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Logic Tale《剣豪神子は最強無双するより帰りたい》  作者: 時杜 境
第二章 魔城デストロイヤーズ
78/97

35 最強者

「「グレン(サクラ)!」」


 姉さんと声が被る。

 コイツ、やっぱ邪魔だな……という互いの視線がぶつかった。


 彼の格好はコートではない。境内で見慣れた、羽織に巫女服。

 髪色は白いままだが、むしろこちらの方がしっくりくる。


「お、お、おっそ────いッ!! 遅い! 遅いわよサクラくん! どこで油売ってたの!?」


「突然暇つぶしに襲来した古龍を鎮圧してた」


「お疲れ様です!!!!」


 …………え、なに?

 ここに来る前に古龍と戦ってきたの、この人? それこそ龍暦の時代から現在まで生き延びてるっていう、伝説上の竜種だよ? どんなハードスケジュールで生きてるの……!?


提督(マスター)!」


 悲痛な呼び声があった。

 見れば、触手の猛攻に弾き飛ばされたらしい、端に転がった絶体絶命状態の提督が。

 カッとテレーゼさんの杖から破壊砲撃が放たれるが、それも気休め。主をかばうように飛び出した少女は、主従共々、侵蝕者の毒牙にかか────


「え、」


 紅蓮色が視界を掠めていったかと思うと、グレンの刀が触手を斬り捨てた。

 そこからガッと提督の襟首を掴み上げ、咄嗟にその腰にしがみついている少女もセットで、こっち側に飛びずさって戻ってくる。


 …………てっきり見捨てると思ってた、んだけど。


「な、──なぜ──」


 同じ疑問を持ったのか、投げ捨てられたテレーゼさんが呆然と呟く。

 それにグレンは敵の方を見据え、白刃を構えて回答した。



「全員下がっていろ。仕事の邪魔だ」



 ……仕事に私情は挟まない。つまりそういうコトらしい。


「分岐点に到達。()()・龍神の仔──戦闘開始します」


 ──一瞬で場の空気が変質する。

 大気の音、

 風の流れ、

 舞い上がる塵と砂、

 万物等しく注がれる落陽の陽射し。


 この場に存在するあらゆる要素が、たった一人の精神の切り替えだけで平伏する。


 本能的に直感した。

 ここは決戦じゃない。人界を守るための高尚な戦いですらない。

 ──ただの処刑場だ、と。


「一手」


 直後、紅蓮羽織と白刃が掠んだ。

 無音の一拍。置いて、発生した真空波が、大気と空間と次元を切り裂きながら絶叫した。


「ッぎ……!?」


 解ったのは、下がっていて正解だった、ということだけ。

 剣速なんか追いきれない。彼の姿も捉えられない。おそらく龍神の仔による猛攻があっただろう、余波の強風だけがこちらに吹きすさび、それだけで今の一瞬に凄絶すぎる激突があったのを確信する。


「二手」


 金焔が瞬いた。

 音速を凌駕して振り抜かれてきた触手が消し炭になる。飛んできた蜘蛛の巣を払うように、丁寧に正確に迅速に洗練に。舞台が揺れ震え、そう遠くない地点で、あまりにも遠すぎる死闘が繰り広げられる。

 ガキン、とボクらのすぐ目の前に発生した鳥居が、飛んできた何かを弾く。

 目視できたのは黒い刃らしき破片だった──即座に黄金火によって燃え、消えていく。


【※%※脅※※イ※識|%%】


 その時、風に乗って微かに聞こえた()()にゾッとする。なにも理解できなかった段階がいかにマシだったか。あの化物、この世界への適応化を終えて、遂に人類の段階に手をかけた……!


「三手」


 次の衝突はハッキリ見えた。奔る黒い雷光。神気だ──剣士の一閃が風のように斬り捨てる中、仔龍の影が上空へと飛んだ。玉座の台座周りの空間が歪んでいく。仔龍の両翼は空を覆うほどに広がり、虚空は水面のように揺らめき、景色は蜃気楼と化していく。


「警告。現実改変値急速上昇、時空連続体への侵蝕概念が挿入され」


「実説・抜刀論理」


 斬撃が差し込まれる。音もない。蜃気楼全てに閃光じみた線が斬り入り、世界は正常に戻る。

 ──権能そのものを斬ったのか、とボクの理解が追いつくのは実に三秒後。

 現地点では、斬撃と共に、ガクン、と宙中で仔龍の存在がブレたように見えただけだった。


「警告──」


【再※※。龍※※※炎%|火※】


「──な、」


 仔龍がその尾で空気を薙ぎ払った。衝撃波を剣士が斬り流す中、余波で裂かれた次元の亀裂から、火球が飛び出した。

 それを見た瞬間──絶望する。

 ()()()()()()()()()()のだ。仔龍(アレ)は宇宙層を構成する混沌エーテルを燃やして炎を発生させている。


 ボクのように独自解析して利用するならともかく、それをそのまま燃やして叩きつけられたら、燃焼という結果が追いつく前に情報量の差で存在が圧死する。素で耐えられるのは、それこそ上位存在級の存在強度を持つ、第一位の眷属・神獣クラスくらいだろう。


 ──それを。


()()


 火炎が叩きつけられる前に、放たれた黄金炎(“残照”)が次元の亀裂ごと消し飛ばした。

 事象焼却。結果の棄却。もはやそういうレベルの焼却がなされ、オマケみたいに飛んだ斬撃群が、仔龍の翼をズタズタに斬り裂いていく。


【危※※%脅※※対※変革※】


 次の反撃は絶え間なく。

 ザザッと仔龍周りの景色がザッピング(現実改変)する。途端、黄昏が暗くなった。暗く? 何故? そう思っている間にも、黒い閃光が星々のように煌き、二百近い侵蝕の光線が雨矢のように配列し一瞬で充填(チャージ)される。


「あ、」


 放たれる。

 侵蝕の雨が降る。魔王城ごとついでに大陸を消し飛ばして終わらせる次元の攻撃がくる。

 控えめにいって終末神の「大選別」クラスの天災だ。どうしようもない。


 世界の終わりが見えた。


         「【人理抜刀(レリック・アーツ)】、【神殺した終末の枝(ラグナロク)】」


 縦一閃。

 黒い夜空が黄昏色の斬撃に両断される。

 カッ、と剣士の元で宿刀が地面に突き刺されると同時、異次元に歪んでいた天蓋は、発生した焼却斬撃から灼き尽くされ燃え散っていった。


 ゴォォッ、と地上の生命が感じたのは焔の熱風のみ。

 ソラって斬れるんだぁ、と理解を放棄した思考の中、心のどこかでは今の光景に感嘆する自分がいた。


 ──神殺しだ。神殺しの時に使われたものだ、今の一撃は。


 あの戦争を終わらせた決戦で振るわれた技の一端。

 指先が震え、目を見開く。目撃できた幸運に言葉もない。切り拓かれた落陽の大空には、片翼を喪いながら墜落する異界の龍が見えた。


【※滅※※死※是※蝕※※──ッッ!!!!】


 落ちながら、龍は衝撃波と咆哮を生み出した。再び空間に亀裂が入り、触手が、翼刃が、炎が──黒光線が一斉に放たれる。

 そこに無差別的な軌道はなかった。

 目標はただ独り。明確な殺意と敵意を以って、ただ一人で侵攻を食い止めている邪魔者を全力で排しにかかる。


(のろ)い」


 斬撃。焼却。両断。灼熱。白刃。黄金。

 いくつか重なった斬撃が見えた。放たれた攻撃の支点を斬り去った。細胞の一片すら残さず断罪の燃炎が消し捨てた。全て総て凡て悉く容赦なく振るわれた刃はあらゆる敵対行動を斬り捨て殺し尽くした。


 剣閃に一切の乱れなく。

 突き詰められた剣術技巧が蹂躙する。


(──!)


 ──そこで気付く。

 空中から仔龍が消えている。地に墜落したわけでもない。今の斬撃乱に巻き込まれたわけでもない。


 光より速く。次元と空間を跳躍し、それは剣士のすぐ()()()の座標に、顕現した。


 人間、生物の知覚では到底追いきれず、対応すらできない接近。

 本来、無差別に侵蝕する災害機能だけを持つはずだったその龍は、この数分で、たった一人のために、余分で無駄な──けれど絶対必須の殺人術を編み出した。


 接触一つで終わる。

 侵蝕者の勝利条件はそれだけだった。


 そのはずだった。


【──ッ!?!?】


 黒影が弾き飛ばされる。初めから、いや、剣士の無意識下でも発動する、()()()()()()()()()にだ。

 ……仔龍の攻撃は、境界障壁たる鳥居の防御を貫通する。だが攻撃の瞬間と、顕現させる瞬間を完全に合わせたらどうなるか? ──結論、鳥居を破壊した衝撃で攻撃者は弾き飛ばされ、


「抜刀論式、異界除説」


 その決定的すぎる隙を逃さず、間合いの獲物を狩る刃が来る。


「月界理論・天()絶刀」


 鈴が終わりの音を囁く。

 居合い一閃。

 龍神の眷属は、原型すら留めずに存在を絶たれて消滅した。


     ■


 ……終わった? 終わったのかコレ。終わったんじゃない?

 ボクは姉さんやキリカさんと視線を交わし合ってから、一緒に頷いた。


「「「終わったぁあ~~……」」」


 ガクン、と三人でその場にへたり込む。

 精神に張っていた緊張の糸が切れていく。いつ死んでしまうんだ、と覚悟していたけど、いやぁ生きるね! 存外ね!


「やー……なんていうか、プロの仕事って感じだったわね……」


 キリカさんの所感に大きく頷く。

 グレンにとって、これは決戦などではない。

 大錬金術師が錬成(つく)り出した、世界危機一髪の一大ショーでも何でもない。


 日常。

 仕事。

 業務の一環。


 いつもの通りの、当たり前のルーティーン。


 ──それが、所詮一般人であるボクらからすれば、非日常に見えているというだけの話。


「……残念だったね提督。計画はもうこれで──、ッ」


 グレンに投げ飛ばされていた、今回の元凶の方を見て、ボクはそこで言葉を止めてしまった。

 提督はその場にあぐらをかいて、膝にテレーゼさんを寝かせたまま、じっとグレンの方を観察していた。

 その表情(カオ)には何の感情もなかった。あの、破壊魔的人格がはがれた、「中身」がただそこにいるだけだった。


 能面。無表情。瞳はまるでレンズのように。

 虫よりも無機質に。機械よりも冷徹に。

 計画が崩れて興が冷めた、みたいなやつじゃない。むしろそうだったら、どんなに良かったか。

 ……今のこの人からは何の感情の波も感じない。やしろさんを前にした時と同じような感覚だ。


 グレンが人形のような人間なら。

 提督はヒトのような人形だった。


「ショタガキ。意見を貸せ」


「へっ?」


 そんでいきなり話しかけられたので、内心ボクは跳び上がった。

 こっちに目線もやらず、提督は続ける。


「世界の均衡値はどうなっている? 今は間違いなく終末のはずだ──だがそうでないとすると、何か、オレ様の未観測のデータがあるとしか思えねェ」


「錬成物に反逆されたことがそんなに不可解? 術式ミスじゃないの?」


「奴に手を噛まれたのはこれで二度目だ。一度目は魔城共々、工房を奪われた。そん時は『何か』の偶然、またはオレがあの異物の性質を誤認していた可能性があったものとして片づけた。だが──」


「そんなことは無かった、と?」


「──そうだ。術式は全て完璧だった。となると、問題は外部的要因、観測世界の変化……すなわち、オレ様が計画を始動させるまでの間に、この世界の“何か”が変動した、“何か”が変わった。故に、大錬金術師らしからぬ想定外が引き起こされた。────心当たりはあるか?」


 心当たりって言われてもな。

 ボクは天才なだけであって、世界のことを知ってる神様じゃない。そんな広すぎる規模(スケール)、上位存在でもとっ捕まえて聞き出すしか──


「……、」


 待てよ。上位存在。

 世界の均衡。世界を変える出来事。

 頭の中にいくつかの単語が流れていく。


 始祖竜。世界のバランサー。別大陸。提督の観測外の出来事。

 ()()()()

 ()()()()()

 ……あー。もしかして、そういう……?


「ぁ──────…………」


「?」


 ふと。

 なぜか空を見上げたまま、微動だにしないグレンから声が聞こえた。

 疲れたのかな? つっかれた~って大きく息を吐くための予備動作?


 ──なんて予想していると、グレンは空を見上げるのを止め、腕を組み、一つ勝手に頷いて、玉座の台座の階段部分に、よっこらせと腰かけた。


「サクラ……?」


 なにかを感じたのか、姉さんがゆっくりと立ち上がる。

 ちら、とボクはキリカさんの様子を見ると──表情が石のように固まっていた。


 ……。

 え?


「おい……なんか、報告するべきことがあるなら、言ってみろよ……」


 姉さんはグレンの近くまで歩み寄って、そんなことを言い渡す。

 するとグレンは再び、うむと頷いて、言った。




「すまん、仕留め損なった。この世界はもう終わりだ」




 …………。

 ……………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………。


「「え────────!!!!!!!!!!」」


 決戦場には、ボクと姉さんの叫びだけが響き渡った…………


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