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Logic Tale《剣豪神子は最強無双するより帰りたい》  作者: 時杜 境
第二章 魔城デストロイヤーズ
80/97

37 懐旧魔法

 正直なところ。

 内心──“ゲ”、だった。


 それはまぁ、言い訳の余地もなく彼の使い魔をぶちのめしたことへの、ささやかな後ろめたさとか。

 これはまずボクが処刑されてから話が始まるのカナー、とか悲観的な想像が脳内に駆け巡ったからであるが。


「盟約は果たされた」


 が。魔法使いはボクの方に一切視線をやらなかった。


「故に我が()をここに示す。又、虚構に罪状を問う愚も犯さぬ」


 すすす、とボクはグレンの方へ後じさりした。


「……許された? ボク許された? 使い魔殺し許された?」


「殺せるものじゃないだろ、あの狼。……まぁ、『煙狼』の性質まで龍神の眷属に学習されることにはならなかったんだから、結果的にファインプレーになったんじゃないか? それにお前、ちゃんと自分でルシファーを解放したし」


「マイナスがプラスになった……ってこと!?」


「もうそういう感じでいいよ」


 投げやりだった。かなり投げやりだった。

 かつん、と魔法使いの杖が床を鳴らす。


「如何様な助力を求める、『神殺し』」


 グレンが真上へ人差し指を向けた。


「宇宙にまで逃げた奴がいる。ここからそいつを討つことは可能か?」


「我が魔法、触媒、相応しい武具を必要とする」


「触媒?」


 グレンが怪訝そうに問い返すと、魔法使いは彼に手を差し伸べた。


()()


     ■


 要するに──


「武器を持ったグレンに魔法(バフ)かけて倒す! ってコト?」


「げぇ~……」


「なんで当人が一番嫌そうな顔してんだよ」


 グレンは心底うんざりしているらしい。世界を守る仕事にそれなりの不満を持っていることは知っているけど、そこまで嫌がることある?


「だって『懐旧』の魔法だぞ? なにを憑依させられるか分からん。自分が自分以外のものに操作されるとか気色悪すぎるだろ」


「憑依術……の魔法なの?」


「『過去にあったけど忘却されたもの』を使うのが『懐旧』だって話らしいぞ」


 ……それはまた。確かに得体の知れない内容だ。


「でも渋ってたって仕方ないでしょ。ってワケで提督、その弓の人理兵装、貸して」


「断る」


 姉さんが発砲した。

 弾丸は提督の横髪を掠めていって、今度は頭部に狙いを定める──ちなみに膝上のテレーゼさんは身じろぎせずにまだ眠っていた。


「仮にも人類の末席なら協力するフリぐらいしやがれよ。ここに留まってるのはマジな観客気分なのか?」


「ったり前だ。己が作品のもたらす戦禍と破壊、不具合と失敗を観測しねェと次の『破壊』に活かせねェだろうが」


「さっき、ボクらの緊張感のなさを指摘してなかったっけ……」


「死を前にして、これまで未観測の反応をオマエらがしていたから口を挟んだだけだ。誰が自分のプランを崩す真似までするか。錬金術師ならこの場で兵器を生成してみやがれ」


「……若干、気になっていたんだが……それ、本当に人理兵装なのか」


 グレンの目はテレーゼさんが握りこんでいる長杖に向けられている。

 その問いに、提督は座ったまま鼻を鳴らした。


「こいつは正真正銘、()()()人理兵装(レリック)だ。むかーし、人間どもが違法研究にドハマりしてた時代の産物でなぁ? さんざん戦争で使い回されて、使い手がいなくなった頃にコッソリ回収したんだよ」


「いやいやいやいや……」


 姉さんは半笑いだったが、徐々に険しい表情に変わっていく。


「じゃあなんだ、なんだ提督お前……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ってことかッ!?」


()()()()()()()()()()()()()()()()


 しれっと。

 さらっと。

 あっさりと──即答した。


終末戦争(ラグナロク)は良い商売だった。終わっちまったのが今でも惜しいくらいだ。──テメエ、神殺し。()()()()()()()()()()()()()()()


 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。


 笑顔を作ったまま、自分でも、明確な殺意を持ったのが分かった。


 ──こいつは、悪だ。

 いや、そんな表現すら生ぬるい。敵だ。ただの敵。外敵だ。

 なぜ生きている? なぜ生かしている? 千年以上もの間、なんでこんなのが野放しにされてきた───!?


「分かった。やっぱりお前には話が通じない。──説得する相手を変えよう」


 ボクと姉さんが次の一撃を提督に向けようとした時、グレンの放った言葉で動きを止める。


「そこの魔砲少女。意識だけは起きてるだろ。いいかよく聞け、本当にこれでいいのか? このまま世界が終わったら、()()()()()()()()()()()


「「……?」」


 それは実に不可解な言葉だった。

 結婚式? なんでここでそんな話題が出てくるんだろう。大体、テレーゼさんはもう提督のお嫁さんらしいし、今更そんなの──


「──シキ……? なにかの術式名ですか?」


 むくり、とテレーゼさんが起床した。

 うむ、とグレンは腕組みして大きく頷く。


「──やはりな。所詮は人造生命体(ホムンクルス)、所詮ダメ人間。体裁的……いや関係の名称的に夫婦ではあるが、それに関するイベントは一切したことがない、と」


「ダメニンゲン?」


 提督がこれまでにない棒読みで言葉を繰り返す。もしや精神ダメージを受けている?


「──検索……情報収集……完了。学習、読み込み……完了──しました……」


 ゆらり、とテレーゼさんが立ち上がる。

 さながら幽鬼が如く。なんですって? という空気を放ちながら……ッ!?


「結婚式──ウエディング、指輪、宣誓、ブーケトス……! それが世の花嫁の基本共通事項……? 戦前には盛んにあった夫婦間の特殊イベント──!?」


 いや、まあ。

 確かに昨今は戦争戦争と血生臭い時世で、そういったことはボクも知識でしか知らないけども。


()()()!!!! しましょう!! するべきです!! 提督(マスター)ッ!」


「ハ? なにが? なにを??」


 提督はもはや背に銀河を背負ったような顔をしていた。

 ……マジかこの……マジなのかこいつ……“嫁”って概念は知るクセに、表面上しか模倣してないのか。いや、提督の出生と行動方針、時世を考えれば、中身が虚無的なのは当然っちゃ当然かもしれないが…………


「そりゃあ挙式するかは夫婦それぞれだろうが、初めから『(そう)』として生み出した相手に『なにもしない』は甲斐性なし過ぎるだろ。造物主として」


「喜んでお貸しいたします、神子様。どうかこの『極矢』で世界をお救いくださいませ☆」


 ニコニコとしたテレーゼさんが杖を弓状にし、グレンへ献上しようとする。

 なんかもうノリノリだった。口調とテンションとキャラまでもが怪しい。完全に造物主の意向と計画より、嫁としての願望の天秤が傾いたらしかった。


「いやテレーゼ、待──」


「Break!!」


 ドガッッッッ!!

 瞬間、提督の姿が勢いよくぶっ飛んだ。

 テレーゼさんがその神気を思いっ切りぶつけたのだ。結果、提督は城内側の向こうへとかき消えた。


 悪はここに滅び去った。


 嫁つえぇ、という姉さんの零した感想が全てだった。


     ■


「揃ったぞ、魔法使い。さっさとやってさっさと俺を解放しろ」


 残念な犠牲者を出しつつも準備はこれで完了した。

 ボクらは邪魔にならないよう、魔法使いとグレンから離れた位置へ行って、引き続き事のいきさつを見届けることに専念する。


「ああ、そうだ。イリスー」


「?」


 移動しようとした時、グレンがぽいっと寄越したのは──刀だった。

 ぱしっとそれを受け取り──今起きた一連の流れに戦慄する。


「……ッッ!!」


「それ頼む。よろしく」


 無論、拒否する意志はない──だが! だけども!

 投げるな──! 人理兵装を!! おっかないわ! 剣士なのに偶に雑なの何なのあの人!? 剣豪なら刀はもっと丁重に──……うん?


 その時、ボクは紅鞘に収まった刀を見た。

 ()()()()()、と一瞬錯覚し────



 焔焼。烈火。灼熾。焼却。

 残火の鼓動。()()()()()。未来は視るものではなく焼き捨てるモノ。

 我が身は刃なれば、それ以外の扱いは不要。

 悉くを斬り捨て、焼き続け、燃え尽きる迄。



「どした?」


 コツン、と右横から姉さんに頭を小突かれた。

 ハッと我に返り、息を吸う。

 …………大丈夫。刀を持った両腕から炎に巻かれたような幻覚を見たけど、何も起こっちゃいない。ボクは燃え盛っていないし、変なイメージも夢のように霧散した。


 今のは……ピントが合ってしまったようなものだろう。刀に組み込まれている理を幻視したようだ。

 それだけ。

 ボクはこの刀を使う気もないし、扱える自信もないから、話はここで終わり。


「……ただの気のせい。なんでもないよ」


 刀への視線を切る。

 まるで一人分の魂のような重さを抱えながら、傍観席へと向かった──


     ■


 魔法について詳しいわけじゃない。

 ただ知っているのは、「魔法使い」というのが、理持ちの天敵というだけ。


 彼らは魔法を用いて理を操る。

 魔法には神気……属性のない魔力……が用いられ、理を従属させ理を変化させる。

 あのお爺さんが本気になれば、グレンやボクや姉さん、キリカさんの持つ【理】を取り上げられ、魂を失い一発で全滅! なんてことも在り得るのだ。怖いね。


 だけどその分、強力な存在というのは本当で──おとぎ話に出てくる万能な魔法よろしく、彼らの使う術は、今の錬金術でさえ追いつけない超越術だ。


「【忘却】【天空】【記録】【白紙】【暗黒】【逆行】【原罪】」


 始まりは流水のように淀みない詠唱から。

 無意味な音にしか聞こえない声が、世界に呼びかける。


「【物語の膨張を歓迎する】【生命の循環を承認する】

 【()()()()()()、歴史の積載を言祝ごう】」


 辺り一帯の風が消えていく。

 弓を手にしたグレンは、この空間の最奥端まで行き、じっと立ち留まる。

 老いた獣人はその少し後ろの隅で佇んだまま、徐々にこの場を支配していく。


「【私たちは貴方の前にひれ伏すだろう】」

「【私たちは貴方に感謝と怨嗟を語るだろう】」

「【偉大なる過去よ、愚かな未来を許したもう】」


 響く魔法使いの声はどこまでも恭しい。

 次の言葉に差し掛かった時、バチバチと白い稲妻がグレンの周囲を走り出した。


「【我らは悪行と蛮行と断行と善行を積み上げた】」

「【始点の主よ。終点の人よ。我が法は貴方を招く】」


 ──その時。

 急に視界が暗がりを帯びて、ボクは空を見た。

 蓋のような、黒。

 それが「向こう」にいる龍神の仔による侵蝕の影響だと頭が追いつくのに二秒と少し。


「──ッ!!」


 気づいた時には遅すぎる。

 上空遥かから、暗黒の光柱が墜ちてくる。それは明確に、「脅威」とみなした此方側へ向けられた、彼奴からの攻撃であり。


「【懐旧魔法・■暦終点:Archery Lot】」


 ()()の召喚がなされると同時、黒柱は閃光の余波で消し飛んだ。

 大気の轟音。遠雷の嘶き。

 ここが嵐の中心点。世界側の重力が狂ったのか、城の瓦礫や、地上の岩やらが空中に飛ばされ、この空間の周囲で吹きすさぶ竜巻に巻き込まれていく。


「アーチェリー……ロット……?」


 呟くのは先ほど耳にした単語らしきもの。

 グレンのいる方角を注視すれば、紅蓮色の羽織の人影が確かにそこに──


「──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────」


 瞬間。

 あらゆる時間は、消え去ったかのように停止した。


 強風。轟音。竜巻。全てが静止する。

 無意味だけが在る。

 何も生まれてすらいない原初の世界。

 ここは今、そういうものになった。


「【そういう事か。悪夢であってほしい冗談だな】」


 グレンの、声だけがした。

 だが調子も、口調も、彼らしさはどこにもない。彼の口を借りて、別人が話している。


「【お前だけが憶えているのか、『語る者(ストーリーテラー)』。相変わらず記録者側に立つ奴のことは分からん。物好きめ】」


 感じるのは畏怖。

 今すぐ首をかきむしりたくなるような、()()()

 膝をつき、頭を垂れ、懺悔の念を延々と口走りたくなる衝動。


「【別に責めてるわけじゃない。今すぐ殺したいのは『俺』を起動させた奴だけだ。享楽とかいう範疇を越えてるだろ。一体いつまで酷使されればいいんだ? 『こいつ』は今、本当に生きていられているのか?】」


 ──その通りだ。

 『彼』の言っていることは全て正しい。何を言い返すことも許されない。許さない。()()()()()()()()()()()()()。初めから。終わりまで。これからも永遠に。


 だが。


「おーい」


 間延びした、身の程も弁えぬ呼びかけ一つ。

 この強制的な……いや、能動的な衝動さえ、彼女からすれば涼風と同じ。

 火楽赤桜だけは、この場で自意識と意志を持って話すことができる。


「話はよく見えないんだが、さっさと仕事してくれ。そいつ、あんまり気の長い方じゃないんだ。うかうかしてると制御権を取られるぞー」


「【ッハハ、面白い人がいるんだな】」


 僅かに、羽織の『彼』の顔がこちらを向く。

 口元しか見えなかったが、どうやら笑っているようだ。


「【そういう事なら百年は凌げるか。話し相手がいるのはいいことだ。どんな時代であっても】」


 『彼』はそこで振り向くのを止め、弓を手に──天上を仰ぐ。


「【……ああ、残骸か。確かにこれは自分の仕事だ。()()()()()】」


「──っ?」


 見えるって言ったのか、今。

 この座標から? 宇宙にいる目標を視認したとでも? 肉眼で、どうやって……?


「【──()きろ、逆行式】」


 その声で、黄金弓に光が帯びた。

 ただの一言で【人理観測(レリック・アーツ)】と同等の覚醒効果をもたらしたのだ。しかも逆行式──人理兵装の隠し名であろう一部を唱えただけで、だ。


「【十人分で足りる。一撃で終わらせるぞ】」


 その声がけは弓そのものに向けられている。

 直後、彼の右手に現れる光の矢。その大きさに合わせ、弓は大弓となり、矢がつがえられる。


「【ふむ……『こいつ』の流儀に倣うなら、こうか】」


 矢を引く姿は美しく。

 全ての弓兵の「原型」ではないかと思うくらい、完全だった。



「【一矢絶滅……天穿弓射】」



 光が放たれる。

 上空を両断するような流星の一射。それは空気の壁の合間を翔け抜けて、最速で地上世界の果てへと届く。


 バキン、と(ソラ)が割れる。

 刹那──黄昏空の色が瞬きの内に、激変する。


 赤、青、黄、緑、紫、橙、藍、黒、白──虹。

 十の空を割って、その矢は飛翔する。

 十度、空を塗り替えて、その矢は天を穿つ。


 或いは創世神話の再演。

 或いは終末新話の上演。


 この時。

 ボクたちは、忘れていた原始を見た。


「……!」


 カッと空が白み、全ての色が失われる。

 どこかで、断末魔にすらならない、最後の残響があった気がした。


「【(あた)った】」


 空を覆う閃光の時、端的な報告があった。

 弓を下ろした弓兵は、徐々にその存在を薄れさせていく。


 白天はやや長く。

 黄昏が戻った後、『彼』は退去するのだろうと予感した。


「【終わりだ。所詮自分は過去の幻影、未来に口は挟まない】」


 空が戻っていく。

 色が飛んでいた白を、黄昏が覆っていく。



「【だが先達として一つ、余計なアドバイスだ。

  ──さっさと創世神か創世龍を見つけて新世させろ。()()()()()】」



 過去の声は、そこで終わった。


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