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07.彼女と彼と文化の日と

小春日和の思い付き.

 11月3日。それはこの国の皇だった者の生まれた日で、自由と平和を愛し、文化をすすめる日。

 そろそろ暑さも和らぎ、寧ろ日差しの中に温もりを感じる頃で、家の中で本を読んだり絵を描いたりするもよし、少し遠出して美術鑑賞の静けさに沈み、コンサートの熱に浮かされるにも打ってつけな時期だ。芸術の秋というくらいだし。


「でもなんで、明治の日じゃなくて文化の日なんだろうね?」


 今日は祝日だと言う話の延長線上、何気なくそう漏らした私に、彼は頁を手繰っていた手を止めた。斜向かいのソファに埋もれながら日向ぼっこしていた私は、だってと細めていた眼を開ける。


「昭和の日は、昔はみどりの日だったじゃないか。あ、でも大正の日はないよね。8月31日は平日だし」


 ころころと変わる祝日は、なんか不思議なもの。小学生とかは単純に休みができることが嬉しいかもしれないけれども、寧ろ休みが忙しい企業の社会人とか、堪まったものじゃないと思うんだけど。


「毎年の習慣がなくなるとカレンダー上の混乱が起こるから、今上の誕生日も祝日のままかなぁ……向こうの世界は、王の誕生日だからって休みになったりしないし」

「人間の国は王の移り変わりが激しかったし、魔族は誕生日どころか暦自体が特殊だったよね」

「まあ、魔力が気候に影響を及ぼしていた所為で、通年冬だったり夏だったりで、昼夜の違いしかない地域とかあったからね。魔王城があった場所は、永遠に秋の地域だったから」


 丁度、今日みたいな麗らかな日差しと、冴ゆる月影を繰り返す毎日。煌びやかに見えて、倦怠と哀愁が滲む魔王の領域だった。


「春の地域はなかったっけ?」

「なくはないけど……完全に春の地域はなかったね。一番不安定で、秋と同じくらい難しい季節だから……」


 だから、魔王領に日本のように春夏秋冬のある地域はほぼほぼなく。智慧の民の故郷でさえ、時が止まったように雪に閉ざされた村だった。


 可笑しな世界だったと懐古の海を揺蕩っていたら、あれ? と返って来て。


「何?」

「城の一角だけ、年中春だった宮があったよね?」

「え?」


 そんな場所、あったっけ……? 眉を顰める私に、ほらと彼は窓辺に視線を向けた。そこに飾られている写真立て、その中で思い思い表情を浮かべる4人の姿に、私は目を瞠る。


「ほら、薔薇がいっぱい咲いてた庭があったでしょ?」

「そう……だね。そうだった、ね」


 魔族とは異なる風習を持っていた『彼女』の為、だけに設けられた久遠の春。

 『彼女』を引き留める為に用意された、薔薇色の箱庭。


 そして、『彼女』の愛しいお姫様が永遠の眠りに就いた場所。


「あの庭、昔はあんなに鮮やかな光景じゃなかったんだよ。仮にも宮廷の庭だったから、整えられていたけれど、あまり日が差さなくてもっと暗かったんだから」


 記憶は大分、霞がかかったように曖昧になってきている。きっと、死ぬその時まで完全に忘れることはないだろうけれど、今ですらもう、懐かしさが胸にいっぱいだ。


「『あの子』はたくさん、色々なものを遺してくれた。楽しいことも、嬉しいことも……哀しいことも、辛いことも」


 人間と魔族の性質を併せ持った『彼女』は、『彼女』らしく用意された庭を作り変えた。あの城の中では異質だったが、物珍しいものもあって、それはそれで面白い春だった。


「――――そうだ!」


 勢いをつけてソファから立ち上がる。何事かと目を丸くする彼の手を取り、私はにっと笑って見せる。


「ふたりのところに遊びに行こう!」

「え? 今から?」

「今日はまだ半分残っているし、何よりも彼らはお茶に丁度いいお庭を持っているじゃないか!」


 お茶菓子に、君が作ったシフォンケーキを持って行こう。柔らかい生地に溶かしたチョコレートをかけた、今日のおやつだと言っていたケーキを、多分でなくとも彼らは気に入る筈だから。


 剣などすっかり忘れてしまった手はされるがまま、私に引っ張られていたけれど。険しさよりも優しさが増えた面差しが、苦笑気味に崩れる。


「わかった。でもまず、お伺いの電話を入れてからだよ」

「勿論!」


 もどかしい手付きで通話アプリを起動し、目的の人物の名前をタップする。ああ、久し振りに会うし、とても楽しみだ。呼び出し音が少しくらい長くても、頬が緩んで堪らない。


 程なくして、澄んだ声が聴こえてきた。


「あ、もしもしっ? あのね————」






彼女:相変わらず落ち着きありません.

彼:相変わらず振り回されています.

彼ら:いろいろありました.

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