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第5話 平和な朝飯と憂鬱な日

嫌なことというのは、誰しもが経験したことがあるだろう。

どれだけ忌避し、遠ざけようとしても越えねばならない壁。

遠くにあったと思えば、近寄り。

決意をもって挑めば遠ざかる。

しかし、放置することはできない。

なぜなら、それが責任というものなのだから。


朝が来た。

窓から差す日の光の眩しさに目をこすり、起き上がる。

「嫌な朝だ」

独り言ちながら、ラルフはベッドから体を起こす。

今日から、冒険者達に生き残る方法を伝えなければならない。

自分の技術を切り売りしなければならない状況に釈然としないものを感じ、

それ以上に、今日から起きるであろう、聖女様の暴走による被害を考えると、

憂鬱な気持ちがラルフの胸中を支配する。

「とはいっても、この状況が変わるわけなし、か」

手早く装備を確認し、部屋を出る準備を整える。

動きやすいインナーの上にいつもの皮鎧。

片手剣を腰に差し、体に斜めに掛けたベルトにナイフを数本装着する。

皮手袋と皮のブーツの具合を確かめ、回復薬などを入れた細長い小瓶を腰のベルトのポーチに詰めていく。

毎朝の作業だ。

討伐の依頼を受ける時でなくとも、ラルフはこうして自身の装備の確認を怠らない。

この世に絶対などありえないのだから。

もしかしたら、街に魔物が攻めてくるかもしれない。

もしかしたら、誰かに襲われるかもしれない。

もしかしたら、もしかしたら・・・。

考えればきりはないが、絶対に安全と言い切れる保証がない以上、油断をすべきではないとラルフは考える。

だからこそ、命綱になる装備の点検を常に行うのだ。

たとえそれが徒労に終わったとしても。


装備の確認が終わり、部屋を出る。

この宿屋は前払いの上、食事は要らないと言ってあるのでそのまま出ることができる。

さてさて、本日の朝飯は何にするか。

屋台の立ち並ぶ広場を目指しながら考える。

定番の野菜と肉を挟んだパンにするか、魚のフライというのもあるが、

やはり肉を食うべきか。

今の自分は、よほど腹が減っているらしい。

ある程度の距離があったはずなのに、気づけばもう広場の前だ。

あたりにはいい匂いが立ち込めている。

焼き立てのパンの匂い。

揚げられたばかりの揚げ物が出す匂い。

新鮮な果実の甘い匂い。

どれもこれも美味そうだ。

「よう、ラルフ!!」

奥の方の屋台から声がする。

「やあ」

パンにいろいろな食材を挟んだものを売っている屋台の親父だ。

この親父が作る野菜と肉を挟んだパン(サンドと呼ばれている)は結構いける。

何度か朝飯に使ってるからすっかり顔なじみになってしまった。

「今日は、酒場で飲んでいかないのか?」

にやにやしながら言ってくるが、その手は休むことなく商品を作り、客をさばいている。

「今日は用事があってね。朝酒はダメなんだ」

親父の屋台の列に並びながら答える。

「そうかい。なら今日は健康志向の朝飯ってとこかな?」

タレの付いた肉の香ばしい匂いが漂ってくる。

鼻いっぱいに吸い込みながら、返事を返した。

「いや、がっつりと肉を頼むよ」

「あいよ」

この屋台の肉の匂いを嗅いでしまったら、もう肉のことしか頭に入らなくなってしまった。

いつもそうだ。

この親父は肉の匂いで客を釣りあげちまう。

「後、野菜のサンドも1つくれ」

「サンド2つで、銅貨40枚だ」

「解ってるさ」

この店は、量も多くて結構良心的な値段だから、その分客も多い。

他の店は同じ量でも銅貨50~60枚とかするからな。

量が多いってのが売りの一つでもあるから、朝から重労働な労働者や冒険者が好んで買っていく。

熱した鉄板の上で焼かれた甘辛いタレが絡まった肉とシャキシャキとした歯ごたえの刻み野菜。

それをこれまた鉄板で焼いた厚めのパンで挟むのがこの店の一番の人気商品だ。

肉の量はパンからはみ出す程で、野菜はアクセント程度に抑えられている。

こいつを近くの果物屋台で絞ってもらった果実のジュースと食うとこたえられない美味さになる。

まあ、酒には劣るけどな。

もう一つ頼んだ野菜のサンドは名前の通り、大量の野菜と茹でて潰した卵が挟まれている。

こちらは、切っておいたパンに挟むやり方で、冷まされた野菜との相性がばっちりだ。

美容に気を遣うお嬢さん方や、肉をあまり好まないエルフ達に人気の商品だ。

普段は食べないんだが、たまに無性に食いたくなるんだよな。

茹でて潰した卵ってのがいいのかね。

あるいは、私の体が野菜を求めているのかも?


「ほれ、できたぞ」

なんてあれこれ考えていたら、親父が紙に包んだサンドを二つ渡してくれた。

アツアツで、いい匂いがする。

今すぐかぶりつきたいが我慢だ。

銅貨を支払い、近くの果物屋台に向かう。

今日の気分はベリー系かな。

しんどい仕事になりそうだから少しでも体を労りたいね。

「ベリーのジュースをくれ」

運良く、列が途切れていたようで、誰も並んでいない屋台のお嬢ちゃんに声をかける。

「はい。銅貨10枚です」

この店は、ジュースとしては少しお高いがその分美味い。

果物を絞るだけでなく、炭酸水と混ぜて飲みやすくしているのだ。

これがたまらなく美味い。

他の店は薄めているが、ここのは甘さを強めているといった感じだ。

以前にどうやっているのかを聞いたら秘密だと可愛らしく返されたのを思い出すな。

銅貨を支払い、陶器のカップを受け取って広場のベンチへ向かう。

同じように屋台で買った飯を食っている兄ちゃん達が座っている。

急いでいるのか食いながら歩いたりしている奴もいるが、まぁいつものことだろう。

空いているスペースに向かい、腰を下ろす。

まずはアツアツの肉サンドからいただこう。

野菜サンドの入った紙を膝の上に置き、いざ肉サンドにかぶりつく。

鼻をくすぐるのは焼かれた肉とパンの香り。

一嚙みした途端、口中に広がるタレの旨味。

アツアツのそれをハフハフと息を吐きながら食らう。

パンを豪快に食いちぎり、咀嚼する。

甘辛い肉と歯ごたえの良い野菜、パンの甘さがちょうどよく混ざり合う。

頃合いを見計らい、ベリージュースを一口。

火傷しそうだった口の中が冷やされさっぱりする。

口の中をリセットしたところでまた肉サンドを口にする。

肉サンド、ベリージュース、肉サンド、ベリージュースと交互に楽しむ。

あっという間に肉サンドが片付いちまった。

ベリージュースは意識して半分程度残しちゃいるが、この時点で結構満足である。

しかし、腹の方はまだまだ寄越せとうるさいくらいだ。

慌てちゃいけない。

なんせまだサンドは1つ残っている。

名残を惜しみながら肉サンドの最後の一欠けらを大事に噛み締める。

そして、置いておいた野菜のサンドに手を伸ばす。

シャキシャキとした野菜の感触と潰れた卵のやわらかな感触が口の中を刺激する。

いくらでも食べられそうな気分だ。

あっという間にサンドを食いつくし、ベリージュースの甘さに舌鼓を打つ。


「あぁ、平和だなぁ」

手にジュースを持ち、空を仰ぎながら呟く。

この後に控えている面倒事を忘れてしまったわけではない。

しかし、ほんの少しの休息を味わうくらいは許されるだろう。

陶器のカップを店のお嬢ちゃんに返し、広場を歩く。

ギルドに行って仕事の時間だ。

憂鬱な気持ちがわいてきたが、振り払って歩く。

今日からしんどい思いをするのだ。

その分、夜は飲もう。

この苦労を話せば、ルイスの奴も同情して酒の1敗でもおごってくれるだろう。

太陽が憎らしくなるほどの快晴の中、私はギルドへの道を歩いていく。

重い足取りで、歩く。

あぁ、せめて、聖女様が少しでも常識を覚えられますように。

普段は祈りもしない光の神様に祈りをささげる。

少しでも苦労が軽くなるように。

気休めでしかないとわかっているけれど、それでも希望だけは持っていたいよ。



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