38 魔城デストロイヤーズ
──広大に晴れ渡る黄昏の空。
それをしばらく眺めてから、くるりとグレンはこっちを振り向いた。
「あーあ…………」
元の彼に戻ったらしい──凄まじく残念そうな顔をしている。
世界を救い、救われたっていうのに、どこまでいってもグレンらしい。
ちらっと魔法使いのお爺さんがいた場所を見るが、もう影も形もいなかった。
神出鬼没。別れの言葉すらないとは。
「見ごたえのある一射でした。是非、参考にさせていただきます」
パチパチパチ、と拍手を送るのはテレーゼさん。
グレンから弓を返してもらって、シュンッと光を散らせて、それは彼女の左手首に腕輪となって現れる。格納機能ばっちりか?
「お、お疲れ様……本当に。もう大丈夫?」
「ああ、異常はない。少し眠ってただけだ、アガサの声が聞こえたような気がしたけど」
「気のせいだよ」
「力強い否定だな」
じゃあ嘘だな、と呆れた目を向けられる。
視線を泳がせるついでに、その姉さんの方を見てみれば────音もなくその場で倒れ伏していた。
「き、気絶してる……!」
「一人であの怖いの、抑えてたんでしょ? そりゃあ精神疲労もオーバーしちゃうわよ。アガサちゃんたちは、私の『列車』でちゃーんと唯一国に送り届けるわ」
と言って、姉さんを背負うキリカさん。
あれ、とそこでボクは周囲を見る。
「カオス先生は……?」
「ああ、ちょっと前から離脱してたわ。他にやることがあるからって。イリスくんはどうする? 素材空っぽなんでしょ? 一緒に行く?」
「いや、いいよ。寝てる姉さんなんて前にしたら、つい殺しちゃうかもしれないし。その辺の魔物を狩って車を錬成するから平気」
元よりグレンを盾に勝手についてきた身だ。帰りぐらいは自己責任でどうにかしよう。
備蓄素材も補充したいし、しばらく魔境に留まる線もアリかもしれない──
「──で、そこの逃げ腰の侵略者。どこへ行くつもりだ?」
グレンの一声で、ぴたりとルシファーの動きが止まった。完全にそろーっと、気配を絶って逃げる直前、な姿勢だった。
……そういえばこの人も異界から来たんだった。もう魔王じゃないなら、危険因子に変わりはない。
「い、今は見逃してやろう……!」
「なにがだ。言っておくがここでお前を見逃しても、後日狩りにくるぞ。俺が」
「そこをなんとかできないか!? わ、我輩、まだ侵略活動っぽいこともできないし! なんか死んでなんか生き返っただけで終わるとかイヤすぎだがッ!?」
「あ。そうだルシファー、心臓返しとくよ」
工房から、奇襲で奪った魔鉱を取り出してルシファーへ放る。
キャッチした侵略者様は、はて、と怪訝な顔。
「……なんだこれは?」
「魔王石。要は魔王の資格みたいなものだね。もう魔王を止めたいなら別の魔物に押し付けるでも良し、飲み込んで魔王続行でも良し。自分の将来だ、好きにしなよ」
「いや魔王って……我輩はれっきとした! 異界から来たりし崇高なる侵略者であるわけで──」
シャキィン、とそこで白刃が閃いた。
魔王石を持ってない方のルシファーの右腕が斬られ、遅れて上からぼとっと落ちてくる。
「魔王を辞めるなら、『ここ』で『処理』するが。二度手間って嫌いなんだ、俺」
「ハハハハハハハハ喜んでなってやろうではないかァ!! 覚えていろよ下等人類どもッ!」
音速で魔王石を飲み込み、一瞬で腕を再生させながらルシファーはその場から逃げ出した。
……どうせ彼の部下たちに捕まるオチだろう。仕事溜まってるっぽいし。──っていうか。
「……外の魔物たち、大丈夫かな? 侵蝕されてなかった?」
「大本の仔龍を消したんだから元通りのはずだ。あの弓矢を使ったなら、因果律のレベルで仔龍との繋がりは消されたと見ていい。そうだろ」
カシャン、と機械の足音がした。
胴体部を自己修復したのだろう、ボロボロだが、立ち上がったやしろさんが回答する。
「観測結果から、『極矢ジャガーノート』は時空を飛来する攻撃が可能です。過去、現在、未来からの干渉で、龍神の仔は魔物を眷属化する前に消滅しました」
「おお~……」
やっぱり本物の人理兵装は違うなぁ。攻撃範囲の次元が違う。
「ピピッ──新たな人界の脅威を確認。朔月の神子は指定の場所へ向かってください」
「──え」
と、声を漏らしたのはボクだった。
グレン本人は、やしろさんの言葉が分かっていたように、肩をすくめ、その場から歩き出す。
「え──え!? グレン、帰らないの!?」
「世界が滅びなかったからな」
「あ、」
迂闊すぎる発言に、ボクも自分で呆れ返った。
……そうだ。彼の仕事は、この世界が真に滅び去るまで終わらない。
世界を続けるということは、翻って、彼が虐使され続けるということでもある。
──『こいつ』は今、本当に生きていられているのか?
魔法で顕現した誰かの声を思い出す。
世界のために生き続ける人生。道具のように酷使され続ける道。
それは彼の選んだ生き方なんだろうか? 思えば、愚かにも、訊いたこともなかった。
「じゃ、そっちはよろしく。じゃあな」
「術式実行」
「ちょっ──」
こっちが何かを言う前に、グレンとやしろさんの姿はかき消えてしまった。
まさしく夢幻、陽炎のように。
──異変がやって来たのはその直後だった。
『──ハハハハハハァ──!! ここか強者の集う場所は────ッッ!!!!』
ゴゴゴゴゴッ!! と吹き上がる突風。
──竜だった。ボクとキリカさんの前に、見知らぬ野生の竜が降臨していた。
焦げ茶色の岩を思わせる鱗。雄大な巨体は、空から落ちてきた隕石が如く。
一目で分かる。これ、ただの魔物じゃない。年季入りの古く、強大な気配がする……!
『我が名は「ゲルニア」!! さっきはちょっと油断して一介の剣客に敗けてしまったがリベンジマッチじゃッ!! 最強決定戦の会場はここでいいのだなァ、ルシファー!?』
その牙には、見覚えある小さい人影が引っかかっていた。
青ざめたルシファーが、こっちに片手を挙げて「タスケテ」と口パクしている。
「……キリカさん。エンシェントドラゴンとの戦闘経験は……?」
「面白い例え話ねイリスくん。まぁ、お義父さんが古竜と戦ってるところを見学したことはあるけど、流石に自分で挑んだことはないわねー」
「──なるほど。ところでキリカさん、実はこの状況からでも入れる保険があるんだよ」
「えっホント!? どんなのどんなの~?」
最終手段の更に最終手段。
それは当初、魔王になった姉を殺すための方法の一つだった。もし一対一になって、億が一にでも負けることになったら、絶対使ってやるぞー、と裏で決めていた最悪の手段。
まさか使うことになっちゃうなんてなー。
けどまぁ、この魔境を日常に回帰させるには一番いいオチかもしれない。
「とりあえず……この場を離脱しよっか」
ゲルニアを名乗る古竜が、全てを破壊せんとするドラゴンパンチを放とうと動き出す。
その直前、差し出したボクの手にキリカさんが手を重ね──空間連結を使って、一瞬でその場から逃げ出しながら、一つの術式を実行した。
──その日、魔境全土に爆発音が轟き渡った。
爆散したのは魔王ルシファーが拠点とする魔王城。
その大爆発は魔城を手に入れんと集っていた魔物の軍、数百を巻き込んで消し飛ばし、魔境史に新たなる伝説を刻んだ。
魔王ルシファー、己が拠点をエサに他の魔王軍を一掃せし。
また、自軍は別拠点に事前配置していたことが判明し、ルシファーは魔王城経営者として、魔境中から畏怖を集める結果となった。
ボクが知るこの日の顛末は、ここまでとなる──
■
──どこからか爆音が聞こえた気がして、提督ギルトロアは目を覚ました。
「……む──」
周囲の空間感知。己の戦艦工房内。
安全圏。異常ナシ。
「おはようございます、提督。十六時間ぶりのお目覚めですね」
司令官用の席に寝そべったまま視線を動かすと、近くに立っていた自作の少女が出迎える。
本日も理想通りの完全完璧な挙動。異常なし。
「魔王城パンデモニウムから完全分離した『戦艦ベルヴェルク』は現在、魔境から離れて辺境地区を航行中です。事前に逃亡進路を確保していたとは流石です、提督」
「…………辺境?」
ゴガッッッッッ!!!!!!
身に覚えのない進路設定に眉をひそめた時、艦内を轟音が襲った。
対震障壁を始めとした戦艦工房を防御する機構が一瞬で機能停止に陥り、けたたましい赤灯とエマージェンシーのサイレンが五感を満たす。
「な、外敵──」
「──、」
知っている。この感覚をギルトロアは知っている。
あらゆる一切を問答無用で両断していく修羅の気配。破壊の震動、反響、残響、全ての数値をとっても、『あの時』と酷似している──やや異なるのは、過去のデータより無駄に洗練されているという一点だが。
そこで思い出す。
あの魔城での決戦。唯一国が誇る最高戦力たちと戦った時、最も警戒していた対象が、最後の最後まで姿を現さなかった事実を。
「カリオストロッ……! ってコトァ────」
「提督!? 外は危険です!」
伴侶の声を無視して、戦艦の主は一瞬で甲板の座標へと跳んだ。
吹き荒れていた砂嵐を踏み出した足音一つで支配下におき、散らせながら、早足で船首へと近づいていく。
「────ハ」
そうして。
地上を見下ろした時、予測通り、期待通り、そこにいた人影たちに、戦艦王の口が歪む。
人影は二人。
一人は杖をつき、優雅に、だが煽る様に帽子を取って挨拶の挙動をする老紳士──カリオストロ・ルージュシュタイン。
一人は黒い羽織袴の老人だった。赤刀を肩に担ぎ、ニヤリ、とこちらを見て笑っている。
──テオフラトゥス・ヴィストゥーシュ・アルガストラス。
『結社』統括長。だがそんな肩書きは提督にとって何の関係もない。忘れもしない、ただの因縁の宿敵だ。
「!」
──瞬間、砂漠の黄昏空が宵闇へと塗り替わっていく。
近づいていくる強大な気配。それはこの場に、史上最悪のゲストが舞い降りるも同義だった。
「……野郎、こっちに人理兵装があると分かった途端コレか」
この黄昏の大陸において、「闇」を引き連れてくるのは一人しかいない。
戦王ゼルド。
超抜序列・第八位。砂漠に潜む古代の猛者。
『提督、第八位の反応、接近しています。六十秒後にはこちらへ到着するかと』
「迎え撃て。向こうは元からそういう狙いだ。こっちはオレが相手をする」
『……ご武運を』
通話が終わる。
三人の修羅の視線が交錯する。
言葉は無用。出くわせば最後、殺し合うのみ。
──開戦は同時。
黄昏の辺境、歴史の裏側で、また一つの激戦が幕を開けた。




