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Logic Tale《剣豪神子は最強無双するより帰りたい》  作者: 時杜 境
第三章 幽世トロイメライ
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12 混沌たる情勢

 危機は去った。

 消滅した怪物が、死から再生する、なんて展開もなく。

 平穏が戻った洞窟内には、しばらく静寂が満ちていた。


「俺たちが出る間もなかったな」


「プロフェッショナル~……」


 サクラ君とアガサちゃんも呆然としている。

 そうこうしている内にも、アイザック君とマイン少女は先んじて崖を降り、調査隊に合流していくのが見えた。


「頭領、無事か!?」


「無事じゃねぇよ、機材が台無しだ。数週間分のデータがパアだ。遅いんだよテメエら、何してやがった」


「怪我人は?」


「……精神のイカれちまった奴が数人。そっちはいま治療中だ。──で、ノクスの野郎は知ってるが、向こうの連中はなんだ?」


 推定オルステッドさんの視線がこっちに向いているが、サクラ君とアガサちゃんはノクスさんの元へ近寄っていく。僕もしれっとついていくことにした。


「……なんだと……?」


 ぼそりと、僕の耳にはそんなノクスさんの声が聞こえた。

 突っ立っている後ろ姿は、何者も受け付けていない。なにか気になることでもあったのだろうか……?


「ノクス。今のは?」


 サクラ君が声をかけると、ピクリと反応した。

 ──一瞬、振り向きざまに殺されるような予感がしたけど、別段そんなことはなく。


「──ああ……」


 こちらを振り向いたノクスさんは、いつも通りの、落ち着いた顔だった。



「原獣?」


「混沌から生まれた原初の獣。太古の時代から地底の深層に蔓延っている原生生物……といったところか」


 ノクスさんの説明を聞きながら、目を向けるのは原獣がいた場所だ。

 その地表は黒ずんでおり、腐食して融解したような跡がある。……瘴気の名残り。俗にそれは、「侵蝕現象」と呼ばれる最悪の災害だった。


「学者連中が『深淵なるもの』とかって呼んでるアレだろ」


 顔を出したのは、短い灰色髪が特徴的な強面。調査員らしい学者風なローブ長な装束だが、立ち姿からして相当な場数を踏んでいるのが伺える。

 ──彼こそが今回の救助依頼人、「弓のオルステッド」その人だ。


()()()()()()()()()、そして悪魔に成り切れなかった()()()ども。要は悪魔の御親戚ってコトさ」


「……だからって、あそこまで独創路線を行くか普通?」


 苦虫を噛んだような顔をするアガサちゃんの気持ちは当然だろう。

 なにせウネウネの触手体だ。魔物というにはおぞましすぎ、植物というには醜悪すぎ、もはや別天体の新種生物なんて言われた方がマシまである。


「遺生物みたいだな」


 ──と、ポツリと零したのはサクラ君だった。

 その発言にオルステッドさんが片眉を上げる。


「遺生物……って言ゃあ、数か前まで極東にいた結晶の魔物だろ? なにが似てるって言うんだ?」


「地上の生態系から逸脱している。この場合の逸脱とは『独立』だ。悪魔と同じ根源から生まれた生物とはいうが、彼らと進化の道を(たが)えたのはその過程だろう」


「ん~~、つまり?」


 結論まで堪えようのないアガサちゃんの難しい顔に、つまりだな、とサクラ君は繰り返し。



「原獣とやらは、どこぞの超抜存在の眷属かもしれない、ってことだ」



 ────実体験しかない人だけが言える、核心的な事実を口にした。



     ◇



 悪魔という種族の起源は古い。

 ラグナ大陸ではどういった経緯で発生したかは知らないが、少なくともアルクス大陸において、悪魔とは古くから他種族の天敵といった認識が強かった。


 最近になって、超例外的に「魔族の味方」として登場したのが王国の宮廷魔術師──サリエル君だろう。

 悪魔の賢人。それを従える王国は、現代において有数の主要国家の一つである。


 ……話を戻そう。そも、悪魔とは何処から生まれたのか。


「原初の混沌」


 僕が患者の治療に携わる後ろで、ノクスさんの説明が聞こえた。


「……あくまでも詳しい者から聞いた仮説だが。『それ』は今でいう深海の底にあり、深淵そのものといえる場所だった。地上の創造から数百年、渦巻いた混沌は複数の生物を生み出し、外界に適応できないものは死に行くだけだった。──だが」


 きっかけが生まれた。

 外界に順応し、混沌から独立し、地上の法則から逸脱した「始まりの者」が。


「大悪魔──悪魔たちの祖とされる存在が生まれ落ちた」


 ()()()()()()()()()()

 当時は唯一の超抜存在だっただろうから、実質的な「最初の一位」とも呼べるかもだけど。


 ……ん? なんで僕はそんなことを知ってるんだろう? サクラ君から聞いたんだっけ?

 …………またヘンな情報網からかな。悪い癖だ。


「この仮説が正しければ、悪魔は『大悪魔の眷属』といえる。かつ、大悪魔が超抜存在とイコールだとすれば、確かにそこで分かたれた進化──独立を遂げた原獣は、別の超抜存在の配下である可能性はあるな」


「……ほとんど確信を帯びてる気がするのは俺だけか?」


 うんざりした様子の声はオルステッドさんのものだ。

 職場周りに、超抜存在とかいう災害の眷属がうろついてる──なんて聞いて、穏やかな心地でいられる方がまずないだろう。


「まさかおとぎ話の魔物が身近に存在してたとか、知りたくもねぇ事実だったよ。そういう超常的なアレコレは、魔術師どもの管轄だと思っていたんだがね」


「でも王国の人たち、倒してますよね? 確か、第四位、でしたっけ」


 マイン君の確認に、ちょっと心がざわつくのは当時の舞台の最前列にいた観客だったからだろう。

 フフフ、聞いて驚いてほしい。遺生物に(コア)があるって発見したのも、第四位を打倒できる人材筆頭と始めに出会ったのも、このジェスター君なのだよ────!


 他には特になにもやってないけどね。

 縁と運だけで千年生きてきた。それが僕。


「そうだよ。おかげで今や王国は大陸一の先進国だ。いつ帝国に侵攻してくるか、あちこちで馬鹿どもは戦々恐々してる。ハ、資源にも人材にも困ってねぇ強国が、わざわざ攻めてくる理由なんてねぇのにな」


 王国の戦力を鑑みれば、オルステッドさんの意見は的を射たものだ。

 王国騎士団、魔術師団──それに始祖竜。

 生ける伝説騎士ヴァン君、もはや生ける神話サリエル君、復活した地竜という三点セットを揃えた王国は、アルクス大陸において敵なしといえる。なにあれバグかな?


 むしろ「第四位に侵略されてる」というのが唯一のバッドステータスだったくらいだ。

 内政は今の国王がいれば向こう千年は安泰だろうし、国としては現代最強といえよう。


 対して、最近の西大陸といえば……


 テロリストA、大陸指名手配犯D、謎の黒髪少年神、聖国の残党、魔法使い、錬金術師たちの上陸、機巧天使、冒険者、原獣……等々、カオス極まってきている。今から魔術国家(ノストシア)に行って引きこもれないかな?


 そういえば噂だけの革命軍……「銀の黎明団」とやらはどこにいるんだろう?

 そっちもそのうち出くわすことになるのかなぁ。


「牽制に仕掛けてくる、とかはないんですか?」


「あの国の本質は『研究国家』なんだよ。そも、魔術の研究のために建国されたような国だからな。必要に応じて対応はしてくるだろうが、下手に刺激しない限りは問題ねぇだろう」


「詳しいねぇ、オルステッドさん」


 そこで大方の治療が終わったので、僕は会話に混ざることにする。

 顔を出せば、少しだけオルステッドさんの強面が歪んだ。


「僕は政治とか全然ダメだからね。あ、治療は終わったよ。ここ数時間の記憶を弄っておいた。ついでに精神防護の術式も適応しておいたよ。四人分、合計して三万二千セインだよ」


「チッ……持ってけ」


 ぽい、と金貨の入った小さい袋を投げられる。

 音と重さで中身は分かる──はい、ちょうどまいどあり。


「お金とるんだ……」


「こいつにだけは妙な借りを残したくねぇんだよ。つーかなんでいるんだ。医者から冒険者に転職希望か?」


「ただの出張中だよ。皇族暗殺未遂テロのせいで、今の帝都はゴタゴタしてるからねぇ」


「──何?」


 オルステッドさんの空気がピリつく。心なしか、その隣のマイン君も表情が硬くなった。

 ……どころか、やや騒然としていた周囲も静けさが増している。なにこの空気?


「知らないのかい? あぁ……情報統制の影響かな? エルフの領土だしね、ここ」


「無駄口はいい。帝国で何が起きてやがる」


「僕に訊かれても正確な現状は分からないよ? ……えーと、一月前に前皇帝が崩御したことは知ってるよね? で、一週間前に国葬式があって、正体不明のテロリストが襲撃したの。僕は緊急出張が入ってたから、翌日以降の情勢はなにも知らないよ」


 細かい所は端折って、ここ数日のあらすじを説明する。

 サクラ君たちを含め、なんだか最近は大物たちばかりに出くわしてる気がする。不吉な前兆だ。このまま進んでいったら、僕はどこまで行くことになるんだろうか?


「……、革命軍とやらの仕業か?」


「さぁ。そっちのことはさっぱり。でも『他国の事情に興味はない』、って言ってたから……ぜんぜん別の陣営じゃないかな?」


 あのテロリストAと怪人Dの所属。

 それが一番分からない。前皇帝の遺言に従って動いていたなら、皇族内部と繋がりがあるんだろうか? 繋がりがあったとして、彼ら彼女らの目的はなんなのか? ──黒幕の居場所がさっぱりわからない。


「聖国、魔法使い、革命軍……挙げれば挙げるほどキリがないよ、帝国の敵は。大帝国時代のものまで含めれば、それこそ果てしない。身内まで疑っていたら、後はゆるやかに滅亡するだけだねー」


「気楽だなドクター。『帝国一の名医』が、国の病気は治せないってか?」


「国ごと無くなれば、病気も無くなるんだけどねぇ」


「──」


「ははは、冗談だとも」


 言うまでもなく、今のは大帝国の最期のことを皮肉ってみた。

 ある日、一瞬で消えてしまった国。歴史も栄華も、夢のように消滅した国。

 謎と神秘と浪漫だけを残して、他には何も残らない。──思うに、世界の滅びもそういうものではないだろうか。


 無くなってしまった後でないと。

 その価値は、誰にも計れないのだから。


「戻ったぞ」


 ──横から声をかけてきたのはサクラ君だった。

 そういえば姿を見かけていなかった。どこに行ってたんだろう?


「アガサとアイザックと一緒に、原獣が出てきた通路を調べてきた。奥に地下へ続きそうな大穴があったから、浄化と結界を叩き込んで、腐食箇所は全部燃やしてきた。半年はこの辺りに出ないだろうが、さっさと退いた方が賢明だろうな」


「浄化? 結界? 燃やした?」


「ん……? 分かりずらかったか、クリーニングの類義語だ。燃やしたといっても腐食部分だけで、実際の燃焼じゃない。まあ、浄化とほぼ同じものだと思っていい」


 凄まじいまでの脳筋浄化法である。半年どころか十年向こうは亡霊も出ないだろう。

 サクラ君の後ろからは、心なしかヨロヨロとした足取りでアガサちゃんとアイザック君がやってくる。二人とも、「ヤバイものを見た」という目をしている。


「聞こえたか……アイザック……? 大穴の底からの断末魔っぽいものを……」


「断末魔じゃない、アレはアレだ、卵を殻ごと火にくべられた雛のような……」


 あの、百パーセント断末魔だと思うんだけど、それ。

 そんな二人の様子に、ノクスさんもサクラ君に疑惑……いや戦慄の目を向ける。


「……お前、聖職者だったのか……?」


「? 神なんて死んでも信仰しないぞ」


 そうだね。君、完全に殺す側だもんね。

 間違っちゃいないけど……なにかな、この引っかけ問題感は!



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