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おにやんま ~品川炎情篇~  作者: 奈良松陽二
2/3

弥助、晋作、十松、近藤・土方・沖田の三人。そして、謎の浪人千栄天元—。各々の運命が交錯して行く。

 十


 清兵衛が店にいるということは、やはり今日もお気に入りの小春大夫の元にあの代理公使様が来ているということだ。


 清兵衛は二階へ上がり、いつもの奥座敷の前に待っていたサトウと合流して部屋の前で待っている。

 すると、襖が開いて、中から着物を整えつつ小春が出て来た。


「ご苦労さん、太夫。いつもすまんな。こいつぁ、いつものだ。今回はちょいと多めにつけといたぜ」

 そう言って、清兵衛は紙に折り包んだ何か薬らしいものをすっと小春の襟下へ差し込んだ。


「へぇ。ありがとうござんす。そいじゃ、あちきはこれで」

 小春と入れ替わる様にして、サトウと清兵衛が部屋の中に入って行った。


 すると、にっこり顔の小春の顔が急に崩れて全身脱力し座敷から下がるためにふらふらと歩き出した。

「あ~・・、いやだ。いやだ」

 つい、口から愚痴がこぼれてしまった。

 小春はさっと口を塞いだ。

 誰が訊いているかわからない。

 品川一の遊郭の、さらにそこで一番の大夫が上客の愚痴を座敷から出てすぐに溢すなんてあってはならない。

 ただ、小春の我慢も限界に近い。

 正直、大声で文句が言いたいくらいだった。


(あたしゃ、太夫だよ。なんで、そこいらの女郎みたいな遊びをしなきゃならないのさ。異人の高官だって言うから、さぞ上流の遊びでもやんのかと思ったら、下品で変態なことばっかり。あ~、やになる。これだったら大黒屋の若旦那に身受けしてもらうんだったよ。ないだろうね、エゲレスと公儀にびびっちまって身ぃ退くような男だから・・・)


 と、心の中で叫ぶしかできない。

 襟元に入れられた包みを取り出しと、ふっと口に出してしまう。


「また、こいつの世話になるのかね。嫌だねえ、抜けらんなくなっちまうよ」


 二階の廊下から大階段へふらふらと歩いて行くと、階段の側の座敷から、賑やかな声が漏れて来る。


 するとその座敷の襖がガラッと開いて、沖田に抱えられた土方が出てくる。


 中から、近藤の上機嫌の声がした。

「おいっ! トシッ! 総司っ! 」

「わぁーっ!スゴーイっ!本当入っちゃうんだぁー」

「拳が口にすっぽり入る人なんて、初めてぇぇ」

「ふがふふぁふぁっふぁ! 」


 そんな上機嫌な近藤を置いて沖田に担がれつつ土方が戸を閉め出て来たので、小春大夫は急いで身なりを整え、崩れた姿勢を無理やりしゃんとさせた。


 さて、ほどほどに酔っている沖田と土方もそれなりに上機嫌である。

 いずれも服装はくずれ、顔には紅がべたべたついていた。


「土方さん、大丈夫ですか? ・・・しかし、楽しいですね」

「まぁな」


 沖田が小春に気が付いた。

「あ、すみません。厠って、どこですか? 」


 気軽に声を掛けられて、さすがに小春も驚いた。

 周囲を見回して、改めて、自分に声を掛けたのかと沖田に確認した。

「・・・へえ。あちきでありんすか? 」

 土方も驚いて、すぐに沖田に、

「こら、総司っ! 太夫だぞっ、気軽に話しかけんなっ! 金とられるぞ」

「え? そうなんですか? ・・・なんだ、土方さん、やっぱり詳しいじゃないですか」


 彼はどうにもマイペースなようで、どことなく空気を読めないらしい。

 ただ、近藤も土方も彼のそういう所がかわいいようで気に入っているのだろう。

 あまり怒らない。

「お前が知らなすぎんだよ」

 こういう一言で済ませてしまう。


 持って生まれたものなのだろう、こういう人物はそれでいいと周りの人間もつい容認してしまう。

 小春も同じく、大目に見て沖田の問いに素直に答えた。

「厠なら下りて左の突き当りでありんすよ」

「あ、かたじけない」

 お礼はすかさず土方が言った。


 ただ、この男も持って生まれた性癖があって、どうしても人妻とか誰かの女という設定にすごく弱く、放っておけない性分らしい。

 ぱっと小春と目が合わすとお得意の流し目を送る。

 すると、小春がさっと目を反らす。

 土方はその瞬間を逃さず「あれ?」という素振りで首をかしげてさらに小春の目を覗き込むように見つめる。


「では、ごゆっくり・・・」

 小春はしれっとしなを作ってゆっくりのようで足早に大階段を下りて行く。


「どうしたんです? 土方さん? 」

「・・・あの太夫どっかで・・? 」

 そう言うが、当然会ったことなどない。

 聞えよがしに言っているのだ。

「え~っ! またですかぁーっ! さっきも中の女の人にそう言ってたじゃないですかぁ。玄人には手は出さんとか言ってひどいなぁ」

 空気を読まない沖田が大きな声で言ったとしても土方は構わない。

 小春が階段を下りる様をずっと見ている。

 上から見下ろすと、なんとも小春の少し乱れたうなじが見える。

 おしろいも少し落ち、うっすらと肌が艶っぽく紅潮しているのがわかる。


(よし。まんざらでもない。落とせる)

 土方は、確信した。


 小春は階段を降りると、袖で顔を隠して、廊下の隅の暗がりに身を寄せる。


(いい男ぉぉぉーっ! もう渋くて、ホリの深いはっきりした目鼻立ちっ! ちょっとだけやさぐれ感があるのが、またいいっ! ・・・何よ、なんであんないい男に下っ端の女郎なんかがついてんのさっ! こっちは臭い異人のおっさんに嘗め回されて気持ち悪いったらありゃしないのに! )


 心の叫びが顔から出そうになって、必死に袖で顔を覆う。

 どうやら土方は小春のストライクゾーンど真ん中らしい。

 土方も、それを野生の勘で感じ取ったようで、すかさず手を緩めずに攻めにかかる。


「太夫・・・」

 小春のすぐ背後まで忍び寄り、耳元近くで優しく、且つ小さく囁くように声を掛けた。


「ひえっ! ・・・あ・・なんでありんしょ? 」

 驚く以上に土方の声を聴いて、悲鳴に近い声を出してしまった。

 小春はなんとか取り繕うようにしたが、もう限界に近い。

「以前、どこかでお会いしなかったか? 」

 土方の息を吹きかける様な耳元の囁き攻撃は続く、小春の胸はぐいぐい締め付けられるようになっていた。

「あれ、そうでありんすか? そうかもしれんすねぇ」

 と別にする必要もないのに、しなっと体をくねらせた。

 土方はさらにずいずい寄って、

「少し近くで、その顔を確かめたくなった」

「あら、いけやせんよ、お客さん。あちきはそんなお安うござんせんよ」

「すまぬな。昔の馴染みかもしれんと思うとつい見惚れてしまう」

「まぁ、誰と間違えたか知りやせんがその方にうっかり妬いちまいますよ。そんな目で見られちゃ」

「妬いたっていい。なんなら本当に俺の顔馴染みか、じっくり話を聞いてみたい。実はその顔見知り、右胸の下のところと小股の突き当りに小さなほくろがあるのだが、・・・確かめさせてもらえないか」

 そう言いつつ、土方の手は自然と小春の右胸と小股のあたりを優しく触れている。

「あら、やですよ旦那。ご冗談を」

 そう言って、攻撃を躱そうとしたところで、突然土方が「壁ドン」をして、


「俺が嫌いなのは、冗談とウソと、いい女を喜ばせねえ異人野郎だ」


 決め言葉と同時に、がっしりと小春を引き寄せた。


「ア・・・」

 これで小春が完全に落ちたと思ったのか、そのまま強引に近くの部屋に小春を抱き寄せ、いや、ほぼ抱えたまま引っ張り込んだ。


 このやり取りを陰で覗いてた沖田だが、さらにその背後に女将も見ていた。


「勉強になるなぁ・・・、すごいな、土方さん」


「太夫に手え出すたぁねぇ・・・。あれもつけとくよ。いいねっ! 」

「わあっ! ・・・は・・はい」


 いきなり背後から声を掛けられたので驚いた沖田。


 幕末において恐れられた剣の天才も、この頃はまだ若く艶っぽい光景に魅了され、素人女将に易々と背後を取らせてしまうくらい初体験の遊郭を楽しんでいた。


 しかし、ここから彼はさらなる未体験ゾーンに入ってしまう。

「しかし、色男だねえ。ありゃ、あたしでも落ちるね。あんたもいい男だね。どうだい? あたしと? 安くしとくよ」

「えっ・・・あっ、すみません。また、今度でいいですか? 」

「そんなこと言わずにさぁ、いいじゃないのっ! 」

 沖田は女将から逃げようとするが、女将の執拗な追撃に抗うことができなかった。


 さて、土方が引っ張り込んだ部屋からは佐平次が飛び出して来た。


「ちょっと、旦那ぁっ! そこは布団部屋ですぜっ! 太夫っ! だめでやんしょっ! ちょっと、そこはあっしのっ! 」


 中へ声を掛けたが返事の代わりに太夫の襦袢が飛んできて佐平次の顔にかかった。

 と同時にピシャーンと襖が閉められてしまう。


「なんだろうね。まったく」

と言いつつ、襦袢を取ってもう一度においを嗅いだ。


 二人が入り込んだのは佐平次の使っている布団部屋だった。

 菊との話の後、何か気落ちしたのか、普段なら店中をふらふらと回って小銭稼ぎをしているのに部屋に閉じこもってしまっていたところに、いきなり二人が入り込んで来たかと思うと、そのまま事を始め出したもんだから追い出される形になってしまった。


 そんなところで、二階の奥座敷、バーンズの部屋から清兵衛が出て来て、サトウに抱えられたバーンズも出て来た。

 そのまま清兵衛が付き従って階段を降りて来た。


 バーンズは上機嫌で何やら訳のわからぬ英語で譫言を言っている。

「あ、こりゃ、公使様。お帰りでっ・・・ 」


 そこにいるのは佐平次だけだから送りに出ようとしたが一瞬躊躇した。


 なぜなら、普段なら例の清兵衛の用心棒たちが出てきて、異様な殺気を出して近づかせないからだ。

 清兵衛にも気に入られて小銭を稼ぎたかった佐平次だったが、いつもそれで近づけない。

 しかし、今日はあの怖い用心棒たちがいなかった。

 バーンズの警護については、店の前で英軍水兵たちが控えていた。

 肝心の清兵衛の警護が誰もいないのだ。

 しかし、別に清兵衛は特に変わらず、落ち着いている。

 刺客が来ないと分かっているようだった。

 なんとなく清兵衛と二人っきりっていうのは心細い。


「おかみさーんっ! 公使様のお帰りだよっ! 」

と奥に声を掛けたものの、奥の部屋から、

「今はお取り込み中だよぉぉーっ! 」

という女将の声がしたすぐ後に、

「勘弁してくださぁぁーいっ! 」

 という悲鳴にも似た沖田の声も聞こえて来た。


 すると、二階の階段のそばの座敷の襖がガラッと開き、はだけて顔に紅のついた近藤が顏をのぞかせた。

「遅いな。おいっ! トシッ! 総司っ! 」

 すると、飯盛女の手がすっと伸び、近藤の体に絡みつき。

「主さ~ん♡でっかい拳、口に入れてくださいなぁ~♡」

「早くぅぅぅ~♡」

 なんともまぁ艶めかしい声がすると、岩石みたいな厳つい顔がフニャフニャに変わってしまい。

「そうか・・・今宵の虎徹は血に飢えとるぞぉぉ~! 」

「いやぁぁぁ~んっ! 」

そうして、またピシャーンッと襖が閉まった。


 佐平次は、何とも言えない空気の中で清兵衛に一人で対応することになってしまった。

「・・・すいやせん、どうも。また、ご贔屓にお願いしやすっ」

 ここは一声掛けて、さっさと帰ってもらおうとしたが、清兵衛から、

「左之字」

と声を掛けられてしまった。


「へい? なんでござんしょ? 」

「お前さん、いつまで居残りなんざやってるつもりだ? ・・・どうだ、お前さんほどの才覚なら申し分ねえ、俺んとこに来ねえか? 」

「いやいや、冗談言っちゃぁいけやせんぜ。あっしみてえなつまらねえ奴にやくざもんなんざ到底務まりやせんぜ。あっしゃあ、気が小せぇもんだから斬った張ったの世界は性に合いやせん」


 宿場での清兵衛の噂は知っている。

 下手に手下になったら命を狙われかねない。

 飛ぶ鳥落とす勢いで天下の大英帝国が後ろに控えていても、末端の人間は切り捨てられるのがオ

チだ。

 命あっての物種、危うきに近寄らず。

 佐平次は期待させることなくあっさりと断った。


「そうか・・・。ただよ、左之字。これからは世の中ひっくり返るぜ。お前さんの言う古臭ぇ斬った張ったのやくざもんの世界じゃあ無くなる。これからはやくざもんだろうが、あきんどだろうが、さむれえだろうが、時代は「ビジネス」でぇ」


「・・へぇ・・。びじね? 」


 そんなこと言われてもピンと来るはずもない。

 何を言っているのかさえチンプンカンプンだろう。


 清兵衛も言ってはみたものの、目を丸くしている佐平次を見て、へへっと笑うと、

「今はその気がなくても、そのうち必ず気が変わらぁな。近いうちにな」

 そう言って暖簾をくぐって、店を出た。


 言葉の意味が最後まで理解できないものの、とりあえず佐平次も店先まで出て清兵衛を見送った。


 清兵衛が角を曲がって姿が見えなくなるまではと思っていたが、その曲がる角の所で菊が立っていた。

 どうやら裏口から出て来たのだろう。

 清兵衛に会うと、二、三事話した後、一緒に角を曲がって行った。


「ありゃあ・・お菊じゃねえか? 」

 ただ、この時は女将の使いにでも頼まれたのか、と思ってさして気にも留めなかった。


 佐平次は店に入り、また部屋に戻ろうかと思ったが、例の二人がお取込み中だと思い出して、

「ちっ」

と舌打ちすると、気を取り直していつものように座敷を回って小銭稼ぎでもしようと慌ただしく配膳で動き回る女中に声を掛けて座敷に入って行った。





十一


 さて、弥助と十松、晋作一行は安五郎親分たちと別れて、帰路の途中だった。


「ほれ、弥助。刀を差さんかっ! 」


 十松に言われて、弥助は仕方なく抱えていた大小を腰に差すが恰好が恰好だけにどう見ても侠客か、良くて十松のお付きの中間にしか見えない。

 しかし、十松はなんとも安心したようだ。


「刀も手に入ったことだし、これで心置きなく戦えるな」

 晋作も晋作で割と上機嫌に言った。


「なるほど、それで弥助を誘うとるのか」

 十松もさすがに晋作の考えがわかった。


 弥助の腕を見込んで、清兵衛と代理公使襲撃を計画していたのだ。

「何がですか? 」

 晋作は、ここに来てまだ惚けている。

 いや、当然、惚けた所で仕方がないのはわかっている。

 いつものいたずら心で敢て惚けて見せているのだろう。


「晋作、お主、親分衆では勝てんと踏んでおろう。その手練れの三人、さほどに強いか? 」


「情報収集した志道や伊藤の話ですと、一人は清兵衛が上海から連れてきた清国人であらゆる武術に精通した達人といいます。もう一人は、按摩のようですが、居合の達人らしく、百人相手に傷一つ付けられずに全員斬ったとか」

「百人を無傷で・・・? かつ盲目で? にわかには信じられんな」

 それを聞いた弥助が、話に寄って来た。

「店にもよく出入りしてる三人だろ。確かに見たことあるが、その按摩ってのも、俺が訊いてる百人斬りの居合の按摩とは違うな」

「居合の按摩は誠にいるのか? 」

 十松が尋ねた。 


「その筋じゃ結構有名ですよ。ただ、もう大分昔で、天保の頃の話だ。今生きてりゃ、もう相当なじじいですよ。店で見た奴はおっさんだがじじいじゃない。その名人を騙った偽もんでしょうね」

「じゃあ、勝てるな」

 晋作は言ったが、弥助は素っ気ない表情で、

「わかんねえな」

と言うだけだ。


「もう一人は? 」

「これが一番厄介だ。どうやら、浪人のようだが、素性がわからん。顔もほとんどを面で隠していて、どうやらひどい火傷を負っているらしい。剣は北辰一刀流、ただ型が崩れて、我流になっている。名前は、ちさかてんげんと名乗っているようだが、弥助殿、聞いたことは? 」


「ない」

 弥助は即答したが、昨日の晩に会っている。


 ただ、嘘ではない。

 放蕩生活の中で、多くの博徒、侠客の用心棒もやって来たことは晋作も知っているからこそ、その世界で千栄天元と言う男の話は聞いたことがあるかと聞かれたので、弥助は「ない」と言った。


 昨晩、対峙した感覚からすれば、晋作の言う通り、三人の中で最も腕が立つのは肌感覚

でわかる。

「去年に東禅寺の公使館を襲った水戸浪士の残党なのか知らんが、こいつに斬られた水戸浪士が大勢いるらしい」

「水戸の浪士だけを狙ってか・・、ちさかてんげん。どのように書く? 」

 十松は何かを感じた。

 何かは分からない。

「数字の千に栄える、天地の天に元日の元で、千栄天元と。・・・ご隠居、何か覚えがあるんですか? 」


 正直、名前なんてどうでもいいはずなのに十松が気にしたので晋作も気になった。


「いや。・・・どうやら思い過ごしのようじゃ。気にするな」

 そう言うものの、十松の中ではまだ何か引っかかっている様に思える。

 晋作は、気になって十松に問い直そうと口を開きかけた瞬間、弥助が急に割って入った。


「高杉さんよ。なんか俺がやると思ってるけど、俺はやらんよ」

「はぁっ? 」

 弥助のこの一言で、それどころではなくなった。


 それもそうだろう。

 弥助がやるということを大前提にして考えた襲撃なのに、肝心の弥助がやらないとなると根底からひっくり返されてしまう。

 ただ、弥助の意志を確認せずに勝手に進めていたのだから、断られて動揺するのもどうかと思うが、晋作としてはさっきの安五郎親分に加勢をしつこく売り込んでいたから、弥助はやるもんだと勝手に確信していた。


「どういう事だっ? さっきも助太刀したそうにしてただろっ? 」

「やくざの助太刀はするさ。でも、高杉さんのはやらん」

「なんでぇっ? 」


(いや、困るっ! 今更、それを言われては困るっ! )


 晋作的には、親分衆の「カチコミ」が今からあるなら、早くて今晩にでも実行しようと思っていた。

 俊輔や聞多の情報だと親分衆の暴発は近々間違いないと言われていた。

 その時に乗じて行動を起こすと決めていたのだ。


 血相を変えた晋作の問いに、弥助は相変わらず素っ気なく返した。


「報酬が出ん。それに、俺は、国だの、尊王だの、攘夷だのということが皆目わからん。わからんことには参加せん」

「報酬・・・? いや、これは国家の、日本の危機で」

 晋作には思いもかけない回答だったが、市井に生きる者なら、どちらかと言うと弥助の言っている事の方がピンと来るのかもしれない。


 晋作たち、いや、この時代における襲撃事件、例えば、去年の東禅寺事件などもそうだが、現代なら明らかなテロ行為なのだ。


 後の幕末維新の激動混乱期においては否定的というより、どちらかというと肯定的に見られやすいが、この時代でも庶民から見れば、どう見たってテロだ。

 これを肯定的に見る主な原因は、当然、後の維新回天の原動力となったからかもしれない。

 そこに身を投じた若者たちの共通した思い、日本の国の危機を憂い、身を捨てて大義を成そうとする純粋な思いを持った志士という何かもっともらしい言葉で、彼らを英雄と持ち上げているからだろう。

 彼らは、それこそ無償で命まで捨てて、この行動に身を捧げた。


 聞こえによっては美しい物かもしてないが、落ち着いて考えると外国のテロリストが自爆テロを行うのと大して違わない。


 今、仮に彼らが生きていて、これを言われたらどう返すだろうか。

 恐らくは、いや、違う。そうじゃない。それとは全然違うと言うかもしれない。

 彼らが己の身を投じてテロ行為を行う理由は、今の段階の我々には理解できないかもしれない。

 しかし、ほんの少し前は、彼らも我々と同じく毎日をただ生きていた平和ボケした日本人だった。

 いや260年もの平和を享受していたのだから、平和ボケのレベルは恐らく我々以上だったのかもしれない。

 それが、たった数年でこうなるのだ。

 この平和な現代の日本を生きる我々も、近い将来に起こり得る危機に対して、感覚として少しくらいはこのテロリストと呼ばれても仕方がない志士という若者たちの気持ちを理解しておかねばならないかもしれない。

 しかし、この当時の市井の人々を代表するかのような感覚を持ち合わせた弥助にしてみれば、やはり晋作の思いになどに応えることなどできない。


「だから、ほれ、それ。みんな口を揃えて、二言目には必ず、やれこれは国家の、日本の危機だとそればっか言う、そう言ってはタダ働きさせようとしやがる。だから、今までもその手合いの誘いは断ってきた。やっぱり碌なことにならん。特に水戸の奴らは最悪だった」


「ぐ・・・ぬ・・・」

 晋作も言い返したいが言い返せない。

 弥助の言う事は実際間違っていない。

 こういう活動する者は当時でも大体は浪士であるし、藩に属していても下級藩士が殆どである。

 晋作のいる長州藩は別にして、皆、藩としての活動ではない。

 だから、そもそも活動資金がない。

 だから、思想だの、大義だのを前面に押し出して、無償で働くようにしているのだ。

 見た目美しいが、実際は報酬も碌に出せない厳しい財政状況をごまかす為の方便に過ぎないのも事実だった。


「それに、長州藩でやるってんじゃないんでしょ。それなら、先生もやれって言うだろうし、先生が言わんのなら、高杉さんの独断でしょ。俺はそういうことで道場や大先生とかに迷惑かけたくないんだ」

 弥助の言葉はバンバン晋作に叩きつけられる。

 いちいち御尤もとしか言いようが無いことを弥助なりの言葉で来るから猶更、晋作には堪える。


「いや、迷惑はすでにかかっとる。お前はお前で、気を使うところが間違っとるんじゃ。晋作、これはわしからの頼みじゃが、弥助は巻き込まんでくれ。こいつには別に長州藩からの正式な依頼が練兵館を通じて来とるんじゃ」


 弥助の予想外の攻勢に晋作が怯んでいるのを見て、十松も乗っかった。


「桂さんからですか? 」

「そうじゃ。勇士隊の件、お前も聞いているだろう。下手に暴発して藩の機嫌を損ねると、剣術指南役の新太郎の立場まで悪くなる。頼む、堪えてくれ」


「・・・弥助殿なしでは、清兵衛やバーンズの首は取れんのです」


 それを聞いた弥助は、ついに止めを刺しにかかった。

「一つ言わせてもらうと、やるならその「こうしかん」を燃やすぐらいにしといた方がいいんじゃねえかな。俺一人だって、その三人全員は相手出来ねえよ。さすがに荷が重すぎら。あとは、あんたに、聞多に、俊輔、玄瑞、他もろもろ、桂さんが出るならいざ知らず、俺から見ても粒ぞろい過ぎて、到底、その三人には太刀打ちできねえよ」


「全く、酷い言われ様だ」


 確かに酷い言われ様だが、晋作もそれが分かっているからこそ、弥助を必須と考えていたのだ。


「すまん。口が悪かった。うまく言えねえんだよ、バカだから」


 晋作の思いからすれば、フォローにはなっていないが、一応気を使ってもらってると思うだけで、弥助の優しさは晋作に伝わった。


「すみません、先生。色々、ご心配かけました。・・・弥助殿、悪かったな」

「おお、晋作。分ってくれたか。いや、これで、斉藤道場の顔も立つ」

 十松の顏にようやく安堵の色が見えた。


 正直、来島に説得を頼まれたが、この臍曲がりを説き伏せる自信が無かった。

 ところが、晋作の口からは、

「計画は、改めて立て直します。お忘れください」

 という言葉が出て来た。

 諦めていないのだ。


「・・・?・・・待て、晋作? 立て直す? 諦めてくれたのではないのか? 」

「すみません、先生。・・引けんのです。こればかりは、どうあっても引けんのです」

そう言うと、晋作は二人と距離を開けるように足早に歩いて行った。


 二人は、追いかけることを敢てしなかった。

 一人歩く晋作も後ろを歩く二人も暮れかかる品川宿の街道に珍しく人がいないことに気付いていなかった。




十二


 街道筋にある表向きは廻船問屋としている清兵衛の店の前には、ぞろぞろと博徒が集結している。


 当然、その中に安五郎親分やマサの姿もあった。


 そんな現場を路地裏に潜んで覗き見る一団がある。

 来島又兵衛、久坂玄瑞、志道聞多、伊藤俊輔、品川弥次郎などの長州藩の面々だ。

「来島さん、まずいですよ。高杉さんに黙って来るのは」

 なんでこんな場に出くわすことになったのか、事情があるのだろうが、聞多がその原因を作った人物に半ば文句を言うように言った。

「バカもん。あんな話聞いて黙っとれるわけないじゃろうが。晋作が暴れる前にきっちり始末をつければ済む話じゃろ」

「僕から見れば、明らかに来島さんの方が暴走しとりますよ」

 玄瑞が冷静にツッコんだ。

「話聞かん分、高杉さんより厄介ですよ」

 俊輔もこれに乗っかった。

「やかましいっ! 」

 さすが長州藩きっての烈士だ。

 一度火が付くと止められない。


 どうやら、公使館襲撃の真の目的とその事情を玄瑞たちから聞いて、居ても立ってもいられず、止めるのも聞かず直接実力行使にやって来たら、出入りと鉢合わせになったと

いうところだろう。

「しかし、これもしかしてやくざの出入りじゃないですか? 」

 今更ながら聞多が口にした。

「なんとまぁ、間が悪い」

 玄瑞も呆れたように言った。

「いや、これは好機じゃ。これに紛れて、その清兵衛をふん縛ればいい」

 どこかしら、この来島と晋作は気が合うのかもしれない。

 やろうとしてるポイントにおいては二人ともほぼ同じ事を言っている。

 計画を聞いていた俊輔や聞多、玄瑞や弥次郎なども全員、同じ事を思った。

「ふん縛った後は? 」

 そう俊輔が来島に尋ねた。

「晋作の土産にすりゃええ。後は煮るなり焼くなり好きにせぇ、て言うてな。そりゃ、感謝しよるぞ。今後は儂のいう事も聞くに違いない。暴れ馬を乗りこなすにゃ、一番うまい人参をぶら下げてやるに限る」

 それを聞いて、皆、同様に思っただろう。

 ああ、そこは高杉さんとは違うなぁ、と。


 晋作と比べて来島はもっと純粋と言うか単純というか、ひねくれていないのだ。

 複雑なものを単純にして表に出す晋作と違って、そもそも単純なものを単純に表に出しているのが来島又兵衛と言う人なのだ。

 正直、皆、嫌いではない、どちらかというと好きな人だが、何分すべてがストレートなので、こういう場面だと一番扱いが困る人間だった。


「はあ、そんなもんですかねぇ・・・」

 とにかく、そう言って聞き流しておくしかない。


 そこへ、様子を見ていた聞多が制止するように声を掛けた。

「しいっ・・動く」


 百人くらいはいるであろう一団から、親分衆を代表して、安五郎親分が前に出て来た。


「赤蝮のっ! 出て来たらどうでいっ! それとも、震え上がって声も出ねえかいっ! 」

 一同がどっと笑った。

 安五郎は続けて、

「おいっ、赤蝮のっ! なんとか言ったらどうなんでえっ! 」

 安五郎の煽りに応えるかのように締め切った店の戸が開いて、中から一人出て来た。


 相変わらず異様な気を放った面頬の浪人、千栄天元だった。


 その気に当てられてかどうかわからないが、百人いる侠客たちが少しどよめきつつ、やや退き下がった。

 しかし、先頭の安五郎親分はさすがに気押されず堂々と天元と対峙した。


「おう・・・、ようやく返事する気になったかぃ。おうっ! 三下っ! 赤蝮はどうしたいっ? もしかすると、ちびって厠にでも飛び込んだかい! 」


 一同がまたどっと笑った。

「これは、安五郎親分。こんな時間に何の御用か? 」

 天元もまた、この人数の、しかも殺気立った侠客団に一切動じることなく、安五郎に何事も無いように尋ねた。


「ご用も何も、清兵衛の首貰い受けに来たのよ! 清兵衛はどこだい! さっさと出しやがれ! 」


 安五郎の啖呵の後、一同は一気に抜刀する。


「それは剛毅な。ただ生憎、清兵衛は出払ってござる」

 全く動じることなく淡々と天元は言う。


「何ぃ~? 出払ってるだぁ~っ? なんでぇ、ごひいきの異人の所へ逃げ込んだか? 」

「いかにも。清兵衛は生来の臆病者ゆえ、さっさと公使館に逃げられました」

 これを聞いて、一同は大笑いした。


 淡々とした口調で、自分の親分の恥を堂々と言うのだから、清兵衛もたかが知れてるとこの場にいる全員が嘲り笑った。


「そうかいっそうかいっ! こりゃあ、傑作だ。手下に臆病者呼ばわりされるたぁ、清兵衛も焼きが回ったな。博徒にも侠客にもあきんどにもなれねえ半端者らしいやっ。明日から世間の笑いものだぜ」

 安五郎親分もまた半分笑いながら言ったが、天元は特に変わることなく、淡々とこう返した。

「それは心配ご無用」


「ああ? 」


 路地裏に控えてた長州藩の面々の一番後方の伊藤が背後の存在に気付き、隣の聞多の背中を叩いた。

「なんじゃ? 俊輔? 」

と振り返った瞬間、聞多も気付き驚いて声まで出た。


「どうした? 聞多? 」

それに気づいて玄瑞らも振り返った。

 驚いた玄瑞が先頭で食い入るように様子を見ていた来島に声を掛けた。

「・・! 来島さんっ! 」


「ああっ? 」


 来島が振り返ると最後列の俊輔の背後に用心棒の一人、拳法使いの清国人がいた。


 大陸独特の半月刀を抜いて、俊輔に突きつけていた。


 彼に押されるように、藩士たち一同は道に押し出されて行く。


 そして、同時に道を挟んだ向かいの路地からも、例の座頭市っぽい風貌の按摩が出て来た。

 来島以下長州藩士たちも否応なく出入りの一団に組み込まれるような形になってしまった。

 というか、正面の天元、道の左側に清国人の拳法使い、さらに反対の左に按摩と、三点で百人の出入りの一団を囲むような形になった。


「なんだ? あのおさむれえ? 」

 安五郎親分は始め路地から出て来た侍の連中を見て、もしかしたら奉行所の奴らかと思ったが、誰一人として見覚えがない。

 そこにふと、あの晋作のことが頭をよぎった。


(なるほど、様子を見に来たってところかい)


 安五郎親分はピンと来たようで、加勢の要請をきっぱり断った手前、ここで彼らを巻き込んでしまったなら偉そうに晋作に啖呵切った手前、大恥だと思い。


「おうっ! どこのおさむれえか知らねえが、見世物じゃねえぞっ! とっとと消え失せなっ! 」

と野次馬のように言って怒鳴り散らした。


 単純で短絡的な来島にすれば、見ず知らずの筋モノにいきなりそんな事を言われたものだから、即反応した。


「何いぃっ! 何だか知らんが、わしらを愚弄したかっ! やくざのくせしよってっ! 」

 ここで、来島が短気起して暴れたら無茶苦茶になる。

 というより安五郎親分の気遣いが仇になってしまう。


 少なくともこの場で来島以外の全員の利害が不思議と一致した。


 一気に侠客たちから一斉に、

「ふざけんじゃねえっ! どっか行けっ! 邪魔だっ! おさむれえっ! 」

など怒号が響いた。


 天元が清国人に、

「リー、捨ておけ」

と言った。

 リーと呼ばれた清国人の拳法使いは、突きつけていた半月刀を引くと、首をくいっと振った。

 どうやら、行けと言っているようだ。

 来島を先頭にその場を立ち去ろうとしたが、最後に去ろうとした俊輔と聞多を見て、再度、半月刀で二人の行く手を阻むと中国語で何か言った。


 どうやら、言っているのは、

「お前ら見たことがある。相模屋にいたな」

と言っているようだ。


 リーは改めて天元に声を掛けた。

 中国語で短めに何か言うと、天元も、

「よかろう」

と短く返事した。


「何をしてる? 二人を放せっ! 」

 玄瑞が言うが、リーは二人に剣を当てたまま答えない。

「貴様ぁーっ! 」

 来島がまたキレて、刀に手を掛けた所で安五郎親分が怒鳴った。


「おさむれえっ! これ以上、この場でガタガタ吠えるようなら、こいつら血祭り上げる前にお前さんたちを先に血祭りにしちまうぞっ! さっさと消えろってんだっ! おう、構うこたねえ、お前ら、力づくでもあいつら追い出せっ! 」


 そう声を掛けられ、侠客たちが一気に来島達に刀を向けた。


「そこの御仁、心配なさるな。これはやくざ者のいざこざであれば、お預かりのお二人を巻き込みはせん。ただ、今、奉行所に駆けこまれても困る故、お二方には出入りが終わるまで、ここにて立会人となってもらうまで、事が終わればお返し申す」

 天元が来島に対して言った。


「ぬうう・・・」

 来島も三人の使い手に百人もの侠客たち相手にするとなるとさすがに太刀打ちできない。

 ここは引き下がるより他ない。


「そこもとの名を聞こう。今の口上に嘘偽りは無かろうな? 」

 来島は天元に言った。


「この千栄天元、故あって浪人の身なれど武士の端くれ、約束を違うことは無い」


「よかろう。千栄殿。儂は長州藩長州藩江戸詰見回役、来島又兵衛と申す。しかと聞いた」

 来島はそう言うと、玄瑞たち他の者と急いでその場を後にした。


「ちぃっ! とんだ邪魔が入っちまった。で、どうすんだい? まさかたった三人でこれだけの人数相手にするわけじゃあるめえ? 大人しく清兵衛の野郎んとこまで案内するんだな」


 安五郎親分が改めて天元に言うと、初めて仮面の下で天元が笑ったように見えた。


「御心配は無用と申したはず。折角、おいでの方々を一人余さず精一杯持て成す様、清兵衛より言付かっておる。まずは、そこの二人が刃をもって馳走致そう。仮に運よく切り抜けられた暁には、この千栄天元の妙技をご披露仕ろう。・・・そこのお二人、そなたらは立会人にて、こちらにてとくと御覧じるがいい」


 聞多と俊輔は、リーの先導で店の前の端に立たされた。


 天元の言葉を聞いて、安五郎親分も一気に火が付いた。

「てめえらっ! 構うこたぁねえっ! たかが三人だっ! なますにしちまえっ! 」

「おおおーっ! 」

 安五郎親分の号令一過、百人もの侠客が一気に二人どころか天元含む三人に雪崩を打って襲い掛かって行った。


 聞多と俊輔は、その様子をただ見ていたが、これから彼ら二人も驚愕の光景を目にすることになる。


 三方それぞれから大量の血飛沫が飛び出すと、山にように折り重なって侠客たちの断末魔と共に死体が増えてゆく。

 百人がたちまち八十、七十、ついに半分の五十と減ってゆく。


 もはや親分衆の周りを囲っていた手下たちを残すのみとなるまで、時間はかからなかった。

  親分衆含んでも残り二十人と言うところで、さすがに親分たちは観念した。


 驚くべきは、三人の用心棒たちだ。


 見ていた聞多も俊輔も、さすがに目を疑った。

 傷一つないのだ。返り血は浴びてはいるものの、斬った数の割には、返り血すら少ない気がする。

 剣に自信のある二人ではないが、長州藩でも剣自慢の人間は多数いる。

 晋作然り、桂小五郎然りだ。

 来島だってあんな性格に裏打ちした実力はある。

 ただ、いくら素人の侠客百人にしても束になって掛かって来られて、傷一つも負わず、返り血すら最小限に抑えて倒すなどできるもんじゃない。

 彼ら二人は、直接見たわけでも無いが、噂の最強剣士、仏生寺弥助にして可能かどうかもわからない。

 そんな奴らを相手にするつもりだったのかと思うと、正直、戦慄するよりなかった。


 そうやって戦慄しているうちに、残った一団は武器を手放して完全降伏した。

 そして、天元の先導で店の中へと全員入って行った。

 聞多と俊輔は約束通りここで解放されると思っていたが、リーと座頭市もどきの按摩によって、二人も店へと連れて行かれてしまった。




 十三


 再び「相模屋」に戻る。


 女将が何やら店の中をうろうろしている。

 というより、どうやら沖田との事は済んだようだ。


 それで、何をそんなにうろうろしているのかと言うと、どうやら菊を探しているようだった。

「菊っ? 菊ぅっ? 」


 方々座敷を回っていた佐平次が機嫌よく帰って来た。

「ああ、左之字。菊を見なかったかい? いないんだよ。いくら呼んでも出て来やしねえのさ。まさか、あの小娘、黙って客取ってないだろうね」

「そら、あんたでげしょ」

「なんか言ったかい? 」

 これ以上、この話題引っ張っても互いに得る物が無いと分かったか、女将のツッコミは佐平次も流して、

「お菊なら、出ていやすぜ。赤蝮の親分さんと一緒に。なんでえ、知らねえんですかい? あっしゃあ、てっきりおかみさんの使いで付いてったと思ってやしたが」


「赤蝮ぃ? 」


 女将のリアクションを見るにどうやら違うみたいだった。

 とすると、菊が勝手に店を抜け出して清兵衛とどこかに行ったということになる。

 まさか勝手に客を取ると言っても、あの清兵衛が相手ってことも無い、いや、人の好みも十人十色、もしかしたら清兵衛が菊を口説いて、そういう関係になる事だって考えられないことでもない。


 佐平次も女将も、二人してそんなことを考えてモヤモヤしているところに、晋作が仏頂

面して帰って来た。


 特に何も言うことなく黙って、そのまま部屋に向かおうと階段に足を掛けた所で、佐平次が慌てて声を掛けた。


「あ、おっとっとっとぉっと! 旦那っ、旦那ってっ! ちょいと、待っておくんなって」

「どけ。・・どけっ! ・・・ええいっ、どけぇっ! 」

 晋作は大分機嫌が悪い。


「いいやっ! どきやせんっ! 大事な用事を言付かっておりやすからっ! 」

「なんだっ? 俺は今、虫の居所が悪いっ! 用件次第では叩っ斬るぞ」

 本気じゃないにしても、殴られるぐらいは十分あり得るくらいだ。


「よござんす。あっしだってね。厄介事を背負い込んじまったからには、どうあったって始末つけにゃあならねえんで、なにがどう虫の居所が悪くなったか知りやせんが、だったら猶更、話聞かずにここから先に通すわけにゃあいきやせんっ! 」


 そう、それだけ虫の居所が悪いと言うなら、あの部屋に行かせるわけにはいかないのだ。

 さすがに斬られはしないものの、一発二発、いや三、四発殴られても、何も言わずに通してしまって起こり得る状況と比べればどうってことはない。

 その覚悟を持って、晋作を止めた。


 いつにない佐平次の意気込みを感じ取ったのか、晋作も適当には扱えないと思ったらしく、少し冷静さを取り戻したようだった。


「ん? ・・・ああ、そうなのか? ・・・なんだ? 話とは? 」

「それが、旦那の留守に御客人が参りやしてね」

「客ぅ~? 誰だ? 」


 晋作は、ふいにまた藩が説得役として誰か寄こしたのか、と想像した。


 説得と言っても、これまでみたいな生半可なもんじゃないかもしれない。

 本気で止めようと言うなら力づくでも止める。

 その証拠に薩摩藩じゃ、少し前に伏見の寺田屋で暴発しそうな藩士を説得どころか、同じ藩士同志で壮絶な殺し合いをした事件まであった。

 晋作も、最悪、それくらいの事態となってもこれを完遂する覚悟は持っていた。


 しかし、佐平次の顔を見ると、どうやらそれほど大層な事でも無さそうだ。


 もう少し詳しく聞こうとしたところに、女将が割って入る様に妙な事を言い出した。

「・・?・・・それよかさ、なんだか匂わないかい? 」

 女将は鼻をくんくんさせながら言った。


「女将さんっ、ちょっと黙っててくんねえかなぁ」

「いや、だって臭いんだよぉっ。何だい、この匂い? ほら、ちょっと、嗅いでみなって」

「においって・・・」

 言われて佐平次も、晋作も鼻を利かせた。


「・・・うん。たしかに匂うな」


「悪かねえ甘酸っぱい匂いだが、こいつは煙草じゃねえな」

 余り嗅いだことのない不思議な匂いだが、晋作はどこかで嗅いだことのある匂いであることに気付いた。

 はて、どこだっただろう、と記憶を辿ると・・・。


「・・!・・女将っ! 吸うなっ! こいつぁ、アヘンだっ! 」


「ええっ!アヘンっ? 冗談じゃないよっ! うちの店でアヘンなんざっ! 」

「どこだっ? ・・・どっからだっ? 」

「なんか、こっちからだよ。・・・ここ・・っ! 」

 女将が差した方向にあるのは、佐平次の使ってた布団部屋だ。


「左之字っ! こらっ! あんたの部屋からだよっ! あんたって奴ぁっ! 」

「いや、そいつぁ濡れ衣ですぜ。痩せても枯れても、この佐平次、アヘンなんぞに手を出すほど落ちぶれちゃいやせんぜっ」

「だって、あんた、なによりもあんたの部屋から・・・! 」


 女将も言った矢先に思い出した。その様子を自分も沖田と一緒に見ていた。


 と同時に佐平次もわかった。女将と佐平次がほぼ同時に叫んで、布団部屋に飛び込んで行った。


「太夫だっ! 」


「何っ? ・・・とにかく、戸を開けろっ! 団扇でも扇子でもなんでもいいから、仰ぐもん持って来いっ! 戸も開けろっ! とにかく、煙を全部出せっ! 」

 女将、佐平次、必死で羽織とかで煽ぎつつ襖を開けると、煙が一気に出て来る。


 とにかく、密閉された空間で充満した煙がすごい、とにかく、手ぬぐいで鼻と口を覆って煙を出す。

「げほっ! げほっ! なんだいっこりゃっ! 目も開けらんないよ」

 騒ぎを聞きつけた他の女中たちやらも駆けつけて、総出で煙を仰いで外に出す。

「太夫っ! 小春太夫っ! 」

 煙も少し晴れて、中の様子も分かって来た。

 佐平次は、中に入ってとにかく二人を外に出そうとしたが、さんざん乱れたあとの一服をしたのだろう。

「・・・あらま、なんて格好だいっ! あられもねえ、ここまで来ると目の毒だ。女将さんっ、とりあえず、太夫を」

 女将も仕方なく中に入ると、

「あーあーあーあー、なんて格好してんだい、台無しだよ。ほら、とりあえず着物着な。あららら、旦那も、良い男が台無しだよ。左之字っ! 旦那、なんとかしとくれ」

「へい。立てやすか? 旦那っ! 旦那っ! 聞えてやすかっ! しっかり立って、とりあえず、ここから出やすよ」

 土方を担いで出て来る佐平次。

 とりあえず、襦袢に着物を羽織らせて、女将と女中たちが大夫を運び出して来た。

 どうやら、二人とも意識はあるようだが、

「あ~・・・・。いい気持ちだぁ~・・・・ん~・・んふふふふ」

「あは・・・あはは・・・・・。」

 土方も小春も、同様にラリッている。


 晋作は、とりあえず二人の瞳孔を確認した。


「だめだな。しばらく外の空気でも吸わせとけ。じき、正気に戻る」

 二階の傍の部屋の襖が開いた。

 騒ぎに気付いたのだろう。近藤と沖田が顔を出した。


「なんだぁ、一体、何の騒ぎだぁ・・? 」

「土方さぁ~ん? 起きたんですかぁ~? 」

 まあ、二人して寝ぼけているのか、今の土方と大して変わらない気の抜けた顔をしている。

 さらに、顔中、おしろいと紅がつきまくっている。


 ただ、晋作は二人が顔出した部屋に気が付いた。

「んん? ・・・ありゃ、俺の部屋だよな? 」

「ああっ! しまったっ! 」

 佐平次もすっかり忘れてしまっていた。


「何がだ? ・・・何がしまった? 」


 晋作も今の騒ぎで、その前に佐平次が言おうとしてた大事な話を聞こうとしていたことすら忘れていた。


 襖から覗き込んでいた近藤と沖田は、大階段を下りてすぐの一階の店の入り口に寝かされた土方に気付くと、慌てて部屋から飛び出して階段を落ちそうな勢いで駆け下りて来た。


「トシっ? どうしたっ? 」

「土方さんっ? 何があったんですっ? 」


「この男の連れ合いか? ・・・一時のアヘン中毒に犯されてる。ま、初めてだろうから、もう少し経てばやがて正気に戻る」

 晋作が二人に声を掛けた。


「なに? アヘンっ? 」

「土方さんっ! しっかりして下さいよっ! だから、こんなところ来るの反対したんですよっ! でも、あなたがどうしてもって言うから」


「いや、あんた結構乗り気でしたよねぇ? 」

 佐平次がそれとなくツッコんだが、沖田も沖田で口の割に土方が心配のようで、佐平次のツッコミも聞こえていないようだ。


「で、佐平次。こいつら誰だ? 」

「あ・・・」

 まあ当然の質問だろう。

 佐平次も晋作の問いに答えたいが、そっちの事情よりも、今はこの二人に事情を説明する方が先のようだ。


「誰だ? 誰がトシにアヘンなんぞっ? 」

「ま、そこで同じようにしてる太夫からだけどね」

 女将が横で寝かされてる小春を差した。

「何ぃ~っ? この店は、御禁制のアヘンを女郎にさせてるのかっ? 」

 店でトップの大夫がアヘンを使っているということは、近藤は当然、普通に思い至るであろうことをストレートに指摘した。


 しかし、これを聞いたら女将だって黙ってられない。

 いつになく大声で激高した。

「冗談じゃござんせんよっ! とんだとばっちりとはこのことさねっ! うちは創業二百年の老舗ですよっ! 信用第一でやってるんでさ。うちの看板にかけて、こんなクソのようなもん、うちの大事な女たちに吸わすもんかいっ! こんな商売しててもね、痩せても枯れてもこの相模屋。御天道さんに顔向けできないようなことは、やっちゃいないよっ! バカにせんでおくれよっ! 」


 あまりの激高ぶりに、あの近藤勇であってもたじろいでしまった。


「・・・いや・・・これは、言い過ぎた。済まぬ」

「出処はもうわかってる。女将。この件、俺が預かる。お前さんは太夫の面倒を見てやれ。どうやら太夫の方はやや使い込んでるようだ」

 晋作の顏が変わった。このやり口を知っている。


「ええっ? ・・・出所ってまさか? 」

 女将もピンと来たようだ。


 晋作の思っている相手と同じ人物が浮かんだのは間違いない。

「ああ、そこに間違いない」


「あのっやくざもんっ! 任侠の風上にもおけねえっ! こんなこったら、エゲレス野郎の贔屓になるんじゃなかったよ。・・・ああっ! 歯痒いね。大黒屋のボンボン袖にすんじゃなかったよ」

 それを聞いた佐平次が思い出したように、何かを言おうとした。


「ああ、その件ですがね。女将さん・・・」

 しかしそれは、晋作の言葉で切られてしまう。


「ところで貴公ら、俺に用か? 見たところ、初対面だと思うが」


(あ、もうそっちに行く? )


 佐平次も大変だ。

 ころころ話が切り替わって、事情を一つ一つ説明する暇がない。

 方々で調子よく立ち回ったツケがここで一気に来た感じだ。


「は? 」

 言われた近藤は目の前にいる着流しの若者が誰か分からない。


 ただ、土方の介抱にある程度助言したり、手際よく指図したりしてくれたのだから恩人でもあるし、悪い人間でもないことは分かった。


「貴公らがいたのは俺の部屋だ。俺に用があって来たのだろう? 」

 そう聞くと、近藤は当然、

「おお、ということは、貴方様が芹沢先生でらっしゃいますか? 」

ということになるだろう。

 しかし、晋作にすれば誰の事か分からない。

「芹沢? ・・・いや、俺はちょう・・」


「あああーっああーっ! そう言えば、忘れてやしたぁーっ! なんせお帰りになってすぐにこの騒動でやんしょっ! 言うにも何もできやせんぜっ! いや、実はね旦那、この方々、あー、ちょっと近藤先生、約束通り、今からきちっと説明しやすんで、ちょいとお待ち下さいよ」


 佐平次が大慌てで割って入り、晋作を隅まで押していく。

「なんだ? 佐平次っ? 」

「旦那、ちょいと、いいからっちょいとっ! 」

 晋作を隅まで引っ張って行って、ひそひそと事情を説明し始めた。




 十四


 そんな中で、ようやく遅れて弥助と十松が帰って来た。


 が、店の玄関で皆集まって、さらに大夫と男がど真ん中でへらへら笑って寝っ転がっている。

 帰って来るなり見る光景としてはかなり異様だ。


「なんだこりゃ? どうしたっ? 」

「これはまた」


 面倒な時に面倒くさい奴が帰って来たもんだと佐平次は思ったが、今は晋作への事情説明が優先だから構ってやれない。

 一から事情を聞くなら女将にでも聞いてくれればいい。


 しかし、弥助も十松も、その中の一人の人物に気が付いた。

 そして、その人物もまた、二人に気が付いた。


「・・・ん?・・・」

 そして、お互い一斉に声を上げた。


「おおおおーっ! 」


「近藤さんっ、何をしてんだ? こんなとこで? 」

「こりゃ、弥助殿。いつぞやは留守中、ご無理を聞いて頂いて忝かった。その礼もできずに申し訳ない。岡田先生、ご無沙汰しております」

「近藤殿。久しぶりじゃのう。御息災・・・のようじゃのう。どうやら」


 十松の言葉でようやく冷静になり、自分が今どんな姿をしているのか、はたっと気が付いた。

 そう思うともう顔から火が出そうなほど恥ずかしかったが、ここで思いっきり恥ずかしがるのはもっと恥ずかしいので。


「や、あの、これはっ! はははっ! 何ともお恥ずかしい」

と言っておどけるのが精一杯だった。


「弥助さん。御無沙汰しております」

 沖田も弥助と顔見知りのようだ。


「おおーっ、総司、腕上げたか? 先生、言いましたよね? この沖田総司くんね。なかなか筋がいい奴なんですよ」

「いや、聞いとらせんし、なんだったら、近藤さんと知り合いだったのも初耳だが」

「そうですか? ・・・さっき言うてたでしょ、多摩の道場に助っ人に行ったって」

「ん? ああ、そう言えば言うとったな。あれ、近藤さんのことか」

「ところで、そこでへらへらしてんのはバラガキか? 一体どうした、いつも難しい顔してんのに」


「弥助殿、知り合いだったか? 」

 手短に事情を聴き終えた所で、このやり取りを聞いた晋作が弥助に尋ねた。


「ああ、さっき話してた多摩の道場で、天然なんとか流の近藤さんと門弟のバラガキと沖田総司くんだよ」

「天然理心流な」

 それとなく十松が修正を入れた。


「バラガキはないですよ、土方さんですよ」

 沖田も訂正した。


「ああ、それは今、佐平次から聞いた」


「近藤さん。こっちは長州藩の高杉さん」

 弥助が何気に近藤に紹介してしまった。


「あいやぁぁーっ! 」

 佐平次の根回しがこれで全部台無しになってしまった。


「長州? 」

 近藤の顔色が変わった。


「もういい、佐平次。・・・近藤殿、長州藩士高杉晋作です」


 晋作も佐平次からは聞いていた。


 この近藤と言う男が、昨晩騒いだ芹沢鴨を訪ねて来たこと、近く幕府の集めた浪士組に参加すること、長州藩を嫌っていることも。

 佐平次からはこの店で事を荒立てないように適当に合わせてくれと言われたが、晋作からすれば、事態はそんな下らないことにいちいち頭を回すほど暇ではない。

 構っていられない、というのが正直な気持ちだった。

 だから、元から正直に名乗るつもりでいた。

 近藤はややムスッとしながらも、きちんと挨拶は返す。


「・・・改めて武州多摩日野の郷士、近藤勇です。お初にお目にかかる」

「ま、確かに、その分じゃ、うちの藩のことはあまりいい話で聞いてないようですな」

 妙に緊張した空気に包まれた。


 そこへ弥助が、空気を読んでか、読まないのか、

「近藤さん・・。で、何しにここに? 高杉さんに用か? 」

と面倒なことを聞いて来た。

 

 そこで、晋作が手短に言った。

「いや、弥助殿、行き違いがあったようだ。・・・芹沢鴨に会いに来たらしい」

「鴨? ああ、そうか鴨に会いに来たのか。そりゃ済まないことしたな」

「済まない事って何です? というより、弥助さんこそ何してるんです? こんなところで? 」

 今度は沖田が弥助に訊いた。


「俺は、飲み代払えず居残りしてた」

「あはははは、相変わらず破天荒ですね」

 空気を読まない男二人だけに、会話がどうにも軽い。


「総司。少し黙っとれ。で、済まない事とは? 」

 堅物の近藤が険しい顔で、沖田を制して話を戻した。


「あいつ酒癖悪くてな、この店で暴れて手が付けられなかったから、俺が伸して、番所に突き出した。その後、陣屋に引っ張って行かれたって言ってたから、今頃は陣屋でまだしぼられてるんじゃねえかな」

 つまり、自分たちが店に来た時はすでに目当ての芹沢鴨は店にいなかったということだ。

 しかも、昨晩にそれだけ騒ぎを起こしたと言う事なら、店の人間は全員知っているに違いない。

 知らなかったなんて言い訳も通用しない。

 近藤は騙されたと思った。

 しかも、自分はあれだけ出直すと言って、恥を忍んで金まで無いと言ったのに、きちんと確認もせずに座敷に通され、不安になってきちんと自分の名と芹沢鴨の名前まで言った。


 正直言って自分に一切の落ち度はない。

「・・・佐平次っ! 」

「ひっ! 」

「行き違いだ。近藤さん、佐平次を責めないでやってくれ」


 晋作が思うに、佐平次の対応として、留守中に客人が来たら通せと言ってあるから、武士を訪ねて来た客人なら通すだろう。

 確認しなかったのもこういう時世だ、つっこんで聞いたところで変名とかを使って身分も隠して来る奴も多いのだ。

 いちいちそれらを聞かなかったのもわかる。

 これは、どこまで行っても行き違いとしか言いようが無い。


「旦那ぁ~」

 佐平次にしてみれば、落ち度があったにもかかわらず、親しくも無い間柄の自分を庇ってもらったと感動したが、当の晋作からすれば、今、こんな水掛け論になりそうなしょうもない問題に係わっている暇などないだけだった。


「ということは、義助(久坂玄瑞)たちはまだ帰ってないということか。ひとまず、一悶着ならずに済んで良かったが、遅いな」


 事態はもう急を要するのだ。

 晋作が恐れていたのは、まさにこれだ。

 このままでは品川が第二の上海になってしまう。


 清兵衛が親分衆を蹂躙し、公使館の足元であるこの品川遊郭にアヘンと言う麻薬が蔓延すれば、ここを中心に港町の横浜、それどころか、品川のすぐそばに大都市、江戸にまで拡大するのは時間も問題だ。

 そうなっては、もうどうしようもない。


 ここで食い止めなくてはならないのだ、今すぐにでも。


 そんなことで、頭がぐるぐる回っているのに、危機感を持っているのは、当然、晋作だけで、女将に至っては一番の心配事を聞いて来た。


「ところで、これ御代はどうなるんだい? 」

 これに晋作は即答した。

「構わんよ。つけといてくれ」

「ええーっ、いいんですかいっ? 」

「ああ」

 払いの良いのは分かっていたが、少しくらいごねてもいいものを、二つ返事で了承したことで佐平次の中の晋作の評価は神レベルにまで達した。


「よくないっ! 誠にありがたい申し出だが、ここの払いを見ず知らずの御仁に払って頂く義理はない。この近藤、人に恵んでもらうほど落ちぶれてはおらんっ! 」


 近藤は近藤で、ここまで恥をさらされて、さらに奢ってもらったとなっては立つ瀬がない。

 何が何でも意地を通そうとした。

 が、現実社会はそれほど甘くも無い。

「ちょいと、お侍。見栄を張るのも結構だけども、払えないだろぅ」

「払うっ! 何が何でも、どれだけかかっても必ず払うっ! 」

「勝手に決めないでくれるかい。うちはつけ払いは無しだよ。出世払いなんて体のいいのもダメだよ。もうこれ以上居残りが増えるのもごめんだよ。だいたい、お侍だと使えないしね。あ、それならここのお二人さん置いて行ってくれるかい」

「いや、だったら、俺が」


「あんたはいらないよ」


 見苦しいほど意地を貫き通す頑固な岩石男を見るに忍びなかったのか、ようやく土方が正気を取り戻し、

「近藤さん・・・」

と声を掛けた。


「土方さん、正気になりました? 」

 沖田が土方を抱き起した。


「くそ、まだクラクラしやがる。・・・近藤さん、いいじゃねえか。もうあんたも十分意地は通したろ。見ず知らずの田舎侍の豪遊まで面倒見てくれるってんだから、大した懐と器のでかい男だってのは、あんただってわかるだろ。長州にも色々な奴がいるが、話の分からん奴じゃねえのは確かだろうぜ」

「トシ・・・」

 頑固に意地を通して、引っ込みも付かない状況で誰かに止めて欲しかったのかもしれない。

 そういうところについては沖田では役不足でもあるし、第一、そういう状況だと言う空気自体が読めない。

 こういう時に、やはり幼い頃から知っていて、ちゃんと近藤を立てつつ引きどころを勧めてくれる土方の存在は大きいのかもしれない。


「さすが、いい男だねえ・・・」

 女将もそれがわかって、より土方の株が上がったが、

「違いやしょ。太夫に手を付けたから御代が跳ね上がっちまったし・・・」

 ここで近藤が犠牲になるのは申し訳ないから、晋作に乗っかったというのが土方の本音ということなのだろう。

「ああー、そういうことかい」


 とりあえずの問題はこれで済んだとして、晋作はついでにもう一つの問題を解決する妙案を思い付いていた。

「ふむ・・・、弥助殿、このお三方、腕は立つのか? 」

「ああ。俺の見たとこ、3人とも結構いける。バラガキは未知数だが」

「ああんっ? なんだとぉ・・っ! いっ!弥助っ? 」


 土方は正気に戻ったが、ここまで弥助の存在に気付いていなかったようだ。


「ようバラガキっ! 相変わらず女好きだなっ! こいつは、粗削りで流儀に乗っ取らねえからほぼ我流に近い、が勝ちに人一倍拘るから勝つ為に手段を選ばねえ所はこの二人以上だ」

「土方さん、褒めてもらってますよ、多分」

「うるせえ」

 どうも、土方は弥助が苦手なようだ。

 普通の侍にはいないタイプというのもあるし、会話してても、その筋のモンと話しているようで、それでいて気のいい兄ちゃんと言う感じもする。

 なんとも定まらず、どう接していいのかわからないのだ。

 そのくせ、剣の腕はめっぽう強く、子供のようにいなされる。

 土方は弥助の5歳下なのだが、同じく弥助より年下で土方の一つ上の近藤は「近藤さん」なのに、自分は年齢差以上にガキ扱いされるのが堪らなく嫌らしい。


 弥助にすれば、近藤や沖田と違ってバラガキとあだ名されていたように、とにかく対抗心が強く、周りに対して常にギラギラとした目つきで威嚇するような、それでいて近しい人間には、とても優しく面倒見がいい土方はなんとなく可愛く思えてしまうのかもしれない。


「なるほど、そうか。・・・大きな貸しができたぞ、近藤さん。あんたの意地の程をもう少し見せてもらおうか」


 晋作は、どうやらこの三人を自分の計画に巻き込むつもりのようだ。


「何? 」

 当然、晋作の思惑も、この品川で起ころうとしていることも近藤たちは知らない。

 ただ、土方がアヘンを吸わされたことについてだけ関係はあった。

 だが、ただそれだけの事だ。

 これで遊んだ代金の肩代わりの代償としてする仕事と言うのは少し割に合わない。

 

 晋作は、その事を分かっているのだろうか。





 十五


 そんな最中、久坂玄瑞が息を切らせて店に飛び込んで来た。


「義助? 義助かっ? どうしたっ? 何があったっ? 」


 晋作は、飛び込んで来た玄瑞の様子にただならぬ事態を感じ取った。


「大声でどなるな。それより、晋作、大変だ。聞多と俊輔が捕まった」

 息を整えつつ玄瑞が言った。


「何? どういうことだ? 」

「来島さんを説得してたら、あの人が暴走して、清兵衛の店に乗り込もうとして」

「まさか、それならやくざの出入りにかち合わなかったか? 」

「かち合った」

 そう聞くと、弥助が割って入って、

「出入りは? どうなったっ? 」

「ほとんど全滅だ。たった三人に」

 ほぼ読めていた結果だったが、弥助は残念そうに、

「・・・そうか」

と一言だけ言って下がった。


 晋作は玄瑞に質問を続けた。

「それで、なぜ捕まった? 」


「出入りに巻き込まれ、危うく同じように斬られかけたが、見るからに藩士だから、後々面倒だと思ったのだろう。斬られはしなかったが、奉行所に届けたりしないように二人を人質に取られた。出入りが終わったら解放すると言う約束だったが、案の定、反故にされた。あの二人が清兵衛の周りを嗅ぎまわっていたことがバレていたせいかもしれん」


「で、その来島さんは? 」

「奪還する為に人をかき集めると言うて、急ぎ江戸藩邸へ」


「・・・戻って来るにも時間がかかりすぎるな。しかも、事と次第では大事になる」

「どうする? 晋作? 」

 ほぼ晋作の方策は頭の中で決まっていた。

 だが、まだそれを口にすることなく思案する素振りを見せた。


 玄瑞はおそらく分かっていただろう。

 これがただのポーズでしかなく晋作の腹は決まっていることを。

 しかし、無茶と言われれば無茶な、無謀と言われれば無謀な策を思い付いていることだろうから、それなりに納得させられる空気が必要なのだろう。


 晋作はそれが醸成されるのを待っているのだと。


 さらに、そこへ菊まで帰って来た。 

「おやっ? お菊っ? どこ行ってたんだいっ? 」

 女将が問いかけたが、菊も菊で思いつめたような顔をして様子がおかしい。


 女将が、よくよく問い詰めると、突然、暇乞いを始めた。


「なんだってぇっ? 暇乞いってどういうことだいっ! 」

「今までお世話になりました。どうかっどうかっ! 暇を下さいっ! 」

 これには傍で聞いていた佐平次も身を乗り出して、菊を問い詰めた。


「暇乞いって、お前さん。おとっつぁん、どうすんだい? それとも、妹さんが代わりに上がるのかい? 」

「妹は関係ないですっ! ・・・私が・・」

「はぁ? ・・・お前さんが? 」


 菊の突然の暇乞いに、佐平次も女将も何が何やら分からない。


 いや、とにかくここに来て、小春太夫のアヘン漬けのことといい、事情がよく分からないことばかりが起きて女将も大分混乱していた。

 しかし、やはり大して当てもない菊がいきなり暇を乞うて来たのは納得がいかない。


「あのねぇ、お菊。あんた、一応さ。うちに買われてんだよ。器量が良くないから座敷には上げてないけど、その金はどうするつもりなんだい? 」

「それなら、ここにあります」

そう言って、なんと懐から十両を出した。


「これで十分足りますよね? 」

 目を剥いて驚いたのは言うまでもない。


 菊がこんな大金をぱっと出せる訳がない。

 誰かから用立ててもらったとしか思えない。

 しかも、本来なら菊ではなく女将に話が来て、お金もその人間から直接渡されるものだ。


「あっ・・・あんた、この金どうしたんだい? 」

 佐平次はふと夕方に清兵衛と一緒にいた事を思い出した。


「さてはお前・・・、赤蝮にっ? 」

 そうに違いない。あの男に誑かされたに違いない。

 佐平次は菊の金をばっと奪った。

「あっ・・、ちょっと、佐平次さん、何をっ? 」

「何をって? 聞くまでもねぇっ! 赤蝮に突っ返してやるんでぇっ! 」

「やめて下さい! 返して! 返して! これがいいの! これで全部うまく収まるのよっ! 」


 何をどううまいこと言われたのかは知らないが、あの赤蝮が、十両もの金を菊にポンと払うわけがない。

 小春大夫をアヘン漬けにして、バーンズにあてがうような男だ。

 人情なんかで動くような奴じゃない。

 あんな男に買われたら碌な事にはならないのは、容易に想像がつく。

 菊はそれが分からないのだ。

「バカ野郎っ! おうっ、菊っ! よおく、目ん玉見開いて見てみなっ! あそこでへらへらして寝っ転がってる女は、どこのどいつでぇっ! 」

 菊の顔を掴んで、無理やり寝ている小春太夫の方に向けさせた。


「・・・小春・・太夫・・」


 小春は、着物と襦袢を被せてはいるがほぼはだけてしまって、目は焦点も合わず、ずっと虚空を見て、へらへら笑っている。


 菊が常に店で見ている凛として美しい大夫としての貫禄もあった、あの小春の姿かたちも無い、今、菊の目の前にいるのは、まるで落ちぶれて気の触れた夜鷹のようだった。


「・・・太夫・・・? ・・・太夫? 」

「おうよっ! あの小春太夫よっ! それがあのざまだ。えれえエゲレス公使様と赤蝮の野郎がアヘンで太夫をあんな風にしちまったんでぇっ! おうっ! もっと見やがれっ! あれのどこがうまく収まったってんだっ! 赤蝮の野郎にすっかり乗せられやがって、このバカ野郎がっ! 」


 菊は太夫のところへすり寄るように近づいて、太夫の手を取る。

 佐平次はそのまま出て行こうとすると、晋作が呼び止めた。


「待てっ! 佐平次っ! ・・・そいつは俺が持っていく。だから、渡せ」

「旦那ぁ・・・ 」

「行くんだな、晋作。では俺も」

「いや、義助はここに残れ。残って太夫を診てやってくれ。女将、こいつはこう見えても医者だ。太夫をなんとかしてくれるだろうから、安心しろ」

「いや、アヘン中毒の患者は初めてだから責任持てんぞ。というより、お前、一人で行く気か? 」


「聞多や俊輔の調べじゃあ、ここいらの遊郭で、菊と同様に若い女郎や女中に至るまで清兵衛が引き抜きにかかっているらしい。女どもは横浜で船に乗せられ、上海に送られ、そこから奴隷のように売られて行くだろう」


「・・・なんだいそりゃ? そんなこと、あたしゃ一つも聞いちゃいないよ」

 女将は改めて顔面蒼白になった。


「小春大夫も、その分じゃ、そのうち使いもんにならなくなって来るだろう。そいつを奴が安く買い叩いて、また売りさばくって寸法だったんだろうな」

「なんなんだいっ! なんなんだいっ? 奴らっ! あたしらがどんな思いで女たちで商売してると思ってんだいっ! 女を使い捨てのモノのように扱いやがってっ! 」


(頃合いだ・・・)


 晋作は改めて弥助や十松、近藤、土方、沖田を見て言った。


「・・・弥助殿。これが奴らのやり方だ。国がどうだこうだは、自分に関係ねぇって? こうやって、何気に日常を壊していくんだよ。銃で脅して、人の家に土足で上がり込んで、にこにこ笑っては家の物を少しづつ奪い取って壊していく、気が付けば家が全部乗っ取られ、家人はアヘン漬けにしていつしか奴隷のように使われ、役に立たなくなったら殺してどぶに捨てる。あんたはこれを見てもまだ自分は関係ないって言えるのか? 」


 名指しで言われた弥助は黙っていた。

 晋作は続ける。


「許せねえのは、その家の人間なのに、奴らに媚びへつらい、家族を差し出し、自分の私腹を肥やす奴だ。清国でもそんな奴ら腐るほど見てきた。そんな糞みたいな所でも、なんとか笑って生きていこうとする人たちだっている。そんな人たちを喰いもんにして自分たちだけがぶくぶくと醜く太っていく豚どもをお前らは見て見ぬふりすんのかっ! 」


 黙って聞いていた近藤がここでようやく口を開いた。


「・・・では、どうなのだ? 言葉を返すようだが、貴藩はどうなのだ? 京で天朝様にすり寄って傍若無人に振舞い、民を暴徒どもの乱暴狼藉にさらしておる。お主の言うことは端から聞けば至極尤もだ。しかし、余りにも矛盾が過ぎると思われんかっ! 」


 この問いかけに対して、晋作はふっと笑うと、

「近藤殿・・・、あんたは間違ってない。俺の話を聞いた奴は、口を揃えて同じ事言う。幕府だの、藩だの、天朝様だの。・・・気に入らないなら構わない、喧嘩でも何でもすればいいっ! 同じ家の家族同士だ。好きにしたらいいっ! 」


 土方が呟いた。


「高杉さんって言ったか? 回りくどいな。近藤さん口説くのなら理屈なんざ意味ねえよ」


「なんだよ、バラガキ、気が合うな。俺もそう思ってたところだ」

 弥助も、ここでようやく口を開いた。

 

 頑固な近藤はともかく、土方も弥助も気持ちはもう決まっているようだった。


「そうか、こう言っちゃなんだが、実は俺も回りくどい理屈は正直性に合わないんだ」

 晋作がそう言うと、隣にいた玄瑞が呟いた。

「だな」


「いいか、俺の言ってるのは何も難しいことじゃない。今、ここで汚れてもつつましく生きてる娘たちが糞みてえな奴らに泣かされてる、ここで助けるか、助けてやらねえのか、お前らの男気があんのか無いのか、それを聞いてんだっ! どっちだっ! 」


 晋作は力強く言い放った。


 それを聞いた土方が笑って、

「それを言われちゃあな。総司」

「そうですね」

「近藤さん」


「なにかうまく乗せられてしまったが借りは返さねばならん」


 全員が立ち上った。


「おう、そうこなくっちゃぁっ! 男が廃りまさぁっ! 旦那方っ! おうっ! 男の花道だっ! 見送ってやんなっ! 」


 店中の飯盛女たち、女中、男衆がわらわら出てくる。

 2階の部屋から志乃たちも、近藤、沖田、土方のそれぞれ大小の刀を抱えて下りてきて、膝をついてそれを各々に渡す。


 各々がそれを腰に差して、店内では掛け声と拍手が一斉に送られた。


 近藤はうっかり調子に乗ってしまい。

「うむ。今宵の虎徹はぁっ! 血に飢えておるっ! 」

 と口上をたれると、案の定、場の空気が一瞬シ~ンと引いてしまった。


「ありがとう。行ってきまぁすっ! 」

 すかさず沖田が爽やかに笑顔で女たちに挨拶して手を振ると、

「きゃあぁぁぁーっ♡」

とつんざくような黄色い声援が響いた。


「佐平次、金を渡せ」

 晋作は、改めて佐平次に向けて手を出すと、

「へい」

 佐平次は金を晋作に手渡した。

 もらった晋作は小春の傍にいるきくの元へ行って、改めて確認した。

「菊。金はこれで全部か? 」

 すると、菊は何気に新事実を口にし出した。


「いえ、前金と支度金で二十両って」


 するとちゃっかり佐平次が晋作の手にある十両を再び取って、菊に見せる。


「なんでえ、ここにゃ、十両しかねえじゃねえか。残りはどうしたい? 」

「残りはおとっつぁんに、俺から渡しておくって」


 晋作と佐平次は途端に顔を見合わせた。


「なんだとぅ? ・・・おめえ、まさか、野郎に居所教えたのかい? 」

「はい。・・え? ・・・だめだったんですかっ? 」

「当たり前だ、バカ野郎っ! 家にはおとっつぁんと器量よしの妹がいんだろっ! 馬鹿正直に教えやがって、奴らが素直に金を渡すかいっ! 」

「はぁっ! ・・・そんなっ! そんなぁ・・っ・・」

「泣いてる暇ねえぞっ! さっさと家まで案内しろっ! 」

「その前に、清兵衛は御殿山の公使館か? 」

 晋作はきくに尋ねたが、玄瑞が変わって質問に答えた。


「それは間違いない。二人もそこへ連れて行かれたと確認できてる」

「よしっ、行くぞ」

 晋作の掛け声に、一同が威勢よく返事したところで、

「待てっ佐平次っ、そっちは俺がいく。お前はここにいろ」

と弥助が言った。


 佐平次は、そら弥助が行くなら安心だから言われた通りにするのだが、弥助の言葉を聞いて明らかに盛り上がったテンションがやや下がったのが、晋作と近藤・土方・沖田の四人だった。


 あからさまに残念そうな声で、しかも四人綺麗に揃って、

「えっ、そっち行くの? 」

と言った。


「何? 心配すんな、終わったら追いつくから」

 そう弥助は返したが、今度は四人とも懇願するように目を潤ませてこれも声をそろえて、

「お願いします」

と言うもんだから、弥助も呆れてしまった。


「どんだけ頼ってんだよ」

 そう言って、十松に向けて、

「・・・先生」

と声を掛けた。

 弥助の参加を反対していただけに、そこはきちんと済ませておきたかったのだろう。

 十松も皆まで聞かなくてもそれは分かっていた。

「止めても、無駄だろ。・・・ま、これについては止める気も無いがな」

「・・・うん」

 弥助は鼻息を荒くして、十松の言葉に返事した。


 晋作も十松にきちんと一礼して道理を通した。

「先生はここに残っていて下さい。万が一、ここに来るかもしれない。それに、これ以上、斎藤道場に迷惑はかけられません。すみませんが弥助さんだけは借ります」

「うむ、わかった」

 十松が承知すると早速、弥助が菊に言った。

 時間が経っている、もしかすると既に清兵衛の手下が菊の実家に向かった可能性も高い。

「菊っ! 案内しろっ! 」

「はいっ! 」

 弥助が菊を連れて、早速駆け出して行った。 

 

「「ご武運を」とぐらい声をかけて行けよ、まったく。じゃ、行こう。」

 晋作が愛想なく駆け出して行った弥助にぼやきながらも、近藤、土方、沖田と共に、御殿場の公使館へ出発して行った。


 それを見送った十松、佐平次、玄瑞に女将であったが、もう早々に女将が店の者たちに声を上げた。

「さぁ、さぁ、あんたたちっ! 仕事だ、仕事っ! ほら、佐之字ッ! ぼうっとしてないで、太夫を奥まで運んどくれっ! ・・・じゃ、そこの先生、頼みましたよ」


 やはり老舗遊郭の女将だ。逞しいもので切り替えが早い。

「うむ。佐平次っ」

「へいっ! 」

 玄瑞と佐平次で小春を奥の座敷まで運んで行った。


 女将の一声で、店に改めて活気が戻り、皆それぞれてきぱきと動き始めた。





十六


 表で残った十松は活気のある店の様子に耳を傾けつつ、岡場所に生きる人々の逞しさに感心していた。

 侍として剣術一筋に費やして来た半生だが、思えばこういう日々をただ生き抜いて行く力強さというのに触れたことが無かったような気がする。

 それなりに長く生きて来たし、一時は剣を捨てたいと思ったこともあった。

 神道無念流の本流である「撃剣館」の三代目館長となった時など、極めて優れた弟弟子の斉藤弥九郎の存在の大きさに自分の未熟さを痛感していたのにも関わらず、本流の館長を継ぐという重責に耐えられずに逃げ出してしまった。

 結果、館長の座を手放し、弥九郎の開いた練兵館の食客として数多の門下生を見て来た。

 その中でも、自分が見出して育てて来た天才、仏生寺弥助は特別だった。

 型に嵌まらない剣、そして、型に嵌まらない生き方、どれをとっても規格外の天才だ。

 自分だって館長という型にはめられ、その窮屈さに耐えられず逃げ出したくせに、同じく型にはめられる弥助をとにかく型にはめようと必死だった。

 別にこれは十松だけに限った話でもない。

 齋藤弥九郎にしても、弥助と境遇が似ていた。

 同郷の仏生寺村の農民の子が、剣と学問を必死に学び、努力の末に今があった。同郷で同じ境遇の弥助にひと際感情移入するのも頷ける。

 まして、自分以上に剣における天賦の才を持っているのに、それが全く活かされぬままろくでなしとして一生を終えることなど我慢できなかったに違いない。


 常々、弥助は自分の事を「俺は侍じゃない」と言うが、実は、弥助は一応士分に取立てられていた。

 斉藤弥九郎が自分のつてを使って武士株を苦労して見つけて来たのだ。

 格安の御家人株で、吉村という家の株だった。

 ところが、御家人株だったその家が、実はある藩の藩士になっていた。

 それが三河西大平藩。現在の愛知県岡崎市大平町にあたる。

 西大平藩とは、初代藩主は大岡越前で有名な大岡忠相で、八代将軍吉宗の時代に旗本から加増されて一万石の大名に取立てられ西大平藩となった。

 ただ、忠相のもともとの本貫地の所領は相模の大曲村等、関東各地に点在しており、藩主であってもその領地には一度も足を踏み入れておらず、参勤交代の義務さえ免除され、一応、本拠の三河の西大平には藩庁として、天領地にも小さい陣屋が設けれているが、何分、点在する各領地の合計で石高一万石とされる極めて小藩である。

 長い江戸時代において旗本から大名に出世したのが、大岡忠相ただ一人であったため、前例のない諸々の手続きにおいて、一部の御家人が大岡藩の藩士に組み込まれてしまったのかはわからないが、そんなに藩士を雇う必要もないしゆとりも無い。

 当然の結果、実際の藩士の数より籍だけが大量に余ることになる。

 形ばかりは藩士でも碌を貰うわけでも無い幽霊藩士みたいな存在だったのかはわからない。

 士分という格は、一部の人間からすれば、わざわざお金を出してまでも買いたいものである。

 それは、名誉とかでもなく旗本や御家人となれば、何もしなくても幕府から少しばかりでも碌が貰えるのだ。

 そりゃ無いよりある方がいい。

 ただ、逆を言えば、その地位を売りに出すと言うことは、それだけじゃ生活できないほど困窮していたと言う事でもある。

 だから、武士ともなれば何もせずとも禄を貰えて生活できるほど甘いものじゃない。

 だから、価値からすれば名誉半分、収入面半分といったくらいだろう。


 そう考えると、禄も出ない田舎の極小藩の藩士株なんか、何の価値も無いと言ってもいい。

 それでも肩書上、西大平藩士、吉村豊次郎というのが弥助の本名と言うことになった。

 

 現在、この仏生寺弥助を紹介する場合、本名を吉村豊次郎と紹介されることがあるが、筆者個人は、元より百姓の出であることからも、本名を吉村豊次郎とするのは適当ではないと考えていて、前述した武士株取得の話はあくまでも筆者の創作であるもののそこには何らかの事情が存在するものと思っている。


 とにかく、当の本人からするといらぬお世話だったようだ。


 実際、この名前を本人は覚えるつもりもないし、使うことも無かった。

 自分には師匠が付けてくれた弥助と言う立派な名前があれば十分だった。

 要するに、剣以外の武士というものには興味の欠片も無かったのだろう。


 今にして思うと、弥助は常にこの庶民のエネルギーのただ中に身を置いていたからこその強さなのかもしれない、と十松はそう思えて来た。


 生きるエネルギーに満ちた中にあるからこそ、理屈ではない剣の先にある究極の極意に触れることができたのかもしれない、と。


 数々の名の知れた兵法家が生まれた戦国の世、塚原卜伝、宮本武蔵、上泉信綱、柳生石舟斎、伊藤一刀斎、彼らによって生まれた兵法は実践により磨かれ、大成した。


 思うに江戸期にも幾多の流派ができ、それぞれが体系化され今に繋がってはいるが、いつしか武士道のように実践的ではなく精神論を中心に据えた形式的なものに変わって行ったようにも思える。

 朱子学などの道徳観や倫理観に沿って形づけられた「武士道」というものを追求する一つの要素として剣術が存在するようになった。


 つまるところ、武士が武士足り得るものが剣であり、剣を持つ者として、当然持ち得る技術としての剣術であり、それを当然のスキルとして持っているのが武士である、と勝手に自ら型にはめてきたのかもしれない。


 理屈ではないところで、弥助は「そうではない」と言っている。


 彼の思う「剣」とは、もっとシンプルなものだ。


 戦国期の兵法家のようにもっと日々生きることに近い所に「剣」があると言っている。


 だからこそ、常日頃から、「俺は侍じゃない」と言っている。

 そのくせ、剣術のこととなると誰よりも嬉々として話す。

 狭苦しい道場でなく、もっと広い所で、自由に剣と共に生きて居たいと欲っして、弥助は道場を飛び出して行った。


 十松は、それを分かっていてもなお、弥助を型にはめようとしている。


(生まれて来る時代を間違えたのかもしれんな。すまん、弥助。今は、自由であるお前は危険すぎるのだ。お前を守る為にも型に収まってもらわんと困る)


 十松はそう思いつつ、しばらく空を見上げ、少し欠けた月が雲にかかる冬の夜空を見ていた。


 しかし、さすがに冬の夜は老体には堪える。

 いい加減、店に入ろうと思った所で、異様な気配が近づいてくることを察した。


 その気配は向こうの辻から、ゆっくりとこっちに近づいてくる。


 雲に隠れた月がゆっくりと晴れ、月明かりが差し込んでくると、その存在も照らし出した。


 カラス天狗を模した漆黒の面頬を付けた千栄天元がいた。


 ゆっくりと十松に向かって歩いて来ている。


 その男から放たれている異様な気は、岡田十松をも呑み込みそうなほど強大で、邪悪で、かつ吐き気を催すくらいに憎悪と怨念に満ちていて、生きている人間から放たれるような物とは思えない程だ。


 互いの間合いのギリギリのところまで来て、天元は足を止めた。


「そうか、聞多と俊輔に聞いたのだな。この老いぼれに何の用だ? 」


 十松は、この天元が自分を求めて来たことをすでに察していた。

 そうでなければ、この自分に向けられた気に説明がつかない。


「用があるから、わざわざ罷り越した」

「なんとも禍々しい気を放つようになったの。あれだけ陽気な男であったに・・・」

 十松はそう言った。


 天元が何者であるのか、十松は知っているかのような言いぶりだ。


「千栄天元と名乗っておるから、よもやと思うたが、天元とは元天狗ということか? ・・・千葉栄次郎。二百年に一人の天才と言われとったに、何があった? 」

 

 千葉栄次郎―。


 北辰一刀流の開祖、千葉周作の次男で、幕末期最強の剣豪と言われた父・周作の遺伝子を受け継いだ、まさに剣術界のサラブレッドとも呼ぶべき天才剣士だった。


 体つきも、弥助同様、巨躯ではなく、比較的小柄で中肉中背。

 ただ、その剣は、柔軟にして、相手の剣を素早く見切って、変幻自在に対応することから「千葉の小天狗」という異名が付けられた。


 一度でも剣を交えれば、その相手のくせや剣の質、全てを見切ってしまい、一度は負けることがあっても、その相手に二度と負けることは無かったという。


 江戸三大道場、『技の千葉』と言われた北辰一刀流「玄武館」の後継者として、将来を嘱望された男だった。


 父が剣術師範を勤めていた水戸藩に出仕し、今年の一月に馬廻役から大番頭に出世した翌日に突如急逝したと伝えられている。死因は病死となっている。

 その時、三十歳。弥助の三つ下で、斉藤弥九郎の次男勧之助とは同い年だった。


 さすがに千葉道場を代表する剣士だけに他流との試合数も多く、その分だけ、天賦の才と言える数々の逸話も残している。

 勧之助とも対戦しており、「鬼勧」と言われた勧之助に勝利している。


 しかし、弥助との対戦は一度も無い。


 それは単に他流試合に出さしてもらえなかったことと、本人も出たがらなかったことにつきるのだが、音に聞こえた練兵館の「閻魔鬼神」と玄武館の「小天狗」という、江戸三大道場の二つが互いの最強剣士を出して対戦なんて、屈指の好カードだ。


 実現すれば結構な勝負が期待できるだろう。

 先述した宇野金太郎のケースのように、勧之助が負けているのだし、練兵館の秘密兵器として出せば良かったのにとも思ったりもしたが、相手が天下の千葉道場の跡取りとなれば、負けた所で練兵館の看板に傷がつく物でもない。

 逆に、師範でも、師範代でも、まして塾頭でもない無役の弥助を出して、万が一でも栄次郎が負けようものなら、それこそ玄武館のメンツが立たないことになる。


 まあ、それはさておき、今、十松の目の前に立つ千栄天元が、将来を嘱望された天才剣士、千葉栄次郎だという。


 一体、何がどうなって、このように変わり果ててしまったのか。


 いや、それよりも千葉栄次郎は既に十一ヶ月も前に死んでいるはずなのだ。


「噂は本当であったのか、水戸の藩士たち相手に曲芸まがいの剣でさんざ打ち負かしたことで恨みを買ったとかで・・・」

 確かに、父に代わって水戸の藩校、弘道館で剣術指南をした際に、竹刀を投げたり、空中を回転させたり、相手の股をくぐらせたり、さんざん弄ぶように藩士たちを翻弄した挙句に、全員を打ち負かしたことがあった。

 これには、藩士たちが烈火のごとく怒り、一時は刃傷沙汰にまで及びそうになったので、千葉周作まで出てきて平身低頭謝罪して事なきを得たことがあった。

 しかし、これも十年近くも前の話である。


 その後に、栄次郎は正式に水戸藩に出仕もしている。


「あの折は、恥を忍んで頭を垂れ心から詫びたが、正直、それすらしたくもなかった。そもそもあの者らはろくに稽古もせず、指南を受ける態度でも無かった。そうでなければ、私とてあのような真似はしない。ところが、己が未熟を棚に上げ、面罵し、嘲り、挙句に藩まで使って抗議し、父までも頭を下げさせた。しかも、それを己が手柄が如く吹聴し、事あるごとに公の場でも脅迫して来た。二度と父上に迷惑をかけまいと思い耐えてきたが、それがさらに奴らを増長させることとなった」


 出仕した栄次郎は、小十人組から馬廻組と順当に出世し、ついに今年の一月に大番頭の役に就く事となった。

 これを祝って、藩士たちが一席を設けてくれたのだが、今にして思えば、その出席した者たちの顔ぶれがすでにおかしかった。

 ほぼ、あの当時の顔ぶれが揃っていて、中には既に脱藩して浪人になっていた人間も相当数いた。


 口では、

「あの折の遺恨はすでにない、我らが師範の千葉栄次郎君の出世を心から祝おうではないか」

と言って、どんどん酒を勧めて来る。


 程よく酔った所で、介抱しつつ風呂を勧めて来て浴場にまで栄次郎を連れて行くと、突然、集団で押さえつけられ、服を脱がされると、


「卑怯にも風呂場で全身に酸をぶっかけられた。強烈な痛みに耐えられず、藻掻き苦しみ気を失いそうになっている中、あ奴らは、私を見てただ只管笑っておった。それこそ、桜田門の一件以降、あの藩は狂って居った。その狂った奴らの妬みや恨みが、この私に向けられていたことに気付いていなかったのだ」


 この事件は明るみに出ることは無かった。


 実行犯たちが全員、その日から姿を消したからということもあるが、千葉家として水戸藩に訴えることもできなかった。

 相手は徳川御三家、しかも、あくまで藩内において起きた事で発端となった事件においては栄次郎に否がある。


 当時の水戸藩においてはかなり微妙な時期でもあったことで、結局事件の真相は明かされることなく、栄次郎は重篤な容体の中、藩には病死として届けが出されてしまう。


 一時は生死の境を彷徨いもしたが、なんとか一命は取り留めたものの全身大やけどを負い、顔から体全身が火傷によりケロイド状になり、常に薬を塗っておかないとすぐに膿んで来る。ほぼ、全身を包帯で巻いておかないといけない状態が長く続いた。

 ようやく膿も引いて、痛みも和らいだ頃、ありし日の千葉栄次郎の姿とは似ても似つかぬ二目と見れぬ醜い姿と成り果てていた。


「あの折に、千葉栄次郎は死んだ。命のやり取りを知らず、棒を振り回す型ばかりの道場剣法風情で天狗になったツケが来たのだ。よって、天元とは、小天狗と呼ばれ文字通り天狗となってた過去の己への戒めとするために我が名とした。しかし、未だに疼くこの体はあの未熟で愚かな卑怯者どもの血ですすがねば癒されぬ」


「水戸浪士への復讐に、何故、清兵衛なんぞの用心棒になった? 」


「追っていた水戸浪士がこの品川や横浜で攘夷実行を計画して多く潜伏しておると言う話を聞き及んだ故、利害が一致し協力したまでのこと。たまたま相模屋にあやつらの一人が来るという知らせを受けたので復讐を果たすまで利用させてもらっただけ。されど、それも貴殿の弟子の御蔭で妨げられた。陣屋の中では、さすがに手が出せぬ」


「なるほど、・・・芹沢鴨か。あの酒乱め。方々で問題を作りおって・・・」


「そこで」

と、天元はぬるっと刀を抜いた。


「責任を取ってもらおうと思い至った。元より天元の名は、剣において頂点を成し、全剣術の中心を成す、と言う意味も込めてある。なれば、天元を成す者もいずれは倒さねばならぬ。貴殿にはその立会いを願いたいのだ」


「力づくで・・・と、そう言うておるのだな? 千葉栄次郎」


 十松も、ゆっくりと刀を抜いた。


 天元は既に幾人もその手に掛けている。

 その纏っている狂気は、まさにその奪って来た命の数によって膨らんで行く。

 今、彼から発する気は尋常ではないほど膨大となっている。

 これから起こる幕末の動乱期を除けば、江戸時代の感覚はほぼ現代人の感覚に近いように思える。


 時代劇ではやたらとチャンチャンバラバラ、刀を抜いて斬り合っている様にも思えるが、実際問題として、おそらく侍として生まれても一生を通じて刀を抜くような機会に巡り合うことも無く人生を終えるのが殆どであった。


 例えるなら、刑事ドラマのようにドンパチすることも無く、警官は一度も銃を抜いたり、人に向けて構えたり、まして発砲することなく定年を迎えるのと同じくらいだった。


 つまり、世界的に見ても、それだけ治安も良く平和であった。

 そして、それは今、刀を抜いた十松も同じだということだ。


 いかに、剣を極めた達人と言えども、真剣で立ち会ったことはあっても、本気で殺し合うような〝死合い〟は当然したことは無い。

 では、普通の現代人と同じように、この時十松は手の震えを抑えられず、全身から汗を噴き出し、死の恐怖におののき足がガタガタと震え、体が硬直していたのかというとそうではない。


 高揚していた。


 だから、心拍数は上がり緊張もしていた。


 しかし、それは恐怖からではない。

 どこまで行っても、十松もまた〝剣士〟なのだ。


 現代のようにスポーツ感覚で武道をやって来たのではない。

 先述のように武士が武道をたしなむのは、あくまでも就職の為の必須スキルを身に着けるのと同じ感覚と言ったが、一つの武道、武術、剣術を極めんとする者は、やはりそこらの武士とは違う。


 〝武士道〟という哲学の中に、武道、剣術という物があり、そこに命を預けるのが、武士としての哲学であり美学なのだ。


 とすれば、武士として、そして剣士として、北辰一刀流玄武館の次期当主と言われた男と剣を交える機会を得たとなれば高揚しないわけがないのだ。

 たとえ、一刀の元に切り伏せられようとも、自らが一生を通じて研鑽した剣というものが、果たして真剣の場においてこの相手に通用するのか、試してみたくならないわけが無いのだ。

 

そんなところに佐平次が折悪くひょこっと顔を出した。

「先生、何をしてるんで? ・・・ひっ! 」

 佐平次が店の暖簾から顔を出したのが、丁度互いの間合いの間にあった。


 二人の気のぶつかるところですっかり当てられた佐平次は、腰が抜けてしまい、その場にへたれこんでしまった。


「顔を出すな。佐平次、引っ込めておれっ! 手を出すなよ。無縁の者故な」

「もとより。我が目的は天下無双、仏生寺弥助、ただ一人」

 佐平次は何とか這いながら、店の中へと引っ込んだ。


 互いに構えを取って、じりじり寄って行く、刀の切っ先が交わった途端、激しくかつ速く剣が幾重にもぶつかり、交わされる。


 一旦、間合いを取り、岡田十松は八甲、千栄天元は下段の構えを取る。


 次の瞬間、双方同時に動くと、激しく剣が交わされ、一瞬の隙に天元は十松の腕を斬りつけ、十松の刀を握る力が弱まった。

 その間隙をついて首を狙い寸止めした。


 勝敗は決した。



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