報告書05 戦乙女の真実
話のペースがちょっとゆっくりになってきたような、そうでもないような
キャピタル。夕刻ごろにこの旧文明の建物が乱立した町に着いてから、外はすっかり暗くなっていることを、リスティはぼんやりとした灯りがついた部屋から見た。主にかけた時間は、ホコリだらけの拠点を掃除するためだけど。
大型四輪を置くためのガレージと、扉で隔てたベッド付きの一部屋しかないという、必要最低限のものしかない町外れの拠点。 リスティはその扉つきの部屋をあてがわれたために、この部屋はコーヒーなどと同様に、『人間用』の部屋なのだろう。
「ふぅ……」
部屋とベッドついでに紙とペンを貰ったリスティは、国に帰ったときのための報告書を仕上げていた。今までの行動を記した略式的なものだが、部隊の壊滅を改めて書き記すことは、少し精神的にもくるものがあって。一息つきながら、紙を丸めて制服のポケットにしまいこむと、窓から天に込めて祈りを捧げた。
「どうか、安らかに」
リスティにとって妹弟がいるように、彼ら彼女らにも家族がいたというのに。家族が待つ故郷に骨も埋葬できない仲間たちへ、謝罪も込めて。こんな世界で、人との死に別れなど珍しくもなく、警備隊というリスティたちならなおさらだ。死後の世界など気にする余裕もないけれど、仲間たちが安らかにいられますように、そう祈るくらいならいいだろうと。
しばし祈った後、マキナとイユに眠る旨を挨拶ぐらいはせねば、という使命感からリスティはベッドから身を起こす。
「まだマキナさん起きてるといいけど……」
『今朝、リスティに言われましたよ。僕たちは優しいんだそうです』
――ドアノブに手をかけた瞬間、外からそんなイユの声が聞こえてきて、リスティはついつい動きを止めてしまう。少し開いた扉からは、マキナが大型四輪の動力を月光に当てて充填しているところで、そのまま二人の会話は続いていく。
「優しい? なんで?」
『人間を助けて回っているから、だそうです』
「んー……私たちは別にそんなつもりじゃないんだけどなぁ……」
『ですがおかげで、マキナも随分と人間のふりが上手くなりましたね』
人間のふり? ――と、盗み聞きなど趣味が悪いと、扉を閉じようとしたリスティの耳に、聞き捨てならない単語が届いた。聞いてはいけない話だ、と警告する本能に逆らって、リスティは次の言葉を待ってしまう。待ってしまった。
『手を繋ごうが温かさなど感じないのに。飯を食べようが味も感じないし必要もないというのに。眠ることなどないというのに』
「……そうしないと、恐がられちゃうからね」
『恐がられてまで、どうして人間を助けるんです?』
「それが私の存在意義だから」
迷いなく断言したマキナの言葉を最後に、リスティはゆっくりと扉を閉めた。挨拶をすることなく眠ろうと、電気を消してベッドに横たわる。
きっとマキナは一晩中、眠ることはないのだろうと思いながら。
「どうしたの? 調子悪い」
「あ、いえ……」
「口に合わない? なんか調味料かける? 塩しかないけど」
「……大丈夫です、食べれます」
翌朝。どこからか拾ってきたような机と食器で、イユが用意したというパンとスープの朝食を二人で囲んでいたが、リスティはどうしようもなく食欲が湧かずにいた。
いや、食欲が湧かないというよりは、目の前でもりもりと食べるマキナのことの方が気になるというべきか。その楽しそうに料理を食べる姿からは、味覚もなく食事の必要もないとはまったく思えなかった。
ただしリスティにも思い当たる節はあった。一つ目は、コーヒーをごちそうになった時、ひどく不味いものをマキナは構わず飲んでいたこと。二つ目は、機械の身体では何も感じないとマキナが語っていたこと。それらは確かに、味覚も食事の必要もないなら頷ける。
「……やっぱり何か悩んでない? おねーさんに相談してみ?」
「……マキナさんは……食事の必要、あるんですか?」
「んー……昨日の話、聞いてた?」
「……はい」
「なら話は早いっていうか、分かってるでしょ」
盗み聞きをしていたと萎縮しながら問いかけるリスティに対し、あっけらかんと答えながら、マキナは必要のない食事を食べ終えた。リスティに隠し事はなかった、話は済んだとばかりに食卓を立ち上がるマキナに、たまらずリスティは声をかける。
「あ、あの! ……すいません。盗み聞きをしてしまって」
「んーん、別にいーよ。物資の無駄使いももうしなくていいみたいだし」
「無駄使い……?」
「うん。今日の昼からは一人分の用意でいいよね? たーんとお食べ!」
「……はい」
物資の無駄使い。それがマキナにとっての食事なのだと、リスティはただただ思い知らされた。リスティが冷えたスープを口に運ぶ動作を見て、ニコニコと嬉しそうに笑うマキナに、リスティは……どうしようもなく――悲しくなった。
存在意義だから、というだけで機械という同族を殺す旅をし続けて、そこに自分の意思がないなどと。
「失礼ですが……マキナさんは、何のために旅をしているんですか?」
「言わなかったっけ? 困ってる人がいたら助けるのが当たり前で、私の存在意義だからって」
「違います。存在意義とかじゃなく、マキナさんは、何のために、何の目的で旅をしてるんですか?」
「……何の目的で?」
リスティの質問に、マキナはきょとんとした表情でオウム返しする。かつて「機械がどうして人間を助けるのか?」とリスティが問いかけた時と同様に、まったく質問の意味が理解できない時、マキナがする表情だ。
ただし、かつてとは違って、そのままマキナはふと考え込むような動作に入っていた。
「考えたこと……なかったな。私はただ……人間を助けるだけだから。それ以外、何もなくて……」
「そんなことないですよ! イユさんだっていますし、わたしはマキナさんが助けてくれたから、ここにいるんですから!」
「……ごめん、わかんないや。でもね、そんなこと言ってくれたの、あなたが初めてだから。ちょっと……考えてみるね」
それからは始めて見る、困ったように笑うマキナの姿。普段のお姉さんぶった表情からは想像もできない、素のマキナを見たような気がした。
町の自警団から話が来たのは、そんな時間からすぐのことだった。先日のお礼がしたいので、是非とも自警団の本部に来てほしいとの迎えの車両だ。イユの大型四輪は、せっかく拠点に戻ってきたのだからと、念入りな修理と補給中だそうで。午後まで発車できないと言うので、ありがたく誘いに乗ることにした。
……正直に言ってしまうと、リスティからすれば。以前、偽りの機械の神の集落での出来事があったばかりで、町の中心に出向くことに抵抗がなかったといえば嘘になる。
とはいえマキナから、彼女の活動拠点でもあるのだからと説得され、リスティは疑いの感情をなくして同行することにした。自警団という、人々を守るリスティと同職の者たちに興味があったという理由もある。
先日、この町を訪れた時は、戦闘直後だったこともありよく町内の様子を見ていなかったけれど。自警団の車両からリスティが外を見る限りでは、コンクリートで出来た廃墟という印象がピッタリだった。
ただし廃墟といっても人が住んでいないわけではなく、倒壊した建物をそのまま住居として使っているようだ。車両が通る道などはしっかり整備されており、道路の側では人々が様々な店を営んでいる。道行く人々は自警団を見たら元気に手を振っており、活気もあるいい町だとリスティは思った。
そんな崩れ落ちた廃墟の中、一つだけ健在のビル――そこが自警団の本拠地だった。
「先日はどうもありがとうございました。こちらから出向くべきだったのですが……」
「いえ、わたしたちの方が身軽ですし。お招きありがとうございます」
「…………」
「マキナさん?」
「……んー? ああ、ごめんごめん! よろしく!」
自警団本部の前で待っていたのは、先日の女性指揮官のアイリ。どうやら秘書のような役割もこなしているらしく、タブレット端末を持って挨拶をしてきた。その姿の似合いっぷりからすると、こちらが本職なのかもしれない。
リスティとアイリが社交辞令たっぷりに挨拶を交わすなか、何やら考え込んでいたマキナの反応が少し遅れて。やはり朝飯の時のことを気にしているのかと、リスティは少しマキナに視線を送るものの、ニコニコと笑う様子は普段と変わらない。
さらにマキナへ問いかけようとするが、リスティがそれを口に出すより早く、アイリは自警団本部のビルへと入っていってしまう。そちらを追わないわけにもいかず、リスティはマキナを連れ添ってビルの中へと入っていった。
「自警団の団長が是非とも直接お礼を言いたいというので……あちらの部屋でお待ちです」
「団長……あの戦乙女という方もいらっしゃいますか?」
「ああいえ、彼女は別件で。彼女に興味がおありで?」
「え、ええ。この町を助ける英雄、と聞きましたので」
「英雄……そうですね、確かに。では、この後でお会いする時間を用意しましょう。まずは団長に」
立派な建物だと思われたのは外観だけではなく、内部もしっかりと修復されていて。ホールでは機械部品を持った技術者たちが忙しく走り回っており、彼らがこのビルを修復し、自警団の機械化を支えている技術者たちだろう。
その中からリスティは、先日の戦乙女という飛翔する少女のことを思い出した。自らを機械化して町を守るために戦う少女、同じく警備隊員として人を守っていたリスティには、一体どんな人間なのかと興味がないと言えば嘘になった。
とはいえ、ひとまずそちらはお預けのようで。まずはホールの奥にあった大扉を開けると、いかにも責任者用といった豪奢な部屋に、二人の男性が待ちかねたかのように立っていた。
「先日のお二人をお連れしました」
「おお! 私たちの大事な戦士を助けていただいて感謝します! 入り用ならどんな物資だろうと用意しますぞ!」
「え、あ、はい……どうも……あなたが、団長ですか?」
「いえいえ、私はしがない技術者の長をやらせてもらっている者でして、団長はあちらの、はい!」
「…………」
リスティたちが入ってきて扉が閉まるとともに、二人の男性の片割れである汗っかきの太った男が、その見た目から想像もつかない速度で接近してきていた。そうして感謝を示しているのか、リスティの手を強く握りしめてくる姿と迫力に、少し身を引いてしまう。
しかも自警団の団長ですらないらしく、マキナの方の手を握りに行く技術長の背後では、細身で筋肉質の男性が目礼をしていて。体格や気配からして、あちらが自警団の団長ということらしい。
「あなたがあちらの機械の巨人の方ですか! いや~是非、どんな部品を使うのか教えていただきたい!」
「んー……女の子の身体の秘密は簡単には教えられないかな~」
「これは失礼! ははは!」
「騒がしくしてすまない。私がこの町の自警団を束ねている者だ」
「いえ、そんな……」
「話は手早く済まそう。動かないでもらいたい」
そうして団長に挨拶するや否や、リスティは隠し持っていた銃を突きつけられた。団長からだけではない、常に隣へ位置していたアイリからもだ。
銃。旧文明の遺産であり、撃鉄により金属片を発射する装置。ただしその整備性の悪さと内部構造の複雑さ、そして何より《機械》の装甲を撃ち抜けないために、この世界で見ることは基本的にないと言っていい。不幸中の幸いが、恐らく《機械》どうしの共食いにも似た同士討ちにより、銃を使う《機械》がいないことと言われている。
もちろん《機械》に通用することはなくとも、銃を扱うノウハウや技術さえあれば、人間にとって脅威的なことに変わりはない。
「……どういうことですか」
「君には救世主になってもらう」
銃口の威圧感に負けずリスティは団長を睨み返すものの、彼もそれで怯むような相手ではなかった。代わりに返ってきたのは要領を得ない言葉であったが、どうやらすぐに撃ち殺されるという状況ではないらしいと、リスティは辺りの状況を観察する。
団長とアイリ、二つの銃口はリスティのみを捉えており、マキナはまったくのフリーだった。とはいえリスティに銃口が向けられている以上、マキナも動くことは出来ない。仮に銃口が一つマキナの方を向いていたのならば、リスティも自力でどうにか出来る可能性もあり、マキナは銃弾などでダメージは受けなかったが。
一人、銃を持たない技術長は、ニヤニヤと笑いながらリスティの身体を眺めていて。銃を持っていないにもかかわらず、リスティは最もその視線から不快感を感じていた。
「はは、流石は内地の警備隊員、これはなかなか……」
「はーい! みんな注目!」
「…………」
「マキナさ……!?」
技術長が血走った瞳でリスティに近づいてくる寸前、マキナが緊張感なく騒ぎ立てた。注意をそちらに集めようという目論見だったのかもしれないが、あいにく団長はそのような手にはつられない――と、隙をうかがっていたリスティもマキナの方を見れば。
彼女が自らの片腕を握り潰していた。鈍い破壊音とともに潰された片腕は、機械部品を撒き散らして機能を停止した。
「マキナ……さん……」
「おお……おお! すばらしい! 中途半端に人を残したものではない!」
「……技術長、こちらは……」
「あの女がそんなものとはまったく価値が違うことも分からんのか! ラボにでも連れていっておけ!」
「はっ……」
片腕を自ら潰すという行動。痛みも感じないようにニコニコと笑うマキナ。血も出ず、ただ機械部品が転がるだけの肉体――それらにリスティは、改めて『マキナが人間ではない』と思い知らされ、向けられた銃口も忘れて呆然としてしまう。
対する技術長はリスティとは真逆の反応を示し、興奮して腕の破片を拾い始めた。もはや直前にまで興味を持っていたリスティのことなど眼中にないらしく、その正体を露にしたマキナに狂気の視線を送っている。
そうした技術長に、先程までは同格のような佇まいだった団長までもが、威圧感に圧されたのか命令にうやうやしく頭を垂れて。どこかに移送するつもりか、呆然としていたリスティの腕を掴んだ。
「……来い」
「あ……ま、マキナさん!」
リスティが正気に戻ったのは、皮肉にも掴まれた腕の痛みからだった。銃口が向けられていることも忘れ抵抗はするものの、一度その機械化された腕に掴まれてしまえば、力でリスティが敵う道理はない。
マキナに向かって手を伸ばすものの、抵抗むなしくリスティはそのまま部屋から連れ出されてしまう。
最後に見たものは、暴れだすリスティに反して、落ち着きはらったマキナの姿。まるですぐ会えるかのように、明日の再会が約束されているかのように――気楽に手を振っていた。
「……っ……マキナさん……」
「お前の相方。機械の身体の整備はどうやって行っている」
「……それを知ってどうするんですか」
「助けてやれるかもしれん」
「そんなこと、信じられるわけが――」
『専用の整備システムが準備されています』
「――イユさん!?」
そうして捕らえられたリスティが、団長とアイリに護送されていく最中、薄暗がりの廊下を歩きながら団長がそう聞いてきた。もちろん銃口は向けられたままであり、助けてやれるかもしれん、などとリスティも信用するわけもなく。
ただしリスティは反抗的な態度を取ったものの、その手首についたアクセサリーからは答えが返ってきた。先のやり取りも聞いていたはずのイユは、リスティにとって最後の希望だったにもかかわらず、その答えはまるで裏切られたようで。
そんなリスティの心情などまったく知らないようで、イユはマキナの整備システムについて団長たちに説明していく。最初はアクセサリーから声がしたことに驚いていたようだったが、機械に馴染みがあるからかすぐに順応し、イユの言葉に耳を傾けていた。
『――ご満足いただけたでしょうか』
「ああ。参考にさせてもらう。この少女を助けられるように善処しよう」
『感謝します』
「私たちに利用できないことが分かって、何を善処することがあるんですか」
「アイリ。黙っていろ」
「……イユさん! どうしてですか!」
『マキナのためです』
話が終わった結果、団長とアイリも意見の相違があったようだが、もはやそちらのことなどリスティはどうでもよかった。怒気をはらんだリスティの声に対し、あくまで飄々とした機械音声が鳴り響き……そしてイユがそう答えるであろうことは、リスティにも分かっていた。
マキナが人間を救うことが存在理由であるように、イユの行動原理は全てマキナに従うことだ。ただ分からないのは、今の団長とのやり取りが何故マキナのためになるか、ということである。
『あなたは自分が足手まといになって捕まった、などと思っているかもしれませんが、違います。責任はマキナにありますから』
「……どういうことです」
『普段のマキナであれば、換装せずともあの状況からあなたを連れて逃げるくらいは可能です』
「普段の……?」
普段のマキナであれば――というイユの注釈は、まるで先程までのマキナが、普段通りではなかったかのようで。その言葉からリスティは、すぐに今朝のことを思い出した。
何が目的で旅をしているのか、というリスティの問いに対し、考えたこともなかったと語るマキナの姿。いつもニコニコと笑う普段のマキナとは違った、初めての出来事に直面した子供のような姿。それからふと、何かを考え込むような動作が増えていた。
それが普段のマキナではないというのならば、確かにその通りだろう。
『人間を救うことしか出来ない機械の分際で、他に何か出来るかなどと考えるから隙が生じたのです』
「それは……」
『ですからマキナは、あなたをあのような場に連れていった責任を取っただけですので。あなたは生きるべきだ』
「話は終わったか?」
マキナが隙を作ってしまったのが朝食の時の会話ならば、それはリスティの責任ではないのか。いや、マキナは人を救うこと以外を考えることすら許されていないのか。イユの突き放すような言葉に、様々な感情がないまぜになってリスティは何も言えなくなって。
そんな会話を待っていられなくなったのか、団長に腕を捻られるとともに、イユとの通信用アクセサリーを奪われてしまう。
「……どうしてあなたのような人がこんな真似を?」
「…………」
「……機械化した我々への罰です」
「アイリ!」
自らを機械化してまで人間を守ろうとする自警団たちに、リスティは正直に言ってしまえば尊敬の念を抱いていた。先の戦闘でも孤立した仲間を見捨てることなく戦って、そんな人々を率いる立場の団長も一見して寡黙だが鍛えぬかれた人物だった。
そんな人々がどうしてこんな真似をするのか、というリスティの問いに対して、期待はしていなかったが団長は答えようとはしなかった。代わりに今まで口をつぐんでいたアイリが、銃口を下ろしながら答えだした。団長の制止も聞かず、制服の長袖を捲ったアイリの腕は、マキナと同じく機械の腕だった。
「私たちは確かに、自分たちで機械化の道を選びました。みんなを守るために……でもそれは、技術者たちの奴隷になることと同じだった」
「まさか、さっき整備方法のことを聞いたのは……」
「ええ、技術者どもに頼らずこの身体を治せれば、あいつらの言うことなんて聞かずに済むのに!」
不平不満が限界を突破したように叫びながら、アイリは通路の先へと歩いていく。団長も止めたがってはいるものの、リスティを逃がさないようにしているために動けないようで。
ただしそうしたアイリの叫びから、リスティはこの町や自警団の現状が理解できた。先程、団長が技術長の言うことに逆らえなかったのは、技術長の異様な雰囲気に飲まれてのことかとリスティは思ったが。
違う、単純に上下関係の立場なのだ。自警団が機械化した身体で人々を守り、それを修理で支える技術者たち――とリスティが思っていた相棒のような関係ではなく、機械化した身体を維持して人々を守りたくば技術者に従え、という奴隷にも似た主従関係。
「奴らに何をされても皆を守るためだから……って耐えてきたけど、もういい。チャンスは今しかない!」
「やめろ!」
団長の制止を聞くこともなく、とりつかれたようなアイリは突き当たりの扉を開け放った。恐らくリスティが連れていかれる予定だったであろう場所であり、それほどまでに危険な場所ということか、団長はリスティの腕を放して駆け出した。
その薄暗い部屋にいたのは、先に見た《機械》と戦う戦乙女――のはずだ。ただし椅子に座るその姿は、両手両足どころか身体を全て機械化されたもので、生身に見える頭は虚空を見上げたままピクリとも動かない。まるで糸の切れた操り人形のような姿の少女が、部屋には数十人と待機している様を見て、リスティは戦乙女という存在の真実を悟る。
機械化しすぎた少女たち。もはや生身の方が少なくなってしまい、技術者たちの命令がなくば動くことも出来ない機械人形。果たして人間と呼べるかどうかも危ういそれらに、リスティは見込まれていたのだろう。
そんな機械仕掛けの物言わぬ少女たちは、身体の部品がそれぞれ破損したまま放置されている。修理待ちとでも言うべきか、もはや人権もなにもないその光景に、リスティは吐き気すらもよおしてしまう。
「こん、な……!」
「みんな起きて……壊すの、この町を……!」
「やめろと言っているんだ!」
そうしてアイリはうわごとを呟きながら、部屋の中心にあった機械を慣れた手つきで操作していく。自分たちで機械を操れるようになれればと、技術者たちに隠れて機械のことを学んでいたのだろうか。
ただしその結果は最悪の手段で用いられることとなり、団長がアイリを取り抑えた時には全てが終わっていた。
「壊して! 全部! 壊れちゃえばいいのよ!」
アイリの絶叫に呼び覚まされたように、戦乙女たちが起動する。
――ただし、人類の英雄ではなく、全てを壊す悪魔として。
こいつらいつも立ち寄った町で殺されかけてんな