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玲司のとある日 1

春の光が差し込む朝、下宿のベッドからゆっくりと起き上がった。と言っても帰ってきたのはつい数時間前、仮眠程度の睡眠と朝食をとりにだけ帰っていると言っても過言ではない。

昨日の飲み会で少し寝不足だが、今日も大学に向かわなければならない。

シャワーを浴びてさっぱりすると、黒のスリムジーンズに白いシャツ、軽いジャケットを羽織り、鏡で身だしなみを整える。髪型も自然に整え、派手さはないがどこか目を引く見た目に仕上げる。

そして、階段を降り達彦をいじりながら朝食を食べる。反応のいい達彦をいじるのが最近の楽しみや。


玄関を出ると、まだ朝の空気が冷たく、胸元に軽く手をやる。通学路には同じ学部の学生がちらほらと歩いている。


大学に着くと、キャンパス内はすでに学生たちの喧騒で満ちていた。講義棟の自動ドアをくぐると、すでに数人の友達が講義の順番待ちをしていたが、軽く会釈するだけで通り過ぎ、自分の席へ向かう。

そこにはすでに友達の悠真が席に座っていた。


「あっ!おはよう、玲司」悠真が笑顔で声をかける。

「おはよう。今日も眠いわ」

「授業中寝ちゃだめだよ」

「ちゃんと起きてるって」


席に座ると、前の席の女の子がちらっとこちらを見て小さく手を振る。

「おはよう、玲司くん」

「あ、おはよう」玲司は軽く返す。心の中では「誰やったっけ」と思いつつも、表情は優しく。


講義が始まると教授の話に耳を傾けるふりをしながらも、チラチラと周囲を観察。女の子たちがノートを見せ合いながら笑っている。授業が終わると隣にいた男に軽く「ちょっと見せて」と声をかけられ、ノートを見せた。自然に肩に触れる瞬間もあった。表向きはただの親切なやつに見えるだろうけど、この良い体をした男にノートを見せてあげたのは少し下心があったからだ。



昼休み。

悠真とカフェテリアに向かうと女の子たちがすでに席を取っており、その席の女の子たちが話しかけてくる。

「玲司くん、この前のレポート、めっちゃ上手やったんやって?」

「そんなことないよ。でもありがとう」

「やっぱり、賢いよなぁ」


俺は軽く笑い、自然に会話を流す。悠真は隣でパンを口いっぱいに頬張ってた。

「そんないっぺんに食べたら喉つまんで」

「はいほうふ!(大丈夫!)」


女の子たちはその様子に笑い、自然に話題は他の授業やサークル、趣味へと移る。

「玲司くん、映画見るん好き?」

「まあまあ好きやで。特にアクション系好きやな」

「じゃあ今度一緒に観に行こうよ」

「ええよ。みんなで行こうや」

「え、あっうん。そうやな!」

興味ない誘いは軽く笑ってかわすことにしとる。後々めんどくさいことになるかもしれんし。


話が途切れると間髪入れずに別の女の子が「ねぇ、玲司くんって本読むの?」と話しかけてくる。

「読むけど、あんまり長いのは…」

「私、オススメあるんやけど、貸してあげる」

「おー、ええやん、どんなんなん?」

「青春ものやで。なんか読んでてめっちゃドキドキするねん」

心の中で「達彦にでも読ましたろかな」とええいじり材料やと思って「ほな貸してや」と答えた。


カフェテリアはにぎやかで、周りには友達同士で盛り上がる声、笑い声が飛び交う。俺は女の子たちからの誘いをのらりくらりとかわしながら、今日はどこの飲み会に行くかを考えていた。



―――


授業が終わった夕方。

大学の近くの居酒屋に集まったサークルの新歓飲み会。今日はヤリサーと名高いサッカー部の新歓や。


悠真に一緒にご飯食べに行こうよと誘われたけど、言い訳をしてこっちに参加した。もちろん目的は、新歓での“男漁り”。周りにバレんようにしとるから最近できてなくてそろそろ発散したい。

周りの新入生はマネ希望の女子ばかりで、キャッキャと騒いでいるが、淡々と周囲を観察する。


「玲司くんやん!」

後ろから声をかけてきたのは、女の先輩。

軽音部の新歓で会ってその時に少し話したことがある人や。明るい笑顔で、手に持ったビールジョッキを差し出してくる。

「沙織先輩やないですか。サッカー部にも入ってたんですね。知りませんでしたわ」

そう言ってにこやかに笑いながら、ビールを受け取った。


「あー入ってるわけちゃうねん。友達に誘われたからちょっと顔出してんけど、玲司くんおるんやったら来てよかったわ」


シャンプーの匂いがするぐらいのキョリに思わず息が詰まる。


「そーや、玲司くん、今日はこのあとヒマ? ちょっと抜けて飲み直さへん?」

沙織先輩が腕にさりげなく胸を当てながら猫撫で声で誘ってくる。まずいことになってしもうたな。


「あー……いや、」

曖昧に笑ってごまかすけど、心臓は変に早鐘を打っている。こういうのホンマ苦手やわ。

(まずいなぁ……断らなあかんけど空気悪なるよなぁ……)


その時、肩をポンと叩かれた。

「斎藤やん!お前も来とったん?」

振り向けば、朝ノート貸してあげた男がグラス片手に立っていた。


「あっちで1年集まってるから一緒に行こや。他の学部の奴もおってめっちゃ盛り上がってんねん」

そいつが構わず腕を引っ張って行こうとすると沙織先輩が少し残念そうに眉を下げるが、すぐに笑顔を作った。

「玲司くんせっかくやし行ってきいや。また今度ゆっくり話そな」

「すみません。また、今度是非」


愛想笑いで返しながら、心の中では大きく息を吐いた。



腕を引かれて、人混みを抜ける。遠くで沙織先輩の笑い声が聞こえて、ようやくホッとする。


「おまえ、行かんで良かったん?沙織先輩キレーやのに」

ニヤリと笑って話しかけてくる。

「あぁ、そういうのちゃうやろうしな」

苦笑いしながらも、まださっきの近さを思い出すと息苦しい。


そうこうしてるうちに案内された席には、同じ 1年の連中が集まってる。

音楽の話で盛り上がったり、教授のクセのある授業のことを愚痴ったりしとる。

さっきまでの居心地の悪さと打って変わって、気楽な感じやな。


そっからしばらくは、女子たちの輪に捕まって軽く会話してた。


「玲司くん、ゲームとかするん?」

「あーするで。時間あるときは有名なやつとかやっとるで」

「私もゲーム好きやねん。今度うちで一緒にやろーよ」

「ええな。俺、大人数でやるやつとかやってみたいねんな」


すべて笑顔で当たり障りのない言葉を返す。

向こうは楽しそうに話しているけど、俺はそんなことよりも大事な目的がある。


ちらりと周りをみると男の先輩たちが奥の方で談笑してる。体つきの良い男が二人、隣同士でジョッキを掲げて笑ってる。

(あの辺やな。にしても、流石サッカーしとるだけあって胸周りも肉付きええしいい体してはるわ)


俺はさりげなく席を離れてその先輩たちの近くに移動した。


「おっ、1年か?」

声をかけてきたのは長身で日焼けした肌の先輩やった。無造作に髪をかき上げ、白い歯を見せて笑っている。


「そうです。文学部の斎藤です」

軽く頭を下げ、柔らかい笑みを浮かべとく。


「おー、ええやん。ここ入るん?」

もう一人の先輩――切れ長の目をしたクール系の男がジョッキを口に運びながら尋ねてきた。


「まだ迷ってますけど、雰囲気ええなぁと思ってます」

とりあえずそう答えつつ、目線を下にやる。胸板の厚み、腕の張り、服越しでも分かる筋肉のライン。


(やっぱええ体しとるな。ちゃんと身体鍛えてる奴は違うわ)


「迷ってるんかい。まあでも入ったら楽しいで。合宿とかもあるし……」

二人の話を聞きながら自分のジョッキを軽く合わせる。

「せっかくなんで、もっと色々教えてくださいよ。サッカー部のこととか、大学のこととか」


にこやかに笑い、自然に相手に近づいた。

(まずは距離を詰める。飲みの場やし、スキンシップも入れられる。タイミングさえ間違わんかったら……今回はいけそうやな)


「おー、ええやん。飲みながら話したろか」

「 1年のくせに慣れてんな、好きやでそういうの」

長身の先輩が笑い、クールな先輩もグラスを掲げる。距離感が一気に近づいた。


(よし、ええ感じやな……)


と、その時――


「玲司く〜ん!どこおるんか思たらこんなとこにおったんや!」

明るい声が飛び込んできた。振り向くと、沙織先輩がジョッキを片手にこちらへ歩いてくる。顔はほんのり赤く、目は妙に楽しそうに輝いている。


「もう〜、玲司くんばっか構われてずるいやん、私とも飲もうや!」

沙織先輩が肩に腕を回し、ぐいっと体を寄せてきた。二人の先輩が一瞬、目を見合わせる。


「おぉ、めっちゃ好かれとるやん」

長身の先輩が笑いながら軽く身を引く。

「せやな。じゃあ俺ら、邪魔なるしここらでお暇させてもらうわ。また話そな」

クールな先輩もジョッキを空けて立ち上がる。


(ちょ……最悪のタイミングやん……)


「玲司くん、もうちょい飲もうや。二人で飲み直そ?」

沙織先輩が耳元で囁く。玲司は笑顔を崩さず、そっと肩を外した。


「あー、もう終電近いですし、俺も今日はこのへんで失礼しますわ」

「え〜!もう帰るん?」

「すみません、またゆっくりお願いします」


そう言って軽く会釈し、その場を抜け出した。店内の喧騒が背中に遠ざかっていく。


外に出ると夜風がひんやりとしていて、火照った頬を冷ましてくれる。

(あー、せっかくのチャンスやったのに……)



―――



家について部屋のドアを閉めるなり、ため息が漏れた。

「……はぁ、なんやねん」


ベッドに鞄を放り投げ、スマホを取り出す。


せっかくええ雰囲気やったのに……。

いつも横に達彦おるから抜くにも抜かれへんし。あーー、なんであのタイミングで来るん?ホンマに邪魔せんといてくれよ。


そんなことを思いながらため息交じりにスマホを操作する。

ホーム画面に並ぶアイコンの中から、迷わずマッチングアプリをタップ。

リョウに連絡してもいいけど、最近はリョウの気分じゃないねんな。

アプリの画面が切り替わると、無数のプロフィール写真が並んでいる。


「……さてと」


俺は起き上がって、親指を動かし、顔立ちや雰囲気を確かめながらスワイプを繰り返す。

筋肉質な体を写した写真、スーツ姿で決めた男、カフェで撮った自然体の笑顔。

それぞれに短い自己紹介が添えられていた。


(んー……チャラそうなんはちゃうねんな。できれば真面目で初心そうな……)


数人をスルーしたあと、ふと目に留まった写真があった。

黒いシャツにジーンズ姿で、体つきがしっかりしている。爽やかさと男らしさがちょうどいい。

所謂、好みの身体やった。


(お、これは……ありやな)


タップしてプロフィールを開く。

「22歳/スポーツ好き/気軽にご飯から」

短い文章ながら、軽さと堅さのバランスが玲司には心地よかった。


「よし、いいねしとくか」


指が画面を滑り、「いいね!」が送信される。

胸の奥に期待と高揚がじわりと広がった。



それからひと通り見て、画面を閉じようとしたその時、スマホが小さく震えた。

通知を見ると、さっきいいねした相手から「いいね返し」が届いていた。


(……早っ)


マッチング成立の文字が表示されると同時に、メッセージのやり取りが可能になる。

迷わず一文を打ち込んだ。


「はじめまして。プロフィール見て、雰囲気いいなと思って」


しばらくして返事が来る。


「ありがとうございます!写真の感じ、落ち着いてて気になりました」


軽く笑みがこぼれる。

(やっぱ当たりやな……)


そのままテンポよく会話を続ける。

好きな食べ物、趣味、仕事終わりに行く飲み屋の話。

相手は歳の割に大人びた雰囲気を漂わせていた。


「よかったら今度飲みに行きませんか?あんまり堅いのより、気楽に飲めるところで」


スマホを握る手に力が入る。

(……きたな)


「いいですね。ちょうど明日の夜空いてます」


送信すると、すぐに既読がつき、返事が返ってきた。


「じゃあ決まりですね。21時に場所は駅前の居酒屋とかどうですか?」


「了解です。楽しみにしてます」と打ち、スマホをベッドに投げ出す。

天井を見上げると、胸の奥からじわじわと高揚がこみ上げてきた。


(……やったぁ。ひっさびさや!)


そして、俺は高揚した気持ちを抑えながら静かに眠りに落ちた。


お読みいただき、誠にありがとうございます。

高校生幼馴染BLも執筆しておりますので、あわせてお目通しいただけますと大変光栄に存じます。

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