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Logic Tale《剣豪神子は最強無双するより帰りたい》  作者: 時杜 境
第三章 幽世トロイメライ
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08 幕間と離脱

 おそらく、こういう試合運びだったのではないかと思う。


 まずテレーゼさんと提督少年による解析・阻害。

 んでサクラ君による凄い斬撃で、弱点把握。

 次にノーガード状態になった天使を、経験と勘で飛び出した二人とテレーゼさんが攻撃。

 おまけの自爆行動を、油断なくサクラ君がキャンセル────と。


 いやぁ、凄いものを見た気がする。


「はい、これでオッケー。安静にねー」


「ありがとうございます。ドクターが来てくれて助かりました」


「ははは、僕はなーんにもしてないからねぇ。お礼なら戦った皆に言ってあげたまえよ」


 そうやって手当てを終えた患者がまた一人、去っていく。


 第一都市──避難所。

 どうやらこの都市を襲っていた外敵は、あの天使一体……いや、一機だけだったらしく、討伐を確認された後、動ける人員は消火活動や治療に奔走していた。


 僕はご覧の通り、避難所に運び込まれた怪我人を診てやったり、ついでに体調不良の人を診察したりと、職務に従事している。


「あの……申し訳ありません。大した対価も支払うことができず……」


 やってきた隊長っぽいエルフの人にひらひらと手を振る。


「いいっていいって! これは僕個人でやってることだし。それより街の方はどう? 鎮火したかい?」


「ええ、あのテレーゼさんという人が、主に。魔術師……なのですか? 一瞬で街中に雨を降らせるなんて、凄い人ですね」


 ……どうやら鎮火活動は、一時間もしない内に終わったらしい。

 それもこれも、空飛んでなんでもござれなテレーゼさんあっての事だ。おそらく雨を降らせたのも錬金術としての技術の一つなのだろうが、まったく、アルクス大陸の既存文明を揺るがしかねないほどのオーバーテクノロジーである。サリエル君が僕から知識を消したのも頷ける。


 というか、テレーゼさんも何者なんだろうか。

 あまり魔力の気配を感じないのに、ホイホイ飛行してるし、杖から凄いビームも出すし。魔法使いの家系です、みたいな事実でもないと納得いかない。


「ふー、こんなところか」


 患者もはけてきて、ぐっと伸びをする。

 まだ安静にしている人々は多いものの、おおよそ目は通した。重傷者は少なかったが、死者が多い。泣いている方々をちらほら見かける。


 死は、いくら名医でも手が出ない領分だ。


 誠に。

 非常に。

 ──残念ながら。


 まだこの手は、死に届かない。


     ◆


「来たか、ジェスター」


 サクラ君たちの行方を人に聞き、やがて僕が辿り着いたのは一軒の飲食店だった。

 お客の数はそれなり。おそらく火災前から開店していたのだろう。ここは被害を受けなかった地域のようだ。しかしまぁ、他の客はともかく、事件の最前線にいた直後に食事って。


「君たちの順応性の高さには恐れ入るねぇ……」


「麻痺しているだけだと思うぞ。そういう感想を持てる感覚は大事にしておけ」


 むむ。一本取られてしまった気分。

 何を言うこともできず、黙って僕はサクラ君の右横に座る。ここは窓際のテーブル席で、向かいではアガサちゃんが黙々と料理を口に運んでいた。


「テレーゼさんたちは?」


「まだ『天使』の解析にかかっている。今頃は衛兵に連行されてるかもしれないけどな」


 その前に彼らは彼らで、腹を満たしに来た、というワケか。

 ……まぁサクラ君もアガサちゃんも、あの二人とは積極的に食事を共にしたいほどの仲ではないのだろう。どっちかというと殺意高めだし。


「アルベルト君……提督はアレ、大丈夫だったかい? 思い切り攻撃喰らってたけど」


「ピンピンしていたぞ。所詮は端末だからな。ざまぁない」


「サクラサクラ? そのかけてるやつ何?」


「ソース」


「くれー」


 サクラ君の前にはレギュラーハンバーグが、アガサちゃんの前にはベリー・スパゲッティがあった。どっちもわざわざ調味料をかけるようなものじゃないと思うんだけど、満足そうに食している。


「注文は?」


「あ、じゃあこの店で一番辛いやつを一つ」


 店員がやってきたので適当に頼んでおく。

 ──と、なにやら二人から視線を感じた。


「……何?」


「行きつけ?」


 サクラ君がそう小首を傾げ。


「辛いもの好きとか?」


 アガサちゃんも意外そうな顔をする。

 いやいや、と僕は肩をすくめた。


「行きつけでもないし、特別辛いのが好きってわけでもないよ。そりゃ健康体の維持にはバランスの取れた食生活を医者としてお勧めするけど、僕にとって食は趣味みたいなものだからね」


「普段は栄養剤で食事を済ませるとか?」


「いや? 食べないよ。別にお腹空かないし」


 ノーフードノーウォーター。

 二、三十年くらい食事抜きで生活しても、特に困ったことはない。医者として必要な知識として、栄養に関する知識はあるけども。


「不健康な医者だな……」


「ジェスターって変人だね。こんなに美味しいのに……」


 ──この場にヴァン君辺りのツッコミ役がいたなら、「そういうレベルの問題か?」くらいの一言はあったかもしれないが、生憎といないので、そういう二人のリアクションだけでこの話題は終了する。


 ま、僕のことよりも。


「……アガサちゃん、本当に雰囲気変わったねぇ。種族『らしい』気配、ほとんど感じないけど……」


 悪魔らしさ。邪悪性。

 以前はそういった「負の気配」──悪魔らしい殺伐と剣呑と呪いの気配を持っていた彼女だが、今、目の前で食事をしているアガサちゃんは、そういった要素がごっそり抜けて、普通の魔族のようだ。


「そこは記憶が消えた影響だろうな、間違いなく。さっさと元通りになって欲しいものだが」


「いやー……どこに落としたんだろうね。けどサクラのことは信頼できると思ってるよ? アルベルトとかテレーゼみたいに、記憶喪失に便乗して変なこと吹き込んでこないし」


「あぁ、『いくらお前に金を貸してたか』、みたいな?」


「いや。物凄く鮮明な捏造映像の記憶とか、ありそうな過去っぽい記憶とかを、精神にダイレクトに叩き込まれた。どれもピンと来なかったから『嘘っぽいな』って弾いたけど」


 僕の中であの二人組の株が急降下した。ストップ安だ。

 悪魔よりもおぞましい! 邪悪すぎる!!

 なんで野放しにされてるんだろうか? 隙を見て僕が殺りにいってもいいくらいの気分になってきたぞ。無謀という点に目を瞑ればワンチャンスあるって。


「安心しろジェスター。報復はとっくに俺がやってる。十八等分にしたからな」


「そうそう! アルベルトの奴、元はテレーゼと同じぐらいの年だったけど、それであんなに縮んだんだよね。ざまーみろってカンジ!」


 僕は今、正しく理解した。

 いや、その前に“等分”なんて物凄く無駄に超技術が使われてるな、なんて思考がよぎったが。

 サクラ君たちのパーティ──とっっくに破綻してるじゃないか!?


「どうりでナチュラルに殺伐としてると思った……!」


『ご注文の激辛セットです』


 そこで注文した品が目の前に召喚されてきた。どうも、と代金と数枚のチップを魔法陣に投げ入れて食事を開始する。主食、主菜、副菜、汁物、ぜんぶ真っ赤だ。まるでサクラ君の羽織のよう。


 辛い物を選んだ理由は特にない。

 飲食店に来たなら飲食をするのがルールだ。それに従っただけである。


「サクラー、甘味頼んでいい?」


「俺も欲しい」


 隣ではそんなやり取り。

 とまぁ、やがて僕も食事を、彼らもデザートを完食しようという時になって。


「────『開拓の使者』様ですね? 国王陛下がお呼びです。食事を終えてからで構いませんので、ご同行を願います」


 店に入ってきた数名の衛兵隊が、次なる展開を持ってきた。


     ◆


 連れてこられたのは、この街の中央にある神殿だった。

 あの王国にもある世界樹を思わせる大樹と、大理石を削り上げた建築が融合する一大施設。

 個人的には観光名所とかにすればいいのになー、なんて思う。神殿というか、人が住める迷宮のような趣だ。


 で、僕たちが通されたのは、でっかい通信結晶が置かれた部屋だった。

 玉座があって国王がいて──とかではない。というかエルフの王は滅多に人前に姿を見せない。女性なのか男性なのかすら、エルフ社会外の一般人には到底知りようもないことだ。


『この度は第一都市アリアへの防衛助力、並びに侵入者の排除に協力いただいたこと、まずは王として謝辞を送っておこう──使者よ』


「……生々浅い身には光栄の至りで御座います」


『異邦者なりに敬意を示そうという努力は認めよう。──だが、同じく汝と共に来訪した他二名の異邦者……彼らは侵入者の残骸を盗み、アリアから姿を消した。これについて弁明、ないし擁護の言葉はあるか?』


 なにやってんの提督────!!

 何も知らせずに勝手に消えたの!? よりにもよって、あの天使の残骸を持って!? もー! こんなの残された側のサクラ君が面倒くさい立場になっちゃうって!!


「皆目見当もつきません。見つけ次第、公開斬首の後、最も残酷な処置方法を施すのが適切かと」


『ぇっコワ……ああいや、コホン。そ、そちらの苦悩は読み取れた……なんというか……えー、同情はするが、ここは我らエルフの国。いくら、ロアネスおじ……ゴホン、王国陛下からの紹介といえど、我が国の法にのっとり、無断入国・無断出国は罰金刑である』


「すみませんでした。然るべき手続きの後、お支払いさせて頂きます」


『い、潔いな……いや、今のは試しただけだ。都市壊滅の危機を救ってくれた御身に、罰金など課すものか。盗人の方の仲間は別だがな』


「素晴らしいご配慮、痛み入ります」


 ……なんだろうな、この聞いているだけでも地味に和みのある会話は。

 通信結晶越しとはいえ、聞こえてくる国王の声は厳格なもの……もの……なのだろうが……その、思っていた以上に幼い声というか、もしかして今代のエルフの王様って、幼女系なの?


『それで、そちらにいる黒髪の女は……悪魔、とも聞いている。本当に危険はないのか? きちんと制御はできているものなのか?』


「アガサ、お座り」


「にゃー」


 すっ、とアガサちゃんがその場で両膝を抱える姿勢で腰を下ろす。

 証明方法、ソレでいいの!?


「縦軸に三回転して竜の鳴き真似しろ」


「……ジェスター、竜の鳴き声ってどんなの!?」


「知らないよ!? 困ってるからサクラ君も止めたげてよ!?」


『なるほど……主従関係……服従はできているようだな……』


「えぇー……」


 納得しちゃうんだ王様。これでいいんだ王様。

 ま、まぁ、今のアルクス大陸の常識から考えて、こうして何の対価もなしに悪魔が言いなりになるって……ちょっとあり得ない光景か。


『いいだろう。ロアネス王の推薦に免じ、この場ではもうその悪魔に関しては追及しない。次の話だが……率直に言って、使者よ。我が国に仕える気はないか?』


 エルフの王の発言に、ちょっとビックリする。

 しかし案の定、サクラ君は即答した。


「不可能ですね」


『……理由を聞こう』


「職務上の問題です。私は国家に所属することはできません。我が社の目的は、『人界の脅威を排除すること』。命が下れば、その排除対象は外にも内にも向かう。仮にエルフの国が、人界に対して増長するような事になれば、私は敵として貴国に歯向かうことになるでしょう」


『フン……それは誰の権利で、誰の許可で行っている?』


「【()()()()()()()()()()()()()()?】」


『ッ……!!』


 ギシ、と空間が軋んだ気がした。

 今のサクラ君の言葉は……神聖言語、だろうか? そんなものも話せるのか、彼。


「ばたんきゅー」


「あっ。え、アガサちゃん!?」


 ゴロン、と座っていたアガサちゃんが静かに横に倒れる。その顔は青白く、まるで乗り物酔いにでもなったかのようだ。

 そっか、神聖言語なんて悪魔にとっては呪いの言葉と同じだ。声、空気の震えだけで、本能が拒絶反応を示すのだろう。


『……忘れよ。しばし、ああ、戯れが過ぎたようだ……本題に移ろう』


「賢明なご判断かと」


『貴様と話すのは疲れるな……ふう。そちらの目的は人理兵装の回収、だったな。ちょうど、その情報に関して各国、各組織で浮足立っている頃だ。なんでも、ある迷宮(ダンジョン)に秘宝として守られているらしく、これを手に入れんと躍起になる者が後を絶たない』


「ダンジョン、ですか。なぜそんな事を?」


『どうせ人理兵装(レリック)はそちらの大陸でも重視されているものなのだろう? であれば、中立を、均衡を謳う社に、いっそ持ち帰られた方が幾分かはマシだ。過ぎる宝など、人の手の届かぬ場所にある方がよい』


「……断っておきますが、社に対して、貸し借りの概念は通じないかと」


『だが、貴様個人に対しては作れるだろう? ノストシア国が、最終的にそちらの助力を受けることを選んだのも──そういう狙いがあったからではないのか?』


 大物っぽい言い回しをする幼女陛下(想像)。

 だがしかし、サクラ君はどこまでも無情だった。


「……はぁ。残り百年もない個人に、かける期待が大きすぎる気がしますが」


『……えっ、そんな短いの!? あ、い、いいや、万が一! 万が一のためだ! 昨今は慌ただしいからな! 保険だ保険! ははは、はーはははははは!!』


 あれ、ちょっとハズレ引いたカナ、みたいな空気を笑ってごまかしにかかるエルフの王。

 ……ところで思い出したけど、今のエルフの王って老衰で臥せってるから、きっと彼女は代理陛下だ。優秀なんだろうけどなぁ……若干の想定の甘さは、経験の浅さの表れか。オンオフのキャラ切り替えにもブレがあるし。


 なんとなく──こういうのは、あの炎竜様を思い出したりする。

 あの赤い少女の場合、経験不足とかどうとかではなく、もっと根本的な部分で参っていたような気配だったけど……、


『で、ではアルクスの旅の続きを楽しむがいい、使者たちよ。最近の大陸は、呼んでもいない天使然り……物騒だがな』


 そんな不穏を滲ませる王様の締めの言葉で、この場はお開きとなった。


     ◆


「──なんかノリで僕も使者扱いになっちゃったけど、良かったのかなぁ?」


「完全に空気に溶け込んでたよなお前」


「いんじゃね……そこまで重要な話じゃなかった、し……」


 神殿から出て、僕はサクラ君に背負われているアガサちゃんの後ろを歩いていた。

 重要な話……結構してたと思うけどな。

 個人的には、サクラ君が神聖言語を話せることとか、「社」っていうサクラ君の職場の立ち位置とか分かって、かなり収穫だったけど。ああいう空気感を体感して、なんとなく理解は深まったし。


「当面は逃げた二人組と……ダンジョンか。ジェスター、何か知らないか?」


「ダンジョン関係なら、冒険者が専門だろうね。僕は最近の彼らの事情は知らないから、ギルドに行って直接聞いてみるのがいいかも──お?」


 そこで僕の視線は、ある一点に留まった。

 まるで神殿から出てきた此方を待ち構えるように、知っている人物が現れたからだ。


「開拓の使者。今、時間はあるか」


 有無を言わさぬような強い意志の双眸。

 ──噂の冒険者が一人、ノクスさんだった。


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