受け継がれる想い
「篝。いるか?」
魔物の気配も尾行らしき気配もないことを確認してから、瑚太朗は森の奥に向けて声をかけた。
かけたが、なかなか出てこない。
おそらくこれのせいか、と右手に持った紙袋を見て苦笑する。
「心配すんな。腹が減ってるだろうと思って持ってきてやっただけだ」
安心させるように語りかけると、木々の奥からぽわっと光の輪のようなものが現れた。
輪は夜の暗闇を切り取ったようにその周囲の空間を捻じ曲げていた。
「おわっ」
「その不快な臭いのもとを今すぐ処分なさい」
不機嫌そうな顔の篝より、いまどうやって現れたかのほうが瑚太朗には気になった。
まあ、鍵という存在なのだから、多少の超常現象くらいは起こしても不思議はないのだが……。
(引きこもり空間のようなものかよ)
呆れるが、つとめて表情には出さないことにした。
「なんですか、それは」
「なにって、弁当。これでもオーガニック系素材を使った天然自然食品なんだが」
「……。篝は食事はとりません」
「そうなのか?」
「大地の生命力が篝のエネルギーとなっています。この地にいる限り疲労も体力の低下も起こりません」
考えてみればそうだった。
これは鍵で、人間ではない。
見た目が少女で、よくぺらぺら喋るものだから、つい人間相手の気遣いをしてしまった。
自分が情けなくなったが、瑚太朗はめげずに紙袋から魔法瓶を取り出した。
「じゃあ、弁当は俺が食うよ。コーヒー持ってきてやったけど、これもいらないか」
「……コーヒー?」
「知らないのか?」
「それも食料ですか」
「まあそうだけど、飲み物だ。嗜好品みたいなもんだな。……おい?」
篝が近寄って瑚太朗の手に持つ魔法瓶に触れている。
魔法瓶だから臭いはないはずだが。
篝はくんくん、と子犬のような仕草で魔法瓶の臭いを嗅いでいた。
(……おいおい)
幼児のような仕草。
臭いを嗅いだり、手で触れたり、たまに瑚太朗の指にも触れた。
そのたびになぜか瑚太朗の胸がざわめいた。
今まで感じたことのない、強烈な欲情。
(マジかよ……)
ゴクリ、と喉を鳴らす。
今まで篝に対してわけのわからない胸の高鳴りが幾度かあった。
が、これほどはっきり自覚したことはなかった。
(俺、いま……こいつのこと……)
抱きたいと思ってしまっている。
その華奢な肩を骨が軋むほど抱きしめて、唇を奪って、犯したいと……思ってしまっている。
そんな人間に対するような劣情がなぜ起きているのか。
これは鍵で、大地の魔物で、人間じゃないのに。
(俺……おかしくなったのかな)
瑚太朗は混乱していた。
「これをどうやって飲むのですか」
篝が魔法瓶の構造を外側からしげしげと眺め終えてそう言うと、瑚太朗は気を取り直して蓋を開けてあげた。
蓋を反対にして開栓をひねる。
コポコポと注ぐコーヒーを見て、篝は目を輝かせるようにして言った。
「こ、これは……!」
「知ってるのか?」
篝にカップを渡すと、躊躇うことなく飲み干した。
相当熱いはずなのだが、一度も冷まそうとせず、一気に。
大丈夫か、と思ったが、篝はおかわり、というようにカップを瑚太朗に向けた。
その幼児的な仕草に、またも胸の鼓動が早くなる。
(自覚しよう、俺はロリコンだった)
そう思いつつ再びカップにコーヒーを注ぐ。
「……っ」
「おいおい、ゆっくり飲めよ。火傷するぞ」
「こ、このコーヒーというものは……以前にも飲んだことがあります」
「え? 飲んだ? これを?」
「瑚太朗の家に行ったときに、このコーヒーがキッチンにあったので飲んでみました。あのときはまだそれがどういうものなのかは知らなかったのですが」
「待て待て待て」
俺の家に行った?
いつのことだそれは。
「思えばあれが最初に呼び覚まされた記憶です。……ですが、今飲んだこのコーヒーには……最も近いものが」
「ちょっと待て。俺の家に行ったって、それはいつなんだ」
「はい、二年前です。家には誰もいなかったので勝手に調べさせてもらいました」
「…おいっ!」
「なにか」
「なに人ん家に勝手に入ってるんだ。だいたいどうやって俺の家を知った?! 俺は失踪したことになってるんだぞ」
「確かに公式記録ではそうなっています。しかし瑚太朗の遺伝子提供者は特に失踪届けも出しておらず、捜索もまったく行っておりません。不可解なことですが」
「……いや、それはどうでもいい。親には別方面から俺の詳細を聞かされているはずだ。それよりおまえ、俺の家をどうやって」
いや、聞くまでもないことだった。
この好奇心旺盛なお姫様は、人間社会に潜りこむことでいろんな情報を手に入れたのだ。
家を突き止めたり、瑚太朗のことを調べるのは造作もないことだろう。
「あのとき飲んだコーヒーより、こちらのほうが遥かに味は劣るのに。なぜこれほど記憶が活性化するのか不可解です。これはあなたが作ったものですか」
「さりげなく不味いと罵倒したよな、いま。ああそうだよ、俺がいれた。これでも豆からドリップしていれたんだし、いい豆使ったつもりなんだが。不味くて悪かったな」
「何を怒っているのです。篝は褒めているのです。瑚太朗の作ったコーヒーがとても心地良いのです。なぜかはわかりませんが、今までこれほど満ち足りたことはありません」
「え……? な、なんだって?」
「瑚太朗、感謝します。このコーヒーを持ってきてくれて。もしかするとこれが『良い記憶』に」
「なるのか?!」
「なるわけないでしょう、あなたはバカですか」
からかわれた。
篝は鈴が鳴るような声でくすくすと笑っている。
……喜んでいる。
そう、喜んでいるのだ。
あの篝が。それまで仏頂面しかしなかった能面のような篝が笑っている。
瑚太朗は自分がからかわれたことなど、もはやどうでもよくなった。
(心を開いてくれた……?)
そうとしか思えない。
篝は不可侵の存在で、瑚太朗のことなど生物学的な捉え方しかしていない。
しかしいま、個人として瑚太朗に対するコミュニケーションをとっている。
それは人間的な見方をされるよりも、遥かに瑚太朗の気持ちを波立たせた。
(……認めよう)
この存在に惹かれている。
心を通わせたいと思っている。
瑚太朗は篝を好きだといまはっきりと自覚した。
今まで恋愛すらしてこなかった瑚太朗の、それは初めての恋だった。
「わかった、俺の家に勝手にあがりこんだことは勘弁してやるよ。俺のこと調べようとしたことも」
「瑚太朗の趣味嗜好はほぼ把握しました。あなたが奉仕願望であることも年下好みであることも巨乳好きであることも」
「待てぃっ!!」
ただならぬ発言をきいた。
確かにその通りだが。
「それどっから知った?!」
「あなたの部屋にあった年齢制限付パソコンゲームからです。なぜあのような見えない場所に隠されていたのか興味があり、すべてプレイしてみました」
「ひいいっっ?!」
なにこのお嬢さん、エロゲなんてしてるの!
なんで俺は家を出るときすべて処分しなかったんだ。今さら遅いが。
「残念ながら篝はこの体型を変化させることができません。出来ないことはありませんが、それには大地の力を借りねばなりません。ただでさえ終わりが近づいているこの時にそのような無駄な余力を使うことはできないのです」
「あ、そうなんだ。いや別にその身体でもまったく問題はないと思いますが……いや、そうじゃなくて!」
「瑚太朗の望みであれば、最悪男性器に奉仕することも厭いません。メイド衣装が好みであるならそのように」
「はい、ストップ! それ以上はしたないこと言うの禁止! てか頼むからやめてくれ!」
「なぜですか」
「なぜって、人間はそれが恥ずかしいもんなの! だから隠したくなるんだって。それぐらい察しろ」
「種の繁栄がなぜ恥ずかしい行為なのですか。瑚太朗は私を抱きたいと思っているのではないのですか」
「な……!」
「あなたの心的状態からそのように推察します。篝を異性として意識していることは先ほどから感じていました」
瑚太朗は言葉につまった。
確かに篝ならば、瑚太朗の表情や心拍数、わずかな挙動や下半身の疼きまで察知できるに違いない。
だがすべてを見透かされて、いい気なんてするわけがない。
「篝」
「はい」
「俺がおまえを抱きたいって言ったら、応えてくれるのか」
「瑚太朗が望むのであれば」
「おまえ人間じゃないよな。セックスなんて無理だろ」
「可能です。篝には生殖器があり子宮もあります。過去、篝に接触した男性とそのような行為に及び、子孫を残したこともあります」
「え……っ?!」
初めて聞いた。
「その記憶履歴によって女性体となるよう篝は生まれました」
「そ、その子孫ってのは」
「……記憶にありません。おそらく滅びに巻き込まれたのでしょう」
(鍵が人間と結ばれた……?)
そのようなことが実際にあったのか。
「ということは人間と性行為することも折り込み済みってことか?」
「それが『良い記憶』に繋がることなのか、篝には判断がつきません。ただ意味があってした行為なのだと確信します。種としての繁栄は決して間違ってはいないことですから」
「なら」
瑚太朗は篝の腕を掴んで自分の顔を篝に近づけた。
「俺が何をしても文句はないんだな」
「先ほどから何度も同じことを言わせないでください。瑚太朗の望みであるなら篝は応えます」
「……後で後悔とかしても知らねえぞ」
「何を後悔することがあるのですか?」
何もわかっちゃいない。
瑚太朗は無垢なのに耳年増なこの少女の形をした大地の魔物を、めちゃくちゃにしてやりたい気持ちになった。
彼女に惹かれているのは自覚している。
できれば篝の身体だけじゃなく、心もすべて、手に入れたいと思っている。
だけど獣のような欲求が内側から溢れて出てくるのをとめられない。
(あの時とは違うんだ……!)
必死になって昔の記憶を振り払う。
傭兵時代のとき、上司に無理やり女をあてがわれて初めて抱いた。
情欲などない、ただ性戯だけの行為。女は若い少年の身体を思う様嬲り、何度も極めさせられた。
行為後の胸が張り裂けるような吐き気に、今でも胸糞が悪くなる。
実際あの後何度も便所に駆け込んで吐き戻した。
筆下ろしにしては最低だったけれど、それでも女を抱く行為に官能というものを感じなかったわけではない。
あんな欲望なんかじゃない。篝に抱くこの想いは、そんなものなんかじゃない。
だけど……!
「……っ!」
篝の腕を引っ張って息もとまるほどの口づけをした。
篝が目を見開いている。キスというものを知らないのだろう。構わない、とそのまま口をこじ開けた。
舌を滑り込ませて吸い上げる。
篝の喉が鳴った。
口づけの荒々しさについていけないのだ。
唾液すら飲み干してひたすら口内を掻き回す。
眩暈がした。
本能のどこかで、こうすることを望んでいた自分がいる。
篝にこうしたいと……ずっと、ずっと昔に。
(なんだよ、それ……)
そんな感情など知らない。
ただこうして、篝を腕の中に閉じ込めて、どこにも逃がさないようにして、奪いたかった。欲しかった。
悲しいのか嬉しいのかわからない。
瑚太朗は知らず涙を流していた。
「なにを、泣くのですか」
ゆっくりと唇を離すと、篝は瑚太朗の頬から溢れる雫を指で掬い取って言った。
気遣うわけではなく、ただ不思議そうな顔で。
その指を取って、軽くキスをする。
「わからない。ただ、嬉しいんだ」
「嬉しい?」
「篝とこうすることが。……本当にいいのか。もうとまることはできねえぞ」
「瑚太朗が嬉しいのなら、何を拒む必要があるでしょう」
「ははっ……。それが本当なら天にも昇る心地だけど」
「篝は本当のことしか言いません」
「そういう意味じゃなくてだな。ああ、もういいや」
わからないなら伝えればいい。
知らないのなら教えてあげよう。
(俺がどれだけおまえを好きかってことを)
「でも手順だけは踏ませてくれよ。これでも初めての求愛なんだから。……篝」
「はい」
「おまえを愛してる」
言葉と同時に篝を抱きしめた。
ここが森の中で、野外で、下は水っぽい草地で、そんなことすらどうでもよくて。
篝の小さな身体を壊れないように優しく、瑚太朗は抱きしめていった。
この後も書きましたが、18禁描写であるため投稿は思いとどまります。
ただ、事後についてはいずれ書いてあげたいと思います。




