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いつかの夢と僕らの日常  作者: 古屋
19/81

一章 十九話 第一の儀式

────冬陽視点


『もういいわよ』


目を開くと、そこまで広くない部屋に居た。部屋は薄暗く、天井からは電球が吊り下がっている。壁には本棚とラックが並び、目の前にはそれなりに高さのあるテーブルがぽつんとある。テーブルの上には一冊の本が置いてあった。


『光れ』


スピネルが呟くと電球が明るく光った。


「それどういう仕組み??」

『魔法。ここには電気が通ってないから、どうしてもこういう形になるのよね』

「へー……。ねえ、ここでは何をするの?」

『とりあえずテーブルの上にある本を開くのよ』


そう言われて本に手を伸ばす。本に触れる直前、頭の中をなにかが掠めた。早すぎてよく分かんなかったから、無視してなにも考えず本に触れる。


すると、やっぱりなにかが見えた。思わず手を引く。あんなもの見たくない。


『どうしたの?』

「一瞬何かが見えたんだ。何かの映像が高速で再生されて」

『あまり考えない方がいいわ。それなら、今度は本に手をかざして』


気を紛らわすように早口で喋る。でも言い終わる途中でスピネルに遮られた。少しだけ、言葉を理解するのに時間がかかったけど言われた通りに、僕は両手を本にかざす。


『──────』


スピネルが何かを呟いている。分からない。聞こえない。何故か頭が割れるように痛い。頭を押さえようとするけど体が動かない。瞼が重い。耐えられない。気持ちの悪い風が渦巻く。生ぬるい、爽快感とは程遠い、それこそ体を舐め回すかのような風に包まれる。それに、なんだ、これ。


大勢の、溶けかかった泥でできたような人形が僕を囲ってゆらゆら揺れている。顔は見えない。けど、そこにちゃんと存在している。見えない、見ちゃいけない景色が見えている気がする。首筋に誰かの吐息がかかった。体に舌を這わされている感覚がある。至近距離に人形は見えないのに。くすぐったいなんてものじゃない。気持ちが悪い。鳥肌が立つ。とても嫌だ。嫌で嫌で仕方がないのに、身じろぎをするためのわずかな空間さえ、迫りくる人形たちに潰されていく。逃れる術はない。次第に、僕を掴む手は増えていく。なにかが流し込まれていく。僕はそれを拒絶する。拒絶し続ける。



何時間たったか分からない。もしかしたら一分にも満たないのかもしれないけれど、それほどに長い時間を過ごした気がする。でも、まだ続く。終わる気配が感じられない。今にでもここから追い出されそうな程の、とても大勢の僕を嫌悪する濃い圧力を感じる。


口から、というよりも、体の穴という全ての穴から何かが入ってくる。気持ち悪い。その気持ち悪さにひるんでしまい、先ほどまで拒絶していたものまでもが入ってくる。必死で、必死で抵抗する。こんな気持ち悪いものを取り込んでしまえば、僕はぐちゃぐちゃに混ぜられて壊れてしまう。外も内もなく、ただ全てを汚されてしまう。たすけて、たすけてたすけて。……助けは来ない。来てくれない。こんな敵だらけの所に誰も来るはずがない。誰も、誰も。気が狂いそう。


ああそうだ。彼を呼ぼう。そう思えたのは奇跡のような偶然。でも、きっと必然。

僕はついに彼に助けを求める。《今は》呼んじゃいけない名前。声を振り絞る。██、助けて。



彼の名前を呼んだ瞬間、荒れ狂う水面に一粒の水滴が落ちた。頭痛が収まる。気持ち悪さは消えて、僕の中に渦巻く苦痛と呪いは鳴りを潜めた。僕の中に滲みこんできた《あれ》は透明で綺麗な水に変わって、体の表面をつたい地面にしみこんでいく。



久方ぶりに目を開く。本は開いていた。光を帯びて、文字が舞う。知識が舞う。スピネルが言葉を呟いている。今度はちゃんと聞こえる。けど、何を言っているかは分からない。いや、少し分かる。


『█れ、██ろ。次█の魔█は█ち、█承██が█る。██よ、██く受██がれよ。██の█はこの子にも█るべきだ』


本から光の蛇が現れ、文字を1つ残らず喰らっていく。そして、また本に戻った後、2匹に増えて僕の両手に1匹ずつ吸い込まれていく。


『さあ。馴染み、喰らわれるがいい』


本が閉じ、光が失われる。もう体は自由に動くし、あの気持ちの悪い重圧は感じられない。まだ声を出すことは憚られたけど、声を出す。


「終わったの?」


平静を装えていただろうか。たぶん、今までのことは誰にも知られちゃいけないモノだから。


『ええ。……あなたは儀式の本ととても相性が悪いのね。本来は私たちの手伝いなんて要らないはずなのに。もしかして、儀式の最中なにかあった?』


抑えきれず鳥肌が立つ。あんなものを褒めることなんてしたくない。けど、僕はその感覚を飲み込まなくちゃいけないんだ。


「いや、何もなかったよ。綺麗だったね」

「……そう、ね。さ、長居は無用よ。帰りましょ」


──


冬陽たちが居なくなった部屋は大きく姿を変えた。電球は割れ、テーブルは粉々に砕け、儀式の本は赤く光り、ページが破かれ、バラバラに宙に浮いていた。本棚は倒れ、床には本や紙が散乱している。本の山の中から一冊の本が飛び出す。


『ふいー……。えっっらいこっちゃ。今回は派手にやったのお。今年は滅多にないことがぎょーさん起きる年なんやな。はあ……とっとと片しますか』


──

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