二章 二十話 昔の約束②仮面と誘い
────夏希視点
『着いたぞ』
「ああ。それじゃあ、帰るときにまた呼ぶよ」
影狼は影に溶け、俺は影の中から浮上する。
丁度、城の様な家の階段下の影から出た。
「ただいま」
小声で、その呪文を言う。
心の奥底で、この家の人間への興味を失ったのはいつ頃だったか。きっと、俺の全てが終わったのは抵抗する術も持たずに影に落とされたあの日だったんだろう。
気付かないでくれれば、という薄い感情を飲み込んで、あの夢を見たことで剥がれてしまった仮面をもう一度つけ直す。
『スピネル』
『はいなのじゃ!』
『俺、上手く笑えてる?』
『……そうじゃの、ちと固いかの。わらわは器じゃ。そのやりきれない、溢れんばかりの感情の器にでもなろうかの』
『……ありがとう』
いい奴よな。こいつ。
「ただいまー。あ、兄貴。おかえり」
ちょうど弟も帰ってきたらしい。玄関の扉が開いて声をかけられた。
「ああ。肯祐《こうすけ》もお帰り。今日も昼までだったんな」
「ああ。まだ学校ばたついてるから、部活だけ」
「そっか。お疲れ様」
「ありがと。んで、兄貴はまた勉強?」
最近頻繁に帰ってきてるからもう驚かれたりはしない。
「そ。姉貴たちに見つかると飯作らされるから秘密な」
「……久しぶりに食べたいかも」
目を輝かされてもな。ここじゃ作る量が多くなる。しかもどこぞの店でスペシャルメニューとして一部売られるのが許容できない。
「……んじゃうちに遊びに来るか?」
「……遊びにいくんじゃなくて住みたい、かな。あの凶器を持って純情を奪いに来る女豹どもから離れたい」
またなんかやったのかあのゴルゴーン姉妹。
「肯祐、ここじゃ姉貴たちに見っかるかも知れんし、書斎行こか」
ここで、やっと普通に、いつも通りに笑えた気がした。
「中、こんなんなってんのな」
「来たことなかったか。あれ、肯祐いくつやったっけ」
「さあ。深く考えないようにしてるから。んで、兄貴んちって何処だっけ」
スマホを取り出して地図を起動する。
「ここが俺の借りてる部屋。んで、こっちが今住んでる家」
「あれ、兄貴OLのヒモにでもなったの?」
「いや、大学の先輩の持ち家に住んでるんよ」
「やば。どーいう状況?」
かくかくしかじか。てか冬陽たちのこと先輩って言うの凄い違和感。先輩っていうより普通の友達だし。
「にーちゃんもその人もやべーな。てか周り自体なんかやっべーな」
あ、癖でてる。こういうとこまだ幼いよな。
「まあそんな訳で、こっちの方の部屋が空き部屋になってるから、夜とか行ってもいいぞ。でもアレな物は持ち帰ってな。置いとかれても俺が帰ったときに見つけたら反応に困るし」
「あーい。鍵は?」
「それくらい自分で開けれるやろ。高校生になったら、教えられなくても自分のことはわかるやんな」
「まーな」
肯祐は指の先から闇を滲ませる。
「……まだまだだけどそれなりに良質やん」
「女豹どもに仕込まれてるから」
あいつらまだ気にしてんのか。
「わかった。今日俺の部屋泊まれ。予定とか特に無いやろ?あいつらが教えられ無いように詰め込んでやる。自衛の手段としてはそれが早いし」
「にーちゃんの飯食えるんだよな!?!」
「ああ。ご褒美として好きなもん作ったるよ」
「うおおー!」
ガッツポーズまでされると嬉しいよな。ま、俺のお勉強はまた明日にでも。急がなくても、既にある程度は使えるし。俺はいくつか見繕った書斎の本を影の中に落とした。




