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狂炎者

双子の姉妹、叶と夢。

**“叶える夢”**という名に縛られながら、

血の契約に導かれていく。


「せーの」

 『ふーっ』

 またやってきた。今日で十六回目だ。一年の中で最も嫌いな日。

『同じ誕生日の人に出会ったの初めて!なんか嬉しい』

 そんな言葉を発することは一生ない。なぜなら、受精した瞬間から一人ではないからだ。なんでママは二匹も受け入れたんだ。私だけでよかったのに。

「夢ちゃん大丈夫?無理したらダメよ。それにしても二人とも大きくなったわねぇ。何歳になっても私達の大切な宝物たちだわ」

 宝物たち。

 ……『宝物』になりたい。

「いつまでも二人仲良く居てくれる事が、パパの願いだよ」

 ……『願い』それは叶えるものだ。

 

 私は、姉の叶。妹は、夢。『叶える夢』という想いが込められているらしい。名前からして気に入らない。私は叶える側の人間なのだ。

 安っぽいドラマのように、妹の夢は病弱だ。しかし、現実は苛立ちを抑えられない。

 何故二人とも健康体で生まれてこないのか。

 十ヶ月間部屋を共有し、同じ栄養素を与えられていたはずなのに。私たち双子はまるでマッキーペンのように、夢は細い方で私は太い方だ。栄養分を多く取りすぎてしまったのだろうか。

 『ゴホゴホ……』

「叶ごめんね。今回もロウソクの火を一緒に消すことが出来なかった」

「毎年、同じセリフ吐かないで。一緒に吹き消せる事なんて一生ないと思うし、気にしないで」

「叶。そんな言い方はないだろう。二人きりの姉妹なんだからもっと仲良くな。パパ悲しいぞ」

 私はずっと悲しい。仲良くしてほしいなら平等に扱って。

「夢、ごめんね。きっといつか一緒に消せる日がくるよね。だって、叶と夢だもの」

 自分の言葉に吐き気がする。『叶と夢だもの』だって。

 お前一人が頑張れば簡単に叶うことなのに巻き込まないでほしい。

「お誕生日にチーズケーキを食べてみたいな」

 私はわざと言ってみた。

「夢ちゃんの腎臓移植が成功したら食べられるわね。でも、ママは何があってもずっと、夢ちゃんを支えていくわ」

「医者の話しでは、叶の腎臓なら確実に適合するらしい。だから夢に与えてやれば、何でも一緒に食べられるぞ。……残念だけど、パパのは合わなかったんだ」

 もう、勘弁して。面と向かってそんな言葉を発する父親を携帯のタスクをきるように頭の中で削除した。


 自室に戻る途中、夢は言った。

「私ね、どうしても叶と一緒にロウソクを消したいの。とてもいい方法を思いついたから、楽しみにしててね」

 『名は体を表す』

 まさにピッタリだ。私の妹は夢を見ているらしい。日に日に体力も減っているのに現実が見えていないのだろう。

 

 夢が早く寝たお陰で一人の時間を満喫出来た。スマホに届いた友人たちからのメッセージを読み返し、ニヤついてしまった。

 ふと、目の端に光を捉えた。何故かせっかく温まり始めた心に、氷を落とされた感覚に陥った。

 直感的に、不吉な予感がした……。

 光を放ったクローゼットの前に近づいてみると、六歳のプレゼントだったコンパクトが落ちていた。

「わぁー。懐かしい。本気で変身出来ると思ってからなぁ」

 夢と二人で力を合わせ、地球を救えると信じていたことを思い出した。

 『ピコン』

「……十年も経ってるのに、まだ光るの?さすがに電池切れかと思ったけど」

 『ピコン、ピコン』

 コンパクトが『ひらけ』と訴えている。警告音が聞こえた気がしたが懐かしさが勝り、そっと開けた。

 鏡には幼い頃の指紋が付き汚れているが、特に十年前と変わったところはなかった。

 「何にもないじゃんね」

 つい首を傾げた。

 「いやいや、そんなわけないでしょ」

 鏡に映る私は同じ動きをしない。もう一度傾げたが結果は変わらなかった。

 背中に一匹の虫が這い上がってきたようにゾワゾワした。パニック寸前でコンパクトを閉じようとした瞬間、妹だと気づいた。

 「私じゃない……。でも、鏡なのにどうして」

 鏡に映る妹は、人形のような表情で言った。

 『夢ね、ママを殺してってお願いしたの』

 私はフリーズした。突然、異世界に放り出されたかの様に現実感がない。

 しかし今度は無数の虫が這い上がる感覚を感じる。それと、コンパクトを投げた感覚も……。


 『痛いよ、痛い』

 隣室で騒ぐ夢の声で目が覚め、日常に戻っていることに胸を撫で下ろした。

 「ママだって生きてるし、コンパクトなんて幻覚だったのよ」

 『ドン、ドン』

 今日はいつもに増して、夢が壁を叩いている。

 『もう、いやよ。毎朝、りんごばかり食べさせないで!もう嫌いになったの!好きなものを思いっきり食べたい!水だってたくさん飲みたい!ママのせいよ!ママが悪い!』

 『そんな言い方ひどいわ!ママだって大変なの。自分ばっかり大変だと思ってるけど、世話をする人の立場を考えたことあるの?』

 このままでは、二人の炎は更に勢いを増す。私は消火活動に向かった。

 「二人とも落ち着いて」

 同時に私の顔を見た二人の瞳は、メラメラと揺れていた。

 「そうだわ……。悪いのは叶よ……。ママは平等に与えた……あんたが栄養を摂りすぎたのよ」

 「私がいけないの?」

 「そうよ!そうとしか考えられないわ。全部、叶のせいよ。だから責任を取りなさい」

 頭を抱え、焦点が定まっていない。限界を超えてしまったのだろうか……。予想外の展開に頭がついていかないが、献身的なママは間違いなくこんな言葉を発する人ではない。

 「……もう、疲れたわ。叶……後はよろしく」

 そう言って、果物ナイフを胸に突き刺した。

 白のワンピースは瞬く間に毒林檎の様に赤黒く染まった。

 一瞬、夢が魔女に見えた。


 ママは死んだ。

 パパは病んだ。

 夢は何も食べない。このままでは死ぬ。

 もう一つしか方法は残っていない。

 

 「せーの」

 『ふーっ』

 「ね。言った通りになったでしょ。これからもずっと一緒に、ろうそく消そうね」


 

 心と一つ取り出された傷がズキズキと疼く。

 やはり私は、叶える側の人間らしい。


 ……リンゴ嫌いになった魔女は血判が押された紙を握っていた。

 ……そして、コンパクトは『鏡閻社』と刻まれ、ベッドの下でじっと光を失っていた。

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