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商会にようこそ

 エドワール商会は、ここ数年で台頭してきた新興商会である。商会長は名前の通りエドワールで、彼は一介の行商人から商会を発起し、権力者へと成り上った人間だ。


 エドワール商会で扱う事業は多岐にわたるが、中枢を担うのは都市間や村々を繋ぐ貿易仲介だ。名の知れた組織なので、無名の行商人に任せるよりも安全だと領内外から重宝されている。

 他にも金貸しや融資、宿や食事処などの経営、資産運用などなど……ありとあらゆる金稼ぎに手を広げているそうだ。


 今やその財力は庶民の域を優に超え、下手な貴族より経済市場への干渉は大きなものになっている。あくまでも商会は国政に関わる気がないためエドワールは爵位を金で買うことは無かったが、もしその日が来ようものなら、この国の貴族社会は大きく揺らぐことになるだろう。


 と、言われていたのが三年前の話。


 エドワールとアンナの婚約は、貴族たちから見れば、商会が貴族社会に参入することを意味していた。そんな婚約が公表されたものだから、貴族社会には大きな激震が走ったのである。

 今までどの貴族にも肩入れせず中立を保ってきた商会のボスが、グラティエール公爵家の一員になるのだ。確かに、商会の本拠地はグラティエール公爵領の中にある。だが、それを素直に受け入れられるほど、貴族たちにとっては単純な話では無かった。


 エドワールは国政に参加する気がないことを、厚意にしている貴族一人ひとりに丁寧に説明しなければならなかった。公爵家から譲り受ける牧場や工場はいくつかあるが、それはあくまで商会の事業の一部であり、エドワール個人が貴族として土地を所有するわけではないと誤解を解いて回ったのである。


 そんな努力を続けて三年、ようやく貴族たちからの疑念は払拭され、アンナとの婚約を認めさせることができた。エドワールの仕事の繁忙期も落ち着き、いよいよ結婚へ踏み出そうとした矢先……。



 二日前のパーティー会場で、彼は婚約破棄されてしまったのである。



*****



「エドワールは数年かけて、やっとアンナ様との婚約を世間に認めさせた。それが、たった一夜で水泡に帰すだなんて……。残酷な話だ。僕は尊敬する我が主君の無念に、胸が張り裂けそうな想いだよ。この苦しみ、ファニー君は分かってくれるかい?」

「は、はは……。その、そろそろ仕事の内容について教えてくださらないかしら?」


 翌日。私はエドワールに叩き起こされ、朝の身仕度を指導されたのち商会本部に足を運んでいた。道中で各部署の説明を受け、案内されたのは幹部クラスの職員が書類仕事をする事務所だった。

 その部屋の一角、パーテーションで区切られた来客用のスペースに通されると、待っていましたと言わんばかりに一人の男が座っていた。

 エドワールは「あとは、その男から話を聞け」とだけ言い残して去っていき、私はその男から仕事についての説明を受けることになったのだ。


 これが、六時間前の話。


 現在時刻、午後四時半。目の前の男は、商会の仕事ではなく商会の歴史を延々と語り続けていた。六時間ぶっ通しだ。他の職員が昼食を持ってきても、彼は食べながら話し続ける。


 彼の名はシャルル。魔法研究チームのトップらしく、これでも商会設立当初からいる幹部だという。当然、私よりずっと立場が上なのだが、流石に話が進まないのでつい口を挟んでしまった。


 室内にはエドワールを含む他の幹部もいたが、助けるでもなく同情の視線を送ってくるだけ。上司なんだから見てるだけじゃなくて助けなさいよ。


 しかし幸いなことに、私の口答えにシャルルは笑い、カップに三度目のおかわりとなる紅茶を注いでいた。


「すまないね。エドワールが面白い人材を連れて来たものだから、つい話し込んでしまった。——では、君のこれからの仕事についてだね」


 真面目な面持ちになったシャルルは、足元の鞄から厚さ五センチはある紙束を取り出した。


「エドワールから聞いたよ。君は歴史や地理学、そして魔法の才に恵まれているんだとね。そこで、君には商会が管理している未解析の古代の魔導アーティ―ファクト群の、解析作業を手伝って欲しいんだ」

「……! わ、私、アーティファクトの解析に携わっても良いの!?」


 思わず身を乗り出す私を見て、シャルルは愉快そうに笑った。


 実のところ、私は魔導アーティファクトの解析にかなり興味を持っていた。子供の頃は魔道具に施された魔法を解除して遊んでいたし、魔導アーティファクトはその何倍も複雑で難解な魔法がかけられているはずだ。もちろん、私はエドワールに対して既にかなりの借りがあるため、口が裂けても『魔導アーティファクトの解析チームに入りたい』などとは口にできる立場ではなかったが……エドワールは察していたのかもしれない。


 しかし興奮の裏で、一つの不安が脳をよぎる。


「あの、一つだけ良いかしら? 私、瘴気の影響を受けやすいのだけど、解析作業に参加しても大丈夫かしら。アーティファクトの解析なんて、生み出し続ける瘴気を至近距離でずっと浴びることになるでしょう?」

「ああ、それなら大丈夫。ほら、これを持ってごらん」


 シャルルは淡い桃色の、小さな石を差し出してくる。それを手にすると、なんだか心が晴れるような、清々しい気持ちになった。


「これは、アルデンヌ伯爵領の鉱山で採れるパワーストーンの一種なんだ。瘴気を打ち消せる聖なる力を発する特殊な鉱石で、研究チームのメンバーには僕個人から支給している。屋敷内で瘴気の影響を受けることも無くなるはずさ」

「なるほどね、良いものをありがとう。そんな鉱石があるなんて知らなかったわ」

「ああ。獲れる量がごく僅かで、大変希少なものだからね。伯爵家も秘匿している重要資源なんだ。手に入れるのが難しい代物だから、くれぐれも失くさないように」

「え、ええ。分かったわ」


 なぜ伯爵家秘蔵の鉱石を知っていて、その上何個も所持しているのか——そんな野暮な質問は飲み込んで、私は制服のポケットに石をしまった。


 一連の動作を見届けてから、シャルルは立ち上がる。


「では、早速倉庫棟に行こう。言葉で説明するよりも、実物のアーティファクトと解析作業を見た方が早い。それで良いかな?」

「ええ。わかったわ」


 私が頷けば、シャルルは事務所の外へと歩み出す。

 空間を隔てていたパーテーションを抜けると、ひときわ大きな机で作業をしていたエドワールと目が合った。彼は少し申し訳なさそうに目を逸らしたので、私はにっこりと微笑んで部屋を出た。

 魔導アーティファクト解析班に私を引き渡してくれたことと、六時間に渡る芝居がかったエピソードトーク劇場に放置されたことは、全くの別問題なのである。

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