報告書07 音の羅列
偶然にもサブタイトルが○○の××ってなってますね。ちなみに、作者個人的に好きなリスペクト先のベストサブタイは『Rの彼方に/やがて怪物という名の雨』
「ん……」
『ああ申し訳ありません、起こしてしまいましたね』
「あ、いえ……それよりこの歌は……?」
『昨日はマキナに遅くまで付き合わされて、よく眠れていないでしょう? まだ寝ていてもいいのですよ』
「イユさん、話をそらそうとしてませんか?」
『いいえ、まったく。……起きるのでしたら、目覚めの飲み物でもどうぞ』
大型四輪の中で目を覚ましたリスティは、かかっていた毛布をどかしながらゆっくりと身を起こした。昨夜はマキナに質問責めにあって、弟や妹の話をしているうちにそのまま寝てしまったようだと、寝ぼけ眼を擦りながらリスティは辺りを見渡すと。
リスティを起こしたのは何やら女性の歌声のようだったが、周りに歌を歌っているような人物はいない。というより人影が見当たらず、もちろん女性声でないイユが歌っているわけでもなく、車に搭載されたラジオから流れてきているようだ。
なんというか……独特な歌声と音楽だった。リスティも音楽に造詣が深いという訳ではないが、素人目……いや素人耳からしてもプロが監修しているものとは思えず、素人が独自の発声法と演奏術で流しているような。あまり聞かれたくはなかったのか、露骨にまた眠るように急かしてくるイユが新鮮で、リスティもその音楽に聞き入っていた。
「ありがとうございます。なんというか……意外ですね。イユさんに音楽を聞く趣味があるなんて」
『趣味という訳ではありませんよ。ラジオがたまたまキャッチしただけです』
「流れてたらいつも欠かさず聞いて、録音までしちゃってるくせに、なーにごまかしちゃってるの?」
「あ……マキナさん、おはようございます。昨夜はすいません、寝てしまったようで」
「んーん、こっちこそごめんね、無理させちゃって。それより、まだ流れてるのね……コレ」
「マキナさんもこのラジオに流れてる女性、知ってるんですか?」
「まあね、イユほど詳しいわけじゃないけど?」
興味を惹かれたリスティがそのまま起き上がったからか、イユから手渡された飲み物は、寝起きに活を入れてくれるような味のコーヒーで。苦さにリスティが顔をしかめていると、イユから追加のミルクが新たに手渡されるとともに、外に出ていたらしいマキナが帰ってくる。
そのまま苦笑いしながら語ってくれたこと、いわく。この流れているラジオは《シャングリ・ラ》といい、《圏外》で生きている電波塔を渡り歩いている女性ボーカルをリーダーとしたグループの手により、不定期に発信されているものだそうで。ラジオを発信できるほどの電波塔を見つけられれば、連日のように配信させられるが、見つけられなければ音沙汰もないものだそうだ。
しかも電波の発信は《機械》が勘づいてくる場合もあり、そうなれば生きている電波塔からも逃亡して、また新たな電波塔を見つける旅へ――というのを繰り返しているそうだ。
自殺志願者のような命がけの音楽活動の理由を知り、リスティは知らず知らずのうちにあんぐりと口を開けていた。
「どうして……そんなことを?」
「生きてる人たちに希望を届けるため、らしいわよ」
「それは立派なんですが、手段はどうかと……」
「私に言われても困るわよ? まあ、そろそろじゃないかしら」
『――あー! 今回も私たちの歌声を生で聞こうとするファンがやって来ました! 名残惜しいですが、また生きてる日まで! ラジオ《シャングリ・ラ》でした!』
自分たちの音楽でもって、生きている人々に希望を届ける――たいそう立派な目的だったが、当人たちがいつ死ぬか分からないようなやり方に、リスティが苦言を呈している間に。マキナがそろそろじゃないか、といったことが的中したように、歌声が突如として中断された。
生で聞こうとするファンなどとぼかしてはいたが、やはり《機械》に探知されてしまったのだろう。慌ただしい物音が響き渡るなか、女性ボーカルの早口とともにラジオ《シャングリ・ラ》は打ち切られた。何度か聞いているらしいマキナやイユのリアクションがないのを見るに、特に珍しいことでもないようだ。
『それはともかく、マキナの首尾はどうですか?』
「……そういえばマキナさんはどちらへ?」
「近くに生きてる工場があるってイユが言うもんだから、下見にね」
「生きてる工場って……人がいるってことですか?」
「んーん、多分無人よ。機械稼働で動いてる工場、わりと珍しくないのよ」
『先日の戦闘でマキナの部品を多く失ったので、少し補給しておく必要があるんです』
とにかくラジオの件から話をそらしたがっているのか、イユがすかさずマキナに話を振る。リスティからすれば、イユの好きな歌の件も気になってはいたものの、何か重大なことでもあったのかとマキナの話を聞くと。
生きた工場。今リスティや人々が口にしている食品や、《機械》に対抗するための機械部品。それらは基本的に、旧文明から残る遺跡と化した工場で、まったく方法も分からず量産されている。故にこの《圏外》では、町や集落というのは生きた工場の近くに出来るそうだ。
確かにリスティが今まで訪れた二つの町も、どちらも機械系の工場を抱えていた……利用方法はどうであれ。とにかく、いつ供給が途絶えるか分からないような、そんな工場であっても人間たちが生きていくには必要な資源だ。
「生きた工場なのに人がいない……ってことは」
「正解。まあ、私もしっかり見てきたわけじゃないけどね」
「行きましょう! 他の人が迷いこんだら……すぐ準備しますので!」
「そんなに慌てなくていーわよ。まだ起きたばっかりで、ご飯も食べていないでしょ?」
「いえ、すぐ……うっ」
「あら、かわいいお腹の音」
そんな工場という絶好のポジションに、人間がいないということは――リスティは口には出さなかったものの、そこから先に続く言葉は明らかだった。マキナにもリスティが言わんとしてることは伝わったらしく、茶化しながらもしっかりと頷いた。
十中八九、《機械》がいる。人間がいないのはそういうことだろうと予測したリスティは、立ち上がって装備を準備していく……とともに、起きぬけの空腹を周囲に喧伝して。顔を赤くして座り込むリスティに、マキナはいつも以上に微笑んで棒状の栄養食を差し出してきた。
「人がいないってことは、迷いこんでる人も見当たらないってことだから。ひとまず腹ごしらえ、ね」
「……はい……」
そうしてしばし、朝食を含めた準備を済ませてから。先日、食事のことを資源の無駄使いだと語っていたのは嘘でも冗談でもなかったらしく、マキナは昨夜から何も口にしなかった。ただしリスティが食事しているところを、ニコニコと微笑んで見物してくるので、非常に食べにくかったけれど。
物影に隠した大型四輪をイユに任せて、普段通りの警備隊員装備を整えたリスティは、マキナに先導されて工場へ向かっていく。ひび割れたコンクリートに覆われた大地を歩き、周囲には倒壊した建物が乱立するなか、中心部にそびえ立った工場が見えてくる。
偵察に来ていたマキナの言葉通り、周囲に人間も《機械》の姿を見えず。動いているものと言えば、点いたり消えたりしている工場の灯りぐらいか。マキナが見てきたのはこの外側までであり、内部がどうなっているかは分からないらしい。リスティたちは慎重に工場内部へと潜入していく。
「《機械》がいるかもしれないのに、マキナさんは普段通りでいいんですか? その……巨人じゃなくて」
「いるのが人間だったら、あっちの姿じゃ怖がられちゃうもの」
「あー……それもそうですね」
「まったく、掛け声ひとつですぐ変身できたりしたら便利なのに。だから《機械》がいたらリスティが頼り! よろしくね!」
「ええ、はあ……。マキナさん、向こうから」
「音? かな?」
工場内部は非常に整頓されていた。明らかに人の手……いや《機械》の手かもしれないが加わっており、電灯まで点いていて辺りは明るく見張らしもよい。内部の機械も稼働したままらしく、機械部品や食料品がどのようにしてか量産されていたが、そのどちらもが手をつけられていない。
機械部品はともかく食料品に手がつけられていない以上、やはりこの場に人間はいないのだろうと、リスティは無意識に柄を握り締める力を強めると。緊張を紛らわせようとしてくれたのか、マキナがポンとリスティの肩に手をおいた。
まだまだ子供扱いだなぁ――とリスティは苦笑しながらも、扉の向こうから音楽のようなものが聞こえてきて気を引き締める。よく耳を澄ましてみれば、音楽にあわせて歌声のようなものも聞こえてきて。その音はマキナにも聞こえたらしく、二人で顔を見合わせた後にその扉を開く。
『ああ、久しぶりのお客様ですか。ゆっくり……はする気はないでしょうから、物資なら好きなだけ持っていってください』
「……え?」
「あらら」
『おや? 人間のお客様かと思えば……機械と一緒とは珍しい取り合わせですね』
「あ、あなたは……」
『はい。見ての通り、機械です。特に名前はないんですが、それじゃ不便ですよね。では……カツ、とでも』
扉を開いた向こう側にいたのは、確かに《機械》だった――だったのだが。換装後のマキナと同じような機械の巨人が、音楽が奏でられている部屋でハミングをしていた。その外見が人間と同様なのであれば、ずいぶんと平和的な光景に違いないとリスティは思ったが、本人の自己申告で機械だそうだ。
にもかかわらず歓迎する様子でこそないものの、リスティを狙って襲ってくるようなこともなく。ゆっくりと振り向いただけで、すぐに音楽にあわせた手拍子に戻っていった……ものの、マキナの姿を見てピクリとその身を震わせた。
音楽を保存して再生するという旧文明の遺産、確かラジカセという代物の音量を少し下げながら、機械巨人は――カツと名乗りながらうやうやしく一礼した。
「えと、その……襲ってこないんですか?」
『襲ってきて欲しいのですか?』
「いえまったく、そんなことはありませんが!」
「……あなたは、本能に支配されていないのね」
『いえいえ、つい先日まではあなたと同じでしたが……こうして歌を聞いていると、プログラムされた本能にただ従うことが、なんて馬鹿らしいことかとね』
「歌……あなたは歌が理解できるのね」
『はい。まだプログラムで動いているあなたには、ただの音の羅列に聞こえているんでしょうね』
そんな敵意のない《機械》を前にして、リスティはどうしたらいいかも分からず、握っていた柄をポケットにしまいこむ。しどろもどろになるリスティに代わるように、マキナは前に出てカツを見上げながら話し出した。
その会話の内容は、リスティが理解するのにしばし時間がかかるものだった。『あなたと同じでした』というのはつまり、人を襲うようにプログラムされた本能に従っていた……ということで。マキナは今もなお、プログラムされた本能に従ったままに人を救っている、ということだ。
さらに歌が理解できない、などと。マキナもイユも、この工場に来る前にラジオ《シャングリ・ラ》から歌を聞いていたのに。しかしてマキナは、ただの音の羅列にしか聞こえていないというカツの言葉を否定することはなく。マキナもイユも、リスティと同じように音楽を聞いていながら、ただ音の羅列を聞いていただけだったのだと。
『歌は素晴らしいものです。それを作れるのは人間だけだと思考した時、私はプログラムの枷から解き放たれました……あなたはどうですか?』
「……どうって、何がかな?」
「マキナさん……?」
『そのプログラムに従ったままで満足ですか? あなたは……何のために生きているのですか?』
「っ……」
『などと偉そうに言っていても、私もそろそろ以前のように戻ってしまうのですが』
「ど、どういうことですか?」
『そろそろこの工場の命は尽きます。そうなれば、この音楽も止まるでしょう。音楽がなくなれば、自分で音楽を生み出せない私はただのプログラムに戻るだけ……』
カツとの問答を通して、リスティは初めてマキナの声色に怒気が込められたところを聞く。どうして生きているのかなどと、その答えが分からないことは自分が一番よく分かっている――とでも言いたげに、マキナは拳を握り締めていた。
人間が好きだから人間を守りたい、と語ったリスティ。音楽が好きだから人間を襲いたくない、と自我を確立したカツ。それらと違ってマキナはただ、規定されたプログラムに従ったままでいるのだから。
ただしカツも完全にプログラムから解放されたわけではないらしく、この工場が死ぬときは自分が《機械》に戻る時だと、どこか寂しげに語りだして。リスティが何か他に方法はないのか、という旨を質問しようとした瞬間、工場に灯っていた明かりが消える。動作していた機械も動きを止め、流れていた音楽ももう聞こえなくなっていた。
『ああ――思っていたより、早かったですね――』
「カツさん……」
『まだ私の中には音楽が流れていますが……まあ、時間の問題でしょう。すぐ逃げた方が身のためですよ……ああ、でも……』
「壊してあげるわ。あなたが好きな歌を産み出す人間を、あなたがこれ以上、殺す前に」
『そうしてくれると……ありがたいです……』
そしてそれは、カツが言っていた通りに彼の終わりを告げるものであった。人間で例えるならば息も絶え絶えといった様子だろうか、中毒症状で震えながらも、カツは無理やり自分の身体を動かしながら工場の奥に向かっていく。
それは人間を殺したくない意思の表れであり、自分を出来るだけ奥に封じ込めておきたいようだったが。その後ろ姿に、マキナは無慈悲にも聞こえる言葉をかける。無慈悲な、それ以上に優しい言葉だった。
「戻るよ、リスティ」
「マキナさん……カツさんを殺すしか、その……方法は」
『ないでしょうね』
「イユさん……はい……」
『では、リスティ。あなたに手伝ってほしいことがあります』
そうしてカツとは逆方向、工場を出るためにリスティたちは進みだす。マキナが機械巨人に換装するためだ。人間を守るためか、カツに人間を殺させないためか、それともその両方か――もはやカツを壊すべき対象としか見ていないマキナに対し、リスティはまだ諦めきれていなかった。
そんな甘えたリスティを叱責するかのように、腕のアクセサリーから今まで話そうとしなかったイユから言葉がかけられる。確かに今までリスティが倒してきた《機械》と、これから邂逅するカツはなにも変わらない人類の敵だろう。
覚悟を決めてマキナとともにいったん工場の外に出るリスティへ、イユから珍しく――初めて頼みごとをされたように思えた。
そして数分後、死んでしまった工場から一体の機械巨人が外に現れた。もはやその瞳は先程までとは違い、音楽を愛していた穏やかな瞳ではなく。カツの祈りも虚しく、ただの《巨人型》の《機械》でしかなかった。
《巨人型》が外に出て見たものは、彼を待ち構えるように待っていた機械巨人――マキナ。甲冑を着たような機械という点では同型の二体は、お互いに殺気のようなものを感じてか戦闘体勢をとる。どちらも武器のようなものは持っておらず、その馬力のみで容易く人間を粉砕する。
先に動き出したのは《巨人型》。容赦のない突進を機械巨人にくらわせたものの、機械巨人はそれを地面を擦りながら受け止める。そのまま動けないように拘束したが、暴れる《巨人型》にはその拘束は一瞬しか維持できないだろう。
『リスティ、頼みます』
「はい!」
『――あ、ああ――』
「カツさん!」
『ああ……』
ただしその隙に、物影に隠れていたリスティが背後から《巨人型》に接近し、その耳部分に腕のアクセサリーを押さえつける。イユとの通信用に使われるそのアクセサリーからは、今は先のラジオ《シャングリ・ラ》を録音したものが流れていた。
再び音楽を聞かせれば、カツもまたプログラムの支配から逃れられるのではないか――イユから提案された言葉に、リスティは反対する意味はなかった。そもそもリスティが早く覚悟を決めていれば、こんなことをせずともカツが意識を保っている間に光刃を刺し彼を殺してやれたのだから。
そうして計画は成功し、ラジオ《シャングリ・ラ》を録音したものから流れる歌に、《巨人型》――カツは再び自分の意識を取り戻した。機械巨人の拘束を解こうとしていた力も抜けていき、二対の巨人はお互いにゆっくりと放れていく。
『いい歌ですね……他者を元気づけようとする強い意思を感じる……』
「……わたしも、そう思います」
『あなたも、そう思える日が来ることを祈っています。もし来なくとも、別の生きる意味を見つけられることを』
ただしこれは、あくまでも一時的な処置だ。まさかこれから永遠にイユが録音した音楽を聞かせ続けられるわけもなく、カツもいつ人間を殺すか分からない自分をこのままにするのは、他ならぬ彼本人が許さないだろう。
近くにまで待機させていた大型四輪から機械巨人へ、槍のような杭打ち機が射出される。機械の核を一撃で貫くことに特化したその武器は、抵抗することなく立ったままのカツに向けられ、何の感慨もなくその胸部を刺し貫いた。
起動を停止し二度と動き出すことはないだろうカツの最後の言葉が、マキナに届いたかはどうかは、機械巨人の仮面に阻まれてリスティには分からなかった。
『リスティ、頼みを聞いていただきありがとうございました』
「あ……いえ、イユさんのおかげでカツさんも救われたと思います。こちらこそ、ありがとうございました」
『救われた……ですか。では、もう一つだけ頼みを聞いてもらっていいですか?』
「え? ……はい。何でも言ってください!」
『機械への同情はやめてください。食事も音楽も分からず、ただプログラムに従って動くしかない機械に、あなたは同情してはならない』
「……はい……」
杭打ち機を大型四輪にしまった後、そのまま機械巨人は工場の物資を回収しに行ったようだ。倒れ伏したカツを気にしながらも、物資の回収を手伝おうとしたリスティに、ラジオの録音を流し終えたイユから通信が入る。
内容は同情するな、と。リスティにとって《機械》はあくまで敵でしかなく、カツのような個体も結局はプログラムの支配から逃れることは出来なかった。だから悲しい生き物だなどと同情してはいけない。
……でも、祈るくらいはいいだろう。プログラムの支配から脱しようとしているマキナが、彼女が求める彼女になれますように――そう、リスティは誰に祈ればいいかも分からずに、心中で手を合わせた。
犬でも感動してうっとりする音楽にロボットは何も感じない! って話が鉄腕アトムにあったことを書いてから思い出しました