0 /プロローグ前
終わらぬ劇はないが、人生ほど長い即興劇はないだろう。
ましてやそれが百年、千年となるとウンザリするとかいう域ではなく、そろそろ「死」という終点に何が待ち受けているのか楽しみになってくるぐらいだ。
長命種の多くは、もはや死という終わりを夢想して、現世に諦念を抱きながら生きていたりすると聞くものだが。
僕の場合はまぁ、“まだ終わらなくてもいいけど、今じゃなくてもよくないかなー?”という精神を努めて忘れぬよう生きている。
大昔に読んだ本いわく、それが短命種の根底にある思想なのだとか。
たとえその信念が本心でなくとも。
演じ、騙し、はぐらかし、しかし「核」となる部分は決して見失わなず。
──そういう道化芝居も、千年と続ければ見ごたえのあるものになるだろう。
「抜刀理論・空斬説」
斬、と舞う紅蓮があった。
血の色ではない。布の色。彼が着ていた羽織の色だった。
淑やかに降り立つ刀使い。遅れて鈴の音が空気をわずかに震わせた。
若いが、老練したような空気をまとう異様な青年がいた。
エルフ……、いや人間の換算でいくと二十代。髪の色もまた特徴的で、滲んだような紅藤色だ。肩にかかるくらいのハーフアップに、生物学的な区別をつかせない中性さ。
この時、瞬間的に僕は彼への第一印象を決定した。
主人公だ、と。
舞台の中心。軸と軸の交差点。撮影機のピントが合うところ。
この世のメインは彼だ、と。
なんの根拠もなく、この考えに至るための前提知識すらなく、直感が確信した。
そして幸か不幸か。
僕の「直感」というものは、この千年の時間の中で、一度たりとも外れたことがなかった。
◆
「ジェスターって、医者の前は何やってたんだ?」
──サクラ君たちが王国にやってきて数日。
彼の「魔導炉」……魔力を作る器官の治療術式を構築するため、相手が“患者”としてやってくるようになって、しばらく。
これといった用もないのに研究室にやってきて、僕がこっそり棚奥に隠していたお菓子をばりばり食べながら、紅蓮の侵略者はまた唐突に訊いてきた。
お菓子はまぁいい。僕の隠し方が甘かった。
超絶フランクに来るようになったのも、まぁいい。助手たちとすごい仲良くなってるし。
問題は。彼が来ることによって、また僕がなにか企んでるじゃないかー、とか、異邦者をそそのかして何をしでかす気なんだ……、なんて。
そういった王国側からの冷た~い視線をいただく数が増えてきている、寒々しい現状だ。
まあ、ぶっちゃけ僕にとっては怪しまれるなんていつもの事なんで、どうでもいいが。
「僕の過去編に興味がおありかい? どっちかってゆーと、君の来歴の方が価値あると思うけど」
よいしょっと、と彼の座るテーブル席の対面側に腰を下ろし、残っていた焼き菓子を頂戴する。
「たかが二十数年、味気ないぞ。神殺して積みゲー消化して仕事して……だらだら生きてるだけだ。生産性の欠片もない」
「……君って、ゲームやるの……」
意外だ。意外すぎる。てっきり、万年戦闘業務、休日の二文字なんてありません、世界のためにタダ働き万歳、って感じかと思ってた。
「貴重な休日だぞ。ゲーム以外にやることがあるのか?」
「なんだか矛盾してるような気がするけど……まぁいっか。人生の過ごし方は人それぞれだし」
「お前、千年生きているという噂は本当なのか?」
んー、と僕は次のお菓子を口に運びながら考える。
なんて言ったものかなあ、という表情を作り、仕草をし、菓子を飲み込んで、言葉を口にする。
「半々。曖昧だね。ぶっちゃけ、どこからが人生の始まりかを、もう僕は覚えていないし、定義する気もないから」
「うわー……長命種らしーい……」
「長く生きてきたのは事実だよ。仕事も色んなのをやってきたし。ほとんど網羅してる自信があるから、職種ごとにバイトのコツを教えてあげてもいいよ?」
「いや俺、基本働きたくないから。仕事とか人生の無駄」
「この世で一番言っちゃいけない人が言っている気がする……!」
彼の本業は神子。人界守護という、一種の裏方仕事だそうだ。
……人界、なんてスケールが違う。やっぱこんなトコで遭難してる場合じゃないって君。異世界からの侵略者とか来ちゃったらどーするのさ?
「……?」
? なんか今、ヘンな思考が混ざったような。まぁいっか。
「ジェスターって、両親とかは?」
「あー、いないいない。僕って実験所生まれなの。細胞からチューニングされた違法実験体だったから」
「ふーん。高性能なんだな」
「……、」
いかん。
あまりにもさらっとした返答に、一瞬フリーズしてしまった。
「え、なに? なんで高性能? そこって普通、もうちょっと驚いてくれるところじゃあ……」
「人造生命はラグナ大陸では珍しくないぞ。法に則っていれば、クローンも合法だしな。錬金術師自体、自分の身体や細胞や存在規格や、好き勝手いじり放題な倫理あぼーんな連中だし……」
「──なんと」
「むしろ昨今は、被造物の方が造物主側を軽視する流れもあるらしい。“我ら完璧にして完全体。むしろ究極。不完全体の人類いらねーのでは?”とかな」
「わあ……」
ちょっと進みすぎてついていけない世界観だ。時代の流れが速すぎ……いや違いすぎだ。
……凄いな、ラグナ大陸。一度でいいから、ちょっと覗いてみたいかもだ。
「だが、大抵の人造生命は長持ちしない……長生きしない。長命の例だって、基本は永命種や妖鬼種の遺伝子が組み込まれる。お前みたいに、そのどっちでもないのに長生きする例は稀有だな」
「フェアリーって?」
「種類がいすぎて、ざっくり分類されている魔族の一つだ。別名、再生族。この種族は身体に再生能力があって、中々死なない。吸血鬼もこれに当たる」
──。
ちょ、待って。マジで凄いぞラグナ大陸。そんな魔族、こっちにはいない──むしろ……
「ほ、他には? 他にはどんな魔族がいるんだいッ!?」
「いつの間にか説明する立場が逆転してたな……いや、これも対価か」
珈琲を飲んでから、彼は続けてくれる。
「ラグナ大陸の魔族は主に七つ。『悪魔種』、『精霊種』、『永命種』、『土鉱種』、『妖鬼種』、『獣血種』、『亜人種』だ。他の知性体は……絶滅した人間、宙に隠居した神霊種、後は──幻の天使族、だな」
「テンシ?」
「エンジェル、とも言うらしい。背中から羽を生やした人型……あとは頭上に光輪がある想像図を見たことがある」
「絶滅したのかい?」
「太古の時代にはいた、らしい。超抜存在の一つだとか、そもそも生息域がもっと上だったとか……俺も詳しくは知らない」
「ほうほう」
「もっと架空寄りの種族となると、有名どころは『魔人』だな」
「──」
おっと。
一瞬、目が泳がないよう意識する。
それってマジで?
「それは、どういう種族なの?」
「現実にはいない種だ。理想のハイパー魔族、みたいな。永命種のように長命、土鉱種のように頑強、精霊種のように魔力が高く、悪魔種のように狡猾、妖鬼種のような無限の再生能力を持ち、獣血種のような敏捷性、亜人種とは比にならない圧倒的強さ──」
あとは、
「……人間のように死なず、繁殖の必要がなく、社会すら不要で、単独で完結し切っている種族──かな」
絵空事だろう? とサクラ君は新しい菓子箱を開けていく。
僕は、うーん、と脳内だけで、次に言おうかと思った言葉を呟いてみる。
──それ。もしかしたら僕かも。
…………なーんてね。ははははは!!
◆
サクラ君が帰った後。
後片づけの中、僕は菓子箱の鋭い箇所を指でなぞる。
皮膚が切れ、毛細血管が傷ついて。
黒い血が流れ出し──一秒としない内に、消え去った。
傷跡も血の痕跡もなし。痛みすら感じない。
「……、」
“──再生能力、S。素晴らしい。最高傑作候補だ”
脳裏で、初めに聞いた声が再生される。
あれはズタズタに胴体を切り裂く実験だっただろうか?
生まれて初めての感覚に、絶叫することすら知らず。
わけの分からない賞賛を受けて、ようやく世界というものを認識した。
「……魔人、ねぇ……」
声に乗る感情はなく。
千年生きて、ようやく判明したかもしれない己の正体に、感慨もなく。
とりあえず今は、この事実に蓋をしておこう、と。
空になった金属製の菓子箱を両手で挟んで折り畳み、ゴミ箱へと投げ捨てた。




