39 エンド/終説/エピローグ
魔境の事件から、一か月ほどが過ぎた。
「あーけーおーめー」
冬場。新年──1月1日。
白雪が降り積もった境内は、そんな季節だった。
季節概念が消し飛んでいる外界は今日も黄昏空一色だが、ここ境内は冬を一貫していた。
賽銭箱の設置された拝殿前には、旧市街からやってきた住人たちが集まっている。
異形の群れ。
なに君、合成獣の失敗作? みたいな人から、見た目は人だけど全然違う気配のする個体とか、存在感が霧か靄みたいにフワッとしてるような存在とか、魔境の魔物たちが全然可愛く見えてくるレベルのおっかねー百鬼夜行たちが、全員、礼儀正しく着物をまとって、わらわらとこの場に「参拝」しに来ていた。
異様だ。
皆々様、賽銭箱にはチャリンチャリンと金貨や鉱物やらに見えるなんかを投げ入れ、二礼二拍一礼という謎めいた儀式をして、そそくさと去っていく。
「今年も大繁盛だねー」
「リソースの確保日らしいですからねー」
そう後ろから同調してくれたのはバイト君だった──いつもは存在しない、この日限り拝殿左手に出現した受付館で、「オミクジ」なるものを売っている。相変わらずの学生服で、異分子である主張を続けているが。
「……『妖魔』、だっけ? あの人たち」
「はい、旧市街の住民さんです。あのお賽銭はこの社を維持するリソースとなり、お祈りは今年一年間、天運がちょっとだけ上がるというご利益があるとか」
妖魔。それは魔力の残滓やエーテルから自然発生する霊のようなものだ。
害意はなく、実体もないので攻撃も無意味。
彼らは「安寧の地」を見つけてそこに住み着き、やがて満足すると勝手に昇天し、転生してこの世界に新たな生命として生まれ変わり、循環していくのだとか。
「社の階段を下ったとこにある旧市街は彼らの待機所みたいなものです。土地の管理権は社にあるから、こうしてこの日は住民税として境内を維持するリソースを提供してくれます。そんで参拝で天運をちょい上げると、昇天までの次期が短くなるんだとか」
「……ボクらが死んだ後、彼らみたいになるのかな?」
「さぁ? 妖魔の生態は『この世界のリソースの循環図』みたいなものかと。たまに神様一歩手前な気配の人もいるけど、基本は無害ですねー」
唯一国にいたら絶対に見れない光景だ。
やっぱりこの境内は、異世界にほど近い立ち位置にある。世界の端。異界との境界。
一歩踏み間違えれば、枠を超えてしまいそうだ。
ボクが今話してる相手も、紛れもない異世界人だけど。
「弟先輩、これはあくまで雑談の話題なんですけど」
「うん?」
「弟先輩の正体ってなんなんですか?」
正体。
雑談という割には鋭い単語の選出に、心の中で感心する。
ボクに心なんてものがあればの話だが。
「僕の目には弟先輩、ちょい浮いてるんですよ。なんてゆーかな、同じ世界にいるんだけど絵柄が違う、みたいな? 人物として描かれてはいるんだけど、背景の一部的な」
「ボクの真相なんて暴いて、君はどうするっていうのさ?」
「雑談ですよ。これまで、意味のある話題を僕が提供してきたことありました?」
それもそうだ。
というか、まあ……たぶんコレについて言及できるのは、この世界の部外者である彼以外にはいないだろう。
「『嘘』だよ。ボクは──火楽祈朱が錬成した【嘘】そのものだ」
ほお、とバイト君が声を上げる。
「十年前、ボクは棺に閉じ込められた」
「棺。それも人理兵装ですか?」
「そうだね。ボクと姉さんが社に保護された後、戻って回収しようとしたら、もうどこにも無かったんだけど」
「監督不行き届きじゃないですかぁ」
それについては反論のしようもない。
だが自己弁護するのなら、当時のボクは混乱していた。
姉さんが暴れ散らかして、グレンに「成仏」させられて。
こんな事態を引き起こした原因──修復してしまったあの棺を、ボクは金輪際、二度と見たくはなかったのだ。
閑話休題。
「あの棺の中ってさ、真っ暗で真っ黒で、入ったらもう絶対に出てこれないような場所なんだよ。元から前世の記憶を思い出してた姉さんは、『儀式』に触発されて覚醒した第三位としての力で無理矢理こじ開けて脱出したらしいけど、ボクはそうはいかなかった」
「……」
「魂は棺の材料として組み込まれた。そして蘇生するために、悪魔を召喚された。だけどその悪魔の真名は──」
「嘘、ですか」
「そう、嘘。ありもしない、存在を証明できない架空の悪魔。そんなのと融合しちゃったらさぁ、ボクは自分の過去も現在も未来も認識できなくなる。『どこにでもいて、どこにもいない』──誰にも干渉できない、虚数存在になり果てて終わるだけだった」
だから。
「『錬成』したんだよ。──“虚構の狭間”。でっち上げの概念空間。現実と空想の隙間。それを証明材料にして、ボクは【嘘】という自己を観測し、この世界に戻って来た」
「……つまり、元々は本物の弟先輩がいて、その人が『虚構の狭間』ってのを作って、それを証明材料にして、意志ある一個の人間として顕現したのが──今の弟先輩、という?」
「ん、そういうこと。だから、本物のボクはまだ、あの棺の中に居たままだ」
嘘とは真実がなければ成立しえない。
「嘘」であるボクが安定して生きてるということは、逆説的に、「本物」である火楽祈朱は──十年前で時が止まったまま、あの棺の中で過ごしているのだろう。
「……弟先輩ってマジな天才なんすね。それ、自力で【嘘の理】っていう新ルールを、この世界に錬成したようなものじゃないですか」
「言われてみれば? でもまぁ、元から嘘の悪魔ってのはいたし──」
「証明できない存在を、証明させるルールを作ったってことですよね?」
「……分かった。妙な謙遜は止めるよ。ボクは天才。それでいい?」
分かればいいのです、となぜかバイト君は得意顔。
彼らしからず、妙に厳しい。なにか逆鱗に触れてしまったんだろうか?
「けど本物弟先輩には同情しちゃいますね。外に出られないんですか、それ」
「うーん、どうだろ。もう魂から棺の材料として組み込まれちゃってるし……」
ていうか、その棺自体、今はどこにあるんだって話だ。
実家のあった空間は外界と隔絶する結界が張られていたし、アレを無視して侵入できたのは社の神子であるグレンくらい。
その他に、誰が、どうやって棺を持ち去ることができたっていうんだろう……?
「──こんにちは。初詣の会場は、ここで合っていますか?」
美少女の声がした。
そして振り向いた先には予想通り、振袖姿の美少女──というか。
「テレーゼさん!? なんで!?」
「ネット上に初詣イベントのサイトが新設されていたので……」
「あ、僕が作ったやつっすね。いやお客さんは多い方がいいかなって」
自由かこのバイト? って、彼のどこにネット能力が!? 万年、棒付きアメしか持ち歩いてなさそうな暇人が、一体どこでネット環境を整えていたというのか──!?
「テレーゼさんがいるってことは、ま、まさか……」
おそるおそるその背後の方を見やると、そこには案の定──TPOに即した着物姿で仁王立ちする、ナゾの金髪男がそこに──ッ!?
「明けましてオメデトウ」
「ひぃっ」
まともな言葉が開口一番出てきて、違和感よりも先に恐怖を覚える。
こわい。超こわい。なにあの提督。自意識とかどこかに落っことした?
「新顔さん! 年明けの運試しにおみくじ買いません!? 今なら100G!」
──ボクは今、初めてこのバイトに対して戦慄した──こいつ無敵なのか?
「じゃあ二人分二回」
「まいどー!」
そわ銃撃か、なんて一瞬身構えたが杞憂に終わる。境内なのでそんな心配はそもそも無用だったけど。
代金を受け取ったバイト君が差し出したのは、手のひらに乗る程度の、まっキラ金の真四角のキューブ。
…………ピシッ、とちょっとだけその場の空気が凍る。
……怪しい。すごく怪しい。なにあの黄金箱。材質がまるで読み取れないんですけど。
「おっ、大吉ですね! おめでとうございます! 旦那さんもどうぞー!」
キューブを受け取ったテレーゼさんが軽く振ると、ごとりと小さいインゴットが出てきた(やばい、なんだこのくじ引き)。
続いて……どことなく……おそるおそるな手つきで提督がガラガラ振って、出てきたのは──タワシだった。
「なにこれ」
「うわっスゲェ! 九十九億分の一で出てくる残念賞だ! 旦那さん、命の危機には気を付けた方がいいですよ! ちなみに判定としては大大凶です!」
オリジナル設定まで問答無用で押し付けるバイトだった。
心底下らなくなったのか、提督はキューブを無言で受付口に投げ返して、拝殿の方へと歩いていく。
「……お気になさらず。提督の表層精神は現在スリープ中です。省電力モードのようなものですね。自我が希薄なのはそのためです。最低限の受け答えしかできません」
「ああ……提督って、素はあんな感じなんだね……」
なにかあったんだろうか。テレーゼさんも、どこか疲れているように見えるけど。
「弟先輩も100G、どうです!?」
「味を占めたね、商売人」
代金を支払いながら、金色キューブを振ってみる。
出てきたのは真っ白な折り鶴。特別賞。小吉とのことだった。
「どの面下げて来たんだよお前ら……」
テレーゼさんたちの後を追うと、拝殿横を抜け、裏庭に面した縁側にグレンが座っていた。
やってきた来客二名を一瞥すると、うんざり顔で前述の台詞である。
「…………」
無反応の提督にグレンが首を傾げる。
「……寝てる?」
「省電力モードです」
「尚更なんの目的で来たんだよ」
「いえ、ですから『初詣』なるものの広告サイトを見て」
「……一応言っておくが、常人が参拝しても大して天運は上がらないぞ」
「風情を味わいに来たのです。そも、この『月界線』という場の情報も未収集。納得頂けないようでしたら、偵察だと解釈しても構いません。──ところで、あちらは?」
テレーゼさんが視線を向けた先は、裏庭に広がっている大池だった。
向こう岸が見えないくらいの大きさで、ぱっと目視できる範囲の陸地では──トンガリ帽を被った獣貌の釣り師が、木製椅子に腰かけて一人。
「俺に聞くな。帰ったら出現してたんだよ。再三退去を命じたんだが全スルーだ。手の施しようがない」
ざぱぁっ、とそこで凄まじい水しぶきの音があった。
何かを釣り上げたわけではない──池の中から、体長を軽く四十エートル越えの水色の蛇が飛び出し、境内の空へと昇っていく。
……見間違いか幻覚でなければ、リヴァイアサンっぽいんだけど。
「見たか今の。使い魔同伴とか完全にリゾート扱いだぞ。滞在料を支払うべきだと思わないか?」
「グレン、文句を言うところ多分そこじゃない」
リヴァイアサンを堂々引き連れてることが問題だ。絶滅してなかったのか、アレ!
魔法使いの存在も大概非常識だが、境内も異空間というだけあって常識の概念が消え去ってきている。まぁ、ここに野良テロリストがいるってだけでも充分な特異点だけどね!
「お前ら二人もさっさと帰れ。ここは俺のホームグラウンドだぞ。長く居座る気なら強制的に即死させるが」
グレンの声にただならぬ殺気が伴う。それを見て思い出した。
「そういえば、なんでグレンって提督を蛇蝎の如く嫌ってるの? いや、嫌うのは分かるんだけど、なにか特別な理由があるの?」
彼は大抵──もちろん人類限定だが──どんな相手だろうとフラットだ。善人だろうが悪人だろうが、そこに天秤は置いていない。
そんな彼が初めに契約書を作っておいてから協力を結んだり、それでも塩っ気しかない対応だったのは、割と珍しい部類に入る。
するとグレンは浅い溜息を吐いてから、提督へ親指を向けた。
「俺はこいつに殺されかけたことがあるんだよ」
「──ハ?」
疑問の声を上げたのは提督だった。心底、まるで覚えがない、という怪訝なカオ。
だが──
「──あ。もしかして、そういう?」
それで一発で分かった。
なに、簡単な話だ。グレンは神殺し──超抜存在の討伐者。そういうことだ。
超抜存在を狩る者は、世界の記憶から忘れ去られる。
忘却しない例外は、ボクやキリカさん、姉さんといった理持ち。
提督は大錬金術師だけれども、理を保有していない。故の認識の齟齬だろう。
彼は──グレンを殺しかけたことを、もう覚えていないのだ。
「待て、勝手に納得してんじゃねェ。何の話を……」
「六年前の襲撃計画です、提督。アレは手痛い敗退でした」
テレーゼさんが、そんなことを証言する。
「戦場を駆ける野生の兵装保有者の噂を聞きつけ、私たちは艦で飛び立ちました。結果、返り討ちにあい、『奈落の谷』へ叩き込まれましたが」
「…………」
本当になにをしてんだ、この人は。この二人は。ろくなもんじゃないな。
いや、ていうか。
「……テレーゼさん、憶えてるの?」
「なにやら意味深な声色ですが。はい。私は全ての事象を記憶しています──この世界の既存種とは異なる、新たなる生命として」
「──あ、そっか。事実上の新人類だもんね。この世界に降りかかる呪いとか効かないんだ?」
マジの本当に、生命として「完全新作」であるテレーゼさんは、やはり特別なのか。
いわば、生きてる世界のバージョンがボクらと違うというか。
ワールド1.0verの生命向けに振りまかれる呪いは、ワールド3.0verで生きてるテレーゼさんには無効っていうか。そもそも呪い事態が古すぎて、新しすぎるテレーゼさんは自動で弾くって感じ。凄いなぁ。
「その節は本当に主人がご迷惑をおかけしました。また、この間は再び顔を合わせるだけでなく、挙式のご助力までしていただき、御心の寛容さに感謝申し上げます」
「面の皮の分厚さだけは造物主にも引けをとらないよな、ほんと」
「……テレーゼ。後で記憶共有」
「はい、わかりました」
知らないところで自作伴侶に何回裏切られてるんだろうな、この大錬金術師。
やらかした所業の分、どこかでバランスが取られているのかもだ。千年以上も生きる悪運の強さは伊達ではない。
「──神子。参拝者へ新年の祝詞を伝達してください」
音もなく、縁側を歩いてやってきたのは白い着物姿のやしろさん。
魔境に同行してくれた個体にもお世話になったけど、格好はやはりこちらの方がしっくりくる。
「……そんな時間か。いいか、さっさと帰れよ破壊夫婦」
もう睨みつけることもせず、そう吐き捨ててグレンは立ち上がり、その場を後にしていった。
残されたのはボクと、一般参拝者二名と、釣り続行中のお爺さん。
なんかもう、絵面の空気感が拝殿の方に負けないくらいの異様さだ。
「……どうせ盗聴されているだろうが、本題に入るとするか」
芯の入った、提督の一声にボクは瞬きする。
物騒な気配はない。というかここは戦闘禁止エリアだ。はて、とボクは話題の見当すらつかず、こっちに向き直ってきた提督とテレーゼさんを見やる。
「『とある場所への航路を開く』。取引内容について話を詰めに来たぜ、火楽祈朱」
しばし、思考が停止した。
「──あ、ああー! えっ、覚えてたの!? ていうか約束守る気あったんだ!?」
「こっちも資金難でな。魔城の件といい……、いやそれはいい。とにかく仕事だ。そして報酬だ。テメエみたいな天才児がオレ様たちを巻き込む事業、逆説的にデカい案件じゃないワケがないからな」
……音沙汰ないから、てっきり却下されたものかと思っていた。
提督と組むことには若干の不安があるけど……そこは飲み込むしかあるまい。これも過去の自分がまいた種だ。それに──「やっぱ無し」、なんて錬金術師甲斐のないこと、このボクが口走るワケにもいかないし。
「……一つだけ質問なんだけど。あの時、ボクにキリカさんを連れてこいって言ったの、マジのマジで統括長への嫌がらせ目的? それだけでボクの要求に応えるなんて約束したの?」
「そうだが?」
「イリスさん、提督はこと宿敵相手への妨害行為には全て本気であたります。ならば取引にも本気で応じるのが道理というもの。今のところはご安心ください」
『今のところは』ってちゃんとつけてくれる辺り、優しさだよなぁ。
「……分かったよ。どの道、ボク一人じゃ数年はかかる計画だからね」
さて、とボクはどこから語るべきかを思案する。
初めはそう──こういう切り出しが無難だろう。
「──二人はさ。『新大陸』って言葉に興味ない?」
そうしてボクは語り出す。
次元を超えた先にある未知の世界のことを。
物語は既に始まっている。
さぁ──新しい景色を見に行く時が来た。
第二章 魔城デストロイヤーズ END




