瘴気の管理庫、解析チーム
私はシャルルの後を追う。道中、シャルルのエピソードトークテロが再開してしまったのは言うまでもない。彼の語りに辟易しつつ、現在は倉庫棟内部の管理庫への道のりを歩んでいた。
倉庫棟内部に足を踏み入れた時、背筋を冷たいものが這い上がるような感覚に襲われた。
パワーストーンを持っているので瘴気の影響は受けないものの、本能的に危険な気配を察知したのだと思う。
つい歩みを止めてしまった私を、シャルルは振り返って不思議そうに見てくる。そんな彼の顔を見て「こんな所で怯えてどうする」と自分を叱咤し、平静を装って広い廊下を歩み出した。
しばらく進むと、ひときわ大きな扉の前でシャルルが足を止めた。
扉には厳重なロックと複数の結界がかかっており、それを突き抜けるほどの重圧と禍々しさが漂っている。
「ファニー君、ここが魔導アーティファクトを管理している倉庫だよ。中には解析チームの面々が居るから、君のことを紹介しよう。では、入るよ」
シャルルは上着のポケットから金色の鍵を取り出し、鍵穴に差し込んだ。
ガチャン——
「!?」
鍵が回った瞬間、扉の隙間という隙間から緑色の空気が噴き出した。明らかに異常で、冷たく、恐ろしく、肌の下を氷が走るような気配。
これが本物の瘴気だと、私は一瞬で理解した。
シャルルは笑顔で振り返り、重たい扉を開く。
「さあ、急いで! 扉を開けていられるのはほんの一瞬だ。さあ、早く!」
「え、ち、ちょっと! 待ちなさいよ!」
空間が歪むほどの緑の瘴気に包まれた部屋の内部に飛び込む彼を、私は急いで追いかけた。
*****
ギィィ……バタン
扉が閉まる。施錠の音がして、噴出していた瘴気の流れはピタリと止まった。
意外にも、部屋の内部では空間は緑色に染まっていなかった。シャルルが言うには、視覚的な異常があると作業に支障が出るため、視界を正常にする結界を技術者の一人が張ったらしい。
室内は広く、四隅に禍々しいオーラを放つ魔道具が置いてあった。その周囲には、白衣を着た人間たちがたったの四人だけ。
魔導アーティファクト解析のために集められたこのチームは魔法研究チームの中でもかなりの実力者だけで構成されていると聞いていたが、話通りの少数精鋭っぷりだった。
シャルルはパンっと手を叩き、職員たちに呼びかけた。
「皆、このチームに新しい仲間が来たよ。ちゃんと紹介したいから、一度作業を切り上げて中心のテーブルに集まってくれるかな?」
よく通る声。職員たちは手に持っていた道具を置き、こちらへと集まってきた。
二十代半ば程度の男女が一人ずつと、20歳の私と同じ程度の年齢に見える男性が一人、そしてまだ十代の若者程度に見える容姿の少年が一人。四名の職員たちだ。
彼らは私にとって先輩にあたる人物だ。礼を欠くわけにはいかない。
職員全員が揃ったことを確認すると、シャルルは機嫌良く私の紹介を始めた。
「それでは皆、こちらが我がチームで志を共にすることになった新たな仲間、ファニー君だ。この子は魔法技術の他に、歴史や地理学にも詳しいらしい。よって、遺跡から出土したアーティファクトの解析にはぴったりな人材というわけだ」
「本日よりお世話になります、ファニーと申します。よろしくお願いいたしますわ」
頭を下げる。頭を上げると、職員たちは微妙な表情で顔を見合わせていた。
ひとり、まだ年若い少年の職員が不機嫌そうに舌打ちした。
……歓迎されてないみたいね。
少し気まずい沈黙。数秒経って、職員たちは慌てて言葉を重ねだす。
「えーっと、ファニー様……いや、ちゃん? いいえ、さんが良いわ。ファニーさん、よろしくね。困ったことがあったら言って」
「うんうん。何か分かんないことがあったら、僕たちにすぐ聞いて。その辺に生えてる雑草よりは絶対役に立つはずなんで。だから僕のことは部屋の隅のホコリだとでも思っておいてください! 絶対に虐めないで!」
「もう、そんなに懇願したら逆効果でしょう。さてファニーさん、こちらに大ぶりのダイヤモンドがあるので、お近づきの印にどうぞ。あなたとは友好な関係を築きたいと我々も……」
「ちょっと!? それ、ダイヤじゃなくて私が作った魔晶石じゃない! 勝手に渡さないでくれる?」
「しっ! これを渡して落ち着いてくれるなら安いもんでしょ! 貴族なんて宝石の価値とか分かんないだろうし、絶対バレないって!」
「あなた達二人の会話、全部ファニー様に聞こえてるんじゃないですかね! あっ、ファニーさん! さんですね! もう公爵家の方じゃないですもんね! あっいや、別に煽っているわけではなくて……ああもう! 本当にすみません!」
困惑、怯え、あまりにも下手な警戒。……まあ、職員たちにとって罪人の私が来ればこうなって当然か。
そうあわあわと焦ってめちゃくちゃな会話をする職員たちの前に、舌打ちをしていた少年が出てくる。彼は未だに不機嫌に眉を寄せ、渇いた声で話しだす。
「あんた、今朝の朝刊に載っていた『グラティエール公爵家』を追放された令嬢だよな? 血の繋がった妹に手酷い加害を繰り返してたって奴。……俺は、肉親に手を出す人間が世界で一番嫌いなんだ。そんな奴とは働かない」
「! レオ君、それは——」
「良いわ、自分で言える」
反論を述べようとしたシャルルを制し、私は一切の後ろめたさを感じさせない微笑みを浮かべて、レオと呼ばれた少年に向き直る。そして、他の職員たちにも届くように口を開いた。
「私は、妹に対してそのような行為はしていないと、神に誓って断言できる。証拠も証言も全てがでっち上げで、あの断罪劇は私を王太子の婚約者から引きずり下ろすための策略だった。……勿論、私が口先でそう言ったところで、貴方達は信じないと思う。だから、解析で必ず結果を出す。それを見て、私の無実を信じてほしい」
自信を持って、冷静に。私は罪など犯していない。
「これから、よろしくお願いします」
私はただただ、深々と頭を下げた。
再び顔をあげた時、職員たちの顔は手放しで好意的だとは言えないものの、先ほどよりは私の罪に懐疑的な顔をしているように見えた。最も、ほんの少しの違いだが。
シャルルはご機嫌に笑った後、職員たちに一時的に持ち場から離れ、休憩するようにと伝えた。私に魔導アーティファクト群を間近で見せ、具体的な説明をするためだと理由を添えて。
職員たちは思い思いに、机の周りで休憩し始めた。ちらちらとこちらに視線を向ける者もいたが、私は毅然とした態度で微笑んで見せた。
私はシャルルに連れられて、四隅のひとつへと歩んでいく。職員たちの居る場所から随分遠くなってから、シャルルは小さな声で話しだした。
「すまないね。皆悪い子たちでは無いんだけど、人の悪意や罪に敏感な所があって。……君の毅然とした態度は格好良かったよ。ファニー君のそういった姿勢を見続けていれば、彼らも冤罪だと分かってくれるだろう。僕も全力でサポートするよ」
彼の優しい微笑みに温かさを感じつつ、ふと、一つの疑問が浮かび上がってくる。
「あなたは、罪人である私のことが嫌じゃないの?」
正直、職員たちの反応の方が当然のように思う。
そんな私の質問に、シャルルは力強く微笑んだ。
「罪人も何も、君は冤罪なんだろう? エドワールがそう言ったんだ。主君のそんな言葉を、疑う従者がどこにいる。僕は、エドワールが信じた君を信じるよ」
「……ありがとう。貴方は、エドワールへの忠誠心が強いのね。その心に感謝するわ」
私の言葉に、シャルルは苦笑いを浮かべる。
「どうだろうね。僕はただエドワールの傍に居ると楽しいことが起こるから、愚直に彼のことを信じているだけだよ」
「楽しいことが起こる?」
「うん。彼は、僕をつまらない牢獄から連れ出してくれた恩人なんだ。……おっと、アーティファクトの元に着いてしまったね。この話はこれで終わりだ」
昔話をし過ぎてしまうのは僕の悪い癖だ、と笑って、シャルルは気になる所で話を切り上げてしまった。話が長いと不満に思っていたのに、いざ気になるところで終わると続きが気になってしまう。
それでも私はシャルルに促されるまま、足元に置かれた魔導アーティファクトの前に座った。