序章Ⅱ 最初の恋、彼女の慕情
あなたには好きな人がいますか、という質問に、私は自信を持ってはいと答えられる。
話した回数なんて二度もない。彼が私を覚えていることなどないだろうし、私と目が合ったことだって両手の指で収まる程度だ。
だけど、たった一度。
たった一度だけ会話をして、その笑顔を向けられただけで私は心を奪われてしまった。
肩越しに振り返った彼の優し気な笑みを今でも忘れられない。
『大丈夫か? 遅くなってごめんな』
何が『遅くってごめんね』だ。あなたなんてただの他人じゃないか。私のことなんて大して知らないくせに。よく知りもしない女の子にカッコつけてバカなんじゃないだろうか。いいや、バカだ。でないと、よく知らないうえ、地味で取り柄のない私のような根暗女のために体を張ったりはしないだろう。
そうだ、バカだ。バカだから、私はどうしようもなく焦がれてしまったのだ。
それは、どれほど安く浅はかで、軽い恋慕なのだろう。
ちょっと優しくしてもらった。四面楚歌の窮地において唯一味方になってくれた。周囲から向けられる嘲笑の視線から守ってくれた。
そう、それだけ。それだけなのだ。
それだけで私は、あなたに人生を捧げたいと思ったの。
私を守ってくれたから。助けてくれたから。
今度は私が守りたいと、そう思った。
――出来ることならば、彼の隣に立ち、彼が傷ついたのならば抱きしめて上げたいと。
もっとも、彼が傷つくような事態がないことが最良であるのだが、彼のような生き方をする人間が一つとして傷を負うことなく一生を負えることなんてできないだろう。
どこかで間違える。
誰かに騙される。
いつかは壊れてしまう。
別に彼の何かを知ったわけではない。だけどきっとそうなる。直接彼に助けられた私だからこそ分かるのだ。
あの時の問答を思い出す。
『ねえ、なんで助けてくれたの?』
そんな性格と頭の悪い質問に、少年はこう答えてくれた。
『それが正しいことだと思ったからだ』
『……バカみたいだね』
両親含め、人の前で笑みを浮かべたのはいつぶりだっただろうか。幼稚園に通っていた時期から孤独な想いをしていた私にとって、それがどれほど特別なことなのか、きっとあなたは知らないのだろう。
――だから、絶対に教えてやるんだ。
それは、気弱で臆病な私が勇気を持とうとした革命の瞬間。
ちっぽけな乙女の運命の日だ。
何年かかってもいい。あなたに想いを伝え、出来ることならばあなたの側で添い遂げたい。
さあ、一歩を踏み出そう。
この恋があと十年続くことを、今の私はまだ知らない。




