青-交わさない約束
「暑ぅ!」
焼けるような太陽に思わず俺は思わず顔を顰めた。
海岸沿いの防波堤。
申し訳程度に風は吹いているけどはっきり言って暑さを和らげる役になんてまるでたってない。
「祐介はだらしないなぁ。少しは外に出なきゃダメだよ」
隣を歩いている日向が呆れたように言ってくる。
「うるせぇよ。お前らみたいな脳筋体育会系と一緒にすんな」
明日から夏休みだけど、わざわざクソ暑い外を出歩く奴の気が知れない。
「え~、私も暑いが好きってわけじゃないけど、汗かくのは気持ちいいよ」
名前のとおり外が大好きな日向の焼けた肌に汗がビーズのように光っている。
夏服の薄くて短い袖口から覗く肌がなんだか気恥ずかしくてスッと目を逸らす。
「陸上なんてよくやるよなぁ。暑いグラウンドで走るなんて俺には絶対無理だ」
「その割にはクラスの男子とちょくちょく覗いてるじゃん」
それは、仕方ないじゃん。
あんなにピッチリした露出の多い格好で走ったり跳んだりしてるんだから健康的な男子としては目がいっちゃうっての。
「キモ!」
「悪かったな!」
睨まれてばつが悪くなりつっけんどんな返しをしてしまう。
けど、日向が本当に怒っていないのはわかっているから、どこか甘えがあるのかもしれない。
言葉が途切れ、次の話題が出ないまま並んで歩く。
「よっと!」
途中の階段で日向が防波堤の上に登る。
「スカートで上がるとパンツ見えんぞ」
「うっわ、そういうの口に出すかな。でも残念でした、ちゃんとスパッツ履いてるから」
いや、見える面積ほとんど変わらないじゃん。
まぁ、本人が恥ずかしくないなら良いのか? 陸上のユニフォームなんてもっと肌出てるしな。
「……で、いつ引っ越すんだよ」
「……多分、月末くらいかな。向こうに行ってからも色々とやることあるみたいだし」
また沈黙。
終業式の後、ホームルームで聞いて正直かなりショックだった。結構仲良くしてたつもりだったからな。
せめて直接聞きたかったって思ったのは当然だろ。
「えっと、言わなかったの怒ってる?」
「別に、怒ってねぇよ」
怒ってるとかじゃなく、なんだろな。
「なんか、言い辛くってさ。ゴメン」
「日向が悪いわけじゃないだろ。それで、引っ越し先はどこなんだよ」
ホームルームじゃあ遠方に引っ越すために転校するとしか聞いてない。
「東京。来月から私もシティーガールだよ」
「ダサっ」
「うっさい」
軽口の応酬。でも日向の顔が見られない。
東京だと新幹線、いや飛行機の方が早いか。
でも簡単に会える距離じゃない。
「こっち帰ってくるのかよ」
「ん~、どうなんだろ。お父さんもお母さんも、こっちが地元ってわけじゃないし、仕事の都合で来てただけだから。それに、私は多分大学もあっちになるだろうし」
「……そっか」
そりゃそうだよな。
日本の中心ならなんだってある。
わざわざこんな地方の港町に戻ってきたって近い大学はひとつしかないし就職先だって少ないだろう。
海沿いにある日向の家が見えてきた。
3階建ての小さなマンション。
俺の家はそこからさらに500mくらい行ったところだけど、俺と日向は何度か行き来したことがあったっけ。
ほとんどがクラスの友達と一緒に。ときどきはひとりで。
「暑いね」
「アチいよ」
どちらからともなく足を止め、海を見る。
波は穏やかで海と空との境界線がひどく曖昧だ。
「引っ越す前にもう一回ぐらいカラオケでも行くか?」
「ん~、難しいかも。準備とかで結構バタバタしてるし、挨拶回りとかもしなきゃだしね」
「10年以上暮らしてるんだからそいういうこともあるか。でも友達とか部活仲間が怒るんじゃね?」
「女の子の友達とは来週ご飯行くよ。送別会開いてくれるらしいからさ」
その口ぶりだと同性の友達には前もって引っ越しのことを伝えていたんだろう。
ダメだな。
またちょっとモヤモヤする。
「心残りなのは祐介に彼女が出来るところを見られなかったことかな。あんなに彼女欲しいとか言ってたのにね」
「うっせぇ。自分だって彼氏出来たことねぇくせに」
「作ろうと思ってなかったもん。告白は何回かされたけどね」
知ってる。
中学の時も高校に入ってからも、同級生とか先輩から声を掛けられてたのは見たから。
「LINEするわ」
「うん。まぁ、気が向いたら返す」
「俺の扱いひどすぎね?」
ふたりして沖に視線を向けながら途切れ途切れに話す。
目は合わさない。
多分、顔を見たら言葉が出なくなる。
「さて!」
しばらくして日向が防波堤から飛び降りる。
「帰ってご飯食べなきゃ」
「そう、だな」
一瞬言葉に詰まった俺を見て日向は悪戯っぽく笑った。
「あっれぇ? どうかしたぁ?」
「うっざ。なんでもねぇよ」
もうちょっとだけ。
そんな気持ちを知られたくなくてわざとぞんざいに返す。
「くふふ、ねぇ祐介」
「んだよ……ふぁ!?」
そっぽを向いた俺の顔を追いかけるように回り込んだ日向が俺の名前を呼び、いきなり顔を近づけてきた。
唇に温かくて、少し湿った感触が一瞬だけぶつかる。
「な、は? え? おまっ!」
「じゃ、またね」
狼狽える俺から顔を背け、日向はマンションへと駆けだしてしまった。
声を掛ける間もなく、アイツの背中が建物の中に消えていく。
「なんなんだよ」
思わず悪態が口を突くが、内心はそれどころじゃない。
しばらくの間、その場で呆然と立ち尽くしていたけど、クソ暑い真夏の外だ。
頭がハゲそうなくらい熱くなって我に返る。
「くそっ、ぜってぇやり返してやる」
言いながら俺も自分の家に向かって歩き出す。
多分、今の俺の顔は誰にも見せられない。ってか見られたくない。
「進学先、一人暮らしさせてもらえるかな」
呟いたその言葉は、誰に聞かれることもなく空と海に吸い込まれていった。
連作短編の2作目です




