09 迷宮の誘い
──冒険者ギルド。
と、いうのはあくまでも呼び名で、正式名称がちゃんとある。
その名も、『大陸連合ギルド』。
元々は、一部のハーフエルフといった、中途半端な寿命を持つ長命種を中心に、主に「100年単位の寿命種族が安定して稼げる場」として設立された組織である。
アルクス大陸は、まぁ大小あれど戦争が多い。
それでよく国が滅びる──で、長命種たちはよく職場を失う。
いちいち就活とかやってらんねぇよオラァ、みたいなノリかどうだったかは別として、まー、数百年単位で雇用してくれる職場なんて、それこそ自国しかないような環境ばっかりで。
そういう意味で、「ギルド」は雑多な仕事を斡旋する組織として、非常に需要が高まった。
“仕事小屋”、“職業館”、“大陸連合ギルド”──と、時代と共に名を変えて。
現在では「大陸中立派閥」としての地位を確立して、国同士で戦争が起きても、ギルドに所属する者は徴兵されることがなくなった。
あくまでも“仕事の仲介役”という立場を崩さず、一国の王が依頼する時だろうと、相応の代金と報酬を要求する。
そんなギルドに属する者たちを総称して、「冒険者」と呼んでいた。
◆
「俺はノクス・グレイバーグ。冒険者だ。先の『天使』との戦いでは世話になった」
「いや……そこまで世話した覚えはないぞ」
「あの場で誰も地に落とすどころか、傷一つも付けられなかった相手に、隙と弱点を作ったのはお前だ。謙遜しなくていい」
はぁ、と居づらそうに視線をさまよわせるサクラ君。
僕たちは現在、ギルドにいた。各国に一軒は存在する支部の一つだ。そこの貴賓室らしき部屋に通されて、僕らはノクスさんの対面にいる形でソファに並んで座っていた。
「そんなお前たちの実力を見込んで頼みがある。長年手こずっている迷宮踏破に協力してほしいんだ」
「ダンジョン?」
「『死終の塔』と呼ばれる史上最難関の迷宮だ。──その最奥部には、人理兵装が眠っているとも噂されている」
「……!」
人理兵装、と聞いてサクラ君の顔が変わる。
彼の仕事は、元より五番目の人理兵装の回収だ。願ってもない誘いだろう。
……死終の塔、か。
そこはベテランになった冒険者たちがやがて目指し始める試練の場。しかし、あらゆる熟練たちが次々と消息を絶つ「死の場所」としても恐れられ、本気の命知らずだけが挑むような場所とも揶揄されている。
「俺は冒険者の古株として、生きている内に果たせる仕事は果たしておきたい。使えそうな人材を数百年探して、ようやく見つけたのがお前だ。報酬はいくらでも用意する。引き受けるのになにか条件があるというなら、何でも言ってくれ。俺のできる範囲なら叶えよう」
……物凄い引き入れようだ。彼はサクラ君の実力をそこまで買っている……いや、見抜いているのか。
数百年かぁ……確かに、サクラ君のような超人材と会えるチャンスなんて、この先、無いに等しい。同じ長命種として、ノクスさんの考えはよく分かる。
「……うーん」
「サクラ君、悩むの?」
「ジェスター、俺がこの国に来た目的を忘れたのか」
……目的? ってゆーと……ああ!
「……エルフ祭のこと? あれ、そんなに本気で求めてたことだったのかい!?」
「だって気になるし……」
「エルフの祭り……? どこでそんなことを聞いた?」
怪訝な顔になったノクスさんに、これだ、とサクラ君が例のチラシを見せる。
それを受け取った彼は、ちょっと、言い辛そうにこう言った。
「……これはドワーフが作ったジョーク広告だな。プロパガンダの一種だ。かなり精巧だが、この紙は石で作られている。鍛冶技術をこんなに無駄遣いした例は初めて見たが」
「……ないのか、エルフ祭」
「この大陸にはエルフの寿命くらい住んでいるが、そんなものはこの地域で見たことも聞いたこともないな」
「えー……」
あからさまにガッカリするサクラ君。彼の中でエルフへの期待が大きく下がった瞬間かもしれない。ドワーフのプロパガンダ、まさかこんな影響をもたらしてしまうとは。
……け、結果は残念だったけれど、このチラシが無かったら、サクラ君はエルフの国に来なかったのだ。ドワーフ側からしたら、敵に鉱石を送ってしまったようなものだろう!
「……それで、引き受けてくれるのか?」
ノクスさんの催促に、ちら、とサクラ君が僕の方を一瞥した。
……あ、あれ。なんか嫌な予感。
「俺たちはそもそもコイツの護衛だ。護衛対象を残して冒険に行くことはできないな」
な、なんか言い出した! そっか! そういえば口から出まかせにそんなことも言った! ここで僕に振ってくるのかい!?
「ふむ、先約ということか。ならドクター、話は聞いての通りだが──」
「あー、分かったよ。僕もその攻略についていくのが一番話が早い。それでどう?」
こっちの提案に、ノクスさんが意外そうに瞬きした。
「……迷宮攻略の心得があるのか?」
「一応これでも冒険者ライセンスは持ってるよ。もう七百年は前だけど、『死終の塔』に挑戦したこともある。まぁ、初めの調査で僕以外が全滅しちゃって以来、近寄らないようにしてたけど……」
「!? 発見初期の先遣隊の一人だったのか!?」
「お前の経歴どうなってんの……」
「冒険者稼業だって僕にとっては暇つぶしの一つさ。飽きたから止めたけど」
冒険者は医者をやる前に手を出していた教材だ。
たった十年しか続かなかったけど、とても参考になった日々だった。
「人理兵装、あったのか?」
「それは分からないかな。僕たちは最奥部まで行けなかったから。まぁ実際、とんでもない難易度だから、そういう噂が立つのも仕方ないかもしれないけどね」
「あの迷宮の経験者というなら心強いな……だが、今の貴方は帝国所属だろう。科学機関の権威が、そんなところに行っていいのか?」
「権威って程じゃないさ。それに今は帝都から出禁を喰らっているしね。数日前のテロ騒ぎはそっちも知ってるだろう?」
「……」
「テロ?」
おっと、そういえばサクラ君たちには話していなかった。
「少し前、前皇帝の葬儀があってね。その時、おっかない剣士が皇族を襲撃したのさ。巻き添えをくらって、僕も危うく殺されるところだったよ……」
「あちこちゴタついてるんだな……」
できることなら二度とは会いたくない相手だ。なんか色々、面倒そうな事情を抱えていそうだし。
ただ……サクラ君がいる以上、何が起こっても僕は驚かないけどね!
「ま、そんなワケで身を隠すためにも、遠出するのは推奨されているのさ。戦力になれるかは分からないけど、足手まといにはならないつもりだよ」
「……そういうことなら同行を頼もう。ギルドの規則を多少破るが、そこは強行する」
「あー……迷宮への挑戦が許可されてるのってAランク以上だったっけ。ノクスさんはどこのランク帯なんだい?」
「Zランクだ。いくつか特権が効くから、ランク降格者だろうとギルド未加入の人材だろうと、何人か連れていくことはできるぞ。命の保証まではしてやれんがな」
「ぜっ……」
Zォ!? Aランク、Sランクを越えた特別最終ランク!? そんな人が現役で実在していたのかッ!?
「そんな特殊な地位なのか?」
「Sランクを百年務めると授与される、ほとんど都市伝説のランク帯だよ……! ええと、サクラ君に分かりやすいように言うと……無名の英雄、的な」
「へえ。大ベテランってことか」
……ベテランって次元じゃないけどね。
Zランクの冒険者とか、帝国でいえば皇族直轄の近衛部隊、王国なら宮廷魔術師にも匹敵するって話だ。アルクス大陸の実力者、その五本指には入っていてもおかしくないだろう。
「……じゃあ、引き受ける上で、条件を一つ出してもいいか?」
サクラ君がそう言葉を置くと、ノクスさんが頷いて先を促した。
「仮に……人理兵装が見つかって、もしもそれが五番のものだったら譲ってほしいんだ」
ノクスさんは虚を突かれたように押し黙った。
そりゃあ事情を知らない彼からすれば、サクラ君の提案は突飛なものだろう。
アルクス大陸において、世間で知られている人理兵装は、ヴァン君が持つ九番目だけだ。他の番号の人理兵装の効力など、知らない者の方が多い。それをいきなり「くれ」と言われたら、驚くのが当然だ。
「……理由を聞いても?」
「悪いが、部外者にはあまり詳しいことは話せない。ただ、五番目の使用は、ある人物の尊厳を踏みにじるような行いだ。だからそうなる前に回収して、誰の手も届かないところで永久に封印する必要がある」
その時、ノクスさんがなにを考えたかなんて僕は知らない。
無表情にも見えたし、どこか哀悼するような感じもあったように見えた。
それ以外は──なにも知らないし、読み取れもしなかった。
「……分かった。それで取引成立だ。この契約書に署名してくれ」
するとノクスさんは羊皮紙を手元に生成して、ペンと共に机に置いた。
内容は先ほど口頭で伝えられた通り。僕も裏面とかじっくり見てみたが、不穏な箇所はどこにもない。
──敷いていうなら、真っ黒な紙の契約書、というのは充分に不穏だったが。
「ジェスターのフルネームってなんだっけ?」
サクラ君が自分とアガサ君の名前をサラサラーっと書いたところで、こっちを向いた。
そういえば彼に対してはあんまり姓名を主張してこなかったっけ。
「僕が書いておくよ。ジェスター・トゥルギア! この機に覚えてくれると嬉しいよ」
「言い辛いから忘れるわ」
「ヒドイ」
なんて軽口を叩きつつ、サクラ君から受け取ったペンで署名する。
これにて契約完了! だ!
「──しかと受け取った。グレンサクラ、カグラアガサ、ジェスター・トゥルギア……これより『死終の塔』攻略まで、よろしく頼む。……ところで」
契約書を手にしたノクスさんが、チラとソファの端を見る。
「そちらの君は……話に参加しなくてよかったのか?」
「問題ない。ところでクッキー、おかわりある?」
話の最中、ずっと菓子を頬張っていたアガサちゃんはそう空の皿を差し出した。




