13 闇の中で蠢く
つかれたから寝る。
と言って、サクラ君は適当な休憩テントを借りて休みに行ってしまった。
ここから地上へ出るにしても、半日はかかるので僕らもここで一泊することになった。
原獣の脅威は本当に消えたようで平和そのもの。魔物避けの結界もあるし、ぐっすり眠ることができた。
……とはいっても。
(睡眠とかロクにしたことないけどね……)
寝ようにも、熟睡にはほど遠い。居眠りと同じくらいの浅い眠りから覚めると、まだ周囲のテントも寝静まっていた。
脳はいつも通り冴えている。疲労の名残など欠片もない。
そも、この身体は疲労という概念から程遠い。
常に最高の状態を維持しているのだ。これは僕の意志ではなく、生まれた時から備わっている機能だった。僕にとって睡眠とは休息ではなく、単なる「暇な時間」に過ぎない。
枕元に置いていた眼鏡をかけ直し、散歩がてらテントから出る。
ふと、昼間に診た患者たちがいるテントを見て──
(容態良好。向こう三時間は起きる気配ナシ、と)
本人たちの様子を直接確認するまでもなく、そんな「知識」が湧き上がる。
それを自覚して、しまった、と自己嫌悪する。
「……いやいや、一応、ね」
何を妄想と予想で満足しているのか。
それで「診察」を終えようとした意識に活を入れて、患者用のテントを見に行く。そこに並べられた四人の顔色を伺い、本当に体調良好だな、と確認してからその場を後にする。
(……また順序が逆だ)
確認してから安心するのではなく、「解っていたから」安心する。
同じような経験を、もう何度もしてきている。未知から既知にするのではなく、既知を確認する行い。これは──他と僕とを、確実に分けている一線だ。
死なない身体。
なんでも知っている知識。
人はそれを完全だと言うが、成長の道から外れた生命など意義を失っている。
(……あれ、でも)
今日ひとつ、分からないことがあった。
あの原獣だ。
原初の混沌から生まれたという原生生物──僕は、アレについて何も知らなかった。
その感覚に似たものを知っている。サクラ君の言葉をなぞることになるが、あの不可解さは、初めて遺生物を目の当たりにした時とおんなじだ。
新鮮な未知。知識にない研究対象。
そういった感覚が興味深くて、夢中になったことがある。
助手たちには呆れられたけど、あれほど充実した研究期間はそうなかった。
「……なんかなぁ」
別に自分を天才だ、と口ではいくらでも言うけど、本心ではそこまで本気じゃないし。
ズルというかチートというかバグというか。
知りもしない特権を勝手に使っている感覚に、申し訳なさを覚えている自分がいる。
──こんなことに使うべきものではないのに。
──他にもっと使うべき道があったのに。
──それが何だったのか、思い出せない。
忘れているのではない。そもそも何かを忘れたことなんて一度もない。
生まれる前に何かを落としてきたような。
役割、役目、使命、義務のような──大切な何かを、取り落としてきたような感覚。
「知識」が浮かぶたび、振り返る。
「不死」に苛まれるたび、首を振って進み続ける。
先は長く果てしない。
ああ──だけど。
──『■■■■■』
一つだけ。
やるべきことがあることを、まだ覚えている。
「──?」
拠点フロアを歩いていると、まだ灯りのついているテントを見つけた。
あれは……調査隊の作戦テントだろうか? みんな、まだ寝ていなかったのか。
それとも何か、原獣以外で問題が──?
『──帝都の方で混乱が広がっているのは間違いないだろうな』
ノクスさんの声だった。
『前皇帝の遺言だと明かしているのは大きい。皇族は自決しろと言っているようなものだ。それは現帝国体制の崩壊を意味している。近いうち、内部派閥で何が起こるか、誰も予想できん』
『……いつかは来ると思っていたさ。上層部、貴族連中、皇族派閥、どいつもこいつも腐り落ちてるのは二十年前から知ってる。だが……はぁ、まさか皇帝自身がその引き金になるとはな……』
もう一人の声はオルステッドさんのようだ。
冒険者同士の情報交換、ってやつだろうか。
『かつて、大貴族だったお前を切り捨てた相手か。しかし時の流れで済ませられるような復讐ではあるまい。だから革命軍の長なんてやっているんだろう、オルステッド?』
ごめんちょっと待って今なんて?
退散しようとしていた足を止める。僕はそろりと、テント近くに積んであった木箱の陰に隠れて、二人の話に耳を澄ませた。
『「銀の黎明団」……お前たちの目的は、今の帝国そのものを揺るがす真実の暴露だろう。大帝国時代から秘密裏に続けられている研究──それは、』
『ノクス。他人の悪心を煽るクセは治ってねぇようだな? それにその研究は、巷の都市伝説だ』
『本当にそう思うか? だったら何故こんな所に何年もいる? お前が求めていた成果はまさに今日、得たものではないのか?』
『……』
……オルステッドさんたち革命軍の狙い。
それで今日、得た「成果」といえば──原獣?
『原獣を生け捕りにしようとして失敗したんだろう。だから俺に救援なんて求めてきた。俺は倒してしまったことを謝罪するべきか?』
『……いらねぇよ。一目見た時から、アレは俺たちの手に負えないモンだと気付いた。あのサクラって奴の言う通りだ。超抜存在の眷属──一筋縄じゃいかねぇ相手らしい』
『対抗するなら最低限、人理兵装を持つ者をスカウトするべきだな。まぁ、そんな者が野良に転がっているなどあり得ないが』
無言で僕は顔を覆う。
いる、いますノクスさん。まさに貴方が! スカウトした! サクラ君って奴がぁ──!! めちゃくちゃやってる人理兵装所有者だよぉ──う!!
野良に転がってる兵装持ち、サクラ君!
物凄いパワーワードだ。世界遺産が散歩してるようなものだよ! 世界って在り得ないことだけで出来てるなぁ!
『……ノクス。てめえはあの原獣がなにか知っていたな』
『お前の見立ては正しい、オルステッド。俺を呼んだのも神がかり的な英断だ。確かに俺はあの原獣の主が何か知っているし、いくつか対処法も知っている』
『ッ! なら──!』
『だが』
ゴト、とグラスを置いたような音がした。
『友人を死地に送り込むほど、俺は自分を失っていないつもりだぞ』
打ったような沈黙。
その時、オルステッドさんはどんな顔をしていたのだろう?
『先に進む覚悟も、ここで手を引く覚悟も同価値だ。誰もお前たちを責めはしない。超常的な存在に対抗できるのは同類だけだ』
『──愚問だな』
そこで僕は、あのテントの中にいる気配を数え終わる。
話しているのは二人だけだが、オルステッドさんの周囲には──調査隊、もとい革命軍のメンバーが集まっていた。
『人外同士の戦いは人外だけでやればいい。ああ、化物合戦なんて管轄外だ、馬鹿馬鹿しい。なら俺たちが行く戦場は一つだけだ。陰謀巡らせ、裏で高みの見物決めこんでる阿呆を引きずりだす──人類側のいざこざを制圧する。革命軍はそのために組織したんだからな』
『……そうか。そこまで言うのなら──そこまで意志が統一されているのなら、もはや俺から送る忠告はない』
諦めたように、溜息を吐いたようだった。
どこか呆れたような眼差しをする、ノクスさんの顔を思い浮かべる。
『知っている限りだが……超抜序列、第五位について教えよう』
「……」
僕は、そこでそうっとテントから離れた。
その先の話を聞く必要はなかった。気配を殺し、闇に紛れ、自分がいるべき場所へ戻っていく。
なぜならそれは、とうに「既知」だったのだから。
◆
「さっき、“超常的な存在に対抗できるのは同類だけ”……っつってたがよ」
──情報の交換が終わり、完全に二人だけが残されたテント内で、椅子に座ったオルステッドは最後の疑問を問うた。
「それは……お前がスカウトした連中は例外ってことか? あのドクターも?」
「あぁ、最近の者は知らなくて当然だな」
テントの出口で振り返ったノクスは、意外そうな顔一つせずに答える。
「──彼は冒険者カルキ。『死終の塔』先遣隊の唯一の生還者。たった十年の活動で、失われていたこの大陸の地図を作製し……今の冒険者活動の基礎を築いた第一人者だよ」




