 拉致には非ず
本日分、一話目。
全三話。
01➡16:00
02➡18:00
03➡20:00
柄にもない自己鍛錬に興じていたら、それが盛大な現実逃避と化していて、周囲を拗れるだけ拗らせていたことに大後悔中の昏井宙人です。コンニチワ。
一応、水曜の午前の座学を終え、これから昼飯してという状況なので間違った挨拶では無いと思う。
問題は、その大のつく後悔の原因がそろそろ限界らしく、しかも何かいろいろ破裂するのを避けられなかろうという……哀しい未来を確信した部分だ。
具体的に言うと、本来ならば随分と遠い席が教室内の定位置だったはずの女子二人が、どういう手段でか午前中の授業全コマを俺の隣の席に陣取り待機中というもの。
授業終了のチャイムが鳴ったら即効で確保されるのは、前3コマの授業の終わりに予行演習とばかりに高速で拘束される練習台にされたおかげで確認済みだ。
本来なら学内主役級で美少女枠の彼女らの奇態にうちのクラスの面々が大人しいはずが無いのだが、皆一様に無言である。というか、固唾を飲んで来る結果に注目しているというか……。
これたぶん、過去の誤解がネタになって、俺がとうとう当人から粛清される的な想像でもされてんじゃないかなぁ……なのが俺の予想だったりした。
そして案の定、チャイムの『キーンコーン~』の『キー……』の辺りで前回までのより三倍は速い一瞬で拘束完了。流石は女子ながら物理戦闘に秀でている技量が遺憾なく発揮され、クラスの多くから念仏つきで拝まれながらドナドナで見送られる俺でした。
場所は変わって。
ここは学内からダンジョン内へと移動するための施設で通称は『エントランス』。
探索者活動をするための玄関口で、ここの学生なら誰もが知っていて、学生がほぼ毎日利用している施設だ。
その割に、校舎と校庭、体育館の施設とは少々離れた位置に存在するのは防犯防衛上の理由から。
近年はさっぱり聞かないが、ダンジョン内から魔物が溢れるスタンピード災害は有名すぎる危険な事態なので、その震源地と隣接しつつも学生の安全を守れるようにと、こうした感じに配置されてるのだとか。
正直、気休め程度の距離とは思うが。
さて、背丈の都合で配置は逆転だが、正に拉致られる『灰色の宇宙人』のように連行された先は、何時もなら毎日の探索の成果を披露する素材買い取り窓口コーナーのその先の一角。あまり俺の探索活動ではお世話にならない、依頼系探索の手続きをするための個室受付のコーナーだった。
「すいません、2-Bの赤重コーラです。特殊討伐J0615-012-0602の手続きをお願いします」
「はい、えー……クイーンスライム討伐の……報告は済んでるので、保留中の報酬分配の支払いですね」
「はい」
担当のお姉さん。男子が女子にスリーパーホールドされて顔面真っ青の絵面はスルーですか?
あと加害者の青杜さん。マジで極まっててタップしても無視なのは良いとして、俺の背に感じる脅威の弾力の胸囲は気にされた方がいいと思うのですが。
いや、俺としては正直そう真剣に振りほどく必要性もなく……いやむしろこの接触は喜ばしい類の刺激なんですが。
まあ、そういった発言すら無理なんだけどね。本気で極まってるから。
俺の返事が無理なのを承知な感じで赤重さんの『昏井君、報酬入金するから学生カード出して』の要求に、そのまま行動で対応した俺はカードを手渡す。
彼女はさらに自分のカードと、前もって受け取ってたらしい青杜さんのカードを合わせた三枚を担当さんに渡す。平然と対応するプロの仕事は手早くて、ものの数十秒で清算は終わったらしい。
だが、この状況は終わらない。
俺たちのカードを纏めて受け取った赤重さんは、今度はそのまま隣り合いつつも別の対応をする受付に移動。青杜さんに連行される俺も後に続く。
ここは俺が初めて入るコーナーで処理する内容は……ん? 『チーム申請受付』って?
「すいません、チーム『トルマリン・ペタルス』への加入申請をお願いします」
そんな赤重の言葉が不思議に聞こえ、で、その担当さんに手渡されたのは俺の学生カードだったりして……、……………え?
「なぬううーーーーっ、ぐふぉ!」
驚きの反応に咽が潰れて一瞬、視界を白くした俺だったりした。
場所は再び変わり、エントランス内のイートインコーナーの一角。
学生が食事するのはもちろん、飲むことで回復するポーションも常備していて、場合によっては簡易救護エリアにも化ける場所だ。
カウンターの他にテーブル席も多く配され、それらは細かくパーティションで区切られている。それは資料室の物と同じ魔術が付与されていて、遮音性も完璧なのでいろいろと機密性の高い会話の場にも問題無く使えた。
さて……探索者が探索をする目的は大きく二つ。
一つは、社会的な仕事と生活と税金のためにダンジョンから様々な素材を得るため。
もう一つは、それを効率的に行えるよう、基本生活に必須な保有魔石の収集を、となる。
魔石の性質は前にも言ったように、自分で倒した魔物のものが最も効率的に魔力の吸収および利用がしやすい。そうじゃない魔石との効率差には個人差があって確実な数字は出し難いが、二割から四割弱ほどのロスが平均ということだった。
ついでに言えば、魔石を買う費用的な負担も意外に大きい。
だから、少なくても日本では自家消費する分の魔石くらいは、誰でも自分で調達しようという風潮が普通の感性になっているのである。
そういうわけで、魔物と相対する関係で探索者は単独行動するのが基本という意識になっている。むしろチームという集団は組む自体はデメリットの方が大きく、それにメリット性を出すための付加的な行動が必須という参加者のテクニカル性を求められるものなのだ。
例えば、単独ではどうしても狩れないような魔物から高額素材を得るとか。またはダンジョンが用意設置したという特殊スキルを獲得のためにの仕様に合わせて、とか。
「――ということで、実は私達、人員的な限界を感じてて前々から新メンバーを探してたりしたのね」
「そして候補にあがったのが昏井くん。でも実際には当人を知らないとーな感じですから……」
「だから、最近の騒動にに繋がる……というわけなんだ?」
「「そうなんです」」
結果的には、俺の二度の入院というオチだが。
「結局は昏井くんに一方的な迷惑をかけることになったんです」
「まさか、ああいう感じで連中が動くとは予想してなくて……、ごめんね、昏井君」
連中? 入院に関係ってことは……あのリンチに特定の存在が関係してるって話か?
そこを聞いてみたら、どうやら彼女たちのファンクラブ関連の人間が勝手に嫉妬に狂った行動をしてたらしい。
ただ通り魔的には動かず、そういうチャンスを狙ってな感じらしいので普段の害は無いというが……。
彼女らは知らんのかなー。実は既に、呼び出しや襲撃は何度かアリマス。完全スルーとか彼らが俺と直に対面前に不幸な事故にあうな感じで全面対決には一度も至って無いが。
結構水面下は騒がしい感じだと思いマスヨ。
俺の塩対応でエキサイト化してない状況的に、そう深刻って感じもしないんだけど。
「けど、じゃあそういう状況で何故俺を?」
「……それは……」
そこで何故か言い淀む赤重さん。
俺が最初に心配したように、彼女たちと俺の接近が周囲に不穏を呼んでいる。そして、それは現在進行形。
つまりこの接点は遠ざけて状況が自然消滅するのを待つのが一番賢明だと思うのだ。
正直に言えば、可愛い女子と一緒に行動という部分に幻想が無いわけでもないが、その現実をほんの数回でも経験した今だと、少し気分は複雑なのだ。
極端なことを言えば、彼女たちという人物をあまりに知らな過ぎる俺の感情は好き嫌い以前で、一番大きいものが女性への興味になっちゃうからだ。
変な話、正真正銘全く知らない何処かの女性を性的に見るには気にしないが、彼女たちをそう見るとこには罪悪感をもってしまう。けど、たぶんそう見てしまう時があるのは止められないだろう。そう予想してしまうから彼女たちの近くに居るのが気まづいのだ。
……俺ってなんてチェリーなんでしょう。自覚したくなかったなー……。
「えー……えーとですね。へ……下手に昏井くんと距離を置くことで、それが連中に昏井くんを襲う免罪符になるな感じなのです。なら逆に、もうわたし達が完全に一心同体な間柄だと周知すれば……と?」
青杜さんの説明が途中で疑問へと変質する不思議。あと、何故か赤重さんの赤みが増してきた気が?
「……い……。いいいいいいいっ、いっっっしんどう……たひっ」
あと、言語中枢の誤作動が酷い。
「あーうー。言葉の選択を間違えました……。……けども、意味としてはそんな感じです。変な言い方になりますけど、わたし達の思惑と、巻き込んだ昏井くんの安全性の確保を兼ねた、わたし達なりの提案……と思ってください。だって、わたし達は探索者なんですから、このくらいのずる賢さって大事ですよね、昏井くん」
「う……。そう言われると厳しい」
結局、この決定は今は記録上ということで、周囲へ対してのポーズという扱いになった。普段の活動は今までと変わらず。ただ、彼女らの希望もあってたまには一緒の行動もという流れになる。
一応、人数が増えての探索活動を実感して、将来的には俺にしろ別の誰かにしろ人員増加への気構えは知っておきたいのだそうだ。
くわえて……
「わたし達の方は、一緒に潜っての問題とかは許容前提ですよ。というより、もういまさらだと思いますし。昏井くんにはいろいろ知られちゃってますから」
そんな悪魔の囁きなんかされたら、俺に拒否権なんぞアリマセン。