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Logic Tale《剣豪神子は最強無双するより帰りたい》  作者: 時杜 境
第一章 境界トワイライト
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07 異邦にて

「始末する。アガサ、手伝え」


「ん、おっけーい」


【□□□――□□□□□――!!】


 大蜘蛛の頭上に魔力が収束する。生成された十二の紫の球体から、光線が無差別に撃ち放たれた。

 敵の排除など眼中にない、ただただ周囲を蹂躙するためだけの破壊の光景は、まさに災害。そんな敵の第一手を前に、


「社門――」


 サクラが刀を抜き放つと、虚空から八つの鳥居が展開する。そこへ容赦なく叩きつけられる魔力の雨。だがそれらは門に触れた瞬間に霧散していき、と同時に役目を終えた門も、幻のように一瞬にして消えていく。


(無効化……!?)


 信じがたい光景にヴァンは目を疑う。魔術、ましてや己の使う結界術でさえ未だ到達していない遮断の究極。ただの剣士が持つようなモノではない。


 最高性能の切断という攻撃と、反則技に値する防御機能。それがサクラの持つ手札だった。


「んじゃ、小手調べー」


 軽く指鳴らしすると、アガサの背後に黒い棺が現れる。

 相手に技が効くのは一回きりと仮定する。手数の多さを活かす時だ。


「『黒の万象ブラック・アルス・マグナ』、略式黒銃!」


 持っていた黒剣を蜘蛛へ向かって突きつけると、アガサの周囲の虚空から五つの黒弾が撃ち出された。瞬間、


【□□――】


 大蜘蛛が跳躍して後ろへ()()()

 着地した重みで大地が揺れ、木々が倒れていく中、え、とヴァンは声をもらした。何だ今の動きは。


「図体に反して中々機動力があるじゃねーかこっちはどうだぁー!!」


 カカカカカッ、と悪魔の周囲が黒く輝く。

 十へ増えた弾数が、一斉に遺生物へ放たれる。

 だがそれらに対しても大蜘蛛は避け続け、回避によってもたらされる着地の衝撃と弾丸たちによって、ますます森の破壊が進んでいく。


「的が動くな」


 鳥居を消して飛び降り、蜘蛛へ接近していた剣士が側面から斬撃を放つ。軽い牽制に僅かに巨体の動きが鈍り、一発の黒い弾丸が八本の脚の一本を掠めた。すると、


「……融け、た?」


 ほんの小さな接触部分だったが、紛れもなく。

 弾丸が触れた蜘蛛の部位が融解していたのを、アガサは見た。


 錬金術師は結晶に注視する。ただの視認ではない、魔眼を起動させた認識行為。

 観識眼(かんしきがん)。それはあらゆる材質を見通す、彼女の錬金術を支える力だ。

 その目はある宿命をアガサにもたらしていた。


「れいけっしょうッッ!!」


「は」


 叫びに、サクラだけが反応した。


「霊結晶だアイツッ! エーテル純度百パーセント! 一切の混じりけ無い、完全エーテルの凝縮体! すなわちは一級素材の代名詞! 売っても金になる、錬成にも役に立つ、およそ全ての錬金術式において、これほど汎用性の高い物質もないと言われた錬金術師たちの理想の素材!! 素材の神とも名高い霊結晶――ッ!!!!」


 剣で示しながら、喋り倒し始める錬金術師。

 宿命とはこの深刻な素材狂い。

 それはモノにもよるが、どうやら今回は、ご覧の有様らしかった。


(……何言ってんだ、あの悪魔……)


 気絶している科学者を安全圏に横たえていたヴァンは、常軌を逸するハイな声にげんなりする。あいつ狂っているのか?


【□□□□――!】


 蜘蛛が近場にいたサクラへ魔力の光線を射出する。雨の合間を縫うようにかわした剣士は刃を横一閃に繰り出し、脚の一本を切断した。


「!」


 死角からの気配に刀の防御が追いつく。ギィン、と重い衝突音と火花を散らすと、脚の追撃がくる。サクラをそれを軽やかな動作で弾き、斬り払うと、後ろへ大きく跳び退がる。


 そこで見た蜘蛛の姿は、先ほどまでの形と変わっていた。八ある脚の他に、尾が四本と増えて伸び、サソリのようになっている。


「自己変形……」


「狩るッ!」


 間髪入れず、横から黒い銃弾の掃射が割ってくる。

 それに反応した四本の尾が薙いで迎撃し、融解した部位は即座に再生されていく。早い。


「なら物量勝負だなぁ! 七十二元祖(エーテルマグナ)雪爆絶華(ブロウスノー)!!」


 ギュイイイン、と光が収縮していく音をサクラは聞いた。

 アガサの方を見れば、その頭上横に浮き上がった黒棺が形を変え、大型銃身になっている。次の瞬間、ガトリングとなった銃口から吐き出された色彩とりどりな弾丸が、遺生物のいる空間を乱れ撃ちにした。


 ドガガガガガガッッ!! と一切慈悲が存在しない殲滅の嵐に、ヴァンの札を持つ手が白くなる。


(アイ、ツ――全っ然本気出してやがらなかったな!? いや、あれで倒せるんならそれに超したことはねぇが――)


【□□□□□――□□□□――ッ!!】


 遺生物の咆哮に大気の魔力が震撼する。

 稲妻を伴い、波のように紫電の魔力が巻き上がる。防御壁となったそれはエーテルの殲滅雨を遮蔽(しゃへい)した。


「抜刀理論・空斬説」


 そのせめぎ合う攻防を、横から紅蓮の剣士が切り崩す。

 斬撃は低い。地面と平行になるほどの「線」が、紫電の壁を貫通し、蜘蛛の足先をズラした。

 巨体の体勢が崩れかける。直後、十数メートル大に伸びた四の尾が、周囲を薙ぎ払――


「四十六番」


 ――われなかった。

 尾が伸びた直後、その影からそれぞれ飛び出した細い黒杭が、ギチリと尾を貫き固定し、可動を許さない。

 足先から上の大部分が地面に倒れ落ちる。紫電の壁が消え、掃射されていた弾丸たちが結晶蜘蛛を蜂の巣にしにかかる。


【□□ッ!!】


 刹那、遺生物が再び跳んだ。

 脚先はまだ欠けたまま、弾幕の真下を抜ける速力で――真正面にいた悪魔へ向かって。


「コイツっ……!?」


 うろたえながらアガサの口元には笑みが浮かぶ。面白い、と。

 固定された尾の牽引力を使った自己射出。尾を引きちぎりながらの回避、敵への突貫に繋げる対応の早さ。脅威の怪物と呼ぶ他にない。


 跳躍突貫の中で蜘蛛の尾が、鋭利な脚が再生する。巨大質量そのものが、弾丸となって一人に突っ込んでいく。


「――、」


「サクラ!」


 アガサの眼前に鳥居が壁として飛び出す。それを予期していたように、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 軌道は直角。速度を保ったまま遺生物が、そこに立っていた紅蓮の影に鋭利な脚刃を振り下ろす。


 鳥居が出現した瞬間にそれを悟ったアガサの声が届き、


「仮説・雲耀(うんよう)斬」


 無拍瞬息抜刀。

 剣士の前に到達した刹那、無数の斬撃が蜘蛛を襲う。

 目視も対応も迎撃も許さない高速の不可視斬撃。傍目からは何が起こったか分からない絶技だが、サクラからすれば未完成かつ未熟に値する技だ。


 シャリン、と鈴の(納刀)音がする。今の一撃を放つ間で、蜘蛛の背後に移動していた剣士は、蜘蛛の結晶体が砕け、残骸と朽ちていく様子を油断なく注視する。


(──(コア)は斬ったが。この感覚は──)


 仕留めたが、まだ息がある。おそらく、こちらが斬った瞬間から再生を始めたのだろうと推測する。


【□□、□□□――……!】


「まだ動くか……」


 ギギギギギ、と全身から軋み声を上げながら結晶体が持ち上がりかけた。脚は再生し、尾の方も原型を取り戻し始めている。

 核ごと再生しているなら非常に面倒な個体だ、ともう一閃叩き込もうとした時、


「――〝境界の使徒に請い願う〟」


 不意に妙な文言が聞こえた。

 サクラが視線を向けた先には札を持つ──あの黒髪に無精ひげの魔術師がいた。立ち上がろうとする遺生物を、殺意すら感じない、冷めた目で見つめている。


(黒曜……!)


 その瞳の色にサクラは息を呑む。


 魔族の魔力量は、瞳の色彩で大まかに把握できる。より複雑な色をしている方が、魔力が多い傾向にあり、黒ともなれば、どんな種族であろうと他とは一線を画す存在だ。――潜在魔力量の桁が違う。


【――――、□□、□□□――――】


 擦り切れた音。半残骸と化しているモノが、一本の尾を形作る。それが今にも放たれんとしたが、即座に消え去った。

 崩れかけの結晶体がいる大地には、白い魔方陣が展開されていた。


「〝我が剣、我が轍、我が血肉を以て、万象数多の還元を今告げる〟――」


「……!」


 瞬間的にこの場に膨れ上がった魔力に目を見張る。大気をも揺らすこの気配は、先ほどこの遺生物が放っていたものにも等しい。

 ローブの男の右手には一枚の札。それが青い光を放ち、


「――消し飛べ、【術式・崩解魔砲(アナイアレイト)】」


 音が消え、色が消え去る。

 全ての魔力、エーテル、万象に在りしその総て。

 一体の遺生物がいる領域が、光と共に、完全に()()した。


     ◇


 もはや跡形もなかった。

 欠片すら存在しない。


「……えー」


 素材が消えたことよりも、アガサはその消滅現象の理屈が理解できず、呆然とし。


「……っ、」


 サクラに至っても内心、意味不明だった。

 存在を一片残さず消し去る破壊の光。

 いや、破壊などという生易しいものではなく、本当に完璧なる「消滅」。

 かろうじて理解したのはそれだけだった。どのように、どうやって今の現象がなされたのかは、想像すらできない。


「まさか大型相手に、こんな短時間でケリがつくなんてな。……お前ら、一体何者だ?」


 魔術師がそう声をかけてくると、サッとアガサが素早くサクラの背に回り込んだ。


「なにあいつこわい」


「……まぁ……気持ちは分かるが……」


「? 〝真名持ち〟にそこまでビビられる程じゃないと思うんだが――」


 それはない、というアガサとサクラの呟きは重なった。人類の身で消滅術を使う奴など、彼らからしてもはっきり言って化物である。


「……もしかして、お前がヴァン・トワイライトか?」


「そうだが――って、なんで知ってるんだ」


「そこで伸びているドクターから聞いた。魔術師の中でも規格外とかなんとか」


「なーる。道理で私を殺せたワケだ」


 ヒョコ、とアガサが顔を出した。思わぬ証言にサクラは目を丸くする。


「お前が殺されたのか……?」


「死んだ死んだ。奇襲で一回スパッとな。実力は『千城騎士』と同等じゃねーの」


 再びヴァンの方を見たサクラは、軽く口を押さえて引いた。


「うわ……」


「……言っとくが、お前らもこっちからしたら色々おかしいからな?」


「――ちょっとー! すみません! いい加減に(コレ)、ほどいてくれません!?」


 そんな声に一同の目が集まる。地面に座り込んだ鎖巻きの少女魔術師は涙目だった。よしよしとリュエに頭をなでられている。


「あ、忘れてた。はいはい」


 アガサが指を鳴らす。と一瞬にして名も知らぬ少女に巻き付いてた鎖は影となって消えた。よろよろと立ち上がった少女はリュエから白杖を受け取る。


「不意打ちの【聖なる魔浄の光(ディバインライト)】」


「どわぁー!?」


 彼女が杖を地面に突き立てた途端、アガサをピンポイントに聖なる極光が降り注ぐ。

 光の衝撃で片足が浮いたアガサは、ゆっくりと地を踏みしめる。


「神、聖、却、下!! だから効かないっつーの!」


 影が魔術を払うと、ぐぅと水精霊(ウンディーネ)の少女が歯がみする。


「はぁ……やっぱりダメですか。どこの新種なんですか、貴方? ここまで私の浄化魔術が効かないとか、よっぽど神聖に満ちた異常環境で育ったとしか思えないんですけど……」


「落ち着けシンシア。お前じゃ相手にならねぇ。諦めろ」


「シンプルな全否定!? 師匠ぉ~」


 そこでリュエが前に出てきた。


「――我らは通りすがりの遭難者! なので末裔っ子とそこな黒曜の戦士よ、適切な対応を求めるぞ。具体的にいうと安全圏への保護だな! あんな結晶がうろついている所に居住区があるのかどうかは疑問だが」


「遭難……? というかお嬢さんの方は一体――」


「うむ、よくぞ聞いた!!」


 ふふん、と得意げな顔で彼女は胸を張り、


「――我が名こそは炎竜エリュンディウス! 恐怖と畏怖の念に震えるがいい――!」


 高らかに、そうカミングアウトした。


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