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ある人形師と100体の人形

作者: 瑞代 杏




 これは、今より少し昔の話だ。

 とある国の辺境の村の屋敷に、一人の人形師がいた。

 その人形師が作る人形は精巧かつ繊細であり、「まるで魂を持っているかのようだ」と周りから絶賛されていた。

 人形師は生活のために売る人形だけではなく、自分のための人形も作っていた。

 彼自身も人形を愛でていたからだ。

 だが、98体作っても人形師が求める人形は出来なかった。

 人形師は苦悩をそのままに99体目を作ったが、それもやはり彼が求めた人形には至らなかった。

 人形師はそれまでに作った人形も愛でてはいた。

 だが、それは何かが欠けた人形ばかりで真に愛でたい人形ではなかったのだ。

 人形師は頭を抱えながら思う。

「何故、真に寵愛したい人形が作れないのだ……!」

 その日を境に人形師は人形作りをやめてしまった。

 苦悩と疑問に枕を濡らす毎日。

 毎日のように来客を告げるドアベルの音を、耳を塞いでやり過ごす。

 やがてその音も聞こえなくなり、人形師の屋敷は静寂に包まれる日々が続いた。

 秋と冬をそのままに過ごし、植物が雪解けから芽吹き始める頃。

 春の陽気に目を覚ました人形師は、途端に空腹を覚えた。

 暫くまともな食事を摂っていなかった人形師は、久しぶりに街に出て外食することにした。

 ハムチーズパンにサラダにエスプレッソ、軽食ではあるが人形師は久しぶりに満足な食事を摂った。

 帰り道でふと思い出した人形師は、馴染みだった人形店に寄ってみることにした。

 人形店の店長は彼のことを覚えていたらしく、人形師が店が入ると気さくに話しかけてきた。

 積もる話もそこそこに、人形師は店に飾られた人形達を眺める。

 そのうちの一体の前で、思わず人形師が足を止めた。

 それは、金糸と深い紫の硝子瞳グラス・アイ、陶器の身体を赤いドレスで飾った可憐な人形だった。

 しかし、人形師が驚いたのは容姿や格好ではなかった。

 この程度の人形ならば人形師も作れていたからだ。

 彼が驚いたのは、その人形の奥深くに篭められたものだった。

「おお……! この人形には心が篭められている……!!」

 同時に人形師は気づく。

 私の人形には心が篭っていなかったのだ、と。

 その人形を一目で惚れた人形師は、すぐさま店長に交渉を持ちかけた。

 店長が提示した値段は決して安いものではなかったが、手持ちのお金で支払った人形師は丁重に包装された箱を持って店を出た。

 屋敷に戻り、すぐに人形師は箱の中から人形を取り出した。

 見れば見る程に可憐、人形師は人形を強く抱きしめ軽く化粧を施す。

 出来映えに満足しながら、人形師は人形の深い紫の硝子瞳を覗き込んだ。

 如何なる手法で作ったのか、油絵の絵具でもこのような深い紫は出せないだろう人形の硝子瞳が人形師の創作意欲を刺激する。

 人形師はその人形を99体目の人形の隣に置いてその日から工房に篭り、人形作りを再開した。

 人形師が人形作りを再開したと聞き、心待ちにしていた村の人々は喜んだ。

 それは人づてに世界中に広まり、人形師の日々は苦悩する前と同じになっていった。

 ただ一つ違うのは、人形師の人形が以前より洗練されたものになったことだ。

 人形師の心が篭められた人形達は今にも動き、語りかけてきそうな程に素晴らしいものだった。

 人形師は普段は工房に篭り、暇を見つけては100体目の人形を寵愛した。

 埃が付かないようにブラッシングをし、似合いそうな服があればそれを全て与える。

 100体目の人形は、人形師の手によってますます輝いていった。

 その横で埃を被り煤けていく99体の人形達は、人形師から忘れ去られていった。

 その横ですすり泣く99体の人形達の声は、最早人形師には届かなかった。

 人形師に見捨てられた99体の人形達は血の涙を流しながら、やがて人形師に憎しみの眼差しを向けるようになっていった。

 

 ある日の朝、人形師は何時もどおりに目を覚まして起きようとしたが、身体がぴくりとも動かないことに気づいた。

 不思議に思った人形師は、辺りを見回そうとしたが首も動かない。

 人形師の体は、隣に寝かせていた100体目の人形を見つめたまま固定されていた。

 その100体目の人形は身体の至る所に皹が入り、今にも砕けてしまいそうになっていた。

 人形師は絶叫して、自らが付けた名前を呼ぼうとしたが声が出ない。

 人形師は手を伸ばそうとしたが、手が動かない。

 何故なら――


 人形・・は、言葉を喋ることが出来ない。

 人形・・は、自ら身体を動かすことが出来ない。

 人形・・は、自ら視線を変えることが出来ない。

 人形・・は、自らの意思を伝えることが出来ないのだから――。


 やがて、100体目の人形が床に落とした皿のように砕け散っていく。

 その様子を見ることしか出来ない人形師は心の中で叫び、血の涙を流す。

 そして、100体目の人形が完全に砕け散り、人形師の心もまた同じく砕け散った。

 その直前に人形師は99体の人形達の不気味な笑い声と、彼を愛しむ声を聞いた気がした。




『コレデ……ズットイッショニイラレマスネ……オトウサマ……』




 ――数十年後、老朽化した屋敷は取り壊された。

 屋敷にあった『100体の人形』は人形師の作品を愛する世界中の愛好家や蒐集家の手に渡ったが、それ以降の行方は分からないということだ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 「100」という切りのいい数字を上手く利用されましたね。 人形っていろいろホラー的なネタに使えますよね。 以前参加した「五枚会」のお題に「人形」が出たことがあるのですが、ホラーを書かれた方は…
2011/10/16 17:13 退会済み
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