07 地上の天使
「門は完全に閉じられています。内側から結界らしきものが張ってあるので、外からの侵入は困難でしょう」
足早に街の関所まで向かうと、テレーゼさんがそんな分析結果を報告してくれた。
……衛兵の姿もない。守りを結界任せにしている辺り、かなり状況は切羽詰まっているようだ。
「ジェスターが空から降ってくることになったの、これのせいかもな」
「え、そうなの?」
「結界は基本的に『外界を弾く』ものだろ。それに転移、座標移動なんて技術があるなら、結界の精度も更に上がる。魔法使いは厚意でお前を送り込んだんだろうが、それをこの街の結界が弾いてしまっていた……とかな」
じゃあ僕のスカイダイブは事故だった可能性があるワケか。悲しい。
アルベルト君が小型爆弾らしきものを手に現出させる。
「派手に吹き飛ばすか」
「索敵って言葉を学習し直してこい。わざわざエルフが閉じこもってる辺り、相当厄介なものがいる可能性がある」
閉じこもっている……すなわち、敵を閉じ込めている、か。
思えば、この前まで王国もそうだったっけ。ザカリーが展開していた大規模結界によって、遺生物は閉じ込められ、逆説的にアルクス大陸は守られていた……という。
「うーん……でもこの結界、条件を満たせばちゃんと入れそうだよ?」
「条件?」
うん、と僕は閉じられた門扉に手を当てる。
結界の入口。つまり、門の錠前部分だ。
「これはよくある、『限定下において強力な効果を発揮する結界』さ。ルールに則って通ればペナルティは受けない。今回の場合は……」
「門、ですね」
するとテレーゼさんの手に、光……いや、エーテルが収束した。それは一つの物質を形作り、一瞬で錬成が完了する。
「鍵を開ければ結界は反応しない……初歩にして基礎。しかし対錬金術師相手では、脆弱セキュリティと言わざるを得ません」
「錬金術、便利すぎる……」
「これだからラグナ大陸の錠前は秒間変化式が主流だな」
初めて聞いたそんな単語。あとなんでアルベルト君が自慢げなんだ。
ガチャリ、とテレーゼさんが門の錠……その手前の空間に鍵を差しこむ。結界の術式が彼女には見えているのか。すると閉ざされていた樹木の門は一人でに開き、僕たちを歓迎した。
◆
燃えている。
どこもかしこも燃えている。
踏み込んだ街中は、あちこちに火が回っていた。消火活動の痕跡もなければ、住民の姿もない。もう、どこかに避難しているのだろう。
レルレーン領土、第一都市アリア。
そこに広がる本来の風景は、大樹が作り上げた高層住宅街だったのだろう。しかし今、木々の摩天楼は凄惨なまでに燃え続けている。
「これは酷いね……」
大火災も大火災だ。視界が真っ赤。常人は踏み入れば、空気の熱に肺を焼かれることだろう。
その点、なぜか当然のようにサクラ君を始め、他の三人も平気そうだけど。
「北西方向の地下に多数の生命反応があります。こちらは避難民かと。もう一つ、ここから北東方面に、五十人規模の生命反応。動きからして、戦っているようです」
「恩を売りさばくチャンスか。余所者らしいイベントじゃねェか」
「お前はさっさと死んでその口を閉じてろ」
流石にサクラ君に同意見である。だが、戦っているってことは負傷者がいる。僕という医者の出番だ!
「私が飛んで先行します。戦闘に移行した場合は、潜伏しつつ後方支援を行います」
するとテレーゼさんは手元に白い長杖を出して、飛び立った。
なんと!? でも火災現場で高所移動は危険では!? え、大丈夫なの? そうなの!? どういう種族なの!? 魔砲少女とは一体……!?
ひ、ひとまず、テレーゼさんを追いかける。火に焼けていくエルフの街を横目に進んでいくと、どんどん、戦闘音らしきものが近づいてくる。
「一か所に留まるな! 攻撃を分散させろ! 仲間の死を無駄にするな……!」
そんな空気を裂くような兵士の声。
地面に倒れ伏した亡骸の数は、凄惨かつ絶望的な戦いの存在を示している。
「なんなんだアレ? 魔物ってか、ゴーレムの一種か……!?」
「殺せば分かることでしょ、アイザックさん。まぁ殺せるか以前に、生物とは思えないケド……」
「くっ……冒険者諸君、加勢は有難いが、引き際を見逃すなよ……!」
「気にするな。どの道、この街が焼けるのはこちらとしても不便だからな」
──一見、その戦闘風景は、ちょっと異様だった。
剣や槍、盾を構えているのは、数十人規模のエルフの兵士たちだ。
兵士はこの街の戦力として……それを援護するように立ち回っている武装した三人、エルフには見えない。どうやら冒険者のようだ。
「……ん? もしかしてノクスさん……?」
見覚えのある立ち姿が一人! カリギュラ伯爵の屋敷で見かけた、黒髪の青年だ! まさかこんなに早い再会になるなんて……!
「ジェスター、アレもこの大陸の魔物なのか?」
サクラ君の声で、僕も一番重要な方に視線を向けた。
彼ら、兵士と冒険者たちが相対している敵の姿を。
『──地上殲滅対象を確認。命令……続行中……』
それは飛んでいた。滞空していた。
地上およそ三十メートル付近に、一体の人影。
白い肢体に、仮面をつけたような顔面。しかして人の気配はなく、その背部には──六枚の機械で出来たような細い翼が、生えていた。
──天使。
不意に、そんな単語を思いつく。
だがアレは……アレは天使を模したような、人形に近い。機械人形だ。
「……なにあれ……見たことないよ。科学兵器の一種みたいだけど、帝国でも大帝国の科学力でも、あんなものは知らないよ……」
「現代の科学者が言うなら間違いないか。おい、アルベルト──」
「──テレーゼ。アレ欲しい」
金髪の少年が言い放った一言を、処理するのに二秒かかった。
……え? 今なんて?
「了解しました。生け捕りにしますか?」
「いや、壊していい。回収、解析できれば御の字だ。クク、いいな新大陸。未知のものが向こうからやってくる……ッ!」
「こいつ……ジェスター、聞いての通りだ。安全なところにいるか、向こうの連中に話つけておいてくれ」
「えっ……えぇ!? ちょ、三人とも!?」
そこでテレーゼさんの姿が消える。
前に出たアルベルト君が、その手にライフル銃を生成する。
苦い顔のサクラ君が、鯉口を切った。
アガサちゃんは──
「がんばえー」
──完全に観衆モードだった。
「いやっ、君は指揮官じゃないの!?」
「へ? 指揮? あんなの、攻撃全部かわして攻撃叩き込むしかなくない?」
「脳筋戦法ッ!!」
だが──究極的にいえば、戦いはそれが全てだ。
攻撃なんて、当たらなければどうということはない。
記憶を失って、反射でそんな最適解を出すってことは……彼女の無意識でも、あの敵にはそれが最善だと結論しているのだろうか……?
『人類脅威度、DからCへ。迎撃機構、アンロック』
「!?」
その時、天使の翼が動いた。ガチャン、と羽ばたくように変形したそれは、羽のような部分から銃口のようなものが見えた。
「ッ……!? 全員、結界を張れ! 何か来──」
エルフの兵士たちが防御姿勢を取るが、もう遅い。
予備動作もなく、次の瞬間、天使の翼からは青い光線雨が発射される。
全てを焼き尽くす広範囲射撃だ。逃げる術も、逃れる術もない──!
「星塵の盾」
しかし閃光の後、光線は防がれた。
大気に舞う、銀の光の粒子。それがおそらく──僕にはどういう原理か一切不明だが──盾となって、光線を防いだのだ。声からしてテレーゼさんの錬金術、だろうか?
「──ッ? これは──」
「まずは耐久テストからだ。試作044:禍津の呼び笛!」
兵士たちが困惑する中、アルベルト君の命令と共に起きた事象に、目を疑った。
炎の手。
周囲の炎が、巨大な拳を形作って、天使にストレートを放ったのだ。
「いいぃぃぃッ!?」
それなんて魔術!? マジックショー!?
なんて思っている間にも、炎の拳は天使に直撃。ゴリゴリガリガリと、まるで天使の周囲の空間を削るようにして衝突を続ける。
「はーん、周囲の空間をズラして壁にしてやがる。小賢しいな。破壊者なら正々堂々とやれってもんだ」
「無数の迎撃術式を侍らせているお前が言うのか」
呆れたようなサクラ君のツッコミ。この場においては唯一の心の安寧だ。
「……な……なんだ!? 援軍か!? お前たちは一体……」
「ッ! ああっと、僕僕ジェスター! 帝国の医師です! えっと、困ってるみたいだから加勢するよ! 僕の護衛がね!」
口が回るな、とボソリとサクラ君からそんな声が聞こえる。褒め言葉として受け取っておこう!
一方で、僕の台詞を受けた兵士や冒険者たちは、半信半疑な空気感。だが。
「──あの医者は知っている。お前たちは負傷者を連れて退避しろ」
そこで状況判断が早かったのは例のノクスさんだった。
おお、歴戦の冒険者って感じ! 僕のことも認知してくれて嬉しいな!
「ジェスター……っ、あの根絶不可と言われた流行病を治した名医か!? 恩に着る! 各員、今の内に負傷した者は下がれ! 動ける者は引き続き私の指揮下で働いてもらうぞ!」
おー。優秀なエルフの兵士だ。世間でいうプライド高山は嘘だったんだね。地味に僕のことを「名医」と正しく認識されているのも高ポイントだぞ──!
『攻撃無効プログラム、構築。迎撃対象を変更──』
「術式看破」
「コード:攻撃機構」
炎の拳が消え、テレーゼさんの声の後、ライフル銃を構えたアルベルト君が引き金を引いた。
ドガァン! と収束したエネルギー砲が紫の光線として放たれる。ライフル銃、見た目だけのようだ!
『損傷、三パーセント……』
光線は天使の左翼の一枚を撃ち抜き、姿勢を傾かせる。初めて入ったまともな攻撃だったのだろうか、エルフの兵士や冒険者側からも、どよめきの気配がする。
「さ、サクラ君サクラ君っ。アルベルト君って何者なんだい!?」
「前に話した大国を一夜で滅ぼした野生のテロリスト」
無情な返答に、僕は自分の期待が虚無に散った感覚を覚えた。
……あー。
そりゃあ僕……受け付けないワケだ、ね…………
「またの名を破壊提督ギルトロア。今の姿は、フィールドワーク用だとかいう端末だ」
……中身の年齢が違うどころか、本体ですらなかったのかっ!
どこまで自由だ錬金術師。いや錬金術。
今はまぁ、その技術に頼るしかないんだけどもッ!
『損傷修復完了。殲滅対象、一掃開始』
カッと再び開いた翼に、光が収束する。
高い所から攻撃とか卑怯だぞ! っていうか機械のクセに自己修復ってなにさ! 無駄に防御が固いのもクソゲーだ! そりゃあこんな地獄になるハズだよ!
「社門」
サクラ君が呟くと同時、光の爆撃が降ってくる。だがそれは、フィールド一帯に現れた赤い門──鳥居の壁群によって遮断された。
「空間位相、特定しました。提督」
「よくやった。さっさと落とすぞ」
テレーゼさんと提督少年の周囲に、金色の光が奔った。次の瞬間、提督の周囲には四十丁はあるライフル銃が展開され、天使に狙いを定める。
『量子防壁展開』
「さて、残機はいくつだ?」
直後、放たれた。
刹那に天使の姿も失せる。空間転移による回避行動か。しかし銃撃は「何か」に直撃し、煙が晴れた後、遠くの上空をスライド飛行する天使が見える。その四肢は傷こそあったものの、一瞬光ると元通りに復元した。……攻撃、効いたのだろうか?
『永久回路接続モードへ移行。敵対象Aの優先度を再設定。炉心稼働。ブレード使用の申請を許可。データ送信──失敗しました。サーバー情報が確認できません。申請を自動破棄します』
なになになんて?
微かに聞こえた機械音声の内容に眉をひそめる。なんか制限解除してパワーアップ? サーバー情報って? こんなのを管理しているモノがどこかにあるの? ああもう、考察にばかり思考がいってしまう!
「──解析した。動力炉が三つあるな。オイ赤神子、ちょっと突っ込んでこい」
「位置は?」
「知らん。強い反応が三か所あるってだけだ」
それを斬れ、と。
中々に無茶苦茶なことを言う提督だが、サクラ君に言うのならば、無茶も無茶じゃなくなる。
現実的には不可能なことが、可能になる。
だって彼は、それができることを証明してきているのだから。
『殺害機構、稼働開始』
物騒すぎる機械音声。と同時、再びその姿が失せた。
空間の揺らぎ。微かな違和感に僕が気付いた時、
「お」
──提督少年の姿が吹き飛ばされた。
直後、どこぞの大樹の虚に突っ込んだのか、盛大な衝突音が聞こえてくる。
「アルベルト君!?」
ここにきて超超近距離!? ゾッと肌が寒くなるのを感じながら、天使の姿を探そうとした時、
「危ない」
素早くアガサちゃんに首根っこを掴まれた。
と、すぐ目の前を強風が通って、それがただ通り過ぎただけの天使だと分かるまで約三秒。
『対象Aの生命反応、途絶。殲滅を再開します』
輝く六枚の機械翼。
もう何度目かの広範囲掃射。しかし、それが放たれることはなかった。
「抜刀理論・空斬説」
きっかり三閃、斬撃がその翼に直撃した。天使が地上に叩きつけられる。
生成された光線を斬ったらしい。けれども、起き上がった天使の翼はまだ残っている。サクラ君でも斬り落とせていないって、どんな耐久性してるんだ……!?
『脅威反応──』
紅蓮の剣士は、既に天使へ接近していた。
至近距離で一人、白刃を閃かせて。
「新月理論・絶華波刃斬」
恐ろしい、いやおぞましい量の斬撃が見えた──気がした。
たった一つの対象を斬り刻むためだけの絶技。
それ以外の用途を一切不要と断じたような、一撃。
砂塵ごと切り裂いて、四方からの斬撃華が天使を八つ裂きにする。
だが天使は人型の原型を保っている。多少、表面に傷がついただけだ。──機械仕掛けの中身が露出する程度の、深い傷跡を負っただけだ。
『損、傷──三十パーセント──』
「頭、心臓、翼の付け根だ。好きに選べ」
サクラ君が一歩、後退した。
直後──
「焔剣・火閃」
「《魔導黒壊》」
炎の大剣を持った青年と。
黒い剣を携えたノクスさんが。
示し合ったかのように完璧なタイミングで接近し、頭部を横薙ぎに炎剣が、翼部分を背後から黒剣が破壊した。
「星塵を作れ地上破壊砲」
続いて、長距離からの深紅の光線。
テレーゼさんによる砲撃は、仰向けに倒れようとする天使の胸を貫いた。
「やっ……た?」
って、言ったらよくフィクションでは敵が復活したりするものだけど!
けれど完璧な攻勢だった。流石にアレでは生きていま──
『損傷拡大。炉心回路……修復不可──自動爆破機構を展開します』
え。嘘でしょ?
「そういうのいいから」
間際の機械音声にぎょっとしたところで、サクラ君が何やら一閃。
ぱきん、と天使内部の「何か」が斬られ、天使から放たれようとした強大な気配が失せる。
刹那、糸を張ったような静寂。
稼働を打ち切られた機械人形は、そこで無機物らしく黙って崩れ落ちた。
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