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Logic Tale《剣豪神子は最強無双するより帰りたい》  作者: 時杜 境
第三章 幽世トロイメライ
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11 原獣

 神竜の洞、中層。

 上層の適正レベルが初心者からCランク帯の冒険者だとすると、中層は最低でもBランク、更に下層にいくとAランク以上の実力がなければ生還不可能だと言われている。


 地中深くになればなるほど魔力の気は強まり、それはやがて瘴気となって徐々に人体を侵す。環境に適応した魔物はこんな場所でも生きられるが、地上に住む人類は対策をしなければ一月ともたない。


 特殊な罠や仕掛けが出てくる……ということは基本的にないが、魔物が単純に強くなってくる。

 なので中層以降に行く際は、Aランク冒険者を最低でも三名同行することが必須だ。

 さて、それを踏まえて僕らのパーティメンバーを振り返ると──


「なんか近づいてる?」


 不意にアガサちゃんが首を傾げ。


「鳥か? 六羽ぐらいだな」


 続いてサクラ君が補足し。


「『暗鳥(あんちょう)』という魔物だろう。目は見えないが熱源を察知して寄ってくる。魔力には毒があるから気を付けろ。──俺は奥にいる司令塔を潰してくる」


 と最低限の情報を言って、瞬きの間に姿を消すノクスさん。

 やがて風を切るような羽音と共に、黒翼の鳥の群れが僕たちを襲う──!


 なんて迫真的に実況してみたけれど、実際の戦闘は一分もかからなかった。

 サクラ君の放った初撃が二羽を斬殺、アガサちゃんの長斧が一羽を撲殺、バラけた他の一羽ずつを、慣れた動きでアイザック君とマイン君が手早くやっつけていた。


 僕はというと一歩も動かず棒立ちのまま。周りが強いと本当になにもすることがない!

 戦闘終了!


「頼もしいねぇ皆。怪我はない?」


「なんもねぇよ。むしろアンタが大丈夫か?」


「平気平気。僕に関する負傷は一切気にしなくていいよ。自分でどうにかできるからね」


 ふーん、と半信半疑に応えるアイザック君。

 ひょこりとその横から顔を出してくるのはマイン少女だ。


「貴方も斥候役とか言っていた割には、出番ありませんよねー。それ以前に、あの三人が万能すぎっていうか」


「あーそれな。ノクスがいるだけで劇的に難易度が違うが、あの二人のおかげでこっちも楽だよな」


 ……サクラ君とアガサちゃんはまぁ、戦闘民族みたいなものだしなぁ。


 ゲームでいえば、彼ら三人の前衛はレベルカンストのお助けキャラそのものだろう。しかも一人抜けただけではまったく連携に問題がなく、全員オールラウンダー、後衛は彼らの負担をちょっとでも軽くするだけの存在になっている。


「向こうも終わったらしいぞ」


 やってきたサクラ君の報告で、先行していたノクスさんの後を追う。

 通路の先の岩陰にはノクスさんが立っていた。その近くの地面では、五メートルほどもある巨大な黒鳥の死骸が塵になっているところだった。


「この大きさなのに全然気配がなかった……」


「司令塔は生息環境の魔力をまとって隠密する。羽の一枚一枚を使い、光の反射で視界からも消えるから、慣れた者でないと早期の発見は難しい」


「へー」


 死骸の傍にしゃがみながら説明を聞くアガサちゃんは、まるで彼の弟子のようだ。二人とも黒髪であるからか、年の離れた兄妹のようにも見えた。


「……ダンジョン内の魔物は消えるんだな?」


 サクラ君の疑問に、そうだね、と僕は答える。


()()()()()()()()()()()()()()()()()()。外から来た探索者の死体は残るけれど、ここで生まれたものは死ねばそこで消えるよ。例外はあるけどね」


「え。じゃあ私のこのブラックキャリバーも外に出たら消えんの!?」


「た……多分ね。迷宮産の素材で作ってるし、それ」


「儚すぎる! そんな残酷なことがあっていいのか!?」


「製作から一時間も経ってないだろ、それ」


 サクラ君がツッコむ中、アガサちゃんが崩れ落ちる。そのハルバード、気に入ってたんだろうか。

 記憶を失えど、錬金術師としての感性は残っているとか?


「『マテリアル』、っていう例外はありますけどね」


 後ろから来たマイン君の差しこんだ声に、アガサちゃんが首を傾げる。


「マテリアル……? なにそれ、伝説の魔物?」


「迷宮遺物。外に持ち出しても消えない特殊物質のこと」


 続く説明はアイザック君が引き継ぐ。

 僕は現役を退いて長いので、そのまま聞いてみることにする。


「大抵は宝箱に入っていたり、特殊エリアで発見する物質とかで、これらは迷宮から発掘できる品として高額で取引されている。多くの冒険者が迷宮攻略を生業とする理由がコレさ」


「一攫千金の夢か」


「ま、そういうコト。っつっても、そういうのが出る迷宮(ダンジョン)は、今となっちゃ掘り尽くされてるけどな」


 肩をすくめるアイザック君の視線は、ノクスさんに向いている。

 なるほど、ベテラン冒険者であればあるほど、そういうお宝に恵まれる機会はあるってわけだ。


「……今までで一番もうかったお宝は?」


「守秘義務があるのでな」


「おいズルイぞ。大人の言い逃れだ」


 アガサちゃんが指さして睨むが、ノクスさんはどこ吹く風だ。いやホントに言えない業務内容しかないだろう、Zランクが関わる冒険譚って。


「まぁ、有名どころの迷宮遺物(マテリアル)といえば、ズバリ、『悪魔の髪』でしょうねえ」


 ──マイン君が口にした名に、サクラ君とアガサちゃんが目を丸くする。

 「悪魔」という種族が、“人種”として当たり前の環境にいた彼らにとっては物珍しい話だろう。アガサちゃんに至っては……まあ、本人が悪魔(そう)だし。


「悪魔の……髪? 毛の?」


「そう、毛髪です。最高ランクの指定呪物。金髪の一房で、あるコレクターが収集していたらしいんですけど、一月もせずに家ごと腐り落ちた──っていう伝説が」


「ふーん、おっかないな。どういう悪魔の髪の毛さ、それ」


()()()


 その単語に、ほんの一瞬だけ、サクラ君の時が停まったように見えた。


「──としか伝わっていない、太古の悪魔です。なんでも真名を口にするだけで呪われてしまうらしいですからねー。今でもどこかで生きてるかも、なんて噂も……」


「いや死んでるだろ流石に。っつーか逆説、死体の髪の毛かよソレ。気色わるー」


「分かってませんねぇ、アガサさん。ロマンですよ、歴史のロマン。ちなみに毛髪は行方知れずで、エルフの誰も知らないそうです」


「最後にリアルに寄ったホラーになったね……」


 そう言って僕はこの話題を濁して終わらせた。

 サクラ君は黙っていたが、たぶん気付いてるし。

 アガサちゃんは……まあ、よく分からないけど。


「そろそろ行くぞ」


 そう言って再び歩き出したノクスさんは、しばらくこっちを振り向かなかった。



     ◇



 飛び出す魔物、十五連戦。

 迎え撃つ精鋭、十五連勝。


 そろそろ瘴気が濃くなり、魔物にも幻覚を見せてくる種や、精神に干渉してくる系の小賢しい連中が出てくる頃合いだったが──それらはノクスさんを始め、アイザック君やサクラ君による前衛隊によって先んじて殲滅されていく。


 この三人、やっぱりヤバイ。

 いやノクスさんとサクラ君の実力は分かっていたけど、アイザック君、彼おそらく冒険者の中でも上澄みにいる実力帯である。なんかこう……普通に強くて普通に勝つタイプの戦士だ。いわゆるヴァン君系統、“凡人の中の異彩”タイプである。


「君、帝国出身?」


「いや、共和国。まぁ実家の方針で、魔術は王国、剣は帝国で習ったけどな」


「アイザックさん、エリートなのになぁ。冒険者になんか身を落としちゃってまぁ」


「うるせーよー」


 アイザック君がマイン君の頭にアイアンクローをかける。この二人、付き合い長いのか仲が良いようだ。

 しかし共和国……アルクスの西南地方出身とは。もしや彼の実家は名門貴族ってやつかな。ワケありのようだけど。


「……つか……アンタ、本気で俺のこと覚えてねぇの?」


「? 会ったことあったっけ?」


「……いや、別に思い出してほしいわけじゃねぇし、いいや」


 なにそれ気になる。

 うーん、アイザック……アイザック……赤髪……名門……うーん!


 パッと思い出せそうな記憶はないかな。

 例の如く、心当たりのない「情報」だけは頭に蘇ってくるけど、実際に僕が体験し、意識し、記憶してきた物事の中に、彼に関する心当たりはない。


 その辺の線引きはちゃんとしておきたいものだ。

 なんでもかんでも、便利な力に頼っていたら、いつか本当に「自分」ってやつが分からなくなりかねない。


 だから知らないことにする。

 僕は、アイザックなんて冒険者の過去なんて興味ないから、接点があったとしても、記憶なんてしていない。そういう事にしてほしい。


「──そういえば救援希望の冒険者ってどんな奴なんだ?」


 完っ全に今思い出したかのようにサクラ君がそう尋ねた。

 えぇ、と僕の後ろではアイザック君の困惑の声がする。ごめんね彼、あんまり内容聞かずにさっさと依頼を受けて来たからね。冒険者としての常識とか基礎は丸ごとないんだ、通りすがりの一般人だから!


「『弓のオルステッド』。Sランク冒険者の一人だ。この神竜の洞の調査員で、滅多に地上には出てこない。というか、魔術やら色々と駆使して、調査チームと住み着いている。だからこれは救援依頼というより……彼らでも『対処し切れない問題』が出た、ということだろうな」


 流石はプロフェッショナル、ノクスさんは淡々と概要および、推測される目的まで、きっちり説明してくれた。僕もこういう頼りがいのある大人になりたかったものだ。


「ダンジョンぐらし! って事か。はえー、冒険者の行きついた末って感じだ」


「変人だな……」


 そこでマイン君がふき出した。お腹を抱えて静かに爆笑している。


「くっ……くくっ……確かに、普通はそういう反応ですよねぇ……ふ、ふふふっ……」


「あー……その、俺とマインはオルステッドさんに恩があってな? だからこうして無理言って、同行させてもらったんだが……あの人はホント、この迷宮のことは知り尽くしてる。そこは分かっといてくれ……」


 微妙な表情でフォローするアイザック君。たぶんまだ見ぬオルステッドさん、僕みたいな奇人変人系ではないと見た。

 アガサちゃんが首を傾げる。


「つまりアイザックとマインは、『渡し』ってことか。そんなに気難しい人なの?」


「堅物ではあるだろうな。最悪、実力を示さなければ追い返されるかもしれん」


「いやいや、流石にオルステッドさんもそこまでしないだろ」


 ノクスさんの言いように、アイザック君がそう苦笑した時。

 ──ゴッッッ!! と天地が揺れた。

 道の奥から聞こえてきたのは轟音。洞窟全体が揺れ、パラパラと天蓋から岩土が落ちる。何かが爆発したのか、それとも粉砕したのか。


「──どうやら急を要するみたいだな。走るぞ」


 無言のままノクスさんに全員同意し、疾走が開始する。

 先行するノクスさんは当然のように足が速い。……いや待ってマジで速いホント速いどうなってんのあの人! サクラ君とアガサちゃんは普通に追いかけてるし……あ、マイン君はアイザック君の背に乗っかってる!? ずるいぞ!


「遅いですよジェスターさーん」


「君らが速いんだよ!!」


 最後尾は他ならぬ僕! と、とりあえずアイザック君の背から離れないことを念頭に走り続ける。足の速さはともかく、ここから永遠に走るとなったら絶対に僕が勝つんだけどね! 手加減してるんだからね!


 ──とまぁ、内心の僕のどーでもいい負け惜しみはともかく、突発的なランニングレースはあっさりと終わった。通路の終わり。救援者がいる拠点エリアに着いたのだ。



「下がれ下がれ!! 余計な冒険心発揮すんじゃねぇぞクズども!! 犬死にしたくなきゃぁ、使える頭は残しておくんだな!!」



 通路は崖状に途切れていて、その下には今まさに落い詰められているといった様子の群衆が三十人ほど固まっていた。

 前に出ているのは彼らのリーダーと思しき目立つ大柄の男性だ。彼がオルステッドさんだろうか。しかし余裕のない口調の通り、彼らが相対していたのは、僕でさえ見たことのない異常存在だった。


 ──黒。

 闇黒の塊。


 大きさは七、八メートル前後。その背後の岩壁には巨大な穴が開いており、そこから侵入してきたのだと思われる。先の震動の原因だろう。


「──……なんだい、アレ」


 思わずそんな声を漏らしてしまう。

 闇の形状は、名状しがたいモノだった。

 竜にも見えない。四足歩行でも二足歩行でもない。およそ陸上生物、飛行生物が持つであろう特徴を有していない。一言で特徴を語るのなら、()()()だ。


 粗雑な泥人形(ゴーレム)……と言うにしても、知性体の本能として、おぞましさを感じずにはいられない。しかも、それが帯びているのは強烈なまでの暗黒瘴気。離れたここにまで腐臭が流れてくる。


 見れば誰にだって分かる。

 アレは、人が触れてはいけない災いの一端だ。


 僕がそこまで把握した時、とっくに先行していたノクスさんは当然、その正体不明のエネミーがいるエリアへと飛び込んでいた。


原獣(げんじゅう)……! ここまで出てきたか!」


 ……流石はベテラン。あのワケの分からない敵にも心当たりがあるようだ。


「“Gurrraaaaa”──」


「──ッ」


 原獣、と呼ばれたモノが声を上げる。その耳障りな音は、聞くだけで耳が、魂が腐るようだ。再三言うが、おぞましさしか感じない。アレが獣? 生物などという括りにあるのか?


「その声、ノクスか! 丁度いいところに来やがったな! ありゃあなんだ、新種の魔物か!?」


「触れれば例外なく死ぬ! 見れば精神を病むぞ、伏せておけ!」


 オルステッドらしき男性にそれだけ指示を出し、ノクスさんが黒剣を手に出しながら、原獣の前へと躍り出る。瞬間、原獣が彼へ襲い掛かった。鈍足そうな見た目からは想像できない速度だ。並の相手だったなら、その一撃でやられていただろうが──


「温い──!」


 それを、真正面から撃ち返す。

 一閃で触手の半数を斬り捨て、突進の威力を相殺し、原獣がのけぞった。刹那、跳んだノクスさんの黒剣に魔力が収束し、


「説理Ⅵ──《魔劫骸剣(デスサイズ)》!」


 凝縮された重圧の闇が、原獣へと叩きつけられた。

 まさに圧殺。斬撃でありながら、今の技は対象の存在そのものを潰し殺すための究極剣技だった。


「──“aaaa、A”──」


 残響する断末魔。

 一切容赦のない、蹂躙としか言いようのない討滅の光景に、誰もが息を呑む。

 その、闇の眷属が塵も残さず消え去っていく間際、



「……“Lu、……natic”……」



 調整された人語のような。

 呪いそのものの響きを帯びた声を漏らしながら──消滅した。



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