01.元魔王な彼女とHalloweenと
白雪視点.
丑三つ時のハロウィン.
10月31日。1年の中でも、私が憂鬱になる日のひとつ。
魔王だった『私』が転生した世界には、『ハロウィン』と呼ばれる可笑しなお祭りがある。
「今年のコンセプトは魔女っ娘だ!」
そう言って今年もお父さんが、私に爆弾を落としてくれた。
目の前に差し出されたのは、レースをふんだんに用いられた黒いドレス。裾や袖からオレンジのフリルが覗いていて、要所で紫の細いリボンが飾られている。腰元には先が鋭利な黒いリボンが付いていて、まるで蝙蝠の羽のように広がっていた。
「どうだ、可愛いだろう? シックな黒レースに可憐さを出すリボンの紫、そしてハロウィンらしさを出すパンプキンカラー。特にこの腰元のリボンは、如何にして立体感を出すか、討論に討論を重ねて……」
滔々と語るお父さんの手には、顔に見えるように刳り貫かれたカボチャを模した入れ物があった。
またこの日がやって来たのね。私はうんざりとして話半分にお父さんを聞き流した。
私こと姫咲白雪には前世の記憶と言うものがある。前世の私は異世界の人類の敵、魔族の王魔王エヴァンジェリンだった。
と言っても、碌に力を持たない、ただ魔王の娘として生まれてしまったがために即位をしてしまったお飾り姫だったのだけれど。
最期は女神の祝福を受けた人間の勇者の手にかかる前に、自らの手で命を絶った。
————とまあ、憂鬱な前世語りはこれくらいにして。
白雪のお父さんは服飾に関わる仕事に就いていて、時折こうして商品になるかもしれない見本を持って帰って来ては私にくれる。あまりにその頻度が高いので、いいのかしらと毎度のように思うのだけれども、お父さんの後輩で共同経営者である玉城杏璃さんも当たり前のように色々とくれるからいいのかもしれない。
あまり甘やかすと碌な大人にならないわよ。なーんてこと、10歳にもなっていない私が口にしてもも可笑しいのでしょうけれど。
去年は確か、猫の耳に尻尾だった。金色に煌きながら揺れる鈴の付いた、赤地に白いドットの入ったリボンを首に着けられて、頬を引き攣らせながら店内を練り歩いたわ……
「ちゃんと皆のところに回って来るんだぞー」
私は受け取った入れ物を見下ろした。初めて見た時は生首の飾り物かと思ってしまったそれに、未だに慣れない。
そう言えば『私』が苦手だった側近の中に、このような感じの仮面をした者がいた気がするわ。そのせいかしら。
ジャック・オ・ランタンというらしきそれを腕に引っ提げ、今年も頑張って子どもらしく振る舞う。
「Trick or Treat」
お母さん曰く、『お菓子をくれなきゃ悪戯しちゃうぞ☆』な挨拶。
でも向こうの世界にあった似たような言葉では、『我を崇め持て成せ、でなくば貴様を呪い殺す』という意味だった台詞が、平坦に口から出ていく。すると作業をしていた各々が手を止めて、こちらを振り返った。
「うわ、杏璃さんたち今年も気合入ってるなぁ……」
「今年は何? 魔法少女?」
楽しそうに近付いてくる大人たちに、私はたじろぎながらもジャックの入れ物を突き出す。
「Trick or Treat」
「……ちょっと待ってね」
腕を伸ばしてジャックを提示することで、大人たちはジャックよりもこちらに近寄って来ない。ここ2、3年の私の智慧に、大人たちはがさごそと自分の荷物を探ったり、冷蔵庫を見に行ったりする。
数分後、ジャックの空っぽの頭の中には、色取り取りに包まれたお菓子が入っていた。
廊下を歩いていたら、前方から苦手な奴がやってきたわ。最近出入りしている専門学生の羽野佳兎は、私を見つけて目を丸くした————と思ったら、物凄い勢いで近寄って来た。
私は慌ててジャックを差し出し、強制的にパーソナルスペースを誇示する。羽野佳兎はその手前で止まったけれども、屈み込まれた所為で顔が近くなって頬が引き攣りそうになる。頭の上の変な耳が物凄く気になる。
「ユキちゃん、だよね? どしたのその格好、ハロウィン?」
「Trick or Treat」
「あー、ごめん。俺今おやつ持ってないや」
ポケットの中身を引っ張る仕草をする羽野佳兎に、最早私は用事はなかった。
「お菓子ないから悪戯でいいよ!」
「なら呪い殺してやるわ」
「え」
さて、次は何処へ行こうかしら。
……大体回り終わったかしら? 戦利品を見下ろし、私は休憩室で一息吐く。
今年1番は、事務担当の希海さんがくれたショコラケーキの1ホールね。冷蔵庫から白い箱が出て来た瞬間、私だけでなくスタッフ達まで目を疑ったわ。
杏璃さんのくれた、薔薇の飴細工も素敵ね。血の様に真っ紅な花弁が、照明に照らされて怪しく艶めく。
後は紫だったりオレンジだったりする包みの飴玉だったり、ショコラだったり、クッキーだったり。
にしても、これらはどうしようかしら。ひとりで食べるには量が多くて時間がかかるし、保管にも場所を喰うし。折角貰った物を、配るのも、ねぇ。
「……あれ?」
処分方法について考えていたら、休憩室の扉が開いてアルバイトの神楽坂美紅さんが顔を覗かせた。大学の帰りなのかしら、シンプルなコートに身を包んで、紅茶色の髪を無造作にシュシュで纏め、大きめのバッグを肩から下げている。
美紅さんはジャックから溢れたお菓子と私と、あと時計と壁のカレンダーを見比べて、得心の言った表情をする。
「あ、あー……今日、ハロウィン、か」
「……みたいね」
「大漁、だね」
「みたい、ね」
未だに距離感を測りあぐねているらしき美紅さんは、そのまま立ち止まったまま。同じくまだどう接しようか悩んでいる私は、白い箱を指先で弾く。
沈黙が耐え切れなくなったのかしら、美紅さんが済まなさそうに口を開いた。
「……ごめん、今日は何も持ってないの」
「別にいいわよ、気にしなくて」
「でも……」
「此処の大人たちの息抜きの為に、私は愛でられてやっているだけなの。まだ子どもな貴女が気にするようなことではないわ」
19歳の美紅さんは複雑そう。私はもう1度白い箱を弾くと、溜息を呑み込んで言った。
「そうね、気にするのなら、さっさと荷物を置いて着替えてらっしゃい」
「え?」
「私がこの量を食べ切れる訳がないでしょう。丁度此処は休憩室で、其処にはティーセット一式がある。時間は3時を過ぎたばかりで、お茶には打ってつけ」
いいのかな……? と顔にありありと書いてある美紅さんに、私は意図して微笑む。
「いいのよ。私がよいというのだから」
ショコラケーキは非常に美味しかった。ちょっぴり苦めで、ミルクたっぷりのお茶にぴったり。
美紅さんは何故か猫耳だった。黒いワンピースに黒いパンプス、赤地に白いドットのリボンには金色の鈴。
「どうしてその格好なの?」
「魔女のお付きは猫だからって……」
「あら、私の知っている魔女の使い魔は可愛らしい雨蛙だったわ」
冗談めいて言えば、美紅さんは表情を中途半端に強張らせる。その様が何だか可笑しくて、くすくすと笑い声を漏らせば、からかわれたことに気が付いた彼女は頬を真っ赤にし、次いで子ども染みて膨らませて見せた。
これが、彼女との初めてのお茶会よ。
初めましての方へのキャラ紹介.
姫咲白雪:ヒロイン9歳,異世界の魔王エヴァンジェリンの転生者.
姫咲尊:ヒロイン父,アパレルブランド『Rosetta』の経営者その1.
玉城杏璃:『Rosetta』経営者その2あんどデザイナー.
羽野佳兎:出入りしているうさ耳専門学生.
希海:『Rosetta』事務担当.
神楽坂美紅:アルバイト.
2014年に作った文章を完成させたものなので,最近のものとちょっと雰囲気が違って,
キーボードを打っていて楽しかったです.