05.彼女と桃の節句と
仕舞いの雛祭り.
冷たい風に、仄かに色の混ざりを感じる。そんな3月3日は桃の節句。
女の子の健やかな成長を願う、麗しい雛祭り。
「皆紅の毛氈……金の屏風……三色菱餅……」
大切に仕舞われていた物を確認しつつ、ひとつひとつを手に取る。特に人形の入った箱は慎重に、それこそ宝物を扱うように。
「段ができたぞ」
顔を上げるのと、伸びて来た大きな手が真っ紅の毛氈を持って行くのはほぼ同時。広げて七段に掛ける様は、何処か手馴れている。
「男雛が向かって左で、女雛が右、だったな」
「雪洞も先に置いてしまいましょう」
「わかった」
電源コードに気を付けつつ、上から順番に人形を並べていく。笛も太鼓も、その都度持たせていく。
「三人官女に……五人囃子……」
「右近の橘、左近の桜……嫁入り道具は此処ので全部か?」
「そう。その下の段に、牛車が来るの」
人形を出しながら、空箱は順番に片付ける。動かす度に中に入れていた紙がかさこそと音を立て、でも時々固い音がして、慌てて抜かっていた飾りを取り出す。
最後に、本物の桃の枝を脇に飾る。薔薇の仲間にしては華奢な枝振りで、態々この為に売られていたものだ。
「開かない花には虫がいるんだったか」
「……まあ、桃はよい匂いだものね」
私はあまりそういうものが得意ではないのだけれども、彼は特にそうではなさそう。少し苦い表情になっていたのでしょうね、私を一瞥すると開くことのなかった花を丁寧に取り除いてくれた。
そして完成したのは、七段の雛飾り。
「…………」
この世界では1000年程昔からの、随分と豪奢な衣装を纏い、嫁いでいく様を模した人形。
夫となる者の隣、真っ白な面はお澄まし表情で、つんと窄められた紅い唇が愛らしい。
「綺麗ね……」
古くからの女の子の憧れと夢が詰められた、異世界の皇族の婚礼。態々このような大それて娘の未来に期待を寄せる行事があの世界にはなかった分、余計に感慨無量だわ。
「……3日が終わる前に、ちゃんと片付けてあげないとね」
「うっかり行き遅れでもして、後で恨まれても嫌だからな」
そうね。何処かの誰かさんは態と片付けないでしようとして、大目玉を喰らったらしいわ。残念ながら思い通りにはならなくて、あの日見たものはもう当分は見られないでしょう。
彼は肩を竦め、白酒を温めるからとキッチンに向かう。もうそろそろお客様がやって来る時間だから、私も立って雛あられの袋を開ける。
緋、白、桃、緑、金色……今日は麗しの雛祭り。
彼女:20代半ばになりました.
彼:同い年.何気に雛人形を飾れてしまう.
お客様:愉快な仲間たち.