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不思議の国の女王  作者: ざくろん
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01.見慣れぬ姿

「う……」



 刺すような痛みを感じて身を捩ると、右腕がざらついた何かに触れて違和感。なんだか暑いし、それに、身体中が痛い。なんだろう、もう。

 不快感ばかりの身体にいい加減重たい瞼を開くと、そこに飛び込んだのは視界一面に広がる真っ青な空で。



────……真っ青な空、で?



 思考がはっきりしないまま飛び起きると、今まで固い地面に寝ていた為に身体の節々が痛みを訴えて思わず眉を潜めた。なんだ? どういうことだ? パニックになる頭を無理矢理左右に振ると、冷静を取り戻すべく目の前を見つめた。しかしそこには見たこもないような大きい湖が広がっていて、より一層気持ちが慌てる。そこで周囲を見渡そうと、後ろを振り返ったところで私は息を飲んだ。



「な……に、これ」



 城だ。それも見るからに馬鹿でかいお城。え? いつの間に東京駅は洋風のお姫様でも出てきそうなこんなお洒落なお城に様変わりしたの? 首都全体でハロウィンでもやってるんだろうか。全区夢の国計画?

 何度瞬きをしても目の前の景色は変わらないし、身体中は相変わらず痛いし、なんならさっきからその場をぐるぐる回りすぎて目がおかしくなってきた。


 ショート寸前、混乱する頭を落ち着けるように目を閉じた。ここにくる前、私は一体何をしていたんだっけ? ────そうだ、明日が休みだった私はいつもの居酒屋に行ったはず、そこで楽しく飲んで───……っ!


 痛い!


 思い出そうとすると、急に鋭い頭痛が襲ってきた。駄目だ、そこから先がどうしても思い出せない。そんなに泥酔する程飲んでしまったのだろうか。帰り道を間違えて、こんなところまで来てしまったのかもしれない。



 「はぁ……」



 結局、ここはどこなんだろう。今日中に帰らないと明日は山ほど仕事がたまっているというのに、……今何時なんだろう。空を仰ぐと日は天辺より少し斜めに傾いていたから、恐らく2時とかそういう時間なのだろうか。項垂れるように肩を落として視線を下に向けると、最初に見た湖をもう一度視界によく留める。頭がハッキリしなさすぎる。一度、顔でも洗おう。


 のろのろした足取りで湖の畔まで近寄ると、身を屈めて透明な水を両手で一掬いし、顔へと浸けようとした。その時だった。大きく大きく目を見開いて、両手に満ちた液体が映している姿をまじまじと見つめる。それから驚愕した私は湖から身を飛ぶように後方へと離れる。なんだというのだ、これは。


 もう一度。今度は恐る恐る、湖の水面だけをゆっくりと覗き込んだ。そこに映っていたのは紛れもなく自分でなればならないはずなのに。



 ────全く違う、見慣れぬ少女が映り込んでいる。



「なんで!?」



 今度こそ叫んだ。

 よくよく掌を見つめ直すと、確かにいつもより小さい気がするし目線もどう考えても低い。ついでに服も真っ赤な普段絶対に着ない派手なドレスではないか、混乱していて気付かなかった。変だ、これは夢か!? だが、思い切り頬をつねってみても痛みが増すばかりで、それが現実だと叩き付けられているような気がした。深夜に酔っぱらってフラフラしていた私を捕まえた宇宙人に、何かの実験体にでもされてその辺に捨てられたのだろうか。そんな現実味のない事しか思い付かず頭を抱え、しかし身に起こっている事実は現実味が先ずないのだから、と妙な思考をし始める。


 「わ、私……これは……誰なの?」


 先程から急展開過ぎて頭が全然追い付かない、なんだか涙が出てきそうだ。若返ってしまうだけなら兎も角赤の他人の姿になっているだなんて、明日からの仕事はどうするんだ……確実にクビになってしまう! そうしたら路頭に迷うことになっちゃうのに! 夢でありますように、夢でありますようにと何度も口のなかで復唱しながら両手をぎゅっと握り締めた。


 しかしこれでは何の進展もなく、時間がただ過ぎていくだけ。考えるのを一先ず、放棄することにした。



「……立ち止まっていても仕方ないし、取り敢えず誰か──」



 人を探さなければ、と無意識に城の方へと顔を向ける。あそこが廃墟でなければ、誰かいるはずだ。非常に重たい足取りで、私はゆっくりと前へと進み始めるのだった。






───────




 暫く歩いて城の正面であろう大きな扉を見付けたが、ここに辿り着くまでに日が少し傾いてしまっていた。城の扉は開け放たれているのを見留るも、少し腕を組んで立ち竦んでしまう。途中不思議な大きな木を見掛けたりと景色をよく見ながら歩いてきたが、人の姿は影すら見当たらなかった。


 絶望の淵から期待してここまで来たが、人など、いるのだろうか。それにやはりこの城は大きい、大きすぎる。天皇陛下の家も驚くほどに大きいと聞くが、これほどまでに大きい建築物は中々見当たらないだろう。中で迷ってしまったら取り返しがつかない。いや、この正体不明の身体をみる限り取り返す物は沢山あるのだけれど。


 そうしてさんざん迷った挙げ句、私は城の中へと歩を進めようとする。



「貴女は……!」



 扉を潜ろうとした所で、吼える声が私の動きを止めた。驚いて肩を僅か震わせると、声を辿るべく慌てて後ろの方へ顔だけ向ける。真っ黒なローブを身に纏った男が怒りの形相なのだろうか眉間に皺を作り、厳しい表情で此方へと歩いてくる。その気迫に押され1歩後退すると、望んでいた筈の人間が漸く現れたというのに、私の脳は警告音をけたたましく鳴らし始めた。



「護衛も付けず、どうして此所にいるんだ!」



 あっという間に距離を詰めた男が、恐ろしく低い声で私に詰め寄る。この男がこの城の持ち主なのだろうか。しかし王子と言うにはあまりにも、黒く長い髪に疲れたような目は風貌が似つかわしくない。寧ろ姫を拐う悪役がピッタリだなと失礼なことを考えながら、それでも緊張はするのか手に汗をかく。しかし生憎だが彼の質問は返答しにくいものであり、何と言うべきか言葉が詰まってしまうばかりだ。男は暫く私から視線を外さずに見詰めてくるので、恐らく知り合いなのかもしれない。困惑の表情を浮かべてみせると、彼は途端に表情を歪めた。



「あの、私……」


「何故貴女がこんな場所に……また何か下らぬ事でも企んでいるのか、女王よ」


「女王……?」



 乾いた唇で、兎に角何か言わなければと口を開いたがそれを制するように男が鋭く睨む。しかし、私は身に覚えのない言葉に首を傾けるばかりである。女王等と口走るこの男は何かに取り付かれでもしているのだろうか、圧が恐ろしい。私が尋ねるように言葉を繰り返しても、聞く耳持たぬのか応える言葉はない。


 困った。

 私は、とんでもないところへ来てしまった。



「私、道に迷ってしまって……!」


「ククッ……何を……今更一般人のフリで俺の目を誤魔化せるとでも? 城を抜け出そうとするとは命知らずな」


「気付いたら、あの、そこの……湖にいて……」


「なめているのか」



 否定しても真実を語ろうにも、一向に信じてもらえない。それどころか何か煽ってしまった様で、一層に視線が突き刺さる。私は何もしていないのに、こんな訳のわからない場所で殺されるのだろうか。怖い。逃げた方が……いや、駄目だ。逃げ切れる自信がない。それどころか、本当に殺されてしまいそうだ。


 動けずにいると、男が苛立った様子で私の右腕を無造作に掴んだ。いたっ! 加減を知らないのか、加減等する価値もないというのか、乱暴に私を引っ張ると一言「来い」と短く吐き捨てるように言う。慌てて足を進めると、男に強く引かれながら城内へと侵入した。




 ────中に踏み込んで思った、なんて広さなのだろうと。天井は高く、窓は大きく、階段は高い。流石城内だ、突拍子もない出来事ばかりで不安に駆られていたと言うのに少しばかり心が踊る。会社に踊らされる私も、中身は乙女だ。こういうものに関心も少なからずあるし、楽しい気持ちにもなる。手を引くのは王子様ではなく強面の男で、私は小さくなっているので……誘拐犯に拐われる少女と言ったところか。


 前へ前へ、と引っ張られるのに抵抗する訳でもなく歩いていく。一体何処に連れていかれるのだろうか、まさか……拷問、なんてことは……。こういう時の悪い想像は当たるものだし、と思考を巡らせていたところで階段に差し掛かる。私の方を一度も振り返らず、構わず進んでいく。



『ジャックが女王様の手を引っ張っている!!』



 ……突然、どこからが声が聞こえた。階段を上りながら声のする方へ顔を向けるが、そこには絵や肖像画が飾られてあるだけで誰もいない。目の前を行く男は何事もない様子だし、聞き違いだったのかもしれない。と、思ったのだが再び聞こえた声の主を今度は確かに目で捉えた。



『ジャック、女性をエスコートする時は優しくしないと嫌われてしまうよ』



 絵の中の人物が、苦笑にも近い表情で語りかけている。それに今度はハッキリと男が舌打ちをするのが耳に届いた。瞬きを何度してもそれは動いているし、なんなら他の絵も動いたりこちらの様子を伺うように見ていたりする。視線を感じる。


 ────夢だ!


 やはり、絶対夢だ。先程は違うと思ったが、これは痛覚を伴う夢なのだ。でなければ困る、私の住んでいた世界にはお城なんてなかったし絵が動いたり語りかけてきたりはしない。確かに宇宙人の実験とかそういう可能性も考えられるかもしれないが、私の身体が別人の物になっていたり先程からファンタジー過ぎるのだ。まるで夢の世界、そう、これは即ち夢だ!


 ということは、この男は私の深層心理が産み出したものだろうか。なんて趣味が悪いのだろう。頭のどこかで否定する声が聞こえた気もするが、私が夢だと信じればそれは夢になるはずだ。ぎゅっと唇を噛むのと、男が足を止めたのは同時の事だった。



 「白兎!」



 荒々しく叩くように扉を開くと、強く私を前へ引っ張って男の前に突き出される。思わず足が縺れて転倒しそうになるのをなんとか堪え後ろを少し睨むように振り向いたが、男は私の方など一瞥もくれずに目の前へ視線を向けていた。本当になんて乱暴な男なのだろうか。諦めて私も前をまっすぐ見ると、そこには白い燕尾服を身に纏った容姿端麗な白髪の男性が、驚いた表情で此方を凝視しているではないか。椅子に腰掛け机で何か書類をこなしていたらしい姿に己の仕事を沸騰させながら見ていると、羽ペンをゆっくりと落としてその白髪の紳士風の男性が席をたった。私も驚いた、夢の世界の住人は白兎やジャックなど統一感のない名前ばかりだ。



「どうされましたか? ジャックに……何故、女王が。いえ……彼女は本当に女王ですか?」



 動揺を隠さずに此方へ駆け寄る男性を、私は表情浮かべずにのんびり見上げる。やはりこの男の名前は肖像画達がいっていた通り、ジャックというらしい。忌々しげな声色が響く。



「……なんだと? どこからどう見ても女王様だろう。白兎、ついにお前もトチ狂っちまったのか」


「おや、この世界に常識を持った人間は居なかったと認識しておりますがね」


「……とにかく。いつの間にか城を護衛もなしに出ようとしていたんだ、口を割ろうしない。大方また気紛れに城下へ赴き、下々の者の首を跳ねようとしていたんだろう」



 どちらも険しい表情で私を見ている。こんないたいけな少女を捕まえて何をするのだろうかと非難の言葉を浴びせてやりたいものだ。

 緩く首を左右しながら、白兎と呼ばれた男はゆっくり私の右肩に手を添える。そして落ち着きを払うように深呼吸をすると、私を安堵させるつもりなのか軽く笑みを浮かべた。



「女王陛下。今回の事、この白兎めにはお話して下さいますね?」


「あ。は、はい……」


「宜しい。では、私の部屋では何ですから移動しましょうか」



 柔らかい声に聞こえるが、何故か私は警戒を解かれていないようにも感じた。ジャックという男よりこの白兎という彼の方が立場上偉いのだろうか? 特に反論することもせず、白兎が誘導する後ろに着いて歩き出した私の、更に後ろの方で付いてくる足音がした。




 私はというと、自分の夢だと言うのにまだ把握できぬまま、取り敢えず言う通りにしようと気軽な気持ちで向かったのであった。


 


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