風に舞う、レジ袋の恋
バイト中の午後。
レジ前に立つ夏美は、ぼんやりとした頭で、おにぎりとサラダの会計を済ませていた。
「ありがとうございました〜」
何気なく手に取ったレジ袋が、ふわりとはらり。
その瞬間だった。
エアコンの風が、ちょうどタイミングを合わせたかのように、袋をさらっていく。
袋は軽く空中を舞い、棚と棚の間をすり抜けると、そのまま——自動ドアへ。
ピロリロリ〜♪
風圧に押され、袋はまるで意志をもっているかのように外へと旅立っていった。
「ま、待ってぇぇぇ!」
手を伸ばす夏美。でも、遅かった。
袋はもう——自由だった。
**
そのとき、耳元で風がささやいた。
「僕は、僕を必要としている人のもとへ行くのさ」
え?誰!? いやいや、袋!?しゃべった!?
「ちょっと、私、あなた必要だったのよ!」
「でも君は、他の袋でもよかったんだろう?
この棚の下にも、あっちのカゴにも、僕の“代わり”はいるじゃないか」
「違うよ!あなたじゃなきゃダメだったの!
ちょうどいいサイズで、口が広くて、やわらかくて…なんていうか、“やさしい袋”だったのに…!」
「ありがとう。でも、風が、行けって言うんだ」
袋はそう言い残し(たような気がして)、空へと舞い上がった。
**
それから数時間後。
袋は、コンビニ近くの小さな公園のベンチに降り立った。
そこには、一人の少女。ランドセルを抱えて、ぽつんと座っていた。
レジ袋(心の声):「ああ、ここか。僕の行き先は」
少女は小さく震えていた。目元は赤く、泣いたあとが残っている。
そこへ、ふわりと袋が舞い降りた。少女の足元に、やさしく触れる。
「…わぁ、なにこれ。空から飛んできたの?」
彼女は袋を拾い上げると、そっと頬に当てた。
まるで、誰かに慰められているように。
「どんぐり、入れるのにちょうどいいね。おばあちゃんに見せに行くんだ」
そう言って、少女は笑った。
泣いた後の、世界一やさしい笑顔だった。
袋は、その笑顔を見て、少し誇らしげに風に揺れた(ように見えた)。
**
その日の帰り道。
バイトを終えた夏美は、なんとなくその公園の前を通った。
目に入ったのは、袋を大事そうに抱えて歩く女の子の姿。
(あれ…)
見覚えのあるレジ袋。ちょっと端が破れかけていて、やわらかい手触りのやつ。
(まさか……あの子のところに行ったの?)
夏美は歩みを止め、じっとその後ろ姿を見つめた。
彼女の表情は明るく、袋の中にはたくさんのどんぐりと、秋の葉っぱ。
それを大切そうに両手で持っていた。
「…よかったね」
思わずつぶやいた言葉に、誰も答えない。
でもその瞬間、ふわりと風が吹いた。
まるで、袋が「ありがとう」と返事したかのように。
**
家に帰ると、母が引き出しを開けて言った。
「ちょっと、レジ袋たまりすぎじゃない?」
夏美は笑いながら答える。
「うん、でも、あの子たち、いつか旅立つ日が来るのよ。風に呼ばれてね」
母は首をかしげたが、夏美の心には、今日の“再会”が静かに刻まれていた。
——レジ袋にも、人生がある。
誰かの手に届くための旅路。
必要とされるそのときまで、ただ風に揺れて。
風に流されたレジ袋がたどり着いた先に、静かな役割とぬくもりがあった。日常のなかの一瞬…