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始業式

四月四日。始業式当日。


制服のブレザーに袖を通して、鏡の前でネクタイをいじる。

「……やっぱ締めにくいなぁ」

何度やっても形が歪む。


「どうしたん、達彦くん。苦戦してはるん?」

背後から声がして、思わず振り向いたら、玲司がドアのところに立っとった。

いつの間に起きて着替えたんか、ラフなシャツにジーンズ姿で、寝癖ひとつなく整ってる。


「うわっ、勝手に入ってくんなや!」

「ノックしたで? 聞こえへんかっただけやろ」

「……。」


玲司はにやっと笑い、俺の前に歩み寄ってきた。

「貸してみ」

「は? いや、自分でできるし」

「どう見てもできてへんやん」


そう言うやいなや、俺の胸元に手を伸ばしてネクタイを直し始める。

慣れた手つきで布を通して、結び目を整えて――数秒で、きれいな形ができあがった。


「はい、完成」

「……っ」

鏡を見ると、さっきまで歪んどった結び目が、見事に整っとる。


「なっ……誰かのやってたん?」

「弟にな。こうやって直してやってたん思い出したわ」

「……ふーん」


なんか胸の奥が、ちょっとムズムズする。



「達彦!遅れるで!」

母ちゃんの声が下から響いた。

「あ、やばっ!」

慌ててリュックをつかむ俺の背中に、玲司が軽い調子で声をかける。


「行ってらっしゃい。」


その声に振り返る暇もなく、玄関を飛び出した。

春の風が吹き抜ける。



―――



校門をくぐると、見慣れた制服の群れ。

「おーっ、達彦!」

声をかけてきたのは中学からの友達、康平やった。

「お前また遅刻ギリギリやろ?顔に出とるで」

「うっさいわ。今日はちゃんと間に合っとるやろ」


わいわい言いながら体育館に入っていく。

高三の始業式――最後の一年のスタートや。


なっがい式が終わって、新しいクラスが発表された。

「うわっ、お前また一緒やん!」

康平が喜んどる。俺もほっと胸をなで下ろした。



新しいクラスでの最初のホームルームが終わると、さっきまでぐーすか寝とった康平が勢いよくこっちに走ってきた。

「なぁ、今日カラオケ行かん? 新しい学年の景気づけや!」


「え〜またか。それお前毎年言うとるやん」

「ええやんけ! 最後やで?」


結局、他の奴も呼んで駅前のカラオケに直行することになった。

狭い部屋にぎゅうぎゅうで入り、順番にリモコンを奪い合いながら曲を入れていく。


「そういや達彦、この前おばちゃんが“春から下宿生が来るんよ〜”とか言うてたけどどうなったん?」


「……っ!」

思わずコップを傾けそうになった。


「は? なんでお前が先に知っとんねん!」

「いや俺もびっくりや。下宿って……どんな人?」


そこに正樹が口を挟む。

「うわ〜それって美人のお姉さんやろ?!羨まし〜。エロ漫画やん!」

「いや、ちゃうわ。……大学生の男」

「え〜まじか!男なん!?達彦残念やったな!」

「ほんまにな。どうせならおっぱいでっかいキレーなお姉さんが良かったわ!」


康平はニヤッとして俺の肩を叩いた。

「ほぉ〜。でも、お姉さんやったらやばかったんちゃう?……お前の部屋、バレたらヤバいもんだらけやからなぁ。」

「もうそのイベント終わったわ!」

「おまえ早すぎやろ!!」

康平が横で爆笑してると、俺が入れた曲が流れてきた。


「お前またそれかい!」

「ええやろ別に!」

「おー、ナルトのやつやん!ハマってんなぁ」


康平たちのツッコミと笑い声が響く中、俺もマイクを握って叫ぶように歌った。

あほみたいに盛り上がって、気づいたら三時間経っとった。


帰り道。

「明日から受験勉強やぞ、達彦!」

「お前らにだけは言われたないわ!」


わちゃわちゃ言い合いながら駅で別れると、なんやか急に胸の奥が静かになった。



―――



昼下がり、駅前のカフェ。

窓際の席に腰を下ろして、玲司はメニューをめくっていた。


「お、いたいた」

軽い調子の声と共に、明るい茶髪にカジュアルなジャケット姿の男が入ってきた。


「リョウ。おつかれ」

「おつー。……なんや、全然変わらんやん。髪ぐらい染めとると思っとったのに」

「そんなすぐすぐ浮かれへんわ。お前ちゃうねんから」

「何言うとんねん。似たもん同士やろ」

「……。」

「そうや、引っ越したって聞いたからさ。祝いっちゅーほどでもないけど」

そう言って、紙袋を差し出す。中には、ちょっと洒落たマグカップとコーヒー豆。


「うわ、マジや。リョウが選んだとは思われへん趣味の良さやな」

「まぁな。彼女に言うたらちゃんとしたもん選んでくれたわ。」

「やっぱお前ちゃうんかい。相変わらずやなぁ」


二人して笑い合う。


店員が来て、それぞれドリンクを頼むと、自然に会話が流れ出した。


「で、どうや? 下宿……やっけ?」

「んー、まぁ……悪くはないで。ご飯は美味しいし、家賃安いし」

「ふーん。でも慣れんやろ? 家族以外と住むんは」

「そらな。……でも、前よりええわ」


ストローを指でくるくる回しながら、玲司は思わず笑った。

「下宿先の家族、ええ人ばっかやし。」

「お前はどこ行っても上手いことやれるやろ」

「上手くやれとったら下宿なんかしとらんわ。……でもまぁ、隣の奴は仲良うできそうやわ」

「隣?」

「うん。……同じ家に住んでる、高校生」


その一言に、リョウがにやっと笑う。

「へー。それ女?」

「一個下の男。」

「うわー。レイお前、手出したあかんで」

「アホか。お前とちゃうねん。高校生には手出さへんわ」


冗談を飛ばし合って、テーブルに笑い声が広がった。


「ま、ええやん。前より楽しそうで。」

「せやな。……なんとかやれそうやわ」


二人はアイスコーヒーを一口ずつ飲んだ。




カラン、とドアベルを鳴らして、喫茶店を出た。

外の空気は少し肌寒かった。


「ごちそうさん」

「いや、俺が呼んだんやしな。引っ越し祝いいうことで」

「祝いがコーヒーて。」

「そんなもんやろ?」


ふっと笑い合って、歩き出す。


少し沈黙が続いたあと、意味ありげに肩を当ててきた。

「で、今日はどうする? ヤッて帰る?」


玲司は鼻で笑って、手をポケットに突っ込む。

「いや、今日はいいわ」

「お、珍しい」

「なにが」

「お前が断るん。大体いつも食い気味でついてくるやん」

「そんなことないわ。流石に昨日に今日で帰るん遅かったらマズイやろ」

「まぁ、そうか。今日は帰ったほうがええやろな」



信号が青に変わって、横断歩道を渡るとき、リョウがぼそっと言った。

「にしても、お前ってちゃんと“断る”んやな」

「俺をなんやと思ってんねん」

「なんでも()()()タイプ。」

「アホ言え」


そんなことを言って駅の方にダラダラと歩いてると、前方でわいわい騒ぐ声が耳に入った。


「明日から受験勉強やぞ、達彦!」

「お前らにだけは言われたないわ!」


制服姿の男子数人が肩をぶつけ合いながら笑っている。

その光景を見て、リョウはふっと笑ってた。


「高校生やん。懐かし」

「……あ」


横で小さく声を漏らした玲司に、リョウは首をかしげる。

「ん? どうしたん?」


ちょうどそのタイミングで、高校生たちの集団が駅前で散っていき、その中のひとりがこちらに歩いてくる。


――達彦やった。


リュックを肩に掛け直しながら、こっちに気づいて目を見開く。


「……達彦くん。今から帰るん?」


動揺を隠すように声をかける玲司。

達彦は一瞬驚いた顔をしたけど、すぐに「……あぁ」と返した。


横にいたリョウがちらっと玲司を見た。

「知り合い?」

「あぁ、さっき言ってた高校生や。」


玲司は軽く答えて、リョウの背中を叩いた。

「ほな、また連絡するわ。気ぃつけて帰れよ」

「おう。じゃあな」


リョウは手をひらひら振って駅の改札に消えていく。


残されたのは玲司と達彦。

風がまだ少し冷たくて、なんとなく気まずい沈黙が流れた。


玲司はポケットに手を突っ込んだまま、ちらっと横目で達彦を見る。

「……一緒に帰る?」


達彦は小さくうなずき、並んで歩き出した。




歩き出しても、言葉はなかなか落ちてこんかった。

駅前のざわざわした喧噪だけがやけに耳に残る。


やがて達彦が、不意に口を開いた。

「……さっきの人、誰?」


玲司は足を止めず、ふっと笑った。

「ん? 高校のとき()()()()()()()先輩や。引っ越し祝いしてもろててん」


「ふーん……」

達彦は短く返す。声にトゲはないけど、どこか納得してへんような響きやった。


「何?そんな気になるん?」

わざと茶化すように横からのぞきこむと、達彦は「べ、別に!」と声を荒げて、前を向いて歩くスピードを上げた。


玲司は思わず吹き出した。

「ほんまに素直やないなぁ達彦くんは」

「……うっさい」


横並びに歩く二人の影が、夕日に照らされて長く伸びていた。




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