09.元勇者な彼と某お菓子の日と
元勇者な彼視点.
内容的に遅刻だけれどもリハビリ投下っ!
その日は11月11日、特に際立って何もない平日、である筈だった。
だがそんな平穏をぶち破るように唐突に問題を吹っかけて来るのは、いつも前世の師匠であった現女子高生であると決まっている。
「P○cky ゲームって、知っている?」
場所は何時もの北館4階の空き教室、時間は日差しの麗らかなお昼時。嫌に深刻な表情で、様々な某チョコレート棒菓子の箱山を凝視していた元大賢者こと珠貴は、これまた可笑しなほど固い声音で尋ねて来た。
元勇者な俺と元魔族の国の宰相であった浩人は、互いに顔を見合わせる。
「……一応現代知識のひとつとして知っているぞ」
「俺も」
「じゃあ、やったことはある?」
この時点で、何か嫌な気はしていた。気はしていたが気付かないふりをして、俺も浩人も首を横に振った。
「ちぇ、面白くない」
これで迂闊なことを言わなければ話題は終わるのだが、そうは問屋が卸さなかった。
「遅れてごめんなさい。森熊先生のご用事が、漸く終わったわ……」
まだ話題の余韻が残っていた頃にやって来たユキは、元魔王であることを抜きにしても世間知らずだ。
恐らく父親よりも保護者の方針で世間知らずになっているような気がする彼女を見るなり、珠貴の目が光った、気がする。
「ユキちゃん、P○cky ゲーム、やったことある?」
あーあ、というのは、浩人の声。先程まで平坦だった癖に、急に楽しそうだ。
俺が嫌な予感で冷や汗をかき始めているなんて、露知らず。ユキはその類稀な美貌に疑問を浮かべて、愛らしく首を傾げた。
「……P○cky ゲームって、何?」
————その一瞬で愛らしさを残したまま邪悪なものに変貌した女子高生の表情は、一生忘れることはないと思う。
「ルールは簡単だよー!」
授業中の詰まらないですと言って憚らない態度は何処へやら。急に生き生きし始めた珠貴に、俺は頭を抱えたくなった。
事情のよくわかっていないユキは、訝しそうにしながらも勧められた席に着く。
「はい、ユキちゃんはP○ckyを咥えてー」
「お弁当がまだなんだけれども……食べればいいの?」
「まだ食べちゃ駄目だよ」
ユキが素直にP○ckyを咥えたものだから、珠貴の邪悪な笑みがますます深くなる。
「じゃ、お相手は瑞葉でー」
「待て待て待て待て」
若干冷静さを失った俺に対し、珠貴がにやにやと厭らしい表情だ。
「なんでー? できないのー? 元王様は好きでもない相手にはできたのにー?」
「純朴に何も知らない奴にできることじゃないだろ!?」
「じゃあ、知っていればいいのか?」
ほれと浩人が差し出した画面には、ご丁寧に写真付きで当ゲームの説明が乗っていた。
ユキは菓子の咥えていた部分を齧り取ってしまうと、興味津々で画面を覗き込む。
「ふぅん……口付けそうでしないようなシチュエーションを、周りが見て騒ぐ催しなのね。なかなか俗っぽくて人間らしい遊戯だわ」
「そう冷静に分析されると、ちょっと反応に困っちゃうよ?」
「これ、なんで態々P○ckyを挟むの? 直でした方がよくないかしら?」
「ユキって、時々随分と思い切ったこと言うようね」
持ち前の純粋さで囃し立てていた側を渋面にしてしまった彼女は、本気でそうとしか思っていないらしい。遂に頭を抱えてしまった俺も、もそもそと1本食べきってしまった彼女の反応に困惑するしかない。
「そもそも、嫌がりはしないのか? 擦れた俺たちとは違って、ユキは現世も前世も感性が年頃でしかないだろ?」
ぽきっと、彼女の口に入った2本目が折れる。紅い双眸が瞬き、白い指先が先の欠けた菓子を弄ぶ。
「確かに、エヴァンジェリンも私も、そういう純朴な色事の経験はなかったけれども……」
今さらっととんでもないことを言われた気がする。
唖然とする俺を一瞥し、元魔王は紅い瞳を泳がせながら、頬を赤らめた。
「べ、別に……貴方が、相手なら……」
「おし! 瑞葉いけぇっ! お姫様のお膳立てだなんて、こんな贅沢なことってないよ!?」
興奮気味の珠貴の声に我に返ると、彼女は鼻息荒く握り拳を作っていた。こうなったら、この性悪は止まらない。
助けを求めて浩人を見やるが、その横で期間限定とスタンダートとを食べ比べていた奴は涼しい表情だ。
「大丈夫、杏璃さん辺りにばれても骨は拾ってあげるから」
「ばらさないという考えはないのか!?」
「さあ?」
眩しい笑顔を見せる鬼畜宰相に、今この時ほど手元に聖剣があればいいのにと思ったことはない。
ないものは仕方ないので、俺は爆弾を落としてくれたユキを見やった。視線が合うと、音が聞こえそうな勢いで、本来は雪のような頬が更に赤味を増す。
「や、やっぱり……女の方からこのようなことを言うのは、はしたないの、かしら……?」
「いや……」
世界も立場も、名前も姿も異なるが、気不味そうな態度は年相応の姫君だ。
俺は思わず苦笑を漏らし、けれどもすぐさま表情を引き締めて、空を彷徨っていた白い左手を取った。
「そんなことはないさ」
そんなことはないが、そういうことは今の俺たちの距離にはそぐわない。
細くて柔らかい手。いつも指先がひんやりとしたその手の甲に、俺は姿勢を正して唇を触れさせた。
潤んでいた紅い瞳がほんのひと刹那見開かれ……柔和に細められる。その姿に、銀髪の『彼女』が重なることはなかった。
今の俺たちには、これがお似合いだろう。
彼女との帰り道、何故あのような言動を取ったのかという会話になったのだが。
「本当はあのような勢いでされると軽蔑したくなるものだけれども……まあ、貴方なら多少はいいかな、と思って」
どうやら俺は、相当危ない橋を渡っていたらしい。
時期的には本編の108.くらいです.
思いの外,瑞葉の反応が可愛らしくなったわー
この時点での距離感は,これが精一杯です.