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パンプスとガチャン

「ただいま〜」

夕方の少し湿った風と一緒に、夏美は家に帰ってきた。


ふと玄関で足を止める。

(ん……?)


いつもの靴箱の前、見慣れないベージュのエナメルパンプスが一足。

ヒール高め。華やか。つま先キラリ。


(誰か来てる? こんなオシャレな靴、母さんじゃないよね……)


その瞬間——


ガチャン!!!


奥から、なにかが派手に割れる音。

(えっ! なになに!?)


(コナンくん案件じゃん……いや、昼ドラか……?)


――そして、夏美の脳内妄想スイッチがオンになる。



「いいかげんにして!奥さんと別れてって何度言ったらわかるのよ!!」


玄関のパンプスの持ち主。長い髪をなびかせ、鋭い目をした“愛人風美女”が叫んでいる。


「わ、わたし、妊娠してるのよ!!」


「ええっ!?」

「えつっ!?」

「どういうことよあなたぁあああっ!」


茶碗が宙を舞い、飛び交うセリフと共にガチャン。


「ま、待ってくれ!冷静に話そう!」と父は半泣き、

「冷静じゃいられるか!」と母は怒髪天、

「今さら何言ってんのよ!ずっと待ってたのにっ!」と愛人風美女。


まるで火曜午後1時のテレビドラマ。

(なにこの展開……!でも私、目撃者……いや、これは巻き込まれてる!?)



……と、リビングのドアをそっと開けた夏美。

そこにいたのは——


父と母、そして近所の主婦・冴子さん。

ちゃぶ台の上には、お茶菓子と台本。

床には、母の手が滑って割った湯のみ茶碗。


「あ、夏美、おかえり。今ね、冴子さんが町内劇団で出る舞台の練習しててね」


「台詞、覚えにくくってね〜、ちょっと熱が入りすぎちゃった!あはは〜」


「……」


夏美は何も言わず、静かにリビングを後にした。

(いや、台詞って……ガチすぎるわ……)


その夜、夏美はバイト帰りにカフェでメモを開いた。

“妄想ネタ No.47『父の愛人と投げられた茶碗』——現実は劇団ごっこ”


——妄想はいつも突然に。

でもちょっと、楽しいからやめられない。


見慣れないパンプスと一つの音から始まる、夏美の妄想劇場。現実は地味でも、想像の中ではいつだってドラマの主役。

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