二章 九話 巫女と雨
────冬陽視点
野菜、能力で育てた方渡しちゃったんだね。それで、野菜もっと渡す代わりにそれを使ったご飯作ってもらった。少しその場で食べたんだけどめちゃ美味しかった。残りは時間を止めた空間へ入れて、後で食べる。幸せ。それで、今夏希と亘さんが洗い物してる。いやー、まじで少しなのにめっちゃ美味しかった。満足。
「ね、憐ちゃん、ちょっと散歩行かない?夏希をここで待つより、ここらへんを見てまわりたいんだ」
「ん、いいよ」
……転移できる場所は多い方がいいからね。夏希の肩を軽く叩いて声をかける。
「夏希、終わったら電話してねー。ちょっと憐ちゃんと散歩してくるから」
「あんまり遠くに行くなよ」
「亘、過保護すぎ。それじゃあ、またね」
川に沿って、上流へと歩く。
「おにーさん。見て、虹」
「ああ、本当だ……憐ちゃんはあれがいいものだと思う?」
「これは思えない。けど、始まりには、相応しいんでしょ?」
「そうだね」
空は晴れたままなのに、ぽつぽつ、ぽつぽつぽつと、雨は次第に激しくなっていく。
「これはとても不吉な気がする」
「そうだね。僕もそう思う。こんな天気はあの日と同じだから」
「……あの日?」
「僕が僕になった日。この天気に遭遇からなんだ。僕の人生が人とズレていったのが」
今ならわかる。僕はあの日運命を背負わされたんだ。
「!?……おにーさんも、普通の人生を送っていたの?」
「うん。ふつーに両親と過ごして、学校に通って、友達と遊んで。でも、あの日以降、おかしくなったんだ」
憐ちゃんが横にいると、今日までのことがよく思い出せる。
「あの日、なにかがあって、さ。その記憶は思い出せないんだけどね。でも、父親が死んで、僕らは無傷で。それが原因で母親は壊れていって、最後の一歩手前で姿を消して。それから幼なじみの家で過ごしてた。暫くは平和だったんだ。ただ、幼なじみは多重人格になって、それを僕が統合したってことがあった。……それでも、大学生になるまでは平穏な日々を送っていたんだ。多少誘拐されたり監禁されたり生け贄にされかけたり強盗に出くわしたり神隠しにあったりしたけどね」
だんだん、憐ちゃんの顔が曇っていく。
「……それは、平穏って言わないよ」
「いいや、僕にとってはそれが普通で平穏だったんだ。目の前で人が死ななければ、みんな笑い話にできるから。大学に入ってからは、変な病気を患ってね。そのせいでみんなとは違う時間を過ごすことになった。それから改変が起きて殺されかけて、友達を奪われた。そして今度は鎖に支配された」
何故か、じっと僕の話を聞いていた憐ちゃんは目から涙を流していた。
「……変な人生でしょ?自分でも笑っちゃうよ」
「ごめん、なさい。おにーさんが今を作ったんだって、勝手に思ってたの。でも、おにーさんも被害者だった。違ったのに《あんなこと》」
「憐ちゃんは優しい子だね。僕のことで泣いてくれるなんて。……まだ子どもなんだから、純粋なままで、不器用なままでよかったのに。僕の方こそごめんね。色々な人を巻き込んじゃって、もう後戻りできないんだ。神様に友達を二人も誘拐されててね。……だから、少なくとも今後戻りするなんて、絶対にできないんだ」
雨に打たれてびしょびしょになってしまったね。風邪を引いてしまわぬように、家へ戻ろう。そう言いたかったのに。
「素晴らしいお話ですね。御馳走様でした」
「立ち聞きしてたんですか。……趣味の悪い人だ」
僕らのもとに、黒いローブを来てフードを目深に被る、趣味の悪い《魔女》が歩いてきた。
「おにーさん、この人ダメな人!……怖いよ。早く逃げようよっ?!」
袖を引っ張られる。けど僕は動かない。
「おやおや、この雨の中、そんなに急ぐと転んでしまいますよ?」
「どのみちこの人からは逃げられないよ。さあ、あなたはだあれ?」
この人が、本当の黒幕だよ。被害者かもしれないけど、もう黒幕として染まってしまった、可哀想な人。
「普段なら、そのようなふざけた質問には答えないのですが、まあ良いでしょう。私は特異な雨に好かれる者。魔女一族、雨の者です。さあ、こちらからも1つ質問を。あなたは、雨がお好きですか?」
雨。時代を動かす一族。それを崇めるストーカー一族もいる。虹がたくさん見えるのは、そのストーカー、雩が近くにいるから。
「嫌いだよ。体温が奪われるし、風邪も引いてしまうからね」
そう、奪われてなにかが無駄になるなんて、絶対に許せない。
「あなたは泛と同じことを言いますね」
「……ほう?」
「泛とよく似た一族ですよ。雨に打たれた者が集まって一族を為しているんです。泛も泛も結局は全てを覆す者たちです。なので同じ字を与えられているんですよ」
「……その人たちはどこにいるの?」
「……止めた方がいいですよ。私の雨に打たれた人は、狂人が多いですから」
会話や雨音、川の音に気を取られて全然気づかなかったけど、夏希が走り寄ってきていた。
「冬陽!誰やそいつ」
「おや、彼もかつて雨に濡れたようですね。ですが、運命の部外者には変わりない。さあ、そろそろ雩から離れましょうか。彼らの力、嫌いなんですよ」
夏希は僕らの近くにたどり着く前に、強い雨に遮られて見えなくなった。声も聞こえなくなるほどの音なのに、僕らの声は遮られていない。
「私も、行く」
「憐ちゃん……何を考えているの?」
「おにーさん。私は、私の役割を果たさないといけないの。だから、またね。黒いおにーさん、暫くよろしくね」
憐ちゃんの表情には、決意や覚悟がにじみ出ていた。これは僕が止めていいものじゃない。
「ふふ、運命に魅いられた人間は好きですよ。では、行きましょうか」
僕は、離れていく二人を呼び止めることすら出来なかった。雨は、次第に遠ざかっていく。
────夏希視点
雨が上がった頃には、冬陽しか残っていなかった。くっそ……なんも出来んかった。いつからこんな状況になったんよ。おかしいやろ!?あの日と同じ。あの日と、また繰り返す?
……悪態をついても、焦っても、なんも変わらんのに。そのことは身に染みるほど知っている。
とりあえず、冬陽と家に帰らんと。んで、体をあっためてからもう一度旅支度をし直さんと。とにかく、なにかが変わった予感がする。
「冬陽、風邪引く前に帰ろか」
「夏希……」
「ごめんな。上手いことなんも言えんで」
こういう時、ここにいるのが俺やなくて秋斗ならよかったんに。
「夏希、それは違うよ。間違っていたのは始めから僕たちの方だから。だから、ごめんね」
先程まで降っていた雨のせいか、冬陽が泣いているように見えた。だから、冬陽が謝ることなんてないはずなのに、何も言い返せなかった。
次話更新→8/30 00:00




