石ころのトトの大冒険
今日はバイトの日。
雲ひとつない青空に、夏美はうれしくなって、歩いてコンビニへ向かうことにした。
お気に入りのスニーカーを履いて、てくてく歩く。
ふとした瞬間、風が頬をなでて、草のにおいがした。
(いい天気だなあ)
そう思いながら、ぼんやり歩いていたら——
「いたっ!」
小さな石に、つま先をひっかけた。
転ぶほどじゃなかったけれど、思わず足を止めた。
しゃがみこんで見ると、ただの石。
小さくて、色もかたちもぱっとしない。
でも、なんとなく気になった。
夏美はその石をじっと見つめた。
(…この石、どこから来たんだろう?)
そして、頭の中にふわりと、妄想の風が吹いた。
⸻
それは、石ころの「トト」の物語。
トトは、ずっとずっと前、大きな岩の一部だった。
山のてっぺんにいて、雲の影を見送る日々。
でもある日、雷が落ちて、岩はバラバラになった。
トトは、そのとき生まれた。
雨に流されて、ころころ転がり、川に落ち、
魚の背中にぶつかって「ごめんね!」って言いながら(言った気がして)、とうとう町のほうへたどりついた。
道ばたで車にひかれそうになったり、
犬にくわえられて公園に置かれたり。
どこに行っても、誰かと出会って、また離れていく。
それが、トトの旅だった。
ある日、ぽつんと道ばたにいたトトは、ちょっぴりさみしかった。
(もう誰にも見つけてもらえないのかな…)
そんなとき。
ひとりの女の子が、トトにつまずいた。
「いたっ」
しゃがみこんで、石をじっと見つめたその女の子は——
夏美だった。
妄想の中のトトが、夏美に語りかける。
(ありがとう。ぼくの旅に、気づいてくれて)
夏美は、石を拾って、しばらく迷ったあと、
道のはし、ちいさな草のそばにそっと置いた。
「ここから、また旅に出られるかもね」
風がそよいで、草がゆれた。
なんだか、トトが「うん」ってうなずいたような気がした。
コンビニの看板が見えてきた。
時計を見ると、バイトの時間まであと少し。
「急がなきゃ」
走り出す足どりが、ほんの少し軽くなっていた。
石ころのトトの冒険は、たぶんこれからも続く。
だけど今日の出会いは、ちょっぴり特別だったかもしれない。
何気なく転がる石にも、遠い場所からの時間と旅がある。
誰にも気づかれずにそこにいて、
ある日ふと、誰かの目にとまる。
そんな出会いが、静かに世界をつないでいく。
小さな石の物語は、今日もどこかで続いている。