学級一の美少女に告白され、すぐに噓告だと見破る俺。だが一週間だけ彼氏役を演じることにした結果……
「佐藤くん。私の……恋人、になってくれませんか」
放課後の教室。
俺は、1人の女の子に呼び出されていた。
その相手は七宮 清恋。黒髪ロングで清楚な見た目の、学級一の美少女だ。
そんな彼女が、今、俺に告白をしている。
男女別の出席番号順に並んだとき、彼女とはいつも隣になるので、全く話したことがない相手、というわけではない。
だが、親しい間柄というわけでは全くないし、この状況を説明するには、きっとアレしかないだろう。
信じたくはないが……清い恋と書いて、こんなことをする奴だったとは、な。
「……はあ……」
俺は彼女に気付かれないように注意しつつも、ついため息が漏れてしまう。
教室の周囲を見渡す。こういうときは、だいたい誰かしらが告白現場を見ていて、俺が了承の返事をしたら盛大な種明かしがあるものだ。
俺は面倒事が嫌いだ。
世の中良い人ばかりではない。
皆の人気者になるということは、少しばかり気の合わない奴や、性格の悪い奴とも関わらねばならない。
だから俺は目立つことを極力避けて生きてきたつもりだし、そんなわけで今目の前にいる「目立つ」タイプの奴とも、できるだけ関わりたくはないのだが。
「いいよ」
俺は、文字にすればたった3文字の、一番簡単な返事を選ぶ。
周囲に人影は感じなかったが、ここで俺が断ると、OKをするまでしつこく迫ってくる可能性がある。―――目的を達成するために。
そうなると、かえって面倒なことになるのは明らかだ。だから俺はこの言葉を選択したのだったが……
「……うん……あの、それでは今日は一緒に帰りませんか?」
特に誰かが飛び出してくることはなく、そのまま成り行きで彼女と一緒に下校する羽目になってしまったのであった。
♢♢♢
校舎を後にして、1分ほど歩いただろうか。
だが、彼女が言葉を発することはない。こちらの様子をチラチラと伺ってはいるが、未だ沈黙したままで俺の真横を歩いている。
念のため、俺は周囲を再度確認する。しかし、俺らの様子が誰かに監視されているようには思えない。
―――これは、かなり厄介なパターンだ。
つまり、種明かしが大分後にあるということである。
このまま無言を貫いていても埒が明かないので―――思い切って直接彼女に問いかけてみることにした。
「それで、俺はいつまで彼氏をすれば良いんだ?」
「……!?」
露骨に動揺した素振りを見せる彼女を見て、俺はやっぱりか、と確信する。
期待なんて、元々していない。だが、こういう反応をされると、流石に少しだけ嫌な気分になった。
噓告をされて喜ぶ奴なんて、誰もいないだろう。
「……一週間」
俺が待っていると、彼女はやがて真実を話し始めた。
「一週間だけ、私の恋人になって欲しいの。私、実は、彼氏とかいたことなくてね、それでこの前友達2人に1回作ってみたらって言われて、私は断ったんだけどその後の賭けで負けちゃってね……」
尋ねていない部分まで、次々と勝手に語り出してしまう七宮さん。
だが、その様子を見て、俺は少しだけ安心する。
正直、七宮さんはこんなことをするタイプには見えなかった。だから、告白をされたときは個人的に結構ショックだった。
噓だとは分かっていたから、その点は別に今更はっきりしたところでどうでも良い。しかし、こうも素直に裏事情を喋ってしまうような奴だというのもまた、意外だった。
「それで、一週間、か」
「うん……ごめんなさい、断ってくれて全然いいから」
「でも、そうしたらお前は友達との約束を破ることになるんだろ。……また別の奴にでも告白するのか?」
「うっ……」
言葉に詰まる彼女を横目に、俺は考える。
彼女にこんなことをさせる友達なんて、どうせロクな奴らじゃないし、このまま約束を破って仲違いしても全然構わないだろう。
だが、俺とは違って皆の人気者で、人付き合いに気遣うタイプの七宮さんなら……友達とやらとギクシャクするのを嫌って、また別の奴に告白するのかもしれない。
今回は相手が俺だったから良いが、うちのクラスにはタチの悪い男子だっている。この前も他校の女を引っ掛けた等と抜かしていた……俺が断ったせいで、彼女がそういう奴と万一のことがあったら、流石に寝覚めが悪い。
……ああ、だから人付き合いは面倒なんだよ。
「……わかった。一週間だけだぞ」
俺は仕方なく彼女の条件を吞むことにした。―――ただし、こちらからも条件を提案したうえで。
「ただし、今日みたく一緒に登下校はもうするな。俺みたいな奴と一緒にいるところを、万一罰ゲームを知らない誰かに見られて、誤解されたらお前が不利になる。だから平日は夜にL〇NEをするだけにとどめる。―――金のない普通の高校生の彼氏彼女って、そんなもんだろ」
知らんけど。
「それから週末は一度だけデートをする。場所は……映画館ならすぐ終わるか。観終わった後にカフェでも寄って、そのときに撮った写真と映画のチケット、それから一週間分のL〇NEをお前の友達とやらに証拠として見せたら、一応は納得してくれるだろ」
相手に俺を選んだことについては、何か言われそうだが。
「……うん。ありがと。……佐藤くんって、ほんとに彼女、いないんだよね?」
「じゃなかったら速攻で断ってるよ」
失礼なことを訊く奴だな。陰キャで根暗な俺に相手がいないことくらい訊かなくてもわかるだろ。
歩きの彼女とは違って電車通学の俺は、駅の近くで彼女と別れ、帰りの電車の中でこれから一週間のことを考えては、憂鬱な気持ちでいっぱいになっていた。
♢♢♢
告白されたのは木曜日だったから、その日の放課後は「今何してる?」だとか、当たり障りのない会話内容を選んで、金曜日はデートの詳細を詰めた。
こうしてすぐに週末はやってきて、俺たちは映画館でデートをした。
知り合いに目撃されないように、わざわざ遠くの映画館を選んで。折角だから、学校近くの映画館では上映されていない、マイナーな作品を観ることにした。
内容は決してつまらなくはなかったが、マイナーが故か、全体的に間延びしていてところどころ退屈ではあった。
貴重な、と言っても部屋でゲームをするだけだが、休日をこっちは潰されているわけだ。
このまま彼女に利用されるだけというのも癪なので、俺も退屈しのぎにできるだけこの状況を楽しむよう努めることにした。
―――隣で真剣な表情をしながらスクリーンを見つめている、彼女の綺麗な横顔を眺めて。
いわゆる「陰キャ」側に属している俺なら、本来であれば一生をかけても手に入らない相手だろう。
映画を観終わった後、近くのカフェに入って互いに感想を述べ合い、初めて俺に屈託のない笑みを浮かべる彼女と会話しながら、将来こいつの隣にはどんな男がいるんだろうな、とか、そんなしょうもないことをずっと考えていた。
月曜日の放課後、L〇NEで「本当に彼女いないの?」と言われたときは、流石に冷や汗が出た。
―――だってそうだろ、恋人同士の証拠にするはずのL〇NEの文面なんだぞ。
これは終わったかもしれない……いや、確実に終わったと思った。
恋人に彼女の有無を訊くなんて、常識的に考えてあり得ないだろう。それこそ、浮気を疑っているとか、特殊な場合を除いて。
俺は慌てて通話モードに切り替えると、彼女にそのようなことを伝えて、軽く注意しておいた。―――もう、手遅れだろうけど。
恋人がいたという証拠になるツールを使う際は、細心の注意を払ってほしい。
電話越しで、ごめんね、と言う彼女の声は、心なしか少し震えているように聞こえた。
火曜日の放課後、L〇NEで「声が聞きたい」と送られてきたときは、一瞬動揺した。
まあ、すぐに昨日のやり取りを思い出し、その意図に気付けたから良かったが。
俺は通話モードに切り替えると、そのままスマホをONにした状態で、PCを立ち上げた。
本当はスマホのゲームをしたかったんだけどな、なんて思いながら10分ほどスマホを放置した後、ほど良い時間に通話を切ったら、その直後にすごい勢いでメッセージが飛んできた。
ずっと返事をしない俺に、不安になっていたらしい。
通話の状態なんて記録されないんだし、そんなところでまで恋人を演じるとか馬鹿だろ、と彼女に伝えながら、段々とこいつの性格が見えてきたことに気づく。
どこまでも真っすぐで、素直な奴。
思えば最初からこいつは、嘘は言ってないんだよな。
「付き合ってください」と言ってきただけで、俺のことを「好き」だとは一言も言っていない。
美人で皆に人気で、それを維持するために周囲に愛想笑いをし続けるなんて、くだらない、面倒な生き方だと思っていた。
なのに、俺は週末のカフェで見せた、あの笑顔を思い出してしまう。
―――あんなの、卑怯だ。
こいつは、皆にああいう笑顔を見せているのだろうか。クラスカーストだとか、そういう目的で彼女に近づいてくる相手に対しても、それに気づくことなく、彼女は……
いつか壊れてしまうのではないかと心配になる。
本当の恋人を見つける前に、もし悪い男に引っ掛かってしまったら……
「明日、私の家に来てくれませんか?」
彼女から最後に送られてきたメッセージを読みながら、俺は彼女が酷い目に遭うところを、つい想像してしまった。
俺が、もっと地位のある男だったら……
生まれて初めて、そんなことを思った。
「……馬鹿じゃねえの」
彼女に対して無意識のうちにそう呟くと、俺はソファに向かってスマホを放り投げていた。
「今日は一度も話せなかったね」
水曜日の放課後、彼女から送られてきたL〇NEを開きながら、俺は昨日、結局既読スルーをしていたことを思い出す。
そしてあのとき、もし彼女の家に行くと返事をしていたら……どうなっていたのかを想像してしまう自分が嫌になった。
既読スルーの後にこんな文を送られては―――もう、恋人同士のやり取りとしては破綻してしまった。完全に上手くいっていない、アレだ。
そもそもこの一週間で、学校で会話した日なんて一度も無かっただろう。
何を考えているんだ、あいつは。
流石にもう無理かもしれないが、少しでも恋人らしく見せられるやり取りになるように、俺はなんとか軌道修正を試みようと頭を働かせる。
「ごめん、昨日はあの後色々あって返信する前に寝ちゃってた」
適当にそれっぽい文章を送り、俺は彼女に通話する。
通話履歴さえ残っていれば、あとはこのやり取りの「読み手」が勝手に解釈してくれるだろう。
昨日のことがあったので今日は通話中もスマホを耳に当てていると、「今日で最後だね……」とか、タチの悪い言い方をする彼女の声を聞かされる羽目になった。
「そうだな」と、それ以上返しようのない問いに返事をしながら……
本当は、彼女の全てが演技だったのではないか、という疑いを抱く。
俺が彼女の為を思って過ごしたこの一週間、実は彼女自身にずっと遊ばれていたのではないだろうか。
俺は、できるだけ考えないようにしていた。信じようとしていた。―――彼女が最初に言った、噓告の理由を。
友達との罰ゲームに従って、一週間だけ恋人を作る。
だが、そんなのはでっち上げた適当な理由で、もしも、彼女が、彼女の意思で、噓告を仕掛けてきたのだとしたら―――
今こうして、通話中に思わせぶりな発言を繰り返す理由も、説明できる。
一度疑ってしまえば、キリがなかった。
俺がどんな反応をするか確かめて、電話の向こうでは俺のことを心の中で嘲笑っているのだとしたら。
彼女の数々の発言の意図も、理解できるのだ。
……なんか、一気に萎えてきた。
相手の顔を見せずにやり取りするL〇NEや通話は俺が提案したものだが、彼女にとっては表情を作る手間が省けて、俺を馬鹿にするためにさぞ便利で最適なツールだっただろう。
―――ほんと、くだらねえな。
0時が過ぎるのを待った俺は、そのときが来ると、そっと―――通知を切り、眠りについた。
♢♢♢
私には、ずっと気になっている男の子がいる。
クラスでいつもふざけている男子たちとは違って、佐藤くんはいつも真面目で、大人っぽい雰囲気が漂っている。
私はそんな彼に何とかして話しかけてみたいと思っていたけど、出席番号順で隣になる機会があっても、緊張からなかなか上手くいかない。
こんなことは、生まれて初めてだった。
ある日、私は勇気を出してこのことを友達2人に相談した。
ただ私の悩みを聞いてほしいという気持ちもあったけど、彼女たちは2人とも彼氏持ちで、きっと参考になると思ったから。
しかし、彼女たちは具体的なアドバイスをくれるわけではなく、何故か急にゲームを持ち出して、負けた私に一週間彼と付き合うように命じてきた。
……今になって思えば、きっとそれこそが彼女たちなりのアドバイスだったのだと思う。
最初の一歩をどうしても踏み出せない私への。
彼のことを放課後に呼び出して、付き合ってほしいと伝えるのは、かなり緊張した。
罰ゲームという建て前がなければ、絶対にできなかったと思う。
いいよ、と返事を貰ったときは、正直びっくりしたけど、彼の何も期待していない表情を見て、これが罰ゲームによる告白だと見破られていることにすぐ気づいた。
それと同時に、申し訳ない気持ちでいっぱいになって。
やがて彼から尋ねられ、良心の呵責に耐えられなくなった私は、とうとう自ら全ての舞台裏を白状してしまった。
だけど、彼はそんな私に淡々と条件を提示し、一週間だけ私と恋人になってくれるという。
冷静に状況を分析する彼はやっぱり格好良くて、ドキドキした私は気づけばどさくさに紛れて、うっかり彼女の有無を尋ねていた。
……絶対、変な子だと思われた。佐藤くんは、話すときに私の表情をよく見ていたから。
家に着いてから激しく後悔した私は、それに、ちゃんと表情を作れていたら、彼に罰ゲームの告白だと見破られることはなく、本当の意味で付き合えていたという可能性に気付き、更に落ち込んだ。
とはいえ、終わってしまったことは仕方ないので、私はせめてこの一週間を精いっぱい楽しむことにした。
佐藤くんと一緒に映画館デートをできるなんて、まさに夢のようだった。
彼には意外にもときどきちょっと拗ねたりとか、可愛らしい一面もあることに気付き、ますます彼のことが気になって仕方なくなった。
だから私は、彼女という仮面を被っていられるうちに、普段の私なら絶対できないようなアプローチを試みることにした。
メッセージアプリは、すぐ顔に出てしまう私にとって、少し恥ずかしいことでも勇気を出せば送ることができるから便利だった。
だけど、同時に返事が帰ってこないと物凄く不安になった。
私は彼にありのままの気持ちを送り続けた。こんな風に心の内を打ち明けたことは今まであまりなかったから、なんだか新鮮で心地良かった。
だけど、佐藤くんはあくまで「恋人のフリ」というスタンスを貫いていて……
私は次第に空回りしていった。
彼のことを振り向かせたくて、焦って、彼にとって迷惑になるようなことまで送ってしまった。
その度に何度も後悔して、毎晩泣いてしまった。
誰かを好きになるってこんなに辛いことだって、初めて知った。
自分では抑えきれないほどに、「好き」という気持ちが膨らんでしまっていることに気付いて、だけどもう遅かった。
彼の気持ちが私には向いていないことは明らかだった。
何をしても、関心がなさそうな態度を取られて……冷静に今の状況を客観視したとき、これは私があくまで「噓告白」しているような状況なんだって思い出したときには既に、木曜日の0時を回っていた。
待って。
まさか、まさかとは思うけど……
全部、私が彼をからかって言っていると勘違いされてた……?
気づけば私は慌てて彼に「好き」とメッセージを送っていた。彼の提示した期間が過ぎていれば、私の言葉を信じてくれるかもしれないと思った。
だけど、59分まで話していたのに、彼の既読は一向につく気配がなかった。
震えるスマホの画面の上に、数滴の水が落ちていく。
私にチャンスは、もう残されていなかったんだ。
きっと私は、彼のことを傷つけた。
だから私は、彼にブロックされてしまったんだ。
「……嫌、だよ……」
私は布団の中で呟いていた。もしかしたらと何度もスマホを確認する自分がバカみたいで、何度も諦めようと自分に言い聞かせた。
だけど、どうしても彼のことが頭から離れない。
当然、一睡もできるはずがなかった。
早く、彼に会いたい。
いつの間にかそんなことで頭がいっぱいになっていた。
こんなことをしたら、ますます嫌われてしまうかもしれない。
でも、私にはもう我慢なんてできなかった。
朝食を食べてすぐ、家を飛び出した。
学校とは逆方向の駅に向かって走り出す。
早く彼の顔が見たかった。
振られてもいい。嫌われてもいい。
だけど、このまま有耶無耶に終わってしまうのだけは、どうしても嫌だった。
改札口から、人波が押し寄せてくる。
こんなに人がいるというのに、彼を見つけるのは簡単だった。
彼はスマホを片手に、怪訝な表情を浮かべていた。
「……佐藤くん……!」
私は咄嗟に彼の腕を掴む。
私に気づいて目を見開いた彼は、今まで見たことのない顔をしていた。
今なら、恋人役という仮面のない、今なら。
彼の心の内に入り込むことができるかもしれないという、僅かな望みに賭けて。
私の気持ち、届いて―――
「……あの、わ、私ね……!」
最後までお読みいただきありがとうございました。