01 災厄の開幕
今日も今日とて仕事の合間に居眠りしてたら頭をはたかれた。
「イデッ」
机に突っ伏していた状態から、のそりと起き上がる。
頭をさすりながら見上げると、そこには見知った顔が一人。
「給料差し引くぞ、ジェスター」
「居眠り程度で厳しすぎるよアレウス君。僕ぁここしばらく寝れてないの、夜勤出張が多かったから。こんな帝国一の働き者になんて仕打ちだい!?」
「そのフザけたクソみてぇな態度を改めたら待遇改善も検討するよ」
ドスの効いたひっくい声で言われてもね。
僕の後ろに立っていたのは白衣の男アレウス──アレウス・ヴェルヴ科学長。銀髪銀目の中年男、僕よりも眠れてなさそうな青白い顔色が特徴的な、僕の上司にあたるお人である。
「お前の出張が決まった。明日、西側最果てに行け。急ぎでな」
「依頼人は?」
「魔法使いだ」
あーね、と適当に返事しながら頭の中で西側のカルテリストをチェックする。
「あの辺って……エグレイシス伯の領地だっけ? 遂にご病気に?」
「いや、患者はその後継ぎだ。話によれば、近隣の医者には診せたらしいが原因不明だと」
通話越しに容体を聞いておいてくれたのか、問診表を渡される。
ぱっと隅々まで目を通したところ、はいはいはいと病名が頭に浮かんだ。
「『炉心病』かな。魔族がかかる風邪の一種だね。魔力炉心が軽く暴走して、本来の生成魔力量に身体が追いつけなくなってるんだろう。うん、悪化する前に診にいった方がいいねー」
「……どうやって病名を導き出した? その資料にある情報は、ほとんど風邪と同じような症状しかないはずだ。魔力に関することなんてこれっぽちも書いていない」
「そりゃあ、直感だよ。直感」
「……本当になんの超能力だ?」
「さぁねぇ。僕が知りたいくらいさ。でも人の役に立ってるんだからいいだろう?」
「チッ」
ギロ、と鋭い眼光で睨まれる。おー、こわ。
有能な部下に対して酷い言い草ダナー、と言いかけたけど、言ったらもう一度はたかれる予感がしたので黙っておいた。
「向こうも魔法使いなんだから、魔法でちゃちゃっと治療できないものかね」
「そりゃ無理だよ。魔法使いの使える魔法は一人につき一つきりだ。『治療』に特化した魔法使いじゃないなら、目の前に重病人がいても手の施しようがない。常人と同じさ」
「なんでそんなどうでもいいことまで知っている?」
「これでも長生きだからねぇー」
ハハハハハ、と笑っているとゴミを見るような目を向けられた。
チ、二度目の舌打ちまで頂いて、アレウス科学長は白衣を翻す。
「お前と話していると気が悪くなる。さっさと転職するか個人病院でも開け」
「えぇー? やだよ、科学機関ってお給料いいし。優しい上司と部下にも恵まれているし!」
「死ね」
シンプルな捨て台詞を吐いてアレウス君は部屋を出て行ってしまった。
もしかすると彼にかかる疲労の一環は僕にもあるのかもしれない……ちょっと申し訳なくなった午前のことだった。
◆
「……なんで急ぎなのに出張が明日なのかと思ってたけど、そっか。今日は国葬式だったねぇ」
薬の材料の買い出しに街に出ると、大通りには厳かな音楽が響いていた。
貴族庶民に関わらず、市民が集まって、中央の道を進む棺桶に祈りを捧げている。その後ろには黒装束をまとった皇族勢も付いており、中々に壮観だ。
王国での大決戦が三か月前。
帝国の前皇帝が崩御したのが一か月前。
で、今日が皇帝の葬儀ときた。ここ最近は時の流れが早い早い。
ま、トップが変わろうとも僕の仕事は変わらないわけだが。
「次の皇帝は誰になるかなぁ」
「──メルクリウス様かエレミア様だろうな。ファルゼン様はお身体が悪いと聞く」
誰に向けたものでもなかった呟きの返答は、柱の陰から聞こえた。
そこにはパイプをくわえたご老体。葬儀を見に来た市民の一人だろう。
「皇女様姉妹かぁ。また帝国城は陰謀で忙しくなりそうだねぇ」
「いつも通りとはいかんだろう。メルクリウス様が筆頭候補にのぼる以上、苛烈な継承権争いが始まるぞ」
「なんだいお爺さん、第一皇女様のこと、知ってるの?」
パイプから口を離し、こちらにも、葬儀の列にも目を向けないまま、老人は煙を吐き出す。
「……結局のところ、私は見ていることしかできなかった。大帝国が亡んだ後、気まぐれに孤児院を開いたが、その家族ごっこが、いつしか昔日の忠義よりも、重くなっていることに気が付いた……」
老人はそこで話を止めた。いや、終わった。
彼の人生は、今のたった数秒の言葉だけが、全てだったのだろう。
「お前の仕事もこれで最後だ。──命令は憶えているな」
その瞬間、枯れ木のようだった老人の声は鉄のように力強いものに変わっていた。
「もはや私にできることはない。後は好きにしろ。……長らく、世話になったな」
「……、」
老人と僕は、知り合いといえば知り合いだった。
大帝国がまだこの大陸を支配していた時代。その時の仕事仲間だ。
ならば今の彼に、僕がかけられる言葉は一つである。
「隠居しなよ、ウォルター」
老兵はもう舞台には要らない。
それを言うなら、僕だって例外じゃないわけだけど。
「あっれ、ジェスター先生じゃーん!」
と。
葬儀の列が道の向こうに見えなくなった頃、子供の声がした。
振り返ると、見覚えのある少年少女が三人。臨時講師で行ったことのある学校の生徒たちだ。
「おや、ミラ君にカイル君にトルス君。こんな時間に下校なんて、居残りだったのかい?」
「いや、違うし!」
「もう落ちこぼれじゃないですよ俺ら! ジェスター先生のおかげで!」
「陛下のお葬式に参列しに来たんですけど、まだ間に合いますかね……?」
あ、道理で三人とも黒服で。まだみんな十歳だろうに、目上に敬意があるなぁ。
「っていうかジェスター先生はなんで白衣なんですか。科学者じゃなかったの?」
「僕は常に仕事に追われている身だからね。お葬式に参加したくても、そんな暇ないのさ。次の患者さんが待っているからね!」
「不敬者ってやつ? でもジェスター先生らしいっすね」
「もしかして先生って『革命軍』希望者だったの……?」
「革命軍?」
はて、と首を傾げてみせると、情報通のトルス君が眼鏡を光らせて教えてくれる。
「最近、活発化してる団体の一つですよ。竜翼騎士団とにらみ合ってるって噂の、『銀の黎明団』! ホラ、元竜翼騎士団の団長も入ったって話の……!」
竜翼騎士団、とは帝国軍に属する部隊の一つだ。王国でいう騎士団ポジションの花形である。さっきの葬列にも、警備兵として参加していたっけ。
「あれってテロリストなんじゃなかったっけ? よく知らないけどさ」
「なんにせよ先生は無関係でしょ。虫も殺せないじゃんこの人。教室にハエが入ってきた時の慌てっぷり、私覚えてるよ?」
「帝国一の雑魚キャラだよねジェスター先生って。まぁ、実は裏で殺し屋とかやってても別に驚かないうさん臭さだけど」
「そこまで言われることあるかなァッ!?」
最近の若人はド辛辣すぎるッ! てか、そう言いながらも割と僕には懐いてるじゃないか君たちっ!
「まぁ、私は好きですよ、ジェスター先生みたいな人。謎めいてて」
「先生のこと知ってると他の大人が割とまともなんだなぁ、って思えるよね」
「反面教師を具現したような人格だよねー。友だちいるんですか?」
「い、いるよぉ! 一応……たぶん……」
口先で言いつつ、脳裏に浮かぶのはなんも考えてなさそうな顔の紅蓮羽織の彼だ。
友人……まぁ……彼もいるのか分からない退廃的な性格してるけど……
「……とにかく。えーと、革命軍っていうのは近寄らない方が無難だよ。ああいう団体は多く見てきたけど、大抵は誰にでも容赦ないからね」
「それは分かりましたけど……ジェスター先生、ぶっちゃけ何歳なんですか……?」
「おや、見て分からないかい? 二十八歳のお兄さんだよ!」
「エルフの人が言いそうなジョークセンスだ……」
「五百歳くらいかな……」
ジョーク一つで年齢推測を受ける世の中! 長命者には苦しい社会だ……!
「──────、ん」
その時、なにか“嫌な感じ”がした。
周囲は至って平穏。葬列が過ぎ去った無人の道路だ。この場合は、今起きる事に対する予感ではなく……、
「じゃ、俺たちもう行かないと。葬式終わっちゃう」
「えーと、大聖堂だっけ? 今から追いかければ間に合うよね」
「──あー、ちょっと待ちなさい君たち。えーと、そうだそこの暇そうなご老人、暇そうだから君たち、ちょっと遊んであげなさい」
「!?」
子供好きなのか、柱の陰でずっとこちらを見守っていた老人を指さす。
きょとんとした子供三人は、不意に存在を示されたお爺さんに目を向ける。
「あれっ!? ウォルター院長先生!? いたの!?」
「先に葬儀会場に行ってしまったものとばかり……!」
おや、どうやら思い切り顔見知りだったらしい。
そういえば三人とも孤児院育ちだったか。なんという巡り合わせだろう。
「あー、いや、私は……」
「じゃ、君たち! 亡くなってしまった人よりも、生きているご老人を大切にするように、ってことで! お葬式はどうせ今日一杯やるだろうから、ゆっくり来るようにねー!」
適当に言い捨てて、僕は足早にその場を後にした。
足を向けた先は、先ほどの葬列が向かった道。
ここ何百年かぶりに、とてつもなく嫌な予感に突き動かされながら、死者の後を追った。
◆
「──そこの者! 道を退け!」
近道の路地を通りつつ、葬列の先頭まで向かってみれば、行軍していた団体は、大聖堂までの道半ばで止まっていた。
その進行方向に、たった一人。
襤褸のフードを被った、小柄な人影が道を塞いでいたからだ。
「……!?」
歩道で、異様な状況に瞬きする。
周囲の民衆も戸惑っている。分を弁えない悪戯か、と咎める気持ちよりも、
何よりも。
棺桶や皇族の警護についている騎士団員、全身甲冑を着込んだ近衛部隊の面々さえも。
──誰も、剣さえ抜けず、その場で完全に固まっていた。
「……っ」
……なんて魔力だ。
あの人影から発されている尋常じゃない大魔力の圧に、誰もが気圧されていた。
帝国、最高峰と名高い戦士が一堂に会しているこの状況で。
あの素性も知れぬ「たった一人」の魔力は、この大通り全体を覆い尽くせるほどの密度の、魔力を放っていた。
「前皇帝陛下の命により参上した」
不意に放たれた一声に、世界が停止した。
声からして──少女……? 意外な正体への困惑の後、更に謎の人物はこう続けた。
「“帝国の皇族、その血筋全てを皆殺しにせよ”」
通る声で告げられた内容に。
「“罪深き大帝国から続くヴェルトルーツ王朝を、絶滅せよ”──と」
────ああ、遂にこの日が来たか。
そう、僕はどこかで諦観していた。
「ど──どうしてですか!?」
硬直した葬列から、一人の少女が飛び出してきた。
第二皇女、エレミア様だ。まだ十四歳だったか。黒いベールに覆われた金色の髪が見える。
「エレミア様、お下がりください!」
「なぜ陛下がそんなことを──」
「他国の事情に興味はない」
来襲者の言葉は淡々としている。
……この雰囲気を、僕はなんとなく知っている。戦で生きてきた者の声だ。だがそれ以外にも、少女らしき声には、生命への慈しみというかなんというか……人間味が、なかった。
「一つ保証しよう。貴国の民には手を出さない。早急に皇族たる者らは我が前に首を差し出せ。それなら最小限の犠牲で済み、後世に貴様らは民思いの賢王賢帝と語り継がれることだろう」
「……ッ」
「誰がそんなふざけたことを──」
瞬間、音もなく近衛部隊の一人が飛び出した。
速い。洗練された兵士の動きだ。皇族の近衛は、騎士団よりも数段レベルが違う。一人で一個大隊にも匹敵する強さを持ちうると聞く。
たとえ強大な魔力を持っていようと、殺せてしまえば雑兵と同じ。
音速にも届くだろう、神速の一撃。
それはあの、王国で見た異邦の剣士と比べても遜色ない、鮮やかな一振りだった。
「あと幾人、犠牲を積み上げる心算だ?」
呆気なかった。
ドシュッと甲冑兵の姿が文字通り両断される。
即殺の技。帝国最高戦力の一人は、剣戟を披露するまでもなく瞬殺された。
「…………わぁ」
数か月ぶりに、思う。
あの紅蓮の剣士を見た時のように、思う。
────これは、マズイ。
いやいやだって、あの近衛兵士だって無策で挑みかかったわけじゃない。
彼が剣を振る瞬間、帝国の魔術師たちだって、敵一人に拘束の呪いとか術とか、裏でかけまくってたし。完全に息ピッタリだったし。なんならその前に近衛兵士に強化魔術もかけてたし? 加護とかバフとか? 凄い積んでから送り出してた…………んだけど??
それを正面から。
なんの、特筆すべき術の予兆すらなく。
恐ろしい境地にまで練り上げられた剣技だけで。
あのたった一人の襲撃者は──皇族殺害予告者は、打倒したのだ。
この絶望感は武を学んだ者たち全員……というか帝国民は義務教育として三年間は養成機関に入って戦い方を学ぶので……つまり。
この瞬間、全帝国民は。
『うわああああああぁぁあぁああぁああああ!!!!!!』
納得の説得力と、
当然の絶望感で、
誰も彼もが、正しい判断力のもと、その場から逃げ出した────!!
──そんな混乱と恐怖の中。
「魔鉱剣、神聖抜刀」
次なる絶望が、襲い掛かる。
「壊し尽くす極魔の刃」
刹那。
紅色の大魔力の斬撃光線が、全てを破壊しながら大通りを塗り潰した。




