一章 一話 おはよう
……まっくらで何もない空間に閉じ込められていた意識が、突然浮上した。
それは、僕が長い眠りから醒めたという合図。
眠りから覚めた僕はまず、手探りで携帯を見つけ、感覚を頼りに充電器のコードを掴みそれに繋ぐ。そしてその明かりで、枕元にある置き時計が示す時刻を確認する。
今はだいたい10時ぐらいみたい。こんな確認の仕方をするのは、この部屋の窓に掛かる真っ黒なカーテンのお陰で、昼間でも日光が一切入らないから。そのせいで、今が昼か夜かさえわからない。
……さて、もうそろそろ起きようかな。ベッドの上で軽くストレッチをするように体を動かしてから、明かりをつけないまま床に足を下ろして、よろめきながらも立ち上がる。
今日が何日かは知らないけど、随分と久し振りに起きた気がする。そのせいか、少し体がだるい。
暫く寝たままで体が鈍っているらしくて、いつも以上に体を思った通りに動かせない。やっぱり病気は少しずつ進行しているみたい。
そんな事を考えながらもゆっくりと扉を目指す。
部屋は今も暗いままだけど、この部屋の床に躓くような物はないはずだから、歩くのに支障は無い。
スライド式の扉の前まで来て、ゆっくりと板をスライドする。刹那、視界が白く染まった。どうやら今は昼間らしい。
目が明るさに慣れるまでたっぷり待ってから、部屋から出て直ぐの緩やかな螺旋階段を下り、リビングへ向かう。
階段を下りきり、左右に続く廊下を左に進む。
そしてリビングと廊下の境であるドアを開けて部屋に入り、そのままキッチンの方へ歩みを進める。
それから水をコップに注ぎ、その水で、眠りにつく前にシンク横に置いておいた薬を飲む。
薬を飲んだところで、ようやく安心できる。これでしばらくは自由に行動できるから。
こんな生活になってしまったのはいつからだっけ?
……体感だと一週間しか経っていないんだけど、もう1ヶ月位になるのかな。今日が何日かは知らないけど、きっとそのぐらいな気がする。……とりあえず、風呂に入ろうかな。
彼がそう考えたとき、ちょうど来客を告げる音がした。それはかなりしつこいものだ。
まるで、学校がある日、一緒に登校しようと約束していたのに寝坊した友達を起こす目覚ましの如く、ピンポンピンポンとしつこく鳴っている。
このチャイムの鳴らし方に心当たりがあるのか、彼は気怠げに玄関へ向かい、開錠してからガチャッとドアを開けた。
そこには、彼の見慣れた友人達がいた。
────碧希 冬陽 視点
「おっ、ふゆひー!起きてたんだなー!久しぶり!」
朝からテンション高いなぁ。
「……秋斗、何でいるの。今日大学は?」
「僕らもいるよー!……もしかしてー、冬くんなにも知らないのー?」
もしかして……もしかしなくても皆いるね。はぁ……。
「ん……ごめん、やっぱ話は後で。中で待ってていいから。僕、ちょっと風呂入ってくる」
あ、秋斗が申し訳なさそうにしてる。
「もしかして、今起きたばっかか?……なんか、ごめんな」
流石天然。でもなんか今日の秋斗はいつもより面倒。なんでだろ。
────結翔 春視点
「秋斗くんの感は本当によく当たるねー」
「まーね」
ここまで来ると本当は未来が予知出来る事を僕らに隠してそうなくらい凄い。てか、秋斗くん少し誇らしげだね。
「でも、病気のこともあるんに、よー当てたな、ほんま。あとは時間帯やけど」
……本当に予知出来るなら時間帯も合わせるか。
「はは、ってかさ、やっぱりあいつ知らなかったなー」
随分と露骨だなぁ。乾いた笑みを漏らすなんて。
……つついてみよっと
「あー、秋斗くん話そらしたー」
「はーる。話の腰を折るな」
夏希くんに言われたら下がることしか出来ないじゃん……。つまんないのー。
「はーい」
「秋斗、続き」
やっぱり夏希くんはしっかりしてるなー。
「ああ。あいつ俺らに大学について聞いてきたから、もう一週間は起きてなかったんじゃ、と思ったんだが」
それなら大分病気進んでるよね……。
「たしかに。この一週間で色々とあったからねー、知らないのはねぇ?」
病気早く治ってくれればいいんだけどなー。
「なー。そのおかげで混乱してて、仕事にならん人多いからなー」
その混乱のおかげで最近は頻繁に遊んでるよね、僕ら。
「俺らもしばらくバイトとかないしなー」
「楽しーからいーじゃん!」
「まー、そうだけど」
秋斗くん、今日はいつもよりにこやかだね。
……やっぱ、冬くん起きたから嬉しいんだね。
「てか、冬陽遅ない?」
「風呂場で寝てたりしてなー」
え!?それなら溺れる前に起こしに行かなきゃ……というより様子を見に行きたい……!
「っ?!」
テーブルにぶつかった……あー落ち着かないぃぃ。
「大丈夫やろー、起きたばっかやし」
よく呑気に笑ってられるねー。
でも、秋斗くんの言った通りに……。あー!寝たまま水没してたらやだ!様子見てこよ!!!
「……僕見てくるっ!」
────須獰 夏希視点
「春!?大丈夫なんか、これ……?」
なんかヤバそうやなー。
勢いのまま冬陽が襲われそうやなぁ。……春なら無いか。
…………あかん。自信無くなってきた。
「ああなった春はとめるだけ無駄だぞ?」
「そうやっけ?!」
ここまで暴走したのは見たこと無いからな。
「ああ……前に暴走してたのを見たことがあるんだ。あのときはヤバかった」
「あー、春はそういうとこあるからなー。しかし、冬陽大変やなぁ。一人でしたいことあるかもしれんのに」
「?な、夏希。それどういう意味だ?」
あ、食いついた。
「やて、前からだいたい一週間ぶりやん?冬陽にそーゆーのがあるかはわからんけど。な?」
「……俺も様子見てくるわ。暴走した春をほっとけないし……」
魚が釣れた。
……あとでからかうネタができたわ。楽しみやなぁ。
誘導しといて不安なってきたわ……独り言で気を紛らわせよか……。
「……冬陽、大丈夫かなぁ。しっかし、この家広いなー。てか、何で一軒家持ってんのやろ。冬陽っていいとこの生まれやったっんかなー」
「違うよ。そんな訳無いじゃん」
っ!いつの間に……。
俺がその声の方向を見ると、着替えて髪も乾かし終わった冬陽が立っていた。
「冬陽!無事やったん?」
あ、口が滑った。
「無事って、またあいつらなんかやったの?」
「……風呂覗きに行ったで、あいつら」
俺は悪くない。焚き付けてもいない。
「……はぁ。この家はね、あしながおじさんがくれたんだよ」
なんか裏がありそうやな。
「……そ、そうなんか。てか、現実逃避雑くないか」
「いいんだよ、そこは触れなくて」
「……なぁ、あいつら呼んできた方がいいんちゃうか?」
「じきに戻って来るよ。それより、何があったのか今のうちに聞かせ貰ってもいい?」
──ある報道番組にて
『一週間前、日本人全員の夢の中で、謎の《声》が確認されました。皆さん、声を聞いたことは覚えているのですが、内容を覚えている人は誰一人として確認できませんでした。
ですが、その声が確認された日から少しずつ、不思議な事が起き始めたのです。
ある人は動物と会話出来るようになりました。
ある人は電気を操れるようになりました。
ある人は羽を創り空を空を飛べるようになりました。
と、このように、一部の日本人に不思議な能力が芽生えたのです。
この一週間で確認されただけでも日本人の三割は力を得たと言われています。
また、他国でこのような事象は確認されていないようです。
いまのところ、能力が芽生える条件などは明らかになっておりません。
政府は不思議な力が芽生えた人を《能力者》。此度の事象を一時的に《異変》と呼称することを決め、先日能力者を隔離するという計画を発表しましたが、それ以降の法令整備や能力者との関係性の構築については、まだ時間がかかるとの見解を示しました。
また、能力者の発現により、さまざまな企業や学校などで混乱が生じており、企業では能力者の社員への対応に追われており、教育機関でも授業の再開にはまだ時間がかかるようです。
社会の混乱が落ち着き、日常が取り戻されるのはいつ頃になるのでしょうか。私たちはこれからもこの《異変》について情報を集めていきます』
────冬陽視点
「とまあ、そんなこんなで、俺らはしばらくバイトとか学校ないんよ」
「へぇ、理解。面白そうだね」
「なんの話ー?」
あ、戻ってきた。
「お、冬陽。いつのまに風呂からあがったんだ?」
「風呂は嫌な予感がしたから早めにあがったんだよ。因みに、今は夏希から僕が寝ていた時に何が起きたかを聞いていたんだ」
「そ、そっか。夏希、お疲れ様、アリガトナ」
後半カタコトなんだけど。なんか後ろめたいことがありそうだね。
「なんか冬陽に言わんといけんことないん?」
「なんのことかなー、僕わかんないー!」
あ、とぼけた。
「おいっ!おまっ、ヤバイだろそれ!……っ!」
墓穴ほってる。流石秋斗。期待を裏切らない。
「……ちゃんと謝り、春、秋斗。冬陽怒っとったで?」
「ごめんなさいっ!」「ごめんなさい!!」
息ぴったりじゃん。夏希もこっちみて満足そうに笑ってる……。まあいいや。話戻そ。
「覗き、ダメ。絶対。で、今日は何のようだったの?」
別に見られて困ることなんて無いんだけどね。
「はーい。あのねー、秋斗くんが冬くん起きてそうって言ったから皆で遊びに来たんだよー」
「あと、冬陽はどんな力なのか見に来たんだ。お前の事だし、なんかヤバイ能力もってそうで気になってさ」
てことは三人とも能力持ちか。なんか楽しそうだね。
「んー、起きたばっかだからどんなのかは分かんないよ。先に皆の見せて、面白そうだし」
「なら外いかんとな、家の中ではやりづらいし」
「へー、なんか凄く面白そう。どんなの?」
「あのねー!」
「外行ってからのお楽しみっていうことで。春行こか」
「……うん!」
春は慌ただしく、夏希はそれを追うように部屋の外へ出た。
「なぁ、冬。体大丈夫か?」
「僕は大丈夫だよ。僕よりそっちの方が辛そうに見えるんだけど」
僕は少し笑いながら答える。
「こっちは大丈夫に決まってんだろ。もし限界が近づいても俺たちがいる。限界を越える前に止めるしな」
一線は越えさせないでくれるんだ。
ストッパーがいるのはありがたいな。
「無理させてごめんね」
結局僕は君たちを頼ることしか出来ないんだ。
「気にすんな。さっ、俺たちも早く行こうぜ。怪しまれないように、な?」